61:依頼内容
「何の為に、生まれてきたのだろう」
《SIDE:REN》
「ははははは! いい友人に恵まれた物だな、ミナは!」
「本人の人徳あっての事でしょう」
あの後すぐにやってきたギルベルトさんは、笑い転げていたメンバー達と様子のおかしなミナを見て首を傾げていたが、話を聞くと嬉しそうに笑ってくれた。
やっぱり、この人はミナの父親なんだな、と思う。
実を言うと、仲間たちにはミナがこの人の本当の娘でない事までは話していない。
あれは本当に致命的な情報だからだ。仲間たちが情報を漏らすとは思わないが、それでも念には念を入れている。
―――あれ? 何か、おかしいような気が?
「ふふ……まあ、今回は緊急性の高い依頼と言う訳ではない。今日ぐらいはゆっくりして行ってくれ」
「は……しかし、依頼の内容というのは?」
重要な話が始まったようなので、意識をそちらへと戻す。
あの時と同じく、兄貴は敬語でギルベルトさんと話している。
俺やミナは一度見た事があったが、他の皆はやっぱり面食らっているようだ。
やっぱり、兄貴には傲岸不遜なイメージがあるからなぁ。
兄貴の言葉に、ギルベルトさんは少しだけ表情を引き締めた。
「今回の話を持ちかけてきたのは、他でもない陛下なのだ」
「……あいつが」
いや、兄貴。陛下って、国王の事だろ?
そんな人の事を『あいつ』呼ばわりって大丈夫なのか?
まあ、横から口を挟むと睨まれるから何も言えないんだけど。
「わざわざ間に公爵を挟んで断れなくしやがるとは……あの野郎め、相変わらず無駄に頭が切れるな」
「ははは、相変わらずだな、ジェイ」
いや、ギルベルトさん。今のって完全に不敬罪じゃないですか?
普通に罪に問われるようなレベルだった気がするんですけど。
周りを見ると、フリズや桜も同じような表情をしていた。
ただ、いづなと誠人は納得したような表情だったが。
「それで、内容とは?」
「ああ……詳しい報告が上がっている訳ではないのだが、どうやら邪神崇拝の集落が見つかったらしい」
「邪神崇拝……」
すっと、兄貴の視線が細められる。
あまり聞きなれない単語だけれど、その名の通り邪神を崇拝している連中がいる集落なんだろう。
何処の世界にも、そういう連中って言うのはいるもんだ。
カルト的と言うか、滅びが救いに繋がるだのなんだのうんたらかんたら。
しかし、そんな集落が見つかったからと言って、わざわざ兄貴を呼び戻すほどの話になるのだろうか。
ジェクト・クワイヤードの生存を証明するような記録を残すほどの事には思えないんだが。
「正確な情報までは入ってきていないが……どうやら、『忌まわしき海の王』を崇拝する者達のようだな」
「邪神龍ではなく、もう一方の邪神ですか」
「ああ。長らく姿を見せていなかった相手だから勝手が分からないと言うのもあるが……もしかしたら、封印が弱まっているのかもしれん」
『忌まわしき海の王』っていうのは、邪神龍以前に現れた邪神で、かつて封印された存在だそうだ。
現れたのは兄貴が生まれる前らしいけど、一体どんな奴なんだか。
しかし、今になってそんなのを崇拝する連中が現れるなんて―――
「その集落の存在は、最近になって判明したものなのですか?」
「ああ。今まではその場所には集落など存在していなかったらしいからな。
グレイスレイドの南にあるサムヌイスと呼ばれる土地らしいが、そこに国も気付かぬ内に集落が現れていたそうだ」
「……グレイスレイドが気付かぬ内に、ですか」
兄貴は視線を細めながらそう口にする。
グレイスレイドは大国だ。端々にまで管理が行き届かないのも理解できなくはないが、それにしたって突然集落が現れるのは不自然としか言いようが無い。
「これが邪神の出現へ繋がるとなれば、こちらも無視する訳にはいかない。
だが、グレイスレイドへ正規兵を送り込むには少々手間が掛かってしまうからな」
「……万が一邪神が降臨した時の為の『ジェクト・クワイヤード』と言う訳ですか」
「若干焦りすぎだと思えなくも無いがな。まあ、あれには陛下からお前へのメッセージも含まれていた訳だ」
「……」
その言葉に、兄貴は嘆息交じりに沈黙した。
陛下からって、兄貴はリオグラスの国王と知り合いなのか?
