64:王都フェルゲイト
彼らの存在は気まぐれか、それとも必然か。
《SIDE:MASATO》
「うわぁ……」
ポツリと、フリズの感嘆の声が耳に届く。
リオグラス王都フェルゲイト。そこは、巨大な白い外壁に包まれた街だった。
この街は平民の住む一般区、貴族や有権者の住む上流区、そして城の建つ王宮区の三重構造となっている。
それぞれの間が厚い壁で覆われており、王宮まで攻め入るのには非常に難しい構造となっているようだ。
「こら凄いなぁ……やっぱり、大国のお膝元となれば凄く整っとるもんやね」
「ミナは来た事あるのか?」
「ん」
周囲の整った街並みを見回していた煉が、ミナに問いかける。
やはり、公爵令嬢と言うだけあって、ミナは王宮にも何度か来た事があるようだ。
特に恐がっている様子もないし、危険も無いようだな。
今オレ達は、上流区を通り抜けようとしている所だ。王宮の門のすぐ傍まで来ている。
周囲を固めていた兵士達はまだ着いてきているが、王宮まで入れるのだろうか。
公爵の手勢ならば、そこまで行けても不思議は無いと思うが。
「―――おい、小僧共」
「兄貴?」
と、ここで馬車の中にいたジェイが顔を出した。
走行中にもかかわらず軽々と馬車から飛び降り、オレ達の方へと歩いてくる。
「俺と公爵は、これからあのバ……国王に面会する事になる」
「……今、あのバカとか言おうとしとったような」
半眼で言ういづなの呟きを完全に聞き流しつつ、ジェイは続ける。
「お前達は……まあ、流石にそこまでは着いて来れないだろうからな。
王宮までは入れるだろうから、そこでミナの護衛という事でミナに付いていろ」
「護衛って……王宮の中で?」
「公爵を敵に回すようなバカはそうそういないと思うが、まあ念の為だ」
肩を竦めながら言うジェイに、煉はとりあえず頷く。
一応、オレ達も王宮には入れるようだが……邪神についての情報は聞けないようだな。
今は少しでも情報が欲しいんだが。
「とにかく、余計な真似はすんじゃねぇぞ?」
「そりゃ、王宮でまで妙な事はしないさ」
流石に捕まりたくはないからな。嘆息交じりに、煉の言葉に頷いておく。
しかし、やはり情報は欲しい。となると―――ここはやはり、椿の出番か。
横目でちらりといづなの方を向いてみれば、やはり何かを企んでいる様子だった。
まあ、オレ達全員の命運がかかっている可能性もあるのだから、当然と言えば当然だが。
「俺の話は以上だ。それじゃあ―――」
「―――ジェイいいいいいいいいいっ!!」
突如―――そんな奇声が、何処からか響いてきた。
それと同時、ジェイの表情がげんなりとした物に変化する。
彼はその声が何処から聞こえてきたのか分かっているようで、その視線を上へと向ける。
「……?」
オレ達も釣られて、視線を上へ。
視線の先では―――ちょうど、長い金髪を髪でなびかせた女がオレ達の方へと墜落してきている所だった。
「って、オイイイイイッ!?」
ちょうどぶつかりそうな位置にいた煉が、ツッコミの言葉も思いつかぬままにミナの手を引いて退避する。
そして一瞬と間を空けずその女は、煉がいた場所へと足元の石畳を粉砕しながら着地した。
若干陥没している地面に周囲の人間達が戦々恐々とした視線を向けるが、そんなものなど何処吹く風と言うように、彼女はジェイに芝居がかかった動作で近付く。
まさか、この巨大な城壁の上から飛び降りてきたのか……?
