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IMMORTAL BLOOD  作者: Allen
ゲート編:迷宮探索と霊媒少女
62/196

58:真実の片鱗

次なる接触は、創造の少女と。












《SIDE:MASATO》











 迷宮から脱出した、神の槍の根元。

あの場所に僅かに残っていた生存者を救出したオレ達は、途中でいづな達と合流しつつ地上へ戻ってきた。


 地面に座り込み、深々と嘆息する。

先程の光景は、覚悟していたとは言え少々きつい物があった。

だが、オレ達で良かったのかもしれない。

あの状況に共感出来てしまうかもしれない女性陣は、あの光景を見るべきではなかっただろう。

ミナはいたが、ああいった行為に関する知識はまだ持っていないようだったし、とりあえずは大丈夫だろう……多分。

一応、誰かがちゃんとした知識を教えておくべきだとは思うが。



「ぁ……っ、何でもない」



 フリズが声を上げようとして、寸前で思い留まる。

巻き込んで済まないとでも言おうとしていたのだろう。

だが、オレ達は同盟だ。その言葉が適切ではない事は、フリズも分かっていたらしい。



「はぁ……とりあえず、さっきの子達を待っとこか」

「……だな」



 用意していた簡単な布や服も足りなくなってきているので、先程のパーティに補給を頼んであったのだが、まだ戻ってきていないらしい。

とりあえず、傷の類は桜が治療している所だが、それだけでは歩けないほどに消耗している者もいた。

あの状況が脳裏に浮かび―――首を振ってその光景をイメージから消す。

全く、しばらくは鬱になりそうだ。


 と―――オレの視界に、奇妙な光景が映し出された。



「え?」

「……ミナっち? どないしたん?」

「ん……」



 ミナが、地面に座っていたいづなとフリズの頭を撫でていたのだ。

思わず面食らって見上げる二人に、ミナはいつも通りの無表情で答える。



「……罪悪感」

「え……?」

「二人が、感じてる。でも、二人は悪くない……だから、わたしが許すの」



 ミナは、ただ淡々とそう口にする。

オレには、その言葉は額面通りの意味でしか理解する事が出来なかった。

だが、何故彼女はいきなりそんな事を口にした?

今まで、そんな事を言った事は無かったと言うのに。



「……ミナ、でもこれは―――」

「フーちゃん、ちっと待ち。なあミナっち、ミナっちはどうしてそう思うん?」

「みんなが、優しいから」



 簡単な事だとでも言うように、ミナは即答する。

その言葉に、いづなは眉根をひそめる。



「けど、うちらは救えなかったんやで? ミナっちやって同じなはずや」

「そう……でも、二人は悪くない」

「……なら、ミナっちは?」

「わたしは……そうする事しか、出来ないから」



 ミナは―――少しだけ悲しそうな顔で、笑った。

思わず、目を剥く。

あれほど分かりやすく彼女が表情を変えた所を、オレは見た事が無かったからだ。



「……せやね。ありがとな、ミナっち」

「いづな!」

「フーちゃん。うちらは、きっとうちらをいつまでも許せんやろ。あれが最善やったなんて、自分を納得させるべきやないやろ?

せやから、うちらはうちらを許さんでもええ。その代わり―――」

「わたしが、許すから」

「……そっか……うん、ありがと」



 フリズは顔を俯かせ、そっと目元を手で拭う。

それに頷いたミナは、口元に少しだけ笑みを浮かべて立ち上がった。

また煉の方へ行こうと言うのだろう。踵を返して歩いていく。

と―――その背中に、いづなの声がかかった。



「でも、ミナっち。ほんなら、誰がミナっちを許す言うん?」

「……思い出してくれれば、それでいい」

「え? ちょっ、ミナっち? それってどういう―――」

「あの人たち、来た」



 いづなの声を遮り、ミナはゲートの方へと視線を向ける。

そちらから、例のパーティがこちらへと向ってきていたようだ。

そしてミナは、いづな達の視線がそちらへ向いている間にさっさと煉の方へと歩いていってしまった。



「あ……」



 呼び止めるには遠くなってしまった背中に、いづなは釈然としない表情のまま手を下ろす。

しかし、ミナは一体何が言いたかったのだろうか?

