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IMMORTAL BLOOD  作者: Allen
サムヌイス編:邪神の封印と神のルール
65/196

60:ニアクロウにて

「孤独が恐いから、手を繋いだ。皆を護りたいから、手を離した」









《SIDE:FLIZ》











「ほー、ここがニアクロウなんか」



 周囲の光景を興味深そうに見つめながら、いづなが言う。

かく言うあたしも、こんな大きな街に訪れたのは初めてだった。

あたしが知ってるのはファルエンスとベルレント、サントールとゲートだけだったから。



「フリズは旅行すんのが夢だったっけか?」

「んー、そうね。色んな所に行ってみたいとは思ってたわ」



 煉の言葉にあたしは頷く。

こういうのがあると、こいつらに付いて来て良かったなぁと思う。

が、そんなあたし達の様子に、ジェイは溜め息を吐いていた。



「遊びに来てるんじゃねぇんだぞ?」

「そりゃ、分かってるわよ」



 あたしだって、今回の依頼がかなり大変な物なのだと言う事は分かってる。

あの屋敷にいた人間がそうで出来てるぐらいなんだから―――いや、本当に不味い事態だったらあたし達なんて連れて来ないかもしれないけど。



「……ああ、そう言えば。ミナ、これを持ってろ」

「?」



 あたし達の先頭を歩いていたジェイは、ふと思い出したようにミナに振り返った。

その手にあったのは―――くすんだ金色の腕輪?

あんまり綺麗には見えないし、正直綺麗なミナには似合わない物のような気がするんだけど。

まあ、ミナがジェイからのプレゼントを受け取らないなんて有り得ないでしょうけどね。

実際、すごーく嬉しそうな顔で受け取ってるし。



「で、それって何なの?」

「お守りみたいなもんだ。三食昼寝つきの」

「……何だそりゃ?」



 煉が疑問符を浮かべる。あたしだってさっぱり分からないけど。

つーか、お守りに食事と昼寝って何よ?

ジェイがミナに渡したもんだし、危険な物って事は無いんでしょうけど。

とりあえず、安心はしていいかな。



「とりあえず、公爵の屋敷に向かう。王都に出発するにもまだ準備は出来てないだろうし、今日はここで一泊だろう」

「お、公爵様のお屋敷に泊まれるん? 今日は豪華な食事やで、まーくん!」

「……そう思うなら、マイ箸で食事するのだけは止めろ」



 いづな、妙な所で和風にこだわるのよね、ホント。

しっかし、公爵のお屋敷かぁ……あたし達も入れて貰えるのかしら。

いい人だって話は煉から聞いてるし、ミナがいるんだから大丈夫だとは思うけど。



「ま、とりあえず行くぞ」



 肩を竦めながら歩き出したジェイの背中に続き、あたし達も歩き出す。

この街が故郷であるミナや、既に来た事のある煉は真っ直ぐと、あたしやいづなは周囲をキョロキョロと眺めながら。

そして誠人は、人ごみに紛れないように桜の手を引いていたりする。

少し虚空を見上げ―――あたしは、いづなに声をかけた。



「ねえいづな、誠人はいいの?」

「……や、何言うとるん」

「何って……アンタ、誠人と仲いいでしょ? でも放っておいたら桜に取られちゃうわよ?」

「……そーゆー目で見とったん?」



 頬を引き攣らせながら言ういづなに、あたしは小さく肩を竦める。

だって―――



「付き合う人間を選ぶアンタが、一日もせず仲良くなった相手じゃない。誠人の事、気に入ってはいるんでしょ?」

「そりゃそうやけど……」



 ポリポリと頬をかくいづなは、あたしの言葉に対して苦笑を漏らしていた。

普段からよくいづなの事は見てるつもりだけど、初めて見る表情ね。



「まーくんは……相棒っちゅーか、そんな感じなんや。うちも、あの子に対しては油断せんようにしとるし」

「つまり、油断するとときめきそうになる事があると」

「ノーコメント」



 言いながら目を逸らすいづなに、小さく笑う。

うーん……前はあたしやシルフェリアさんがいたから二人きりになる事なんて殆ど無かっただろうけど、何かあったのかしら。

誠人といづなが二人きりって言うと……サントールで何かあった、とか?

