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IMMORTAL BLOOD  作者: Allen
サムヌイス編:邪神の封印と神のルール
64/196

59:ジェクトへの依頼

「さあ、開幕と行こう!」












《SIDE:REN》











 朝、いつもの訓練の時間。

何故か俺のベッドに潜り込んできていたミナを起こさないように出てきてみれば、そこにはいつもの誠人以外にもう一人の姿があった。



「いづな?」

「や~、煉君。おはようさんや」



 いづなは、生活習慣は結構規則正しいんだが、朝と夜は少し弱い。

シルフェリアさんの所に戻って研究し、それから長風呂という事が多いからだ。

ここの所迷宮に潜っていた為、研究も時々休んでいたのだが、それでも朝早く起きてくるという事は無かった。



「今日に限って、何でこんなに早いんだ?」

「んー……まあ、しばらくやらんうちに結構鈍ってもうたみたいやからね。うちも特訓しとこうと思っただけや」

「オレとしても、無拍剣の練習にはいづなの方がやり易いからな」

「へぇ……」



 俺としては接近戦での練習にちょうどよかったんだが、それだけだと誠人の練習にはならないしな。



「了解。まあ、俺は俺なりに訓練してるよ」

「ああ、助かる」



 相手の武器の捌き方は、いつも誠人で練習していた。

あと必要になるのは、動き回りながらいかに正確なエイムをするかだ。

それの練習には、いつも木に吊るしてあるコインを利用している。

俺達の持物の中にあった5円玉や50円玉だ。

これに糸をつけて垂らし、身体を動かしながら硬貨を狙うという特訓。

動き回りながら小さな的をぴたりと狙うのは、結構難しい物だ。


 さてと、マガジンは抜いたし、特訓開始と―――



「ゆうべはおたのしみでしたね」

「ぶっ!?」



 コケた。

咄嗟に振り返ってみれば、口元を覆いつついやらしい笑みを浮かべたいづながこちらを見ている。

いや、確かにミナは前から俺や兄貴のベッドに潜り込んで来る事はあったけど―――



「いやぁ、度胸あんなぁ煉君は。公爵令嬢に手を出してまうなんて」

「何もしてねぇよ!?」

「またまたぁ。どんな感じやったん?」



 すすす、と近寄ってくるいづなを殴り倒そうかどうか本気で悩む。

実際、今日は潜り込んできていたのは事実だし、気付かなかった俺にも落ち度はあるけど。

皆がこっちに来てからはやらないようにしっかりと言っておいたし、今日だって誰にもばれてない筈だったのに!

誠人、お前も溜め息吐いてないでこいつを止めてくれ。



「だから、変な事はしてないっての。何でミナが潜り込んで来るのかだって―――」

「そら、分かってるんとちゃうん?」

「……まあ、そうだが」



 いきなり真面目な声音に変わるのは止めて欲しい。

いづなはこういう切り替えが早すぎてこっちが戸惑ってしまう。


 ミナは、安心できる場所を求めているんだろう。

眠っている相手の心は読めないし、何を考えているのか分からないと言う恐怖もあるはずだ。

けれど、ミナはそれでも俺や兄貴には近付いてきてくれる。

心なんか読めなくても、俺や兄貴の事を信頼してくれているんだ。

絶対に自分を裏切らないと信用できる相手―――ミナは、その信頼を示してくれているんだ。

確かに、それは嬉しいんだが。



「……心臓に悪いんだよ、あれ」

「にゃははは。ミナっちは美人さんやからねぇ」



 『人並み外れた』とか『作り物じみた』という形容が似合うようなミナの容姿だ。

目を覚ました時にその顔が目の前にあったら、正直驚く。と言うか見惚れてしまう。

起き抜けでボーっとしている頭に、それは色々な意味で厳しい物がある。



「はぁ……せめてこう、危機感ぐらいは持っていて欲しいんだが」

「ええんやない? 煉君やって、ミナっちの信頼は裏切れんやろ」

「ホント、その通りだからな……」



 この世界で初めて俺の存在を必要としてくれたミナは、俺にとって本当に大切な存在だ。

その信頼は裏切れないし、傷つけるような真似は出来ない。

それが苦しい、とも言うんだがな。



「にゃはは。ま、悩めや若人、というやつやね」

「いづなは俺と一歳しか違わないだろ」

「細かい事は気にせん気にせん。ま、ちぃと騒ぎになるかもしれへんけど」

「は?」



 疑問符を浮かべるが、いづなは気にせずに誠人の方へと歩いてゆく。

木刀を持った二人は礼をして、そのまま木刀を打ち合い始めるが……一体、何の事を言ってたんだ?