元々謎めいた所が多い少女だったが、今日は一段と分からない。



「……やれやれ」



 嘆息する。

何にしろ、もう少しでゲートに向けて出発しなければならないのだ。

救出した者達をギルドまで送り届けなければ。


 大きく息を吐き出し、オレは立ち上がった。











《SIDE:OUT》





















《SIDE:SAKURA》











 傭兵ギルドへ戻ってきた私達は、救出した人々をギルドに引き渡し、受付前の酒場のような場所で手続きをしている煉さんの事を待っていた。

大きめなテーブルについているのは私達の他に、護衛を頼んだあのパーティと、妹さんの救出を頼んだお姉さん。

特に会話は無い―――と言うより、何を話していいのかよく分からない。


 と、そこにようやく、煉さんが戻ってきた。



「お帰り、煉君。どんな感じや?」

「合計で、金貨28枚と銀貨46枚。結構捜索願が出てた人たちがいたみたいだ。あと、俺のランクがCに上がった」

「フン、個人で受けておいてパーティの力を借りるなど―――」

「およそ、金貨4枚と銀貨27枚ですね」

「計算速いな、オイ」



 向こうのパーティのリーダーさんの言葉を遮って声を上げた神官さんに、煉さんは半眼を向ける。

ええと、金貨28枚で銀貨2800枚分だから、2846×0.15で……大体それぐらいなのかな。

煉さんは溜め息を吐きつつも、それだけのお金を支払った。



「毎度ありがとうございます。また機会がありましたら」

「あー、そんときゃ宜しくなー」



 用は済んだ、とでも言いたげな表情。

未だに何やら喚いているリーダーさんを引き摺って、彼らはさっさとギルドを後にした。



「何つーか……妙な連中だよな」

「要領ええなぁ、あの神官の子」



 とりあえずその背中を見送ってから、小さく肩を竦めて煉さんは席に着いた。

そして、救出されたあのお姉さんへ視線を向ける。



「一応、言われた通りレイラという人は救出できた。が―――」

「……ええ、分かってる。気を失っていたけど、状況は分かってるわ」

「それならば、一緒にいてやった方がいいのでは無いか?」

「今は医者に看て貰って、その……特殊な処置・・・・・を行っているのよ。私がいても、できる事は無かったわ」



 お姉さんは悲しげに目を伏せる。

何をしているのかは、私にも何となく分かった。

正直、あまり実感は無かったけれど。



「……死にたい、って言っていたわ」

「そか……そう思ってまうのも、仕方ないかもしれんなぁ。せやけど―――」

「ええ、そんなのは私が許さないわ。必ず、あの子を支える」

「ん、なら安心や」



 そう言って、いづなさんは小さく笑う。

どうしてだろう。私には、理解できなかった。


 今回の事件は、とても忌むべき物ではあると思う。

私も女だし、あんな目に遭うのは嫌だ。

でも、私はゴブリン達にも、それに襲われた人達にも……興味を持つ事が出来なかった。

まるで、テレビでニュースを聞いていただけのような、そんな感覚。


 どうしていづなさんもフリズさんも、あんなに真剣になっているんだろう。

お姉ちゃんも、本気で入れ込んでいたような気がする。

どうしてだろう。どうしてなんだろう?