「うふふ。会いたかったわ、ジェイ! こうやって直接顔を合わせるのって何年ぶりかしら!」
「……忘れたが、とりあえず何でお前がここに来てるんだ、リンディーナ」
リンディーナと呼ばれた女……長い金髪に緑の瞳を持った、エルフィーンと思われる人間。
何やら白い制服だか軍服のような物に身を包んでいるが、ぴっちりとした服装でもその胸の豊満さを隠しきれていない。
それに対してフリズが恨めしげな視線を向けていたが、いつもの事なので気にしないでおく。
「そんな他人行儀な呼び方しないでよ。リン、って呼んで♪」
「それだとお前の弟と被るだろうが」
「いいのよ、あんな愚弟の事はどうでも」
「―――良くないですよ。大体、公爵に挨拶もなく何をやってるんですか」
ここで、更に新しい声が響く。
それは、オレ達の進行方向―――即ち、王宮を包む外壁の門の前から聞こえてきていた。
視線を向ければ、そこにいたのは長い銀髪を首の後ろで纏めた、眼鏡をかけた男。どうやら、彼もエルフィーンのようだ。
リンディーナと同じ緑の瞳を持った彼は、形のいい眉を不機嫌そうに歪めながら嘆息する。
そんな彼に向けて、ジェイは小さく嘆息した。
「リンディオ。このアホを何とかしろ」
「何とかなるならとっくに何とかしてます……と、挨拶が遅れました。
お久しぶりです公爵……そして元隊長。此度の召喚に応じていただき、真にありがとうございます。
正式な挨拶はまた後になりますが―――」
「ぶーぶー。ディオは真面目すぎ!」
「姉さんが不真面目過ぎるだけです」
やれやれと、リンディオと呼ばれた男は再び嘆息する。
先程言っていた弟というのが彼の事なのか。
良く見てみれば、確かに顔の作りなどは良く似ている。
頭痛を感じたように頭を抱えつつ、ジェイは嘆息交じりにオレ達へ向けて声を上げる。
「こいつらは騎士団の騎士隊と魔術隊の隊長だ。一応上将軍の役割だな」
「ぅおう、お偉いさんなんや」
驚いたように、いづなが声を上げる。
そういえば、先程あの男はジェイの事を『元隊長』と呼んでいたな。
と言うことは、彼はこの男の経歴を知っていると言う事か?
エルフィーンならば、あの容姿でも三十年前の事を知っていておかしくは無いと思うが―――
と、彼らはようやくこちらへ―――ミナと共に立っているオレ達へと意外そうな視線を向ける。
ミナの事も知っている、という事だろうか。
「……とりあえず、話すならばせめて門の内側で。どうぞ、お通り下さい」
何やら聞きたそうにしていたものの、王宮の外で話す事ではないと思ったのか、リンディオは俺達を門の中へと招き入れた。
城壁の中へと入れば、その壁に囲まれてあまり見えていなかった宮殿の全容が見えてくる。
白亜の尖塔が三つ、天を衝く様にそびえるその宮殿は、素人目から見ても非常に美しい。
「わぁ……」
オレの隣にいた桜が、感動したような溜め息を漏らす。
まあ、無理もないだろう。オレ達の世界ではまず見ることは出来ないものだ。
宮殿の前に来て、公爵もようやく馬車から降りてくる。
と―――先程までジェイに纏わり付いていたリンディーナは、唐突に彼から離れると、リンディオの隣に並んでリオグラス式の敬礼の姿勢を取った。
「ようこそおいで下さいました、公爵閣下。ここからは王宮近衛騎士隊隊長、リンディオ・ミューレと―――」
「王宮近衛魔術隊隊長、リンディーナ・ミューレがご案内いたします」
「出迎え、感謝しよう」
唐突に変わった態度と空気にも驚かされたが―――それ以前に、ある聞き覚えのある単語にオレ達は硬直していた。
『ミューレ』、だって?