……まあ、知り合いじゃないとおかしいか、良く考えてみれば。
「個人的に俺を頼りたい、か……それならそうと言えばいいものを」
「そう言ってやるな。久しぶりに親友と会う機会ができたのだろう」
「それは……まあ、そうですが」
言い返せず、言葉を詰まらせる兄貴。
またも珍しい光景である。
兄貴にそんな反応をさせる国王って、一体どんな人なんだろうか。
「しかし、邪神か……公爵、伝書鳩を一羽お借りしても?」
「構わないが、どうするつもりだ?」
「アルシェの奴に話を通しておきます。あいつの力が必要になるかも分かりませんし」
アルシェールさんか。他の英雄の人たちの力は借りなくても大丈夫なのか?
まあ、兄貴がシルフェリアさんに助けを求めるとは思えないけど。
「ふむ……分かった、手配しよう。出来れば、そんな事態にはならない方がいいのだがな」
「そう、ですね」
兄貴は、小さく笑みを浮かべながら頷く。
どこか悲しそうな色の見えるそれに―――俺は、思わず首を傾げていた。
《SIDE:OUT》
《SIDE:JEY》
邪神の復活、か。
用意された部屋の窓辺、一人で席に座りながら、俺は酒の注がれたグラスを傾けていた。
いつかは来るだろうと思っていたが……まさか、こんなに早いとはな。
―――小さく、苦笑する。
「気が早いってんだよ……まだ復活すると決まった訳でもなかろうに」
自分自身に毒づきながらも、俺はどこかでその確信を得ていた。
エルロードの出現と『忠告』。
異世界の住人達。
過去の清算。
―――後継者。
望んでも得られなかった物も、そうでない物も……一気に、俺の元へと舞い込んできている。
「だからこれは、俺の―――ん?」
と、一人ごちようとしたその時、この部屋のドアがノックされた。小僧共か?
とりあえず、扉に向けて開いている旨を伝えると―――入ってきたのは、なんと公爵だった。
「公爵!?」
「やあ、ジェイ。一杯どうだ?」
言って、公爵が持ち上げたのはワインのボトルだった。
遠目に看ても古そうな、恐らく公爵のコレクションの一つであろう一本だ。
「いいんですか、それは―――」
「こういう時以外何処でこれを飲むと言うのだ。集めているとは言え、結局は酒。
飲まなければ宝の持ち腐れでしかないのだ」
「……そういう事でしたら」
俺もそれには同意見だし、折角の高い酒ならば飲んでみたいと思う。
その相手が俺でいいのか、という思いはあるが。
ともあれ、俺は今まで使っていたグラスを退け、公爵が持ってきたワイングラスを受け取った。
ワインの注がれた二つのグラスを掲げ、俺と公爵は小さく微笑む。
「乾杯だ」
「何に乾杯ですかね?」
「そうだな……では、ミナに多くの友人が出来た記念に」
その言葉に、思わず小さく噴き出してしまう。
やはり、この人にミナを預けたのは正解だったようだ。
香り深いワインを少しずつ飲みながら、俺は窓の外を見上げていた。
こんな時間に尋ねてきたのだ、恐らく何かしらの用事があるんだろう。
それならば、相手が話し始めるのを待たなければ。
そうして、グラスの中からワインが消えた頃―――公爵は、ようやく話し始めた。
「……ジェイ」
「はい、何でしょう?」
「こんな事を聞けば、お前は怒るかもしれない。俺を許してくれないかもしれないが―――それでも、聞いておきたい」
「怒るかはともかく、許さないなんて事は無いでしょうが……何です?」
プライベートモードの口調になっている公爵に、続きを促す。
この人が弱気な反応を見せるなんて、珍しい事もあるもんだな。
そんな事を考えながら舞っている内に、公爵はポツリポツリと話し始めた。
「お前は……今の生き方に、後悔していないのか?」
「後悔……?」
「俺は後悔しているんだ。お前を、果ての無い戦いの道へ踏み込ませてしまった事を。
あの時、最初からお前の事を息子として扱っていれば―――お前を、こんなにも苦しめる事はなかったのではないか、と」
「……成程」
息を吐き出す。それで『怒るかもしれない』か。
肩を竦め、俺は声を上げた。
「俺は、俺の道に後悔などありません。フェンリルの為に生き、フェンリルの為に戦う事こそが我が本願。
俺は、俺自身の道に満足しております」
「だが、平穏な生を望む道とてあった筈だろう?