 そんな事を考えてボーっとしている内に、いつの間にか話は終わっていた。



「今回はありがとう。妹が立ち直ったら、必ずお礼をさせて貰うわ」

「ええ、楽しみにしてる。必ず、妹さんを助けてあげてね」

「勿論よ。それじゃあ、本当にありがとう」



 私達に向けて礼をして、お姉さんは去ってゆく。

その背中を見送って、いづなさんは声を上げた。



「ほな、帰ろか。今日は、リコリスさんが豪華な料理用意してくれとるで」

「……そうね。今日は大仕事だったんだし」



 いづなさんの言葉に、フリズさんも笑う。

そんな二人の様子を見ていた誠人さんや煉さんも、少しだけ安心したように目を細めていた。

ミナちゃんは―――私の事を、じっと見つめていた。



「……」

「……」



 じっと、無言で見つめ合う。

彼女は、何を考えているんだろう。彼女は、私に何を言いたいんだろう。

向こうばかりが分かってしまうのは、少しずるいと思う。



「さくらん、何しとるん? さっさと帰るで」

「ぁ……はい、分かりました」



 いづなさんに促されて立ち上がる。

そして私たちは、連れ立って傭兵ギルドを後にした。

ゲートの街並みはいつもと変わらず、何となく非日常から戻ってきたような錯覚を覚える。

そんな中を、いづなさん達が歩いてゆく―――何となく取り残された気がして、私は怖くなった。


 と―――



「どうした、桜」

「ぇ……あ、誠人さん……」



 誠人さんが、私の肩に手を置いて問いかけてきていた。

また私の事を気にかけてくれていたんだと思うと、何となく嬉しくなる。



「今日の事は流石に辛かったか」

「……いえ、それは、大丈夫。でも……不安なん、です」

「不安?」



 誠人さんは訝しげに眉根を寄せる。

隣を歩いてくれる誠人さんを見上げながら、私は続けた。



「皆さんは……どうして、あんなに……他人の為に、本気になれるのでしょうか……?」

「何?」

「よく、分からない……です」



 フリズさんは、人が死ぬのが嫌いだって言っていた。

だから、人が死なないように助けたんだろう。

そして他の皆は、同盟だから手を組んだのだ。

なのに―――何で、あんなにも真剣に悩めるのだろう。私には、分からない。



「……オレが今回怒ったのは、魔物が許せなかったからだろう」

「許せ……ない?」

「自分の認識の甘さへの苛立ちもあったが、それ以上に魔物が憎かった。魔物が敵だというのは共通認識としてあるが、それ以上に憎悪を感じたな。

冷静でいられなかったのは、反省せねばならない所だが。

まあ、誰かが困っていたのだから、手を貸さねばならないという思いもあったとは思うがな」

「魔物が、敵……」



 確かに、魔物は危険だ。

もしも出会ってしまえば向こうから襲ってくるのだから、こちらも倒さなくてはならない。

けど、私は―――



「……よく、分かりません」

「む?」

「……魔物が敵だというのは、分かります……でも、魔物が憎いとは……感じた事が無い、です。

襲われた人も、可哀想だとは思いますけど……それだけ、なんです」



 私には、分からない。

魔物が憎いから? 誰かを助けたいから?

どうしてそんな風に思えるのかが、理解できない。

どうしてそれだけで、あんなにも真剣になれるのか―――私には、分からない。


 ふと、顔を上げると、誠人さんが驚いた表情で私を見下ろしていた。

私は、何か変な事を言っただろうか?



「……桜。アルシェールやシルフェリアが言っていた事は、覚えているか?」

「私の、魂に……異常がある事、ですか?」

「そうだ。お前の感じている『他者との認識の違い』はそこから生まれているのではないか?」



 はっとして、目を見開く。

あの治療で私に生まれた後遺症―――何かの感情が、働かなくなってしまうという症状。

それが、これなの?

それじゃあ―――



「おかしいのは私……なんですか?」

「桜?」

「嫌……怖がらないで、見捨てないで……!」



 カタカタと、体が震える。

怖い、怖い……もう、独りは嫌……!



