71:守護霊
「本当に恐ろしいのはやつらがこれまでにしたことではなくこれからしようとしていることなんだ」
《SIDE:SAKURA》
夜の町を跳び回る。
私はお姉ちゃんに身体を預けながら、その中で外の様子を覗いていた。
お姉ちゃんに体を貸している時は、私の意識には外の感覚は伝わってこない。
お姉ちゃんと違って私の魂は体から離れられる訳じゃないから、飛び回って様子を見るということはできないしね。
「……住人が夜行性、という訳ではないようだな」
「怪しいとは言え、相手は人間だろうに……しかし、昼も夜も家にいるのでは、一体いつ外に出ているのだか」
誠人さんとお姉ちゃんは、屋根の上を跳躍しながら町の様子を見て回っている。
今日は強化系の魔術式を使っているからいいけれど、何も使わずに運動すると、後で私に戻った時に筋肉痛が酷くなってしまう。
お姉ちゃんって、運動神経凄く良かったから。
「しかし、妙だな」
「何がだ?」
「この集落……と言うより、最早町と言うべき規模だぞ。これだけの物が現われたのに今まで気付かれていなかったのか?」
「ふむ」
誠人さんが発した疑問の声に、お姉ちゃんは顎に手を当てて考え込む。
確かに、言われてみればおかしいと思う。
最初は漁村かと思っていたけど、意外と建物とかはしっかりしていて、町と言っていいほどには発展している。
これだけの規模の集落を作るなら、結構な時間が必要になるはずだ。
「グレイスレイドが存在を認知しながら無視していた?」
「オレ達の感覚では分かりづらいが、邪神が恐怖の対象である以上それは考えづらい」
「ならば、今まで邪神信仰の集落だと言う事を知らなかった?」
「考えられなくもないが、この規模の町を作るのにかかる時間を考えれば、気付くのが遅すぎる」
お姉ちゃんが挙げた仮説を、誠人さんが吟味して行く。
けど、どれもこれも納得できる理由にはならない。
この町に来てから、何かがおかしい……私は、どうしてもその違和感が拭えなかった。
「監視の者達が報告を怠っていたか、或いは本当に突然現われたか」
「……前者はともかく、後者は現実的とは言えないな」
「この世界で現実的も何も無いだろう」
誠人さんの言葉に、私は胸中で小さく苦笑する。
確かに私達の感覚では、この世界において何処までが現実的で何処までが現実的ではないのか、その判別は付けづらい。
本当に、この世界に来てから不思議な事だらけだから。
「さてと、さしあたって調べるべきは―――」
「教会、だな」
何を崇めているにしろ、神様を祀っている所は教会と相場が決まっている―――だそうだ。
とりあえず、二人は屋根の上を飛び回りながら教会へと近づいてゆく。
グレイスレイドの主神ミドガルズは、蒼い鱗を持つ龍の姿をしていると言う。
だから、グレイスレイドの教会には大抵龍の彫刻がしてある筈なのだけれど、ここではその姿を見る事は出来なかった。
邪神を崇めていると言うのが本当かどうかはともかく、ここはミドガルズを崇める宗教の教会ではないみたい。
とりあえず誠人さんたちは教会の敷地内に入り、中の様子を探ってゆく。
「……人の気配は感じないな」
「うむ。とりあえず、裏口から侵入するとしようか」
そう言って、お姉ちゃんが取り出したのはロックピック。
鍵穴に差し込んでカチャカチャやると、お姉ちゃんは簡単に鍵を開けてしまうのだ。
暗殺者ギルド時代に役に立ったスキルなのだけれど、お姉ちゃんは何でこんな方法を知っていたんだろう。
体の中で私が疑問に思っている内に、お姉ちゃんはあっさりと鍵を開けてしまった。
「よし、入るぞ」
「……比較的常識人かと思っていたが、お前も十分変わっているな」
「褒め言葉として受け取っておこう」
それ、褒め言葉なのかなぁ。
私まで誠人さんに呆れられちゃったら困る。
でも、今はこの技が必要だった訳だから、文句も言えないのだけれど。
「さてと……ワタシが《未来視》を使いつつ先行する。音を立てずに付いて来いよ」
「ああ、呼吸を完全に止めておこう」
誠人さんもそれはそれで凄いと思うのだけど、皆が皆凄い特技を持っているので今更驚く事もない。
煉さんはあの狙撃とか、ミナちゃんは心を読んだりとか。
いづなさんの刀を打つのも凄いなぁと思う。フリズさんは……あれ、意外と普通?