場所的には吊り橋効果も凄そうな所だけど。



「ま、何や。さくらんもまだ自分自身の事が分かっとらんみたいやし、まだまだ不安定やからね。

便りになる人間として、まーくんが付いとった方がええやろ。

それに、いづなねーさんのフラグを立てるにはまだまだ足りないんやで?」

「フラグって、アンタね……」

「そーゆーフーちゃんこそどうなんや?」

「どうって……あいつはほら、ライバルみたいなもんよ」



 あたしと煉は、思想が対立している。

あいつは人の命を奪う事を躊躇わない。大か小かを天秤にかけて、容赦なく小を切り捨てる人間だ。

あたしは、それをしない。いや、それが出来ないって言った方が正しいだろう。

それはあたしの弱さであり、そして強さだ。

あたしは選ばない。どちらも捨てずに掴み取る努力をする。

犠牲の上に成り立った何かを、あたしは認める事が出来な―――



「や、別に煉君とは言うとらんけど」

「ぃ―――」



 ぴしり、と硬直する。

視線を向けてみれば、いづなはニヤニヤした笑みを浮かべてあたしの事を見つめていた。

こ、こいつ―――!



「うちはー、別にー、煉君とは言うとらんけどー」

「二回も言うな! しかも言い方がムカつく!」



 ああもう、人が折角真面目な事を考えてたって言うのに!

文句を言ってやろうと口を開き―――不意に、いづなは表情を引き締めた。



「フーちゃんがあの子の事気にするんは仕方ない思う。せやけど、気をつけるんやで。

あの子の業は、フーちゃんが思っとるより深い筈や。フーちゃんかて、多少は気付いとると思うけど」

「……とりあえず、このタイミングで真面目になるのはずるいって言っておくわ」



 嘆息する。

噛み付こうとしてた気勢を削がれてしまった。

煉の事……か。あたしだって、あいつの歪みは何となく分かってるつもりだ。

一見普通の人間と代わらないけど、どこか変な所で違和感を感じる。


 煉は、人の命を奪う事を単純な足し算か引き算で考える。

そこで殺す事がプラスになるかマイナスになるか。あいつにとって殺すかどうかの基準はたったそれだけ。

頭に血が上っていても、その考えだけは絶対に無くならない。

自分の感情すらもその計算に乗せて、損になるか得になるか判断しているんだ。


危ないのは、自分が楽しむと言う感情すらその計算に乗せている事だ。

あいつは、銃を撃つ事自体を楽しんでる。トリガーハッピーな所があるし。

何かを蹂躙する事を、あいつは楽しんでるんだ―――自覚無しに。

だから、危うくて放っておけない。



「フーちゃんはあれやね。ダメな男を放っておけないタイプ」

「うっさい」



 自分がお節介だって事ぐらい自覚してるわよ。

でも、あいつから目を離しておく事は出来ない。やっぱり、心配なんだ。

放っておいたら、あいつはきっと取り返しの付かない事になる。

そうなった時、後悔するのはあたしだ。

後悔だけは、したくない。



「ま、お互い気をつけようやないか。結構油断ならん子達やで、二人とも」

「そうね……」



 でもね、いづな。

あたしは、アンタの事も心配なのよ。

アンタはいつまで、あたし達の事を『子』って呼ぶの?

