70:サムヌイスを目指して
感じたのは違和感か、それとも既視感か?
《SIDE:MASATO》
再び上空、聖女から譲り受けたワイバーンの上。
先程の人工精霊より遥かに乗り心地のいいそれに乗りながら、オレ達は以前サムヌイスを目指して飛行していた。
「それにしても驚いたなぁ……ミナっち、あの聖女様と知り合いだったん?」
「ううん」
足元―――即ちワイバーンをポンポンと叩きながら疑問の声を上げたいづなに、ミナは首を横に振る。
知り合いではなかったと言うならば、あの短い間だけであれほど仲良くなったと言う事か?
一応は国のトップのはずなのだが、何をしたらそこまで段階をすっ飛ばせるのやら。
「あたしは昔見かけた事があったけど……あそこまでフレンドリーじゃなかったと思うんだけどなぁ。
って言うかあの人、ミナと同じような感じの杖を持ってたけど」
「ミナっち、あの人が使っとった力―――」
「わたしと、同じ」
いづなの言葉をミナは肯定する。
同じ力、即ちこのワイバーンを生み出したのも創造魔術式による物なのか。
てっきり金属を作り出す事しか出来ないのかと思っていたが、まさか生物までも創り出す事が出来るとは。
しかし、そうなると疑問が残る。
何故、ミナは金属しか創り出す事が出来ないのだろうか?
「ミナ、お前は聖女のようにこういった生物を創り出す事は出来ないのか」
「無理。わたしは、金属だけ」
「じゃあ逆に、あの聖女様はこういう生き物しか作り出せんっちゅー事なん?」
「そう」
ミナに関しては、あまり詮索してはならないと言う決まりになっている。
彼女の立場がデリケートであると言う事は、オレ達も十分理解しているのだ。
創造魔術式の事に関しても、オレ達は知らない事が多い。
まあ、オレ達よりも事情を知っている煉でさえ、創造魔術式に関しては詳しく知らないらしいが。
オレ達が知っているのは、精々これが遥か昔の時代に作られた魔術式だという事ぐらいだ。
どうしてそれをミナが操れるのか、そういった理由はオレ達は知らない。
「……」
じっと前方を見つめているミナの横顔を眺める。
何を考えているのかは良く分からない相手だ。
彼女は多くを語らず、己の意思が弱いようにも見える。
だが今回のミナは、積極的に己の意思で動いている―――その様子に、オレは違和感を感じていた。
無論、煉に危機が迫っているからだと言う風にも解釈できるのだが。
「……シルク」
「おん?」
「この子の、名前」
ぽんぽんと、ワイバーンの背中を叩きながらミナがそう口にする。
何と言うか、いつになく唐突だな。
「この子の名前て……このワイバーン、目的地に着いたら消えてまうんやないの?」
「……ううん」
ミナは、首を横に振る。
そっとその手で鱗だらけの龍の背中を撫でながら、声を上げる。
驚いた事に―――その顔には、どこか優しげな笑みが浮かべられていた。
「創造魔術式で創り上げられたものは、創り手が消そうと思わない限りは存在し続ける。わたしの剣も一緒」
「あ、せやね……となると、このワイバーンはうちらが飼う事になるん?」
「飼うって言うべきなのかしら、これって……?」
乗り心地は良くなったものの、例によって五体投地してしがみ付いていたフリズが疑問符を浮かべる。
一応、この世界には騎龍と言うものが存在していると聞いたが、それと似たような物だろうか。
専門知識もなく飼えるものなのだろうか、こういった魔物と言うのは。
「で、シルクって……まあ、確かに白いんやけど」
聖女は最初にオレ達が乗っていた人工精霊でもイメージしたのか、このワイバーンの鱗は白い。
なので、ミナの名付けも分からない訳ではない。のだが。
「強面の魔物には可愛過ぎない、その名前?」
「……かわいいの、嫌い?」
「いや、嫌いじゃないけど」
ミナが相手では、フリズも強く出られないらしい。
小さく苦笑しつつ、オレは地上の様子を恐々と眺めている桜へと視線を向けた。
詳しく地図を見ているのは椿であるため、方向が合っているかどうかを確かめているのだそうだ。
特に何も言ってこない辺り、今の所は間違っていないのだろう。
「シルクは、女の子。だから、かわいい方がいい」
「ワイバーンの性別って……分かるん?」
「ん……創造魔術式で創られた物なら、大体。ね、シルク」
「グォフ」
どうやら、ミナにとってはそういう物らしい。
と言うか、ワイバーンと意思疎通ができているのか。
しかし、創造魔術式か。生物すら生み出す魔術式など、昔の人間は一体どのように利用していたのか。