お前には力があった。自分自身で栄光を掴む道も探せた筈だ」
確かにかつての俺には、いかなる物も薙ぎ倒すほどの力と、いかなる相手にも屈しないだけの権力があった。
場合によっては、このフォールハウト公爵家を継いでいたのは俺だったかもしれない。
けれど、俺はその道を選ばなかった。
己が率先して戦い、常に戦場の先陣に立ち続ける事―――俺は、それだけを望んだのだ。
「俺は……あの時初めて、認められたんですよ」
「認められた?」
「そう……両親に売り飛ばされ、王家で道具として使われ……いつか、王の代わりに殺されるものだとばかり思っていた。
それだけが、俺の価値なのだと思っていた―――そんな俺を、初めて認めてくれたのがフェンリルだったから。
戦い続ける事、『フェンリルの騎士』としての価値を、俺はあの時初めて与えられたから……だから俺は、この道を選んだんです」
他の道を選ぶ選択肢は、いくつもあっただろう。
ここに似た他の世界があったのならば、他の選択肢を選んでいたのかもしれない。
けれど俺は、この修羅の道を選んだ。
初めて俺に与えられた価値を、決して失くしたくなかったから。
誰も味方がいなかったこの世界で……唯一、フェンリルだけが俺の事を認めてくれたから。
だから俺は、この道を進み続ける事を誓った。
「俺が俺である為に、俺はこの道を譲らない。これ以外の俺に、己の価値を見出す事なんてできない。
だから俺は、この道に誇りを持っているんです」
己の価値を見失い、己の生きる意味すらも勝手に押し付けられた物で。
そうして全てに絶望していた俺に、フェンリルはチャンスを与えてくれた。
人を護る機会を。人を愛する機会を。あれがなければ、俺はただの人形でしかなかった。
「だから、公爵。貴方が悔やまないで下さい。俺はこの結果に満足しているんです。
例え再び選択肢を与えられたとしても、俺は何度でもこの道を選びます。
俺がこの道を選んだのは貴方の責任では無い―――だから」
どうか、俺を否定しないでくれ、と。
俺にとって、俺自身の価値などそれしか存在しないのだから。
そうでなければ、とっくに投げ出していた。
どうして俺が戦わなければならない、どうして俺が呪いなんか受けなくてはならない。
きっと、この誇りを持たない俺ならばそう言っていただろう。
けれども、それは絶対にありえない。
―――これが、俺なのだから。
「……そうか」
深く息を吐き出し、公爵はただそれだけを口にした。
その中に深い葛藤がある事は俺でも簡単に分かる。
けれど―――公爵は、それを口に出そうとはしなかった。
その反応に、感謝する。
「俺では、お前を引き止める事は出来ないか」
「ええ……そうですね」
「やれやれ……俺では結局、お前の父親にはなれないか」
力なく笑い、公爵は窓の外を見上げる。
俺達の湿っぽい空気とは裏腹に、夜空は美しい月と星々を湛えていた。
皮肉だとすら思えてしまうほどの、美しい空。
思わず、俺は苦笑していた。
「―――父上」
「っ!?」
「貴方は、俺の価値を二番目に認めてくれた存在です……もしもそれがあと少しだけ早ければ、俺は貴方の望むようになっていたでしょう。
それ故に、俺は申し訳なく思ってしまうんですよ……だから後悔しないで欲しいなんて、卑怯な事を言っているんです」
「ジェイ……」
「本当に……惜しいですよ」
もしも俺がフェンリルに認められなかったら、この人は俺を愛してくれただろうか。
ただの人形でしかなかった俺が、この人に愛される資格があっただろうか。
分からない。あの頃をやり直す事など絶対に出来ないのだから。
けれど―――その道も悪くないかもしれないと思ってしまったのも事実で。
「しかし、例えこの道を諦める事が出来なかったとしても……俺は、貴方の事を父親だと思っています」
「―――そうか」
素っ気無く、誤魔化すように公爵は顔を背ける。
苦笑交じりに、俺はグラスへとワインを注いだ。
さあ、何に乾杯しようか―――
《SIDE:OUT》