65:王と騎士
「悪いわね、彼の代わりになってもらうわ」
《SIDE:TSUBAKI》
やれやれ、ワタシをスパイ扱いするとは、いづなもいい性格をしている。
この世界でも霊感を持ってる人間の割合は低いようなので、ワタシの存在がばれる事は殆ど無いのだが―――どうやら、あの眼鏡の男はワタシの姿が見えるらしい。
なので、《未来視》を使いながらバレないように付いて行っているのだ。
一応言っておくが、ワタシは普段からこんな他人の私生活を暴くような真似はしていない。
まあ、それでも俯瞰しながら見ているだけで、普通では見えないような情報が入ってきてしまう物だが。
例えば、煉。
一見するだけならば、ごく普通の少年だ。
殺人に対する忌避感が異様に欠如しているが、暴走しないように別の価値観で押さえつけてあるようだからそこまで問題がある訳ではない。
自分自身の意思を持った存在であるとも言えるだろう。
が―――その実、彼はコンプレックスの塊だ。
それが表面上に現われている訳では無いが、彼は『自分だけの物』を決して手放そうとはしない。
自分には無いものを持つ者に対しての嫉妬は、自分だけの物に固執する支配欲となっているのだろう。
誠人ならばどうだろう。
驚くほど大人びているように見える男だが、その実中身まで大人と言う訳ではない。
シルフェリアによる性格の改造に為に大人びて見えるが、あれで意外と激情家なのだ。
そして、そういう己を制御できない未熟さに対して、あいつは苛立ちを覚えている。
同い年のいづながあれほど立派に人を纏めているのに焦っているのだろう。
が、そのいづなとて己を制御し切れているわけではない。
いづなは、天性の『人の上に立つ才能』を持っている。
王者の気質と言うべきか、人を取り纏め、人を笑顔にする―――望んでも得られぬような気質だ。
実際、彼女はそれを遺憾無く発揮してワタシ達のリーダーを務めている訳だが。
が……彼女はそれ以上に、孤独を嫌っている。
王者の気質を持つというのに、王者の孤独を嫌っているのだ。
故に彼女は、自分からリーダーなどとは言い出さない。それが、彼女なりのせめてもの抵抗なのだろう。
『やれやれ……』
話が盛大にそれてしまった。
とにかく、ワタシは他者の観察が得意と言う事だ。
そうやってあのジェイと言う男も見張っている訳だが―――彼もまた、かなり歪んだ人間のようだ。
彼はまるで、戦う事だけが己の価値だとでも言うような生活をしているのだ。
まず、彼には趣味と言うものが無い。
仕事の無い日は一日中寝るか瞑想するか。強いて言うなら酒を飲んでいるか。
普通は、どんな人間でも戦うだけの生活など続けられる物ではない。
人は誰しも、気分転換の出来る趣味を持っている物だ。
だが、彼はそうではない。
受ける依頼も全て戦闘系、まるで戦う事だけが己の価値であるかのように、彼は戦い続けているのだ。
一体何が彼をそこまで駆り立てるのか―――ワタシは、それが気になっている。
『さて、と……ここが謁見の間とやらか?』
《未来視》を使って気付かれない位置を探しながら、首だけ壁の向こう―――ジェイたちが入っていった部屋へと突っ込んでみる。
その中の光景は、ワタシの予想とは違う物だった。
てっきり王が玉座に据わる広間みたいな物があると思っていたのだが、そこにあったのは円卓の置かれた会議室。
その中で、ジェイは出入り口に一番近い席に座りながら、正面にいる男へと話しかけた。
「傭兵隊『黒狼の牙』、召喚命令に従い参上した。今回の依頼は―――」
「おいおい、そんな他人行儀にしないでくれよ、ジェイ。
ま、ともあれご苦労だったなフォールハウト公、それにリンディオとリンディーナも」
正面にいる男―――銀の髪に蒼い瞳を持つ、豪奢な出で立ちの男。
その特徴からも間違いないだろう。彼はこの国の国王―――
「……おいレオンハイム、わざわざ気を遣ってやってんだから空気読め」
「何言ってんだよジェイ。ここにいる連中は全員お前の事知ってるんだぜ? 昔通りでいいんだよ、昔通りで」
「ったく……」
……しかし、これは驚いたな。
ジェクト・クワイヤードとリオグラス国王レオンハイムはかつて親友同士だったと言う話は聞いていたが、まさかこれほどとは。
「……俺の名を明かすのか?」
「そりゃ、調査次第だな。本当に邪神が復活したのであれば、お前の名を使わせて貰う」
「そーかい」
親友同士と言えど、王としての在り方は貫くか。
国の為、親友を利用する程度には上に立つ者としての覚悟はあるようだ。
……まあ、ワタシが偉そうな事を言える立場では無いだろうが。
この部屋にいる人間はそう多くは無い。
まず、我々の知り合いであるジェイ、そしてリル。そういえばいつの間にかリコリスが姿を消しているが、何処へ行ったのだろうか?
