56:作戦開始
目指す物が大きいほど、責任は重く圧し掛かる。
《SIDE:REN》
銃声が轟く。
一日開け、しっかりと休んだ俺達は、第17階層へと潜ってきていた。
今回は隠れながら狙撃するのが難しかったので、俺も前に出てきている。
入り口から横に向って広がっているタイプの広場だったので、死角が多いのだ。
「ああ、ホント、マズルフラッシュがないのが残念だ」
背信者は火薬を使って弾丸を撃ち出している訳じゃないから、銃口からの火炎は発生しない。
あれは結構好きなんだが、まあこの際仕方ないだろ。
グリップでゴブリンが突き出してきた剣を弾きつつ引き金を引き、更に左の銃で前方を撃つ。
威力としては二段階目、マグナム相当の威力だ。
ゴブリン程度なら、一撃で頭が弾け飛ぶレベルである。
「おっと!」
飛んできた矢に反応し、身体を沈み込ませる。
それと同時に背後に向けて足払いを放ちつつ、後ろに向って三連射。
倒れたゴブリンへは、体勢を戻すと同時に振り上げていた右足でトドメを刺した。
そして銃口を前方と後方、両側へ向ける。
「ハッハァッ!」
射線上に味方がいない事を確認。
威力を最大に引き上げ、叫ぶ。
「《散弾銃》ォ!」
放たれた魔力は散弾となり、前方と後方両側のゴブリン達を引き裂いてゆく。
肉片と血煙が降り注ぐ中、俺は更なる獲物へと目標を定める。
相手は―――誠人の事を注視しているオーク!
跳躍し、オークの肩の上に飛び乗る。
慌ててこちらを振り落とそうとするが、もう遅い。
「Dibs on your life!」
俺は相手の頭頂部に銃口を突きつけ、容赦なく引き金を引いた。
衝撃と共にオークの頭頂部から股下まで弾丸が突き抜け、地面を穿つ。
倒れるオークの死体から飛び離れつつ、俺は着地地点へと銃口を向ける。
こちらを見上げていた四匹のゴブリンが弾丸に引き裂かれ、俺はその死体を踏み潰しながら着地した。
「ハハハハッ!」
いいな、最高の気分だ!
狙撃もいいが、やっぱりこうやって撃ちまくれるのは楽しいぜ!
威力を二段階目に引き下げ、見える範囲の相手へと銃口を向ける。
右の銃を前へ、前方のゴブリンの頭を撃ち抜く。
左の銃は脇の下から右へ。右側から接近しようとしてきたゴブリンの胸に風穴を開ける。
そして、右の銃で肩越しに一発。後ろから攻撃しようとしていたオークの肩に一発当て、敵を怯ませる。
さらに身体を回転させ、両の銃で一発ずつ、頭と胸を撃ち抜いた。
最後に、背中の気配へ向って―――
「―――待て、オレだ」
「分かってるって、弾切れだよ」
空になった両方のマガジンを落としつつ、俺は構えを解いた。
ジャケットから取り出した新しいマガジンを装填し、背後にいた誠人へと笑いかける。
「中々いい感じだったな、訓練の甲斐があったってもんだ」
「良くあそこまで連射出来るな。味方の位置を把握してるのか?」
「当たり前だろ。味方のいる方向へは撃ってねぇよ」
いくらハイになってるからって、フレンドリーファイアするほど冷静さを失ってる訳じゃない。
味方の位置は常に把握してるし、そちらへ向けては撃たないようにしている。
「ま、感謝するぜ誠人。お前と一緒に訓練してたおかげだ」
「まあ、こちらも飛び道具相手の対処法は身に付いたからな。お互い様だ」
ハイタッチし、周囲の状況を確認する。
敵は殲滅完了。捕まってる人々は、今いづな達が救出している。
また例によって服などは奪われているのか、フリズがこっちを見るなとでも言いたげな視線を送ってきたので、嘆息交じりに視線を逸らす。
男なんだから興味があってもいいだろうに。
「一応、続け様に潜る事になると思うが……弾は大丈夫か?」
「ん、ああ。まだマガジンは六個残ってるからな。残り一階層潜るだけなら、十分な弾数が残ってるよ」
「そうか、案外燃費がいいんだな」
「まあ、威力を抑えてればな」
誠人の言葉に、肩を竦めながら答える。
背信者は、一つのマガジンで最大威力二十発分の魔力が溜められる。
マグナム相当では四十発分、ハンドガン相当では何と百発分だ。
改めて考えると、本当にありえない弾数だ。
前まで弾を節約しながら使ってたのが馬鹿馬鹿しく思えてくる。
「……まあ、ミナの魔力だし、あんまり使い過ぎるのも良くないけどな」
ミナはかなり大量の魔力を持ってるが、マガジン八つ全てに魔力を満たそうとすると、流石に魔力切れを起こしてしまう。
それでも一気にやろうとしてしまうので、俺も全て使い切るような事はしたくなかった。
ちなみにミナ曰く、このマガジン一つで、前に龍をぶち抜いた巨大な剣一つ分ぐらいらしい。
そう考えると燃費がいいのか悪いのか……良く分からんな。
「まあ、とりあえずあの人達を地上へ連れて行ってからだな」