目にも留まらないトンでも剣技の応酬を始める二人に首を傾げつつも、俺はコインの方へ向か―――



「なあああああああああああああああああっ!?」



 刹那、屋敷の中から巨大な喚き声が響いた。

俺は驚いて振り返るが、誠人達は何故か気にした様子も無く打ち合いを続けている。

そしてその内、屋敷の中でどたどたと何かが走り回るような音が響いてきた。

そして―――



「―――煉ッ!!」

「……フリズ?」



 扉を蹴破るように現れたのは、普段どおりの格好に着替えたフリズ。

何故か顔を真っ赤にして、視線を危険な感じに尖らせていたが。

フリズは俺の姿を確認すると、地面を蹴ってこちらへ向って走り出す。



「このッ……」



 俺の少し手前で、フリズは地面を蹴って跳躍する。

ここまで来れば、俺もあいつが何をするつもりなのかはっきりと分かっていた。

放たれるのは―――情け容赦ない飛び蹴り。



「犯罪者があああああああっ!!」

「だああああっ!?」



 容赦なく俺の顔面を蹴り飛ばそうとしてきた右足を、銃のグリップで受け止める。

上手く受け止め、一瞬安堵するが―――もう一方の左足が俺の腕を蹴り、両足を使って俺から跳び離れた。

威力は無かったものの、身体を押されてバランスを崩す。

その間に着地したフリズは、再び俺に向って駆け出してきた。



「何でミナがあんたの部屋から出てくんのよッ!?」

「だああッ、忘れてた!」



 そうだよ、そっち方面でばれる心配があったんだった―――って言うかいづなは何でそれ以前の所で分かってたんだ!?


