67:引き裂かれた仲間
※連絡
キャラクター紹介に誠人のイラストを追加しました。
《SIDE:REN》
それは、一瞬の事だった。
襟首を捕まれ、引っ張られたと思ったら、一瞬で周囲の景色が変化していたのだ。
椅子に座っていた姿勢から突然放り出され、思わずその場に尻餅をつく。
周囲は木々に覆われた景色に包囲され、枝葉で埋め尽くされた空を見上げながら俺は呆然と呟いた。
「……何か、いつだったか同じ事があったような」
乾いた笑みを浮かべ―――嘆息する。
かつてこの世界に来た時とは色々と状況が違うが、途方に暮れているのは同じ事だ。
俺は立ち上がりつつ、周囲の様子を観察した。
森の中ではあるが、視線の先では木々の間から光が漏れているのが分かる。
運よく浅い所に放り出されたようだ。
そちらの方へ向けて歩き出しながら、深々と嘆息する。
「さっきのあの声、アルシェールさんだったよな……何なんだよ、一体」
突然俺を拉致った理由がさっぱり理解できない。
何でいきなりこんな所まで連れてきて、しかも俺一人だけ放り出してどこかにいったんだ?
つーか、ここは何処だよ?
「はぁ……仕方ない。とりあえず、森から出るか」
半ば愚痴のような呟きを吐き出しつつ、この森から出るために歩き出す。
せめて転移する前に説明の一つでもしてくれればよかったのに。
とりあえず、状況を整理してみるか。
俺はさっきまで、リオグラスの王都フェルゲイトの王宮で、王女様と話をしていた。
仲間たちも一緒だった。そこまではしっかりと覚えている。
けれど、突然誰かが俺の襟首を掴んで、《転移》の魔術式を唱えたのだ。
聞き覚えのあるあの声は、確かにアルシェールさんだった。
つまり、俺をここに連れてきたのはあの人だと言う事だが―――
「そこまではいいとして……ここは何処だ?」
アルシェールさんが俺だけを連れて来たがる場所と言うのが思いつかない。
そもそも、何故俺だけなのか。
あの人が俺だけをどこかへ連れて行く理由と言うのがそもそも思い浮かばない。
兄貴に執着している所はあるから、俺じゃなくて兄貴を連れて行ったというなら納得はできるんだが。
「うーむ……」
で、場所についてだが……このタイミングで過去の英雄絡みとなると、やはり邪神の話しか思い浮かばない。
ええと、土地の名前は何だったっけか……確か、サムヌイス?
とにかく、そのサム何たらとか言う土地に連れてこられた可能性が高い。
改めて、何で俺なんだろうか?
「邪神絡みなら兄貴を連れてくればいいだろうに……ホント、何で俺なんだ」
まあ、本人がここにいない以上、分からない理由を考えた所で意味は無いだろう。
で、となると俺は何故こんな所に一人で放り出されたのか。
まさか、俺一人で邪神を倒せとか……?
「いやいやいや、そんなまさか」
兄貴が決死の覚悟でようやく倒したようなのと同じレベルの相手だぞ?
俺が何とかできる相手じゃないに決まってるだろ。
それに、アルシェールさんだってそれ位は分かってる筈だ。
気付かれない位置から最大威力で狙撃するとかそういうのでもない限り、俺が邪神にダメージを与えられる筈が―――
「……」
自分で考えて、思わず納得してしまった。
俺の銃に込められた魔術式は、二千年前に現われた邪神を倒す為に、当時の魔術式使い達の手によって作られた魔術式だと聞いている。
つまり、背信者は一応邪神に通用する武器なのだ。
そしてアルシェールさんは、この武器の仕様を最も詳しく知っている。
まさかとは思うが……俺に狙撃させるつもりだった?
「……考えないようにしよ」
現実逃避しても全く解決にはならないが、どうにも考えたくない説だった。
いや、エルロードの話を聞いた以上、邪神と戦わなくてはならないのは分かってるんだが。
そう考えると、狙撃だけで済むのは気が楽と言えば楽なんだけどさ。
「モチベーション上げろって言われても無理だろ、この状況」
たった一人で見ず知らずの土地に放り出され、物資も何もないまま邪神と戦え?