全員―――否、正確にはミナ以外―――が硬直しつつ、ジェイの方へと視線を向ける。
その反応を予想していたのか、彼は嘆息交じりに肩を竦めつつ声を上げた。
「あいつらは、まあ、何つーか……アルシェの、養子? なんだ」
「あの人間嫌いのアルシェールさんが、養子……?」
「しかも、その人達がリオグラスの騎士団で隊長をやっとるん……?」
「まあ、色々あったんだよ。実際、アルシェとの付き合いの長さに関してはこいつらの方が俺よりも長いしな」
「へ、へぇ……」
あまりにも意外すぎる出来事に全員が硬直している中、件の二人の視線がオレ達の方へと向けられた。
思わずびくりと硬直する中、二人の疑問の声がジェイへと投げ掛けられる。
「ジェイ、彼らは?」
「ああ、俺の連れだ。まあ、ミナの護衛とでも思っておいてくれ」
「へぇ。ミナちゃんに友達が出来たのね……うん、よかったよかった。お姉さんも安心よ」
リンディーナは、ミナと―――彼女を背中に庇うような形になっている煉へと視線を向けた。
ミナの、煉を信頼しているような態度に安心したようだ。
昔のミナを知らない此方としては良く分からないが。
「ふむ……彼や彼女は中々出来るようですね。いつか手合わせ願いたいものです」
「にゃはは……」
リンディオがオレやいづなを見つめつつ声を上げる。
確か騎士隊の隊長だったか……どれほどの実力なのだろうか。
流石に、将軍職まで上り詰めた人間ならば、かなりの腕を持っていると見てもいいだろう。
しかもあのアルシェールの養子となれば、決して油断は出来ない筈だ。
「こいつらの事はどうでもいいから、とっとと案内しろ」
「と……そうでしたね。では、彼らにこれを」
ジェイにせかされたリンディオが、何か紙のようなものを取り出す。
代表としていづなが受け取るが……これは何だ?
「んー……武器の携帯許可証?」
「ミーナリア嬢の護衛の方々ならば、武器を携帯できなければ意味がありませんから。
外部の人間である貴方達は通常では武器を携帯できませんが、これがあれば大丈夫です」
「ありがたいんやけど……ええんですか?」
「ジェイの連れであって、ミーナリア嬢にそこまで信頼される方々ですから。問題はありません」
評価基準は良く分からなかったが、武器を手放さなくて済むと言うのならば此方としても助かる所だ。
特にミナなどは、決してあの杖を手放そうとしないからな。
「ミナ、お前は姫殿下の所へ行くといい。きっと会いたがっているよ」
「はい……お父様」
「それでは、レン君。ミナの事を任せるよ」
「は、はい!」
公爵の言葉を受け、ミナと煉が頷く。
その返事を受けて満足そうに頷くと、公爵はジェイたちと共に城の中へと入って行った。
周囲の兵士達も、あの隊長に護衛されているなら大丈夫だとでも言うようにこの場から去ってゆく。
どこかに待合室のような場所でもあるのだろうか。
「んー……ほんならつばきん、頼んだで。アルシェールさんの身内の人なら見えてまうかも知れへんから、バレんようにな」
「……『了解した』だそう、です……」
「やはり、そうするつもりだったか」
どうやら、常人の目には見えない椿を使ってジェイたちの話を盗み聞きするつもりのようだ。
この場所では流石にばれる心配があるかもしれないが、《未来視》を使える椿ならばそれも上手く躱せるだろう。
これで邪神に関する情報が手に入ればいいが、果たしてどうなる事やら。
「ま、とりあえずはつばきんに任せるとして……ミナっち、行く所があるん?」
「ん……わたしの、友達」
少し意外だ―――と思ったが、口には出さないようにする。
オレ達以外に、ミナに友人がいるとは思えなかったからだ。
ともあれ、その人物に会いに行く事になるのか?