独りぼっちが恐いから、同盟なんて言い出したくせに……それなのに、より高い位置に立って孤独になろうとしてる。

あたしは友達のつもり。いづなだってそう言っている。

でも、アンタは……無意識に、人を遠ざけようとしてる。

どうしたら、アンタを独りぼっちじゃなくせるのよ。



「……ホント、どいつもこいつも」



 悩みが無い人間なんていない。それは分かってる。

それを誰かに話すことが、とんでもなく難しい事だって言うのも分かってるつもりだ。

あたし自身、あれを話すのにはかなりの勇気を必要としたのだから。

でも―――



「もう少し、信用しなさいっての」



 あたし達は同盟だ。けど、それ以前に仲間となっている筈だ。

誰も見捨てたりなんかする筈ない。

だから、もう少しだけあたし達を信用して欲しいと―――あたしは、深々と嘆息する。


 ―――視線を上げれば、ミナがいつも通りの表情でこちらを眺めているところだった。











《SIDE:OUT》





















《SIDE:REN》











 ここに来たのはいつぶりだろうか。

かなり昔のような気もするし、ついこの間のような気もする。

前に来た時、初めて俺はミナと出会った。

あの時の事はつい昨日の事のように思い出せる―――エルロードと出会った事も含めて。


 俺達は、兄貴に連れられて公爵家を訪れていた。

俺達六人に加え、兄貴とリルとリコリス。計九人―――椿まで入れれば十人だ。

正直、こんな大人数で旅をしたのは初めてである。


 いつか通された応接間にいるが、流石に全員は座れないので何人かは部屋の中を見て回っていたりする。

そんな中、俺は椅子に座っているミナに後ろから声をかけた。



「ミナ、別に俺達と一緒に待ってなくても、ギルベルトさん達の所に行っていいんだぞ?」

「……ん」



 ミナは、首を横に振る。

いいのかな。ミナも、両親に会えるのは楽しみにしていた筈なのに。



「わたしは、まだこの家に帰ってきた訳じゃない。だから、ミーナリアじゃなくてただのミナ」

「……そうか」



 小さく笑う。

ミナは、自分の意志でここから旅に出たんだ。

だから、帰る時だって自分の意志なんだろう。

今はただ旅の途中に立ち寄っただけで、帰ってきた訳ではない―――と、そう言いたいらしい。


 何故だか嬉しくなって、俺はミナの頭を撫でていた。

そしてミナも、心地良さそうに目を閉じてくれる。



「なら、今日ぐらいは甘えとけよ。俺達と一緒にいるなら、そうそう帰してやらないからな」

「ん……わたしも、みんなと一緒」



 本当に、ミナは優しい。

人を恐れてはいるけれど、俺達の事を本当に大切に思ってくれている。

この子は、俺の―――



「おやおやおやおや!」



 と、突如として部屋の扉が開いた。

公爵がやって来たのかと思ったが、違ったようだ。

見た目は似ているものの、少しだけ背丈やら体格が違う。

その男を見て、ミナは少しだけ体を硬くした。



「……叔父様」



 そのミナの呟きに、今まで沈黙を保っていた兄貴が目を開いた。

その鋭い視線に叔父と呼ばれた男はたじろぐも、気を取り直して声を上げる。



「やあ、ミナ。会うのは久しぶりだね」

「……」

「やれやれ、照れているのかな?」



 ハハハ、などと爽やかな笑みを浮かべるが―――ミナの目の中にあるのは、どこまでも強い拒絶の意思だ。

ミナは相手の目を見ている。相手の感情を読んで、その悪意を感じ取っているんだろう。



「……ギルフォート伯爵、公爵の賓客である我々に何用か」

「傭兵風情が、口を挟むな。私は姪と話しているのだ」

「彼女は公爵より預かった人物だ。こちらの許可なく干渉しないで頂こう」

「ならば、ここに送り届けた時点で貴殿の仕事は終わりであろう? 早く金を受け取って消える事だ、薄汚い金の亡者が」



 どの口がそんな事を―――と頭に血が上りかけて、部屋の反対側にいたいづなと目があった。

彼女は口元に小さく笑みを浮かべると、小さく振った指を唇の前に立てる。

そしてその視線は桜とミナの間を往復した。


 ―――成程、そういう事か。

口元に笑みを浮かべつつも、俺は小さく頷く。

いづなの感情を読んだのだろう。ミナもまた、小さく頷いて目を閉じた。

そんな皆に近づいてきた男―――ギルフォートと言ったか?