 突き出された右の拳を右の銃のグリップで逸らしながら、左の銃のグリップでフリズの顔面を狙う。

しかしフリズは身体を沈み込ませるようにしながら躱すと、下から抉り込むようなアッパーで俺の顎を狙ってきた。

咄嗟に身体を反らし、その一撃を回避する。

ちなみにこの女、しっかりと手甲を装備してやがった。



「ッぶねぇな!」

「うっさい、死ね!」



 これ以上やられては溜まらないと、跳び離れながら銃口を向ける。

マガジンは入ってないが、こんな武器を向けられれば、どんな人間だって一瞬気後れする物だ。

しかしフリズもさるもの。自分の方に銃口が向けられそうになった瞬間、その射線上から退避した。

そのまま、横から迂回するように俺へと近付いてくる。


動く的を当てるって言うのは非常に難しい。フリズほどの小柄さと素早さを兼ね備えていれば尚更だ。

舌打ちしつつも、こちらも距離を取るように動き始める。


 と―――



「―――喰らえ!」



 その声と共に、俺の顔面へと何かが飛んでくる。

それを銃身で弾きながら、俺は驚愕に目を見開いていた。

フリズは、自分で蹴り上げた小石を拳で弾き、俺の顔面を狙ったのだ。

そして、その隙にフリズは俺に接近する。



「この、このッ、こんのぉッ!!」

「ぅおっ、とっ……少しぐらい訳を聞こうとか、そういうのは無いのか!?」 



 ジャブ気味に放たれた右の拳を腕で受け、側頭部を狙ってきたフックをグリップで受け止める。

更に放たれた回し蹴りを後退しながら避けつつ、俺は悪態を吐いていた。

いや、いい練習にはなるんだが……いつ終わるんだこれ。

フリズは、距離を開けた俺に突撃しようと―――



「フーちゃーん、そんなに嫉妬せんでもええやん」

「ぶはっ!?」



 ―――した瞬間、いづなの言葉にすっ転んでいた。

覚悟を決めて構えていた俺としても出鼻を挫かれるもので、思わず力が抜けて嘆息する。

そんな中、フリズは元気良く地面から顔を上げた。



「なっ、だっ、誰がミナに嫉妬なんか!」

「んー? 何言っとるんフーちゃん。うちはミナっちと仲良くしてる煉君に嫉妬してる言うたんやで?」

「な……っ!?」

「十五年前の事件が無かったら、ミナっちはフーちゃんの妹になっとったんやしねぇ。

それで煉君にミナっちを取られるんが悔しいんかと思ったんやけど……なーんか違うん?」



 誠人と打ち合いつつも、いづなはニヤニヤした笑みを浮かべながら声を上げる。

いづなが言っていた事は事実だ。もしも兄貴がカレナさんと喧嘩していなかったら、ミナはカレナさんの所に預けられていた筈なのだから。



「それとも、もしかして―――」

「あ、あー! そう、その通りよ! コイツばっかりミナと仲良くして! あはははははは!」

「……あまりからかうな、いづな」



 いづなの木刀を弾き飛ばして、こつんと頭を叩きつつ、誠人が嘆息する。

意外と力が篭っていたのか、頭を抱えていづなは恨めしげな視線を誠人へ向けていた。



「うー。ええやん、フーちゃんがかわええんやもん」

「やれやれ……」



 俺も、誠人と同じように嘆息を漏らす。

相変わらず、いづなは人をいじるのが好きだよな。ホント、勘弁してほしい。

とにかく、うろたえて動きが止まってるフリズに状況説明しとくか……遠まわしに。



「フリズ」

「ひゃ!? な、何よ?」

「ミナに、出来るだけ人のベッドに潜り込まないよう言っといてくれないか?」

「へ……あ、ああ! うん、分かったわ、そういう事ね」



 ……時々、こいつはアホなんじゃないかと思うが……まあいいか。

ミナは俺が言っても聞かない以上、フリズから言って貰った所で意味は無いと思うが。

しかし―――



「ちょうどいいかもな、これ」

「え?」

「訓練だよ。お前との組み手なら、結構接近戦の練習になりそうだし。今度から頼んでいいか?」

「ふーん……成程、面白いじゃない」



 しばらく俺の言葉を吟味していたフリズは、ようやくいつもの調子を取り戻してにやりと笑った。

そのままびしっと俺の事を指差し、声を上げる。



「いいわよ、稽古付けてあげようじゃない。泣き言言っても聞かないわよ?」

「そっちこそな。俺に接近戦でまで負けて泣くんじゃねぇぞ?」

「上等! つーか、アンタに遠距離戦で負けたつもりはないわよ!」



 まあ、能力を使われたら流石に無理なんだが。

しかしそれなしならば、俺も負けるつもりはない。

にやりと、笑う。



「なら、朝食のメニュー一品賭けだ! 当然メインを譲って貰うぜ!」

「あっはははは! 後からサラダなんて言っても聞かないからね!」



 互いに笑いながら、武器を構える。

俺は銃を、フリズは拳を。

そして―――俺達は、駆けた。











《SIDE:OUT》





















《SIDE:JEY》











「……お前らな、バカか」

「むぅ……」

「うぐっ……」



 テーブルに突っ伏す小僧とフリズを半眼で見つめつつ、俺は小さく嘆息した。

朝食の時間を過ぎてから食堂に入って来た二人。

こいつら、訓練がヒートアップした結果、ダブルノックアウトして庭で気絶していたのだ。

ちなみに、放っておいたのは狐娘の案らしい。



「やれやれ……こんな連中を連れて行かなきゃならんのか」

「え……?」



 俺が呟いた言葉に、小僧が顔を上げる。

少々早まったかと思ったが、結局は伝える事になるのだから同じか。

ちょうど、ここには全員がいるしな。



「俺に対して依頼が来た。依頼主はフォールハウト公爵だ」

「お父様……?」

「おー、ミナっちのお父さんなんか」



 俺の言葉に、ミナと狐娘が反応する。

ミナが反応するのは当然だが、こいつもか。

抜け目が無いので、妙な事をしないか気を付けておくべきかもしれないな。



「ギルベルトさんから依頼って……まさか、ミナの事で何かあったのか?」

「いや、それは無い……と言うか、手紙の書き方で何となく予想はつく。依頼の内容が書いてあった訳じゃないがな」

「……それなのに分かるのか?」



 眉根を寄せて疑問符を浮かべる人造人間ホムンクルスに対し、肩を竦める。

今回の件は、まず間違いなく厄介事だろう。

それも、以前の件以上に。何故なら―――



「『傭兵ジェイ』への依頼ではなく、『ジェクト・クワイヤード』への依頼なんだ」

「……」



 すっと、狐娘の目が細められる。

こいつは、それがどんな意味なのか気づいたか。



「死んでいるとされている『俺』への依頼だ。公爵とは言え、そんな事をする権限は無い」

「え……なら、一体―――」

「国や」



 ぽつりと、だが確信に満ちた声で、狐娘はそう声を上げる。

普段のふざけた様子ではなく、鋭く石の籠った目線を俺へと向けてきた。

小さく、口の端を持ち上げる。



「ジェクト・クワイヤードの死を覆せるのは国以外にあらへん。正確に言ってまえば国王やね。

即ち、この依頼は国から公爵さんを介して発せられたものなんや」

「国からの依頼って……国が、傭兵個人に?」

「それだけの価値がある人やろ、この最強の傭兵さんは。それに、うちらとジェイさんの関係以上やで?

この国と、ジェクト・クワイヤードの関わりの深さっちゅうんは」



 小僧の中では、俺はあくまでも傭兵なのだろう。

だが、ジェクト・クワイヤードは主神フェンリルの騎士にして、リオグラスの元騎士団長。

この国における影響力は、恐らく公爵よりも強い。

だからこそ、下手に正体を明かせないんだがな。



「けど、それならどうしてそんな呼び方をするんだ?

記録に残るような真似はするべきじゃないんじゃ……?」

「それはその通りだな。この国の中でも、俺の正体を知っている者はごく一部だ」



 俺の力は、普通ならば必要とされるはずはない。

逆に言えば、ジェクト・クワイヤードの力を必要とするかもしれないような事が起こっているか。

……まさか、な。



「しっかし、厄介な事をしやがるなあのバカ王……公爵を挟まれたら、ミナを連れて行かない訳にもいかないか」

「いや、それ以前にバカって……」

「不敬罪とか大丈夫なのかしら、コイツ……」



 小僧やフリズが半眼を向けているが、気にしない。

ともあれ、ミナが行く以上は小僧を置いて行くのは無理だろうし、そうなるとこいつらだけに家を任せる事になる。

そうすれば、もしもシルフェリアが来た時、俺がいない間に家を改造される可能性もある。



「はぁ……面倒だな、全く」



 何もせずともやってくる厄介事に、俺は深々と嘆息していた。











《SIDE:OUT》





















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