「お父様が来ると分かってたら……たぶん、中庭で待ってる」
「そか、ほんなら、案内して貰ってええ?」
「ん……付いて来て」
いづなの言葉に、ミナは頷く。
そして、オレ達はミナの先導の下、リオグラスの宮殿の中へと入って行った。
《SIDE:OUT》
《SIDE:FLIZ》
ミナに連れられて、王宮の中を歩く。
途中で兵士に呼び止められる事が時々あったけど、ミナの身分とさっきの許可証のおかげで捕まる事は無かった。
ミナの美貌って、ここでも噂になってるみたいね。公爵令嬢って言うだけあるのかしら。
「……こっち」
言われた通りに角を曲がる。
正直、周りの雰囲気に圧倒され過ぎてるせいか、道順が頭に入ってこない。
どこも似たような作りで―――と言うか豪華すぎてどこも同じように見えてるだけなんだけど―――どこにいるか分からなくなりそうだわ。
と―――
「ここ」
ミナは立ち止まって、そこにあった大きな扉を押し開けた。
そこから差し込んできた光に目が眩み、一瞬目を閉じる。
そして、開けた時に見えたのは―――圧倒されるほど様々な色の薔薇に包まれた庭園だった。
「わぁ……」
「すげ……」
桜と煉の感嘆の声が重なる。
かく言うあたしも、声も上げられないほどに圧倒されていた。
そして、そんな庭園の中心―――そこに置かれたテーブルに着いていた一人の少女が、こちらを見て目を輝かせた。
「ミナ!」
「ルリア……」
あたしは、ルリアと呼ばれたその女の子の容姿に驚かされていた。
人形のように可愛らしいけれど、美貌と言う点に関してはミナで慣れているからそれほど驚いたわけではない。
あたしが驚いたのは、その髪と瞳の色だ。
そう、雪原のような銀色と、深い海のような蒼い色。
それは―――
「うっはぁ、こらとんでもない人と友達なんやねぇ、ミナっち」
「ん」
「『蒼銀』……リオグラス王位継承権の証、か」
ぽつりと、煉がそう呟く。
こいつも知ってたのね……この国では、その二つの色を持つ者が王位を継ぐ最も高い権利を持つって。
この女の子は、次期国王―――女の子だから女王か―――となる存在なのだ。
それだけで圧倒されたあたし達の様子を知ってか知らずか、まだ十歳程度に見える彼女はミナに駆け寄ると、見上げながら首を傾げる。
「ミナ、この人たちは?」
「わたしの、友達……仲間で、家族」
「どれなの?」
「全部」
あ、あははは……そこまできっぱり言われると、何か照れるわね。
他の皆も、何とも言い難い表情をしてるし。
ただ、この王女様は気にした様子もなく笑顔を浮かべた。
……大物になるわね、この子。
思わず身構えてしまったあたしたちに対し、王女様はドレスの裾を摘まんで優雅に一礼して見せた。
「ミナのお友達でお仲間でご家族の皆さん、初めまして。わたくしはルリアロス・エイド・スワロウ・リオグラスと申します。仲良くしてくださいね」
「い、いや……そーゆー時は王女様から自己紹介っちゅうのはあかんと思うで……や、思います?」
慣れない敬語で何故か語尾が疑問形になってるわよ、いづな。
そんないづなの様子に、王女様はころころと笑い声を上げる。
「今ここにいるわたくしは、ただのミナのお友達です。そして、皆様ともお友達になりたい。
だから、こんな形でよいのです。従わせるのでは、お友達とは言えませんから」
「……参った。うちの予想以上や」
顔を掌で覆って、いづなは天を仰ぐ。
まあ、言いたくなる気持ちも分かるわ。こんな可憐な見た目とは、遥かにかけ離れた印象を受けたもの。
しっかりし過ぎ。これが英才教育ってものなのかしら?
「……ほんなら、うちらも自己紹介せなあかんね」
「ふふ……お願いします」
苦笑を消せぬままいづなが呟いた言葉に、王女様は笑顔で頷く。
そうして、あたしたちはこの薔薇の庭園に招かれたのだった。
《SIDE:OUT》