この男は、そのままミナの肩に触れて立たせようと―――



「さあ、おいでミナ。私と共にお茶でも―――」

「―――ワタシに触れるな、下郎」



 ―――その手を、他でもないミナの手が弾いた。

普段のミナではありえないほどの鋭い視線と声音。

ミナ―――いや、『彼女』は、茫然としているギルフォートへ向けて鋭い叱責を発する。



「彼らはワタシの仲間であり、家族だ。その愚弄は、誰であろうと許さぬ」

「な、何を……」

「触れるなと言っているのだ!」



 その怒声に、再びミナへ向けて手を伸ばしていたギルフォートは小さく悲鳴を上げながら一歩下がった。

しかし『彼女』はそれに手を緩める事もなく、立て続けに言葉を発する。



「貴様が何を求めようと、ワタシは応じるつもりなど無い!

傀儡に出来るなどと甘い事を考えるな、例えどの瞬間であろうと、貴様を屠る事など容易いと思え!」

「ッ……」

「分かったのならば、ワタシの目の前から消えろ! 二度とワタシの家族の前に現れるな!」



 膨大な魔力を噴き上がらせながら『彼女』は言い放つ。

その圧力に、ギルフォートは悲鳴を上げると、無様に尻尾を巻いて部屋から逃げ出して行った。

奴が部屋から消えて数秒。足音が遠くまで逃げて行ったのを確認し―――俺達は、盛大に笑い声を上げた。



「ぶっはははははは! いいな、最高だよ椿!」

「ふふふ、ワタシにかかればこの程度、造作もない事だ」



 ミナの髪を掻き上げながら、『彼女』―――椿は声を上げる。

そう、俺達の間で交わされていた作戦の一つ、椿の憑依だ。

椿は普通の人間の目には見えないし、ストラップの中に隠れていれば見える類の人にもほぼ気づかれない。

そして今回のような感じで誰かに憑依すれば、突然別人になったかのように動く事が出来るのだ。

近付かれると何もできないミナにとっては保険にもなるので、あらかじめ相談してあったのだが―――意外な所で役に立ったな。



「ひー、ひー……あー笑った! どんなもんや、ジェイさん?」

「ま、確かに効果的だな。この中で奴に対して優位に立てるのはミナぐらいだったし」

「何言うとるん。ジェイさんやって国にいる頃は、一応公爵位やったやろ」

「死んだ事になってる男には意味のないものだ」



 兄貴って、騎士団にいた頃はかなり偉かったんだな。

まあ確かに、死んだ事になってる今じゃ意味のないものだけど。



「さて、あいつ、あれで諦めるかしら?」

「さあな……簡単に諦めてくれるのならば楽だが」



 と言うかあの男、どうやってミナが戻ってくる事を掴んだんだ。

偶然なら問題ないけど、どこからか情報を仕入れてここに来たんじゃ厄介だな。



「お姉ちゃんが、可愛く……」

「ふむ、この体は桜と同じぐらいの背格好だからあまり違和感はないな。いづなに入ると胸が重くて仕方ない」

「色んな体を体験できるんって面白そうやなぁ」



 あいつらは気楽だな……まあ、とりあえずは問題なさそうだし大丈夫か。

一応念には念を入れておくべきだろうけど。



「ほんなら、ここの屋敷にいる間、つばきんはミナっちについてくれとると助かるで」

「心得た。ワタシがミナを護ろう」

「頑張って、お姉ちゃん」



 『よく喋るミナ』という物珍しい光景を見つめながら、俺は小さく苦笑していた。











《SIDE:OUT》























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