自然の節理に反するような力。無から―――いや、魔力から有を生み出してしまうその力。
確かに、これがあれば様々な問題をクリアできるだろう。
しかし、一歩使い方を間違えれば、それだけで破滅の道を転がり落ちるような物だ。
そんな力を受け継いでしまったミナ―――成程、立場に関して慎重になってしまうのも頷ける。
若干寂しくも感じるが、それは正しい判断だろう。
いずれ話してくれる時が来る事を期待して待つべきだ。
「んー……ま、詳しくは詮索せんよ。今はとにかく、サムヌイスへ向かう事が先決や」
「あの二人の手で既に壊滅してたりしなきゃいいんだけどね……」
「すっごく考えられるんで、出来ればあんまり言わんといて欲しいなぁ、それ……」
傍若無人な二人の英雄の姿を思い浮かべる。
いきなり強硬手段、という事は無いと思うが。多分、恐らく、流石に。
「……」
ふと顔を上げれば、ミナは再び前方へと向けていた。
まるで、その先にいる煉を探すかのように。
一体、何がお前をそこまで駆り立てるのだろうな、ミナ。
《SIDE:OUT》
《SIDE:SAKURA》
あれからしばらくして、私たちはようやくサムヌイスに到着した。
シルクと名付けられたワイバーンは近くの森に隠して、私達は件の集落の方へと向かってゆく。
けど―――
「……なあつばきん、ホントにあそこで合っとるん?」
「ぇと……」
『ああ、場所は合っている筈なのだが』
邪神信仰の集落と言われたその場所―――そこは、どう見ても普通の漁村……にしては少し大きいけど、確かにそんな感じだった。
雨でも降りだしそうな感じの天気ながらも、特におかしな場所は見受けられない。
……確かに、場所を間違えてしまったのかもしれない、と私も思ったけど―――
『間違いはない。地図の上でも、確かにこの場所だった』
「……ぁ、合ってるそうです……」
「ふーむ」
首を傾げながら、いづなさんは町の様子を眺めている。
入り江の辺りに作られた町。そう言えば、上空から見たときはすごく変な形をしていた気がする。
何だか、凄く嫌な感じの……何だったのだろう、形だけで嫌なイメージを受けるなんて。
「……とりあえず、入ってみよか。警戒だけは怠らんようにな」
ただの漁村にしか見えないけれど、いづなさんもこの嫌な感じを感じ取っているのかもしれない。
私達は、皆気を引き締めながら頷いた。
そして、警戒しながらもそれを気取られないように注意しながら町の中へと入ってゆく。
「何よ、この匂い……」
途端に、フリズさんが顔をしかめる。
無理もない、と思う。私も、漂う生臭い臭いに顔をしかめていた。
何て言うか……そう、魚市場みたいな感じの匂いだ。
まだ昼間だって言うのに周囲に人影はほとんど無く、閑散とした印象を受ける。
と―――誠人さんが、右の方をじっと睨んでいるのに気が付いた。
「誠人、さん……どうしました?」
「ん、ああ……」
歯切れの悪い言葉。
首を傾げながら、私は誠人さんの視線の先を追う―――そこにあったのは、一軒の教会だった。
飾られている装飾はグレイスレイドの教会の物ではない。
やっぱり、邪神を信仰する教会なのだろうか。
「とりあえず、行こう。宿屋に誰かがいるかもしれない」
「せやね。煉君でもジェイさんでも、どっちでもええからいて欲しいわ」
言いながら、いづなさんは宿屋を探して歩き出す、
さびれた感じのある町だけど、しっかりと宿屋はあるみたいだった。
「……」
すれ違う人々が、こちらの様子を盗み見ている感じがする。
被害妄想だろうか、それとも―――
『いや、今回はお前の感覚は当たりのようだ、桜』
「お姉ちゃん……?」
『周囲の人間はこちらを観察している……警戒と言うよりは、排他だな。とても、歓迎されているようには思えない』
ぶるりと、背筋が震える。
どうして、いきなりそんな敵意を向けられなければならないのだろう。
余所者だから? それとも―――
「大丈夫か、桜?」
「ぁ……誠人さん」
「いろいろときな臭いからな……気を付けろ」
「……はい、ありがとうございます……」
誠人さんがこちらを気にかけてくれている。それだけで、少しだけ気分が楽になった。
とりあえず、周囲の観察をする。
漁村と言うには、少々発展している印象を受ける村。
規模は小さいけれど、意外と発展している。
けれど、昼間だというのにほとんど人通りは無く、店も閉まっている所が多い。
「どうして……?」
店が閉まっている理由が思い浮かばない。
漁師町だから、時間帯の問題?