でも、あの能力とかは凄いから、決して普通って言う訳では無いだろう。
「……一応、人はいるようだな」
もう寝静まっている時間だけれど、気配は感じ取れるみたい。
私はそういうのは良く分からないけど、言う事を聞いてくれる幽霊さんとかに手伝って貰ったりすれば出来るかな。
それにしても―――この町、何だか精霊さんたちが少ないような気がする。
基本的に町の中とかはあまり多くないのだけれど、ここまで少ないのも珍しい。
自然の中は精霊さんだらけだから、こういう海に近い場所は結構水の精霊さんとか見かけると思うのだけど。
これも、邪神の影響なのかな?
「さてと、何処から調べるか……」
「ふむ、こういうのは地下が怪しいと相場が決まっているものだが」
「何処の相場だ」
お姉ちゃんは何故かそういうお約束的なものが好きだからね。
でも、地下室なんてあるのかな?
「……まあいい。とりあえず、《未来視》で見て安全そうだった所から入っていくぞ」
「了解だ」
誠人さんの嘆息交じりの言葉にお姉ちゃんは頷いて、探索を開始した。
とりあえず、人がいない部屋を一つ一つ見て行くみたいだけど、お姉ちゃんの視界から見た感じ、あまりおかしいと言う印象は受けなかった。
……聖堂に行ってみるべきかな?
少なくとも、そこなら何かありそうだし。
お姉ちゃんも同じ考えだったのか、無言で大きな扉を探し始める―――そして、一つの扉の先に広い空間を発見した。
「……聖堂か」
恐らく、正面の大きな扉から入ったらここに出るのだろう。
高い天井と、並ぶ椅子。そして、正面には―――
「……何だ、これは」
そこにあったのは、見た事もない姿をした不気味な彫像。
獣とも人とも魚とも取れない、ぐちゃぐちゃの混沌とした姿。
酷く生理的な嫌悪感を感じるそれの足元には、冠のような物が安置されていた。
不思議な光沢を持つ冠。魚のような絵が描かれているけど……何だろう、凄く整っているのに、妙に落ち着かない。
「……ッ! 椿、これを見てみろ」
「何だ、誠人? 何を―――なっ!?」
思わず大きな声を上げかけて、お姉ちゃんは慌てて口を噤んだ。
でも、驚くのも当然だ。私だってすごく驚いた。
彫像の足元にある台座―――そこに、アルファベットが刻まれていたのだ。
「……これを造ったのは、ワタシ達の世界の者か?」
「他には考えられんがな……だが、何語だ? 英語ではないようだが」
「分からん。ドイツ語でもなさそうだ」
私にも読めない。何だか変な所でアポストロフィーが付くから、どう読んでいいのかわからない。
ぷ……ううん、ふぃ? それともふかな?
ふぃんぐる―――
『―――タチサレ』
「ッ!?」
と、無理やり読んでみようとしたその時、響いた声にお姉ちゃんは顔を上げた。
おかげで文字は見えなくなってしまった。けど、今の声は―――
「見つかったか!?」
「いや、人の気配は感じない……何だ、一体」
誠人さんは刀に手を掛けながら周囲を見渡す。
けれど、周囲には人の姿は無い。人の気配もない。
これって、もしかして。
『―――ココカラ、タチサレ』
「ッ、またか……何処にいる」
「バカな、人に見つかる未来など無かった筈」
『ココハ、ヒトノタチイルベキバショニアラズ。ヒトノコヨ、ソウソウニコノチヨリタチサレ』
姿の見えない相手に話しかけられて二人は冷静でいられないみたいだけれど、私にはよくある事なので落ち着いていられる。
この声からは、何故か敵意を感じない。純粋にここから出て行って欲しいだけなのかな?
