63:王都へ、その道中
理路整然と、矛盾点を探し出せ。
それが、真実へと至る道。
《SIDE:REN》
「……成程なぁ」
王都へと続く道の途中。公爵や兄貴の乗った馬車の横を歩きつつ、俺達はいづなに先程起こった事を説明していた。
周囲には護衛の兵達が馬車の周囲を固めている。一応、俺達も護衛の役割だ。
「つまり、うちらがこの世界に呼ばれた理由っちゅーのがそれって訳や」
「勝手に呼び出しておいて、邪神を倒せと来たか。気に入らん」
吐き捨てるように誠人は言う。
こいつは元々エルロードの事を嫌ってたからな。
俺達の前に現れたのは、誠人の所に現れると会話にならなそうだったからか?
「……ちょいと待ち、纏めるで」
いづなは、俺達が話した事を書き込んだメモ帳を捲りつつ、口元に手を当てる。
俺達では気づけなかった事を、いづななら気付けるかもしれない。
しばし、沈黙。そして、いづなは声を上げる。
「……まず気になるんは、何でこのタイミングなんかっちゅー事や」
「タイミング?」
「七つの《欠片》を揃えたから、言うてたやろ?
ほんなら、揃ったその時に出てきてもおかしくないはずや。
せやけど、さくらんとつばきんが合流してからしばらく経った、今このタイミングで現れた……これは、どういう事や?」
改めて言われれば、確かにそうだ。
俺達全員が揃ってからそれほど時間が経った訳ではないが、それでも合流してから数日時間が経っている。
あの時あいつが言っていた事だけが条件ならば、すぐさま目の前に現れてもおかしくない筈だ。
「態々ゲームらしい言い方しとるっちゅー事は、ルールには厳密に従っとる筈や。
それなのに、現れるまでに時間が掛かった……ほんなら、ここに何か別の条件が働いていると考えるべきやね」
「……隠されたルール、でしょうか……?」
「《欠片》のルールか、それとも世界のルールか。どっちかは分からへんけど、何かが影響してるとうちは思う」
まだ俺達に公開されていないルール。
世界のルールに関しては分からないが、《欠片》のルールに関しては二つほど隠されていると言っていた。
敗北必至なこの戦いにおいて、この二つの情報はかなり重要となって来る筈だ。
早い所条件を見つけなければならないだろう。
「ま、分からん事は分からんし、とりあえず意見は後で纏めて聞く異にするで。
ほんでもって、次や。うちが気になったんは、神の傀儡……《デウス・エクス・マキナ》っちゅー単語や」
「神の傀儡……?」
「ぇと……私達の世界でデウス・エクス・マキナって言うのは……機械仕掛けの神様の事、です。
力ない神様に、代わって、その……強大な力で問題を解決する……ご都合主義の神様、とも言われます」
桜が単語の解説をする。
色々と知っているんだよな、桜は。結構本とか読んでいるんだろうか。
と、それはともかく……ご都合主義の神様、か。
「うちの仮説としては、直接手を下せん神様に代わって、邪神を討って来た戦士達の事を指してるんやと思う。つまり―――」
「……兄貴の事か」
リオグラスの主神フェンリルの加護を強く受け、邪神龍を滅ぼした騎士。
神に代わって強大な力を行使したと言う辺り、そのまんまな気はする。
確か、エルロードは……この二千年の間は、その神の傀儡達が戦って来たと言ってたんだっけ?
「二千年の間、そうやって邪神を滅ぼしてきた……ほんなら、今回に限ってそれが出来なくなった理由は何や?」
「今の神の傀儡……つまり、兄貴はまだこの世界に存在している。それでも、兄貴だけじゃ足りない?」
「これ、仮説なんだけど……」
おずおずと、フリズが手を挙げる。
全員の視線を受け、彼女は腕を組みながら声を上げた。
「今回、邪神が現れるまでのスパンが短すぎたんじゃないかしら?