この国の人間は国王レオンハイム、そしてフォールハウト公爵、騎士団隊長のミューレ姉弟。
後はワタシも顔を知らぬほんの数人の人間だ。
恐らくは宰相やら国の幹部なのだろう。
ジェイの正体、即ちジェクト・クワイヤードの生存を知る者はこれほどまでに少ないと言う事か。
「それで、状況は?」
「オルグス、説明しろ」
「はっ……」
国王の命を受け、立ち上がったのは文官姿の男だった。
彼は地図を取り出すと、円卓の中心に広げる。
「報告があったのは、グレイスレイドの南、海岸線沿いのこの位置です」
「特に何も無いが……突然集落ができていたんだったか?」
「その通りです。そして、ここが―――」
オルグスと呼ばれた男は、指差していた位置から少しだけ、その示した位置を下げる。
そこは、グレイスレイドの南の海上。
「かつて『忌まわしき海の王』が封印された場所です」
「そんな位置に邪神信仰の集落か……成程、確かに復活を目論んでるみたいだな。
だが、そんなものはグレイスレイドが黙っていないだろう?」
「その通りです。実際、既に教会騎士団が派遣されています」
流石は大国、己が国の領土にそんな存在を許しはしないか。
だが、それでは既にその集落とやらは粛清されてしまったのではないか?
ワタシ以外の者達も、同じ考えであったようだが―――オルグスは、首を横に振った。
「間者の報告では、派遣された騎士団からの報告は途絶えているそうです。
騎士団に紛れ込ませていた間者からの報告もありません。恐らくは―――」
「……成程な」
その言葉に、ジェイは目を細める。
どうやら、予想以上に厄介な状況らしい。
しかし、そんな集落に大国の騎士団を退けるだけの力があるのか?
あるとするならば、それは―――
「……邪神の眷属か。どうやら、そのパーティの主催者はとんでもない腐れ野郎みたいだな」
魔人か魔物かは知らないが、その集落を護る存在がいるらしい。
それを何とかしなければ、集落の全容を調べる事すらできないか。
となると、どうするべきか。
「流石に、グレイスレイドの領地だ。リオグラスの騎士団を動かす訳にも行かない」
「で、俺って訳か……まあ、それは構わんがな」
茶化すような真似はせず、ジェイも頷く。
彼は横目でリルの様子を見ながら、肩を竦めつつ声を上げた。
「それで、グレイスレイドの様子はどうなんだ?」
「聖騎士団を動かしているようです。『聖女』や『七徳七罪』までもが動いているようですね」
「……邪神無しだったら手を出すまでもねぇじゃねぇか」
「あるかもしれないから困ってるんだろうが」
口の端に笑みを浮かべながら言う国王に、ジェイは嘆息する。
聖女と言うのは聞いた事がある。宗教国家であるグレイスレイドで、教皇の上に立つ存在。
神により唯一永遠の命を許された、などと宣伝している人物だ。
そんな存在が動いている……やはり、邪神の復活はそれほどまでに重大な事態という事か。
しかし、七徳七罪と言うのは何だろうか?
ワタシは聞いた事も無いが―――
「とにかくだ、ジェイ。お前は、ここに行って邪神の復活についての真偽を調べてこい。
復活させようとしているならばその元凶の排除、そして復活してしまったならば―――」
「邪神そのものを滅ぼして来い、か……全く、無茶な注文を付けてくれやがる」
そう言いつつも、彼の口の端に浮かんでいるのは皮肉気な笑み。
本当に、この王の事を信用しているのだな。
「……今回は俺とリル、そしてうちで預かってる奴を一人連れて行く」
「何?」
「邪神に通用する力の持ち主だ。お膳立てさえしてやれば、しっかり役に立つだろうさ」
「ふむ……まあ、お前がそう言うのであれば。戦力が多いに越した事もないからな」
邪神に通用する力……煉の持つ銃の事か?