とにかく、私の目で周囲を見てみるべきだろう。
『お姉ちゃん……私と、代わって』
「む……ああ、成程な。分かった」
私の言わんとした事を理解したのか、お姉ちゃんは頷いて髪を解いた。
そして目を閉じると―――私の体の感覚が、急速に戻ってくる。
私のものに戻った体を操り、目を開ければ……目の前に、一人の女の子の姿があった。
『立ち去らねば、大いなる災いが降りかかるであろう……です』
語尾を小さくして、丁寧な口調を消そうとしていたのかな。
誠人さんと同じ、空のように蒼いウェーブのかかった髪は足元まで届くかと言うほど長く、まだ小学生ほどの小さな体を包むように絡み付いている。
その髪と混ざるのは、白いヴェールを何重にも重ねたような柔らかな衣。
そんな彼女の銀色の瞳と、ぱちりと視線が合った。
『みゅ、みゅみゅみゅみゅ!? ま、まさかボクの姿が見えて……い、いやそんなはずは無いのです。
ただの人間風情にボクの姿が見える筈が―――』
「ぇと……ごめんなさい、見えてます……」
『みゅみゅみゅー!?』
か、可愛い。
うろたえた様子であわあわと、視線をあちこちへと向ける女の子―――幽霊だと思うけど、普通の幽霊とも何か気配が違う。
何だか、お姉ちゃんの気配と似ている気がする。
「桜、何かがいるのか?」
「ぁ……は、はい。そこに、女の子の霊が……」
『ふむ、成程。霊体になれば見えるようだな』
『みゅみゅみゅ!? れ、霊が憑依していたのですか!?』
「ぇと、うん、その……お姉ちゃんに、憑依して貰ってました……」
『自分から憑依させてたのですかー!?』
まあ、普通に考えればそんな事をする人はいないと思うけど。
お姉ちゃんなら憑依される事に抵抗は無いし、弱い霊だったら憑依されても意識を保てる。
『それで、お前は何者だ?』
『みゅみゅ……な、何を隠そう、ボクはこの土地に住んでいる神様です!』
「神様って……三人しかいないんじゃ」
『そ、そんな説もあるのです』
いや、説っていうか……フェンリルとミドガルズとエルロードしかいないっていう事になっているんだけど。
お姉ちゃんの半眼の目線を受けて、女の子はうろたえたようにきょろきょろと視線を右往左往させる。
『で、でも、ボクはこの土地を二千年以上護ってきたのです! 凄いのです!』
「二千年って……古代文明の時代、ですか……? そんな昔から、こんな所で―――」
「……桜、ここにいる霊は二千年前の霊なのか?」
「ぇ……? あ、はい……本人は、そう言ってます……」
どうしたんだろう。誠人さんは、その言葉を聞いて黙り込んでしまった。
そして、ちらりと背後にある彫像を見上げ、もう一度視線を戻す。
「……まさか、こんな姿ではないだろうな?」
『みゅっ!? し、失敬な、です! そんな汚らわしい邪神なんかと一緒にするなです!』
「す、すごい勢いで否定してますけど……」
「……ならば、この土地でかつて祀られた人間か何かか。邪神とは敵対する立場だな?」
詳しくは分からないけれど、邪神の事を凄い勢いで嫌ってるみたいだし、それで大丈夫だと思う。
私が頷くと、誠人さんは納得したように頷きながら声を上げた。
「ならば、協力を仰げるか?」
『みゅ?』
「ぇ……協力、ですか?」
基本的に霊体なら私に協力してくれると思っていたのだけれど……この子は意識がはっきりしているし、そうでもないのかな。
でも、協力して貰うって?
「オレ達は二千年前の事を知る必要があるからな。それに、ここに昔からいたというのならば邪神の事も知っているかもしれない。
邪神は倒さねばならないんだ。少しでも情報は欲しいだろう」
『ふむ、成程……道理だな』
『みゅ……じゃ、邪神を倒すのですか?』
「ぁ、はい……一応、その為に来てます……」
『本当ですか!?』
さっきまで怒っていた女の子は、その一言で喜色満面となった。
けれど、すぐさまその表情が曇る。
『で、でも所詮人間です……邪神に勝てる訳がないのです』
「ぁ……邪神に勝った事がある人が、二人ほど来ている筈です……」
『うむ。ワタシ達の仲間にも、邪神に通用する武器を持つ者がいるしな』
その人達とは一人も合流できてないんだけどね……でも、言わない方がいいかな。
この子も、せっかく顔を上げてくれたのだし。
『みゅ……わ、分かりましたです。それなら、貴方達にひとまず付いて行きたい……ですけど』
『何か問題が?』
『ボクは普段、御神体に宿っているのです。あれからはあまり離れられないのですよ』
御神体……じゃあ、それを手に入れないと。
でも、ここにある物じゃない、と思う……こんな禍々しいモノとはイメージが合わな過ぎる。
私の言葉を肯定するように、女の子は声を上げた。
『ボクの力の宿った宝剣です。今は地下の倉庫に放り込まれてますが……』
『ふむ。やはり地下室があったか』
「お姉ちゃん……」
そんな得意気な顔してる場合じゃないと思うんだけど……とにかく、地下室に行かなきゃいけない。
でも、私が体を使ってないとこの子の姿は見えないし、私がお姉ちゃんとの橋渡し役をしないと。
気を付けないと、だね。
「……それじゃあ、案内して……?」
『みゅ? 取って来てくれるのですか!?』
「うん……でも、見つからないようにね……」
『分かってるのですよ!』
自信満々だけど、大丈夫かな……?