邪神龍が滅んでからここまで、たったの三十年よ? 各国だって、まだ力を取り戻しきってる訳じゃないでしょ」
「ふむ……せやね、そういう考え方も出来る」
「じゃあ、いづなはどう考えたのよ?」
メモ帳に視線を落としながら考え込むいづなに、フリズは首を傾げる。
この世界で生きてきたフリズらしい考え方だ、とは思う。
俺達は、今まで邪神が現われてきたペースなんて知らないからな。
しかし、いづなはそのフリズとは別の考え方を提示した。
「さっきのタイミングの話や。条件を満たしたっちゅーのはゲーム的な考え方やね。
せやけど、それが方便で、目的の為にうちらを焚き付けようとしとるんやったら別の考え方になる」
「……つまり、邪神へ意識を向けさせると言う事か?」
「せや。あんまり考えたくない事やけど、エルロードはジェイさん達だけやと邪神を倒せないと考えてるんやないか?」
まさか、と言おうとしたが―――否定しきれない自分がいる事に気付く。
兄貴でさえ、邪神龍とはほぼ相討ちのような倒し方だったらしい。
今兄貴が生きているのは、呪いによって不死者となったからだ。
「うちらをこの世界に導いたのはエルロードや。
煉君が最初に訪れた場所に背信者なんちゅーモノがあったんも、邪神との戦いを想定したもんと考えれば納得出来る筈や」
「これが……」
ホルスターに入っている銃を見下ろし、小さく呟く。
手に入れた力も何も、全てあの身勝手な神の策略だって言うのか?
……否定は、出来ない。
「これなら、エルロードからのメッセージと取る事も出来るんや。
つまり、この戦いをジェイさん達に任せて見てるんやなく、うちらにも参加しろっちゅーな」
「……」
全員が、沈黙する。
考えは皆同じだろう。即ち、そんなバケモノに俺達が太刀打ちできるのか。
兄貴やアルシェールさんが死力を尽くしたほどの相手を、俺達が?
重くなりかけた空気の中、いづなが小さく苦笑する。
「……まあ別に、うちらだけで戦えっちゅーとる訳でもないやろ。
ジェイさん達の力に頼っちゃならん訳やないし、こっちには一応通じると思われる武器もあるんや。
何も出来ないほど、うちらは弱い訳やないで」
「そう、だな」
その言葉に、誠人は頷く。
通じると思われる武器って言うのは、間違いなく俺の背信者の事だろうが……まあ、出切る限り離れた所から撃つぐらいなら、何とかなるか?
「ほんなら、邪神の話はこのぐらいにして……次、ルールの検証行ってみよか」
「ルールか……」
ゲームだと称するエルロードが、俺達に提示したルール。
《欠片》と世界に関わる決まり事。
言うまでもなく、重要な要素となってくるであろう事象だ。
「一つ目、《欠片》同士は互いに干渉し合う……これ、心当たりがあるんは?」
「ん」
いづなの問いかけに、ミナが手を挙げる。
確かに、ミナは俺と出会ってからその力を徐々に増してきている。
以前は何となくしか読み取れなかった感情が、今でははっきりと分かるそうだ。
「ぁ……私も、分かります……」
「さくらんも? せやけど、さくらんの場合は魔術式で強制的に強化されたんやないんか?」
「いえ、私じゃなくて……その、お姉ちゃんが……」
「椿の……《未来視》が?」
無理矢理強くさせられた桜の力ではなく、椿の力。
二人が元々《神の欠片》を持っていたのなら、幼い頃からずっとその力を高め合って来た筈だ。
「お姉ちゃん、昔は……ちょっと勘が鋭いぐらい、でしたから……」
「それが今では、はっきりと未来の事を知覚できる訳やね……了解や。これは検証できたと考えてええやろ。
ほんなら、次。同じ《欠片》が複数存在するっちゅー事」
「これはあたしね」
声を上げたのはフリズだ。
フリズは母親であるカレナさんと同じ《欠片》を持っている。
検証するまでもなく、これは周知の事実だ。
これに関してはそこまで重要な話ではない―――と思う。
が、いづなは何やら考え込んでいるような表情を見せていた。
「いづな?」
「……ちょいと今のさくらんの話で仮説が生まれた……とりあえず、次のルールの後に検証しよか」
「次のルールは……同じ《欠片》は、触れ合っているとより強い力を発揮する、だったか」
そう、俺やフリズでは何がなんだか分からなかったルールだ。
同じ《欠片》と言ってもフリズとカレナさんしか存在しないし、二人の力は別に強化しなくても十分強力だ。
だが、ここでいづなは右手の人差し指を立て、一つの仮説を打ち出した。
「このルールの存在意義、それは何や?」
「え?」
「エルロードの言い方なら、うちらの《欠片》は最初から指定されとったモンや。
ほんなら、意味の無いルールなんて言う必要は無い筈やろ?」
……そうだ。エルロードは、確かに『指定した《欠片》』と言っていた。
俺達が持っている《欠片》は、最初から決められた物だったと言う事か?