となると、ワタシ達は付いて行けないか……拙いな、つい先ほど話し合って、邪神とは関わらなくてはならない事になっていたのだが。
無理矢理付いて行こうとしても無理だろう。となれば、ワタシ達だけで何とかしなくてはならないか。
幸い、場所に関してはワタシが覚えた。後は時間さえあれば―――そう思っていた、瞬間だった。
『―――ッ!?』
突如として、ジェイとミューレ姉弟が愕然とした表情でその場に立ち上がったのだ。
バレたのかと思って身を固くしたが―――どうやら、違うようだ。
突然の行動に、王や公爵も目を丸くしている。
「ジェ、ジェイ? どうしたんだ?」
「……のバカがッ! リンディーナ、追えるか!?」
「ちょ、ちょっと待って! いきなりお母様の転移をトレースしろとか言われても―――」
「行先なんて一つしかないでしょう! 早く目的地への転移術式を完成させてください!」
「な、何だ? アルシェール殿がどうかしたのか!?」
いきなり慌て始めた三人に、場が騒然となる。
話を聞く限り、どうやらアルシェール・ミューレが何かをやらかしたようだが。
一体、何を?
そんなワタシの疑問に答える訳ではないだろうが、ジェイは切羽詰まった声音で叫ぶ。
「アルシェの奴、うちの連れを一人捕まえて転移しやがった! 俺を抜きに邪神を倒すつもりだ!」
「な……!?」
連れ……という事は、まさか煉か!?
あの魔術式使い、何故一人で先走るような行動をとった!?
これはいづなたちに知らせねばならないか―――ワタシはそう独りごちると、すぐさま仲間たちがいる方へと飛んで行ったのだった。
《SIDE:OUT》
《SIDE:MASATO》
「ほんでな、その時にこの二人は勝負に熱中し過ぎて―――」
「ちょ、ちょっといづな!」
「何も王女様の前で身内の恥を晒さなくてもいいだろ……」
「うふふふ、仲がいいのですね、お二人とも」
王宮の一角にある、薔薇の咲き誇る庭園。
その中心にあるテーブルに着きながら、オレ達は王女とお茶会と言う分不相応にも程がある対応を受けていた。
こういう時に、全く気負う事なく喋れるいづなが羨ましくなる。
「ふふふ……良かった。ミナのお友達がみんないい人ばかりで」
「そりゃ、ミナだからな」
「いい人以外は近づけへんやろ」
「ふふ、それもそうですね」
しかし、本当に十歳そこらには見えないほどしっかりしているな。
リオグラス王家の人間は普通のヒューゲンよりも遥かに寿命が長いと言うし、こう見えて実は年齢が上、と言う可能性も―――
「……いや、考えないようにしておくか」
「……どう、しました……?」
「いや、何でもない」
首を傾げて見上げてきた桜に首を振り、オレは小さく嘆息する。
これだけの無礼を許して貰っているのだから、これ以上は踏み込まないようにしよう。
全く、損な性分だ。
「……少しだけ、ミナが羨ましいです。大好きな人や、そんな風に信頼し合える仲間……わたくしも、そんな出会いが欲しい」
「……ルリアなら、だいじょうぶ」
「ふふ……ミナは優しいですね」
やはり、王女には王女なりの悩みと言うものがあるのか。
それを贅沢と言い切ってしまうのは簡単だが―――高貴な身には高貴な身なりに、それだけの重責を背負っているものなのだ。
こんな幼い少女がどれだけの責任を背負っているのか、オレ達には到底推し量る事は出来ない。
彼女は、遥かに遠い存在だ。だが―――
「それなら、あたしたちが友達になってあげるわよ」
「え……?」
「ミナがここまで信用する相手だもの。あたし達だってあなたの事を信じられる。
だから、あたしたちが友達になってあげる。困っている時には助けてあげるから」
「フーちゃんやなぁ」
苦笑するいづなに、フリズは不敵な笑みを浮かべる。
人間関係については臆病さを知らないフリズならば、ここで踏み込める―――いづなも、それは分かっていたのだろう。
どんな人間が相手でも、フリズはとりあえず信じる。
裏切られて傷つく事までを覚悟して、他者に手を差し伸べる。
それが、フリズ・シェールバイトと言う少女だ。
どんな彼女の掌を目を丸くしながら見つめていた王女は―――そこで、満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう、フリズさん」