無茶言わないでくれ。というか、せめて食料ぐらいあってもいいだろ。
いくら通用する武器を持ってるからと言っても、一人で戦うのは絶対に不可能だ。
とにかく、現状を何とかしなくては。
「よっと……」
そんなこんな考えている内に、森から脱出する事に成功する。
空はあまりいい天気ではなく、目がくらむ事はなかった。
開けた視界に映ったのは、遠くまで続く景色。
どうやら、断層によって小さな崖のようになっている場所にこの森はあったらしい。
遠方まで続く景色の向こう、白い砂浜と青い海を見つける事ができた。
「……普段なら喜びたい所なんだけどなぁ」
海なんて見るのは久しぶりだが、今この状況ではテンションも上がらない。
当然だろう。何せ、今回復活しようとしている邪神は『忌まわしき海の王』なのだから。
いっそ、この森に隠れたまま狙撃してしまおうか。
しかし、どの場所から邪神が復活するのかも分からないし、そもそも今日明日に復活するのかすら定かでは無い。
相手の位置が分からない限り、狙撃ポイントを定める事は不可能だ。
「はぁ……ついてねぇな、ホント」
嘆息する。
とりあえず、人のいる場所を探さなくては。
それで邪神信仰の集落とやらに到着してしまったら洒落にならないが。
……心細い。
仲間がいないって言うのは、ここまで辛いものだったなんてな。
「……桜も、こんな気分だったのか?」
あいつの場合は椿もいたんだろうが、それでも頼れる人間が殆どいなかったのは事実だろう。
今の俺は、頼れる人間が何処にもいない。ここが何処だかも分からない。軽く生命の危機だ。
―――深々と、嘆息する。
「はぁ……とりあえず、漁村でもないか探してみるか」
断層を迂回するように森に沿って歩き出す。
多分、どこかで降りられるような場所があるだろう。
暗く淀んだ空を見上げ、俺は深々と嘆息した。
《SIDE:OUT》
《SIDE:MASATO》
高速馬車で王都を出発してから半日強。
ほぼ全速力で馬車を走らせ、日付が変わった頃にようやくゲートへと到着した。
かなりの揺れのおかげで眠る事も出来なかったが、休んでいる時間も無い。
「と、とりあえずシルフェ姐さんの所に行こか」
若干ふらついているいづなの言葉に、オレ達は頷く。
煉が連れ去られてからしばらく経ってしまっているが、いづなは可能な範囲での最速の方法をオレ達に提示した。
ゲートまでは高速馬車で移動、ゲートからファルエンスまで転移魔術式陣で移動し、そこからはシルフェリアの人工精霊でサムヌイスまで飛ぶ。
《転移》の魔術式が使えない以上、これが最善手だろう。
「でも、協力してくれるかしら?」
「微妙やね……でも、協力して貰わなあかん。正直、この案でも間に合うかどうかは不安なぐらいなんや。
せやけど、間に合わせなあかん。この際、お金積んででも借金してでも協力して貰うで」
いづなの声に篭っているのは強固な意志だ。
仲間は決して見捨てないという、固い決意。
「とりあえず、屋敷に戻るで」
「了解」
いづなの言葉に従い、オレ達は屋敷へと向かって行った。
「―――シルフェ姐さーん! ちっと頼みたい事があるんやけどー!」
屋敷に戻ったオレといづなは、すぐさま陣からファルエンスへと飛んだ。
そして、シルフェリアの工房の方へ向けいづなが放った一言目がこれである。
こんなので頼みを聞いて貰えるのか?
正直微妙な気はしたが、穴倉から顔を出す熊のようにシルフェリアは現れた。
「……何だ、いづな。人が実験をしているというのに」
「ちっと、人口精霊を造って貰いたいんや。サムヌイスっちゅー土地に行かなきゃならんのや」
「断る、面倒事は嫌いだ」
「まぁまぁ、ちっと訳だけでも聞いてほしいんや。実は、邪神が―――」
―――次の瞬間、オレは思わず目を見開いていた。
シルフェリアが、驚愕の表情と共に口の端に咥えていた煙草を落とし、いづなの肩を掴んだのだ。
「邪神が現れたのか!?」
「うぇ……!? せ、せや。つばきんの《未来視》でも姿を確認したで」
「ジェイはどうした!?」
「えと、もう向かってもうたと思うんやけど……」
いづなの言葉を聞き、シルフェリアは舌打ちと共に壁を殴りつける。
何だ、この反応は?
この女が、こんな感情的な反応を見せる所など初めて見た。
一体何があったと言うんだ?