「―――桜!」

「ぁ……誠人、さん?」



 気付けば、誠人さんが私の両肩を掴んでいた。

誠人さんは私の瞳を覗き込みながら、真剣な表情で口を開く。



「落ち着け、桜。お前の症状の事は皆ちゃんと知っているし、ちゃんと考えている。

そんな事でお前を見捨てるような人間は、オレ達の中にはいない」

「で、でも……!」

「大体、一部の感情が働かないというのならば、オレだって同じ事だ。お前は、それでオレの事を見捨てるか?」

「そんな事、しません……!」

「なら、大丈夫だ。仲間達を信じろ」



 そう言って、誠人さんは私の肩を離す。

そしてその手で、私の頭をポンポンと撫でてくれた。



「何の感情が働いていないのか、しっかりと考えておいた方がいいのかもしれないな。

話をするのに、あらかじめ分かっていた方が軋轢も少なくて済む」

「ぁ……ありがとう、ございます」



 口を噤んで、俯く。

やっぱりこの人は、優しい人だ。

見た目は少しだけ怖いけれど、この人はいつも私の事を気にかけてくれる。

この人は、きっと―――



「―――ありがとう、ございます」











《SIDE:OUT》





















《SIDE:MINA》











 夜。

皆が寝静まった頃。

わたしは、一人で屋敷の庭に出ていた。



「……」



 星を見上げる。

いつも、テラスから見上げていたのと同じ星空。

わたしは―――



「―――流れ星を見た事があるかい?」

「ない……ううん、ある?」



 覚えて、いない。

ある気がするし、ない気もする。

―――わたしは、視線を下した。



「こんばんは、ミーナリア」

「エル―――」



 わたしは、知っている筈のその名前を囁く。

途中から、掠れて声にならなかったけれど。

でも、彼女は聞こえたみたいだった。


 薄く、笑む。



「やはり、君の持つ《欠片》は特別なようだ……いや、君自身が特別なのかな?」

「……よく、わからない」



 分からなければ、『読めば』いい。

わたしには、きっと分かる。


 レンが、あの時状況を楽しんでしまっていたのを悔いている事も。


 マサトが、感情に流され暴走してしまった自分を嫌悪している事も。


 フリズが、自分の都合に誰かを巻き込んで苦しませてしまう事に、疑問を抱きながら止まれない事も。


 いづなが、誰からも頼られる位置にいるが為に孤独を感じている事も。


 サクラが、自分が他人と違う事に、独りぼっちにされてしまう事に恐怖している事も。


 ツバキが、自分だけでサクラを護りきれない事に無力を感じている事も。


 全部、わたしは知っている。

だから、わたしは皆を許す。

お母様のように、人間を好きでいたいから。だから―――



「しッ、僕を『読んで』はいけないよ」



 けれど、気が付けば、わたしの視界は彼女の掌で覆われていた。

目が見えなければ、『読め』ない。



「まだ、僕を知るには早すぎる。まだ君は、世界の真実に近づいている訳ではない。

この世界で最も近い位置にいるのは、おそらく君だろうがね」

「……」



 彼女は、わたしにそう囁く。

分からない。けれど、心の奥底の何かが理解している。



「けれど、時が来たら―――君が、彼らを導いてくれ。君こそが、僕の願いへと届く鍵だ」

「わたし、が……」



 知っている―――けれど、知らない。

わたしが、わたし。



「いずれ、全てを思い出した時……その時こそ、共に戦える。

愚かな人間の手によって歪められたこの世界を破却する―――その為に」



 指の間から、僅かに彼女の口元が見える。

彼女は―――ただ、嗤っていた。

その声の中に、冷たい何かを秘めながら。


 そして、気が付けば、わたしは一人で庭に立っていた。



「……」



 すっと、夜空を見上げる。



「……流れ星」



 わたしは、流れ星を見た・・

わたしは、わたし。



「……レンと、一緒に寝よ」



 そして、わたしは屋敷へと戻って行った―――











《SIDE:OUT》





















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