それにしては、雑貨屋まで閉まっているのもおかしいと思う。
いづなさんは、周囲の様子を観察しながらメモ帳に何かを書き込んでいるみたいだった。
後で見せて貰った方がいいだろうか。
「……っ」
住人と思われる人とすれ違う。
横目で様子を盗み見た瞬間に視線が合い、私は思わず隣いた誠人さんのマントを握っていた。
あまり顔色の良くなく、鼻が平べったくて腫れぼったい目―――何だか、嫌な人相。
人の顔を見てそんな事を言うのは良くない事だと思うけど、嫌な感じが消えない。
「……あれ?」
何か、既視感を感じる。
何だろう。どこかで、似たようなことを聞いたような―――
「お、宿屋やね」
と、聞こえてきた声に私は現実に引き戻された。
どうやら、探していた宿屋に着いたみたいだ。
薄暗くて寂れた感じのする小さな宿屋。ランプに照らされた建物の中は、少し不気味な印象を受けた。
……あ、そういえば宿屋の名前を見逃しちゃったか。
「こんちゃー、一部屋借りたいんやけど、大丈夫?」
「大所帯だな……ま、大部屋は空いてるぜ」
受付の人は普通の顔をしているけど、何となく薄ら笑いを浮かべているような気がして、私は思わず目を逸らした。
幽霊がいる気配は感じない……けれど、そこかしこから物音が聞こえてくるような感じがする。
「で、ちょいと聞きたいんやけど。うちと同じような黒髪黒目の男の子がここに泊まっとらん?」
「いねぇよ。ほら、301号室だ。とっとと行きな」
じっと、ミナちゃんが受付の人の目を見ている。嘘か本当かを判別しているのだろう。
いづなさんが鍵を受け取って、受付から離れる―――ミナちゃんは、小さく首を横に振っていた。
という事は、ここには煉さんはいないっていう事なのだろう。
受付から会談へと向かい、いづなさんはようやく口を開いた。
「どうやら、本当に来とらんみたいやね」
「ジェイの事は聞いてみなくてよかったの?」
「リルリルを連れて来とるんやろ? せやったら、聞くまでもなく向こうが気付く筈や」
そうか……リルちゃんなら、私達が来れば匂いだけで発見してくれる筈だ。
それだったら、下手に動かない方がいいのかな?
「とりあえず、邪神の復活には間に合ったんや。煉君の危機にも間に合っとると考えてええやろ。
つばきんの予言では、煉君がやられるんは邪神が復活してからの事らしいし」
「……ん」
「ちょっと、ミナ。分かってるの? これは煉を後回しにするって―――」
「いい。レンは、きっとだいじょうぶ」
いつも通りの無表情で、ミナちゃんが頷く。
一番心配してたはずなのに、いいのかな?
「とりあえず、今日ももうすぐ日が暮れる。ずっと移動やったし、ここは休んどいたほうがええ。
ただし、気だけは抜いたらあかん。誰かが見張っといた方が―――」
「リコリスに、やって貰う」
「……成程、確かに適任やね」
ミナちゃんが掲げた腕輪に、いづなさんは小さく口の端に笑みを浮かべた。
ミナちゃんの付けている腕輪―――あそこに、リコリスさんが封じられているらしい。
魔力を分け与えればいつでも呼び出せるらしいけど。
「オレは、夜になったら周囲の探索に出るつもりだ」
「……助かるけど、大丈夫なん?」
「何とかするさ」
誠人さんは、外へ見回り……あぅ、そういえば同じ部屋だった。
ちょっとほっとしたような、残念なような。
と―――そこで、お姉ちゃんが私に話しかけてきた。
『椿、ワタシも誠人に付いて行こう』
「ぇ……お姉ちゃんも?」
『少々気になる事があってな。邪魔はしない、と伝えてくれ』
「うん……」
お姉ちゃんの言葉に頷く。
これは、私の体を借りて一緒に行くっていう事だろう。
お姉ちゃんは能力のおかげで人に見つかり辛いから、きっと誠人さんの助けになれる筈だ。
頷いて、私は誠人さんのマントを引っ張った。
「む、どうした桜?」
「ぁの……お姉ちゃんが、付いて行きたいそうです……邪魔はしない、って」
「付いて来てくれるのか? 椿が来てくれるのならばこちらとしても安心できるが」
「……は、はい」
ちょっと、嫉妬。
お姉ちゃんは誠人さんに信頼されてるんだなぁ。
羨ましいとは思うけど、でも誠人さんにお役にたてるのならそれでもいいかな。
「ほんなら、とりあえず休憩や……皆、しっかり休んどき」
いづなさんの声とともに部屋の中に入る。
これから、忙しくなりそうだ―――
《SIDE:OUT》