「呼び捨てでいいわ。ミナの事だって愛称で呼んでるんだし。皆だって、構わないわよね」
振り返るフリズに、煉は苦笑交じりに肩を竦め、いづなも同じような表情で頷く。
オレもまた頷き―――桜も、それに倣った。
オレ達のその姿を見た王女は、ますます嬉しそうな笑みを深める。
「それじゃあ……ありがとうフリズ、それに皆さん。わたくしの事は、ルリアと呼んでください」
「……せめて、ルリア王女で勘弁してくれ」
「まーくんは固いなぁ」
呆れたようにいづなが言うが、どちらかと言えば呆れたいのはこっちの方だ。
どうしてそこまで軽い態度で接する事が出来るのかさっぱり分からない。
まあ、このメンバーに常識を求める事などまるで―――そう、思っていた瞬間だった。
「―――ちょっと、付き合いなさい」
「え―――」
唐突に、煉の後ろに黒い服の少女が現れ、次の瞬間にはその二人の姿が消え去っていたのだ。
あまりにも一瞬の事に、全員が呆然とそこを凝視し―――真っ先に立ち直ったいづなが、血相を変えて立ち上がる。
「アルシェールさん!?」
一瞬の事であったが、見覚えはある。
あそこに立っていたのは、間違いなくアルシェール・ミューレだ。
和やかなお茶会が一転、一気に緊迫した空気が漂う。
「な……何、どういう事よ!? 何であの人が―――」
「あ……ああああああああああ……ッ!」
「ミ、ミナちゃん……!?」
桜が、思わず驚愕の声を上げる。
煉の座っていた場所を呆然と見つめていたミナが、いきなり頭を抱え、絶望の混じった声を発したのだ。
彼女がここまで感情を露わにする所など、今まで見た事も無い。
「ダメ、このままだと……また、終わってしまう……!」
「ミナっち!? しっかりせい、ミナっち!」
いづなが立ち上がり、肩を掴んで揺らすが、ミナの反応は無い。
これは……何だ? 一体、何をこんなに動揺している?
と、そこで沈黙を保っていた王女―――ルリアが声を上げた。
「お父様の所へ行きましょう」
「え……?」
「アルシェール様が動いているという事は、何か関係している筈です。父を問い詰めます」
「だ、大丈夫なん?」
「友が苦しんでいるのに、何もせぬなど……わたくしには出来ません」
そう言って、ルリアは立ち上がる。
オレ達を父―――即ち、王の元へと案内しようと言うのだろう。
が、その直後、周囲に複数の人影が現われた。
この国の鎧を纏った騎士……つまり、この王女の護衛か。
立ちはだかった彼らへ向け、ルリアは鋭い視線を向ける。
「退きなさい。わたくしの命が聞けないのですか」
「お止め下さい、殿下。王は現在、公爵と面会中です」
「退きなさいと言っているのです!」
びりびりと、空気を震わせる気迫。
だが、騎士たちもそれに押される事なく立ち塞がる。
流石に国を敵に回す訳にも行かず、オレ達は視線を見合わせる―――が。
そこで、ゆらりと立ち上がる影があった。
「……立ち止まっては、ダメ。決して、諦めない……」
「ミーナリア様、貴方様もどうか―――」
「―――リコリス!」
騎士たちの諌言をきっぱりと無視し、ミナは右手を―――いや、その腕に嵌められた腕輪を突き出す。
刹那、くすんだ金色をしていた腕輪が輝きを放つ。
そして、その光の中から現れたのは、紅い髪を持つメイドの姿。
「固有魔術式、《光糸》が魔術式書、リコリス。ここに参上しました。
我がマスター権限は貴方に譲渡されております、ミーナリア様」
「……うそん」
唖然とした表情で、いづながそう呟く。
今聞いた話を鵜呑みにするならば―――リコリスは、《光糸》と呼ばれる魔術式を刻まれた魔術式書そのものだという事だ。
意思を持つ魔術式書など、見た事も聞いた事も無い。
が、そんな事は全く気にせず、ミナはリコリスへ向けて命じる。
「わたしは、お父様達の所へ行きたい」
「了解いたしました、我が主。貴方と、貴方のお仲間には指一本触れさせはしません」
リコリスは手を開く。
その指に一本ずつ宿るのは、蒼い光を放つ魔力の糸。
「―――退け、下郎共。我が主は、そこを通る事をお望みだ」
―――そして、《光糸》が放たれた。
《SIDE:OUT》