あ、そう言えば―――
「聞き忘れてたけど……貴方の名前は……?」
『みゅ? ボクの名前、ですか?』
「うん……私は、桜。お姉ちゃんは椿……この人は、誠人さん」
『サクラ、ツバキ、マサト……ですか。ボクはフェゼニアです。よろしくですよ、サクラ』
にっこりと、女の子―――フェゼニアちゃんは笑う。
神秘的な雰囲気のある子だけに、とても綺麗に映る笑顔。
釣られて、私も小さく笑う。
『はぅ! では、急がないとです! こっちですよ!』
「ぁ……あんまり急がれると困るから、出来るだけゆっくりね……誠人さん、こっちです」
「ああ。しかし、霊が見えるようになる方法がないものか……話に全く加われん」
「クス……大丈夫です。私が、訳しますから……」
と、ちょっと話してたらお姉ちゃんが先に行っちゃった。
追いかけないと……お姉ちゃんが先行してくれるなら、何かあったら知らせてくれるだろうけど。
やっぱり、任意で発動できる能力って少し憧れるなぁ。
さっき通ったのとは違う扉を通り、廊下を進む。
お姉ちゃんが異常を訴える事は無い……誰かに見つかる未来は無いんだろう。
右側には窓があり、外の風景が見えている。
曇っているから月は無く、外から入ってくる光は全くない。
そう言えば、この世界の環境って……本当に、地球と似ている。
一日は二十四時間だし、一年は三百六十五日。
一カ月は大体三十六日で、一年十カ月だけど。
ここまで環境が似る事って、あるのかな?
『こっちですよー』
「ぁ……うん」
角を曲がった所から、フェゼニアちゃんが手を振っている。
そこまで駆け寄って角を覗き込んでみると、その先は下りの階段となっていた。
お姉ちゃんを見上げてみると、こくりと頷いてくれる―――危険はないみたい。
ゆっくりと、階段を下りる。
『桜、この先フェゼニアに従っていれば危険は無い。ワタシは少し、周囲の様子を調べてくる』
「お姉ちゃん……? うん、分かった」
お姉ちゃんには、お姉ちゃんの考えがあるのだろう。それとも、地下室があった事がそこまで嬉しかったのかな。
お姉ちゃんはふわりと浮かび上がると、壁の向こうへと飛んで行ってしまった。
でも危険は無いと言ってたのだし、大丈夫だろう。
『こっち、この部屋です』
フェゼニアちゃんが呼ぶ方へと進む。
あったのは、両開きの大きな扉。そういえば、鍵とかは大丈夫なのかな?
……と思ってたら、案の定閉まってる。どうしよう、これ。
『では、開けてくるです!』
「ぇ……? あ、開けられるの?」
扉の前でどうしようか困っていた所で、隣にいたフェゼニアちゃんが元気良く手を挙げた。
私が聞くと、彼女は自信満々に胸を張ってみせる。
『ボクは長い間こうやって存在してきたのです。色んな力が使えるのですよ。
少しぐらい実体化するぐらい、簡単です』
「成程……それじゃ、お願いね……」
『了解です!』
フェゼニアちゃんは元気良く敬礼するとするりと扉をすり抜け、その数秒後に鍵はかちゃりと開いた。
本当に実体化出来るんだ……お姉ちゃんも出来ないかな。
と、それはともかく中に入らないと。
そっと、音を立てないように扉を開け、中に入る。
中は真っ暗だったけれど、《暗視》の魔術式のおかげで周囲の状況は確かめる事が出来た。
「わ……色々ありますね……」
「ああ。とりあえず、余計な物には手をつけないようにしておこうか」
何があるか分からないしな、と呟く誠人さんに、私もコクリと頷く。
邪神の事を考えるなら調べた方がいいのかもしれないけれど、リスクが高すぎる。
『サクラ、これですよ』
「ぁ、うん……えっと、これ?」
フェゼニアちゃんが示していたのは、八十センチぐらいある木の箱。
中身を確かめる為に開けてみると、そこにあったのは―――
「……双剣?」
不思議な形をした二本の短剣だった。
けれど、これには鍔と呼べる部分が存在しておらず、細身の刃の根元から二本の角が伸び、三叉の刃となっている。
何処かで見たことあるような形だけど……何だっけ?