それなら、《欠片》が重ならないメンバーの中で、何故あのルールを提示した?
「煉君たちの話を聞いてから、ずっとその疑問に納得できる答えが浮かばなかったんやけど……さっきのさくらんの話で、一つ思いついたんや」
「ぇ……?」
きょとんと、桜は目を見開く。
いづなの視線は、桜からミナの方へ移動する―――否、その腰にあるストラップへ。
椿が普段宿っている、その入れ物へと。
「つばきんの《欠片》の力、最初はただ勘が鋭い程度だったっちゅーとったね?」
「ぁ……は、はい……」
「……まさか」
ポツリと、誠人が声を上げる。
愕然としたように目を見開いた誠人は、その視線を同じように椿のストラップへと向けた。
そこまで来て、ようやく俺もその意味に気付く。
何人かに理解の色が広がったのを見たのか、いづなは口元に小さく笑みを浮かべながら声を上げた。
「せや……うちの仮説は、まーくんの《欠片》とつばきんの《欠片》が同じモンなんやないか、っちゅー事や」
「そうか……最初は勘が鋭い程度だって言うなら、誠人も同じ事が言えるのか!」
「まあ、この先力が成長して同じになるんかどうかは分からへんけどな。
せやけど、もし同じやったら、この三つ目のルールを検証する事やって可能な筈や」
しかも椿なら、憑依と言う形で『触れ合う』事が出来る。
エルロードが言っていたのは、この事だったのか!
「この仮説があってる保障は無いんやけど、この通りやったら色々と納得が行く。まあ、時間が空いた時にでも検証してみよか」
「そうだな……うん、ようやく少しスッキリしたぜ」
確定したという訳ではないが、とりあえずそちら側の疑問は晴れた。
あとは隠しルールの話だが―――
「隠しルール二つ……これは、うちらにとって非常に重要な要素になる筈や。
片方はヒントが出とるし、まだ探しようがある」
「ヒントは何だった?」
「世界の生誕と二千年前の真実……だったか」
誠人の問いに俺が答える。
正直、これも訳が分からない。世界の生誕やら二千年前やら、全く身に覚えのない要素ばかりだ。
いづなも、これには眉根にしわを寄せている。
「邪神の顕現の度に文明が後退しとるこの世界じゃ、二千年前の話なんぞ伝わっとらんやろ。
キーワードがあるだけ探しやすいと思うんやけど……」
「どうするかね。その時代の存在なんて……俺の思いつく限りだとミナの―――」
―――と、思わず口を滑らせそうになって口を噤む。
“母”の事は秘密なんだった……最後の方は小声だったから気づかれなかったみたいだが。
いづなは、やれやれと溜息を零した。
「ま、何かヒントになりそうなモンでもあったら調べてみるとしよか。
とりあえず、《欠片》のルールに関する話はここまでや」
「なら、次は世界のルールに関してか」
あれは恐らく、この世界の仕組みに関しての話だ。
神がいて、その数だけ邪神が存在する。
例え邪神を滅ぼしても、神が存在する限り邪神は何度でも現れる。
そんな、狂った仕組み。世界を滅ぼすための、狂気のシステム。
「うちとしては、説明の時にエルロードが持ち出した天秤やら、システム・ライブラトリーとか言うんが気になるんやけどね」
「どちらも……天秤、と言う意味ですか……でも、システム?」
桜が首を傾げる。
俺もあの話はさっぱりだった。ニュアンスとしては、神を殺したりする事が無くても邪神を滅ぼす事は可能な筈だ、っていう感じだとは思うんだけど。
いづなは、メモ帳の中の『システム・ライブラトリー』という単語の横に?マークを付けながら、頭を捻りつつ声を上げる。
「神と邪神の関係を天秤に例えてるんかと思ったんやけど、システム何つー単語が出てくる以上は何らかの法則と考えるべきなんやろね。
まあ、その神と邪神の関係そのものを法則として捉えとるのかもしれへんけど」