「えと……とりあえず状況を詳しく説明するとやな、とつぜんアルシェールさんが煉君を連れ去って、そんでそれを追ってジェイさんも転移してもうたんやけど―――」
「あの女……成程、そういう事か。どうやら、相当に厄介な事になっているらしいな」
足元に落ちたタバコを踏み消し―――どちらかと言うと苛立ちを底にぶつけているという風情だったが―――シルフェリアは納得した表情で頷いた。
だが、普段澄ましているか不敵な笑みの浮かんでいるその顔には、苦々しげな表情が浮かべられている。
こいつがこんな表情をするとは……それほど状況が悪いのだろうか。
「……それで、貴様らが行って何の意味がある? 邪神に通用する力を持つのはあの小僧だけだろう?
貴様らが行っても邪魔になるだけだろうが」
「……うちらかて、出来る事なら関わりたくもないんやけどね」
いづなは嘆息を漏らす。
オレ達には、退けない理由があるのだ。
煉が連れ去られ、このままでは殺されるというのもあるが―――あの女の話もあるのだ。
「エルロードの言葉なんや。うちらは、邪神に関わる必要がある……と思う」
「……成程な。あの女め。全てその為の布石だったという訳か―――クソッ!」
毒づき、シルフェリアは地団太を踏むように地面を蹴りつける。
何をそんなに腹に据えかねているのかは分からないが、何とか話をする事は出来たな。
後は相手の反応だが―――
「……いいだろう。人工精霊を造ってやる。ただし、貴様ら全員を乗せるとなると最低でも明朝まではかかるぞ。それも、片道分だけだ」
「分かっとる。それでも、行かなあかんのや」
「フン……分かったなら精々体を休めておけ。邪神を甘く見ない事だ」
そう吐き捨てると、シルフェリアは踵を返して再び工房の方へと姿を消して行った。
その背中を見送り、互いに視線を合わせて―――小さく、息を吐きだす。
どうやら、第一の関門をクリアすることは出来たようだ。
「とりあえずはこれでええ」
「ああ、そうだな。あまり根を詰め過ぎても勝てはしない。コンディションは保たなくてはな」
とりあえず、屋敷の方へと戻る為に踵を返す―――そんなオレの耳に、小さな声が届いた。
この声は……間違いない、シルフェリアだ。
『世界を恨み尽くせ、運命を呪い尽くせ、か―――既に終わってるモノ相手には、意味のない言葉だ』
妙に引っかかったその言葉に、オレは思わず足を止める。
そのシルフェリアの言葉と、かつて椿から聞かされた言葉が重なった。
『世界を呪った所で、意味はない。運命を罵った所で、自己満足にしかならん。
そんなものは、絶望しているのと同じ事だ。そうしてしまえば、二度と前には進めない』
あの日、眠る桜の前で椿はそう言っていた。
抗いようもないモノに対して恨み言を吐きかけても意味は無いと、あいつはそう言っていた。
それとは相反するような、先程のシルフェリアの言葉―――それが、どうしても耳に残る。
世界を恨み、運命を呪い―――そこに、意味があるのだろうか。
シルフェリアは、それに意味があるように言っていた。
『既に終わっているモノ』と言うのが何を指すのかは分からないが、それ以外には意味があるのだとあの女は言っているのだ。
一体、何の事を言っているのだろうか?
しかしいくら耳を澄まそうとも、続く言葉が聞こえてくる事は無かった。
「……まーくん? どないしたん?」
「……いや」
疑問符を浮かべたいづなに、首を振る。
ただでさえ切羽詰まった状況なのだ、あまり妙な事を考えている場合ではない。
深く考える暇など、戻ってくればいくらでもある。
今はただ、仲間を助ける事だけを考えろ。
「戻ろう、いづな……あいつらも、報告を聞きたがっている筈だ」
「せやね……それに、流石にお腹も空いたし。腹が減っては戦は出来ぬ、やからね」
くすくすと笑みを浮かべながらそう呟くいづなに、こちらも小さく笑みを浮かべる。
切羽詰まった状況とは言え、緊張がいつまでも続く訳ではない。
休める時には休んでおいた方がいい、という事だ。
「明日は忙しくなるんや……ミスれない状況に突っ込んでいくんやし、せめてしっかり食べてしっかり休む。
それが、今うちらに出来る最善や」
「それはフリズやミナに言ってやった方がいいと思うぞ?」
「せやねぇ。あの二人、結構焦っとるみたいやし」
肩を竦めるいづなに、こちらも頷く。
さてと、明日からは忙しくなるな―――
《SIDE:OUT》