「ふむ、まるで釵だな」
「釵、ですか?」
覗き込んだ誠人さんが声を上げる。
けれど、釵って何だろう。聞いた事の無い名前だけれど。
私が首を傾げて見せると、誠人さんはこの剣に視線を注いだまま声を上げた。
「釵というのは、琉球古武術に用いられる武器の名前だ。とは言っても、本来はこんな刃にはなっていないのだがな。
あくまでも、形が似ていると言うだけだ」
『みゅぅ……サイというのが何かは知らないですが、それは比翼剣という双剣です。
切れ味も抜群ですが、結界の基点として使うと非常に優秀なのですよ』
二人分の説明を聞いて、私は頷いた。
成程、比翼の鳥……何だか、素敵な名前。
とりあえず、フェゼニアちゃんはこれに宿っているのだから、これを持って行けば連れて行ける筈。
「誠人さん、戻りましょう」
「ああ、いい情報源も手に入った事だしな」
『みゅみゅ!? ボクの事を本か何かだと思ってるのと違いますか!?』
フェゼニアちゃんの抗議にも、誠人さんは何処吹く風……と言うか、聞こえてないだけだけど。
とりあえず、また鍵を閉めて貰って倉庫の外に出る事にする。
「お姉ちゃん、何処行ったんだろう……?」
「あいつなら一人でも脱出できると思うが……どうする、待つか?」
「ぇと、出来れば―――」
待ちたいと、そう言おうとした瞬間だった。
―――ずるっ、ぺた。
通路の奥、《暗視》ですら届かない暗闇の中。そこから、そんな音が聞こえてきた。
ゾッと、総毛立つような感覚が、背筋を一瞬で通り抜ける。
感じ取ったのはこの町の空気と似た、しかし比べ物にならない程の『穢れた』気配。
『みゅみゅ! ここにいてはいけません! すぐに逃げるのです!』
「ぅ、うん……誠人さん、行きましょう……!」
「ッ……ああ、分かった」
誠人さんもただならぬ気配を感じたのか、頷いて駆け出した。
比翼剣が入った箱をしっかりと抱えて、出来る限り足音を消しながら走る。
背中の向こう側にある気配が、恐い。
けれど、あまり急げば大事になってしまう。出口までどれぐらい―――
「掴まれ、桜」
「ぇ……ひゃわっ!?」
地下室の階段を上りきった所で誠人さんに声をかけられ、何かと思って彼の顔を見上げた瞬間、私の体が浮いていた。
誠人さんが、私の体を抱き上げたのだ。
お、お姫様抱っこって……!?
『みゅわっ!? 大人の世界なのです!?』
「フェ、フェゼニアちゃん……」
「……何を言っているのかは知らないが、裏口まで行く時間が惜しい。ここから出るぞ」
そう言うと、誠人さんは窓枠に足をかけ―――そこから、勢い良く跳躍した。
急激なGが掛かって、舌を噛みそうになるのを何とか堪える。
フェゼニアちゃんは……手だけ実体化して誠人さんのマントに掴まっていた。
そしてそのまま、あっという間に教会の敷地の外まで駆け抜ける。
―――気が付いた時には、私は宿屋近くの路地裏で地面に降ろされていた。
「ぁ……」
あまりに突然の事だから、何だか分からないうちに終わってしまった。
ちょっと、惜しかったかもしれない。
『うむ。次の機会があったらきちんと堪能する事だな』
「そ、そんな事……ってお姉ちゃん!?」
「む、椿がいるのか?」
お姉ちゃん、《未来視》で私達がここに来る事を知ってたんだ。
何だか、心配して損した気分。
『まあ、何はともあれ無事に帰ってこれたのだ。そこの自称神様も含めてな。
さて、さっさと部屋に戻るとしよう』
誠人さんの背中にしがみついて眼を回しているフェゼニアちゃんを示しながら、お姉ちゃんはくつくつと笑う。
そういえば、緊張が解けたからか凄く眠くなって来てしまった。
とりあえず、もう休もう。
これから、戦わないとならないのだから。
《SIDE:OUT》