「それも、調べておくべき単語だな」
「せやね……ま、とりあえずルールの確認や」
いづなはメモ帳を捲る。
そこに日本語で書かれているのは、三つの言葉だ。
「第一のルール。神と邪神の数は等しくなければならない」
「忌まわしき海の王と、新たに生まれているであろう邪神。そして、エルロードに対応する邪神か」
「とりあえず、ルールである以上存在を疑うんは無しとしとこか。とにかく、神と邪神の数は同じなんや。
生まれてから地上に現れるまでには相当時間がかかるみたいやけど。これの事をシステム言うとったんかなぁ?」
どこで調達してきたのか知らないが、鉛筆でメモ帳を叩きながらいづなはそう口にする。
邪神が滅ぼされてすぐに補充されるのならば、この世界はとっくに滅んでいるだろう。
恐らく、滅ぼされてから次の邪神が現れるまでには相当な時間がかかる筈だ。
「で、第二のルールや。邪神は、この世界を滅ぼそうとする」
「まあ、実際その通りなんだからそうよね」
フリズが肩を竦めながら頷く。
邪神龍も忌まわしき海の王も、顕現して世界を滅ぼそうとしたのだから、これに関しては疑いようもない。
これは分かりやすいルールとして捉えておくべき―――
「一つ、疑問や」
「え?」
「エルロードに対応する邪神とやらは、どうして世界を滅ぼそうとしてないんや?」
「あ……!」
思わず、フリズと一緒に絶句する。
そうだ、どうして俺達はそんな事に気付いていなかった?
これじゃ、エルロードが言っていたルールに矛盾が生じるじゃねぇか!
「一度人間の文明を滅ぼしてる言うてたけど、世界を滅ぼした訳やない。この邪神は、このルールに反しとるんや」
「……何故だ?」
「それに関しちゃ、さっぱり分からへん。本人に聞いてみな分からんやろ」
いづなは肩を竦めてそうぼやく。
今の情報ではこれは分からないか……これも、調べてみる必要があるみたいだ。
しかし、本当に分からない事だらけだな。
「分からん事は疑問として覚えとき。で、次のルール。神が滅ぶと、世界は崩壊してまう」
「そういうもんなの? としか言えないんだけど」
「せやね。確かめようもない。要するに、その方法を取っても無駄やで、という事を言うとるんやろうけど」
口元に手を当て、いづなは沈黙する。
世界が崩壊すると言われてもピンと来ないのは、俺としても同意見だ。
そもそも、どういう風に崩壊するっていうんだ?
「神が死ぬと、法則が崩れてまう。この法則っちゅーのは、さっき言うてたシステム・ライブラトリーとかいうやつの事なんか?
それが崩れると世界が崩壊してまう? さっぱりやね」
「……とりあえず、神と邪神全てを滅ぼすという事は出来ない、って考えておけばいいのかしらね」
「現状ではそんな程度だろうな」
フリズの言葉に誠人が同意する。
……よく考えると、ものすごく罰当たりなこと言ってるな、俺達。
「で、それらを踏まえた上での勝利条件が、邪神を全て永久に滅ぼす事……」
「……無理、ですよね……」
「現状のルールに従っている以上は、その通りやね。せやから、ルールの裏を掻く必要があるんや」
いづなは視線を上げる。
その眼には、いつになく真剣な色が宿っていた。
世界と俺達の命運がかかってるんだ、当然と言えば当然だが。
「当面は、今回分からんかった事に関して情報を集める事にするんや。
後は、邪神の復活に対しての対策やね。ああも焚き付けて来たって事は、うちらが参加しない道は無いって事なんやろう。
邪神との戦闘も考慮に入れておくべきや」
「……気は進まないが、それしかないか」
いづなの言葉に、皆が一様に頷く。
やれやれと溜息を吐きつつ、俺は視線を上げる。
―――リオグラスの王都は、もう俺の目に映る程度まで近づいてきていた。
《SIDE:OUT》