「すぐに動ければいいが……あまりここに留まっていると、また敵が現れかねん」
「……だな」
銃はホルスターには納めず、そのまま手に持っておく。
ここまでは予定通りと言うか、何の問題も無くここまで来る事が出来た。
だが、ここから先は簡単には行かないだろう。
六人のパーティを分断しなければならないのだ。
それだけで敵に対応し切れるのか、という不安はある。
「……レン」
「ん、どうした、ミナ?」
「みんな、だいじょうぶ」
……どうやら、俺の不安を読み取られてしまったらしい。
気をつけないとな。俺が弱気になると、すぐにミナに心配されちまう。
苦笑し、俺はミナの頭を軽く撫でた。
「そうだな。俺達ならできる」
「ん……」
「負けやしないさ」
ここはかつて、兄貴が通ってきた道なんだろう。
ここより遥か下層、邪神龍がいる場所を目指して。
それに比べれば、俺たちが目指す場所なんて簡単すぎる。
兄貴がここに来たがらないのは……昔を思い出したくないからなのか。
ここでは、一体どんな事があったんだろう。
少しだけ聞いたのは、沢山の人間が死んだという話だけだ。
生き残ったのは、俺の知っている四人だけ。
「―――おーい、準備出来たで! 一旦地上に戻るんや!」
「っと……それじゃ、行くか」
「ああ」
ミナと誠人を連れて歩き出す。
弱気になってる暇は無い。さっさと仕事を終わらせないと、な。
《SIDE:OUT》
《SIDE:FLIZ》
捕まっていた冒険者たちを救出して、あたしたちは地上に戻ってきた。
今回の人数は七人。上の階層にいた人たちと違って、こちらは無事な人達は少なかった。
もっと早く助け出せていれば―――と思うけど、無理をしてはこっちの身が危ない。
仲間を巻き込んでいるのに、そんな無茶は出来ないわ。
でも、あの人の妹さんは見つけられなかったのよね……レイラっていう人だっけ。
捕まってた人に聞いてみたら、その人はもう下の階層に連れて行かれてしまったらしい。
一度下の階層に連れて行かれると、もうそこから上に上がる事は無いという。
下の階層がどんな状況になっているかは、誰にも分からないのだ。
あたしは、憂鬱な気分で溜息を吐いた。と―――
「むっ、お前らは!」
「……あー、えーと」
背後から、叫び声と共に煉の疲れが混じった声が聞こえてきた。
何となく聞き覚えのあるそれに振り返ってみれば―――そこにいたのは、この間水路のエリアで会った《蒼の旅団》のセルパーティだった。
「貴様、こんなところで何をしている!」
「いや、依頼だけど……」
「女性にそんな格好をさせる依頼などあるか!」
「俺が着せた訳じゃねぇし……」
今回、この迷宮の入口にいる兵士の人達に、救出した人達用の衣服を預かって貰っていたりする。
まあ、この間みたいな状況で帰るよりはマシだろう、と言う程度のモノだけど。
彼女たちは暗い表情をしているものの、とりあえずは安堵しているようだった。
流石に一生モノのトラウマよね、魔物に犯されるなんて……思わず、顔をしかめる。
「あ、せや。いい事思いついた」
「いづな?」
「おーい、えーと、リーダー君」
そういえば、誰も名前聞いてないわよね、あの子たち。
まあ、何かここまで来ると尋ねる気にもならないけど。
「ちっと、仕事を頼まれてくれへん?」
「何……?」
「この人たち、傭兵ギルドまで連れてってあげて欲しいんや」
「誰がそんな「報酬はいくらですか?」っておい!?」
えーと、あー、リーダー? のセリフを遮って神官の子が割り込んできた。
前に会った時も思ったけど、ちゃっかりしてるわね、この子。
その反応に、いづなはにやりと笑いながら続けた。
「煉君が受け取る報酬の一割、でどうや?」
「ちなみに、任務のランクは?」
「おい、勝手に話を―――」
「Aやね。お買い得やろ?」
いろいろと無視しながら進められる交渉に、あたしは頭を抱える。
何となく隣を見ると、煉も微妙に引き攣った笑みを浮かべている所だった。
「……いいの、あれ?」
「……まあ、別に金目当てで受けた訳じゃないからなぁ」
「ちなみに、報酬って?」
「生存者の数にかかわらず、金貨二十枚。プラス、捜索願として出てる依頼も、該当する人を見つけたら達成した事にしていいだとさ」
「あー、あのランクの傭兵にとっちゃ破格の報酬だわね」
どれぐらいの報酬になるかは分からないけど、結構な金額になるんじゃないかしら。
迷宮で行方不明になった人物の捜索なんて、普通は不可能っていうレベルの難易度だし。
あたしたちがそんな事を考えている最中にも、いづなと神官の子の交渉は続いてゆく。
そして―――
「いいでしょう。それでは一割五分で手を打ちます……ただし、彼が最終的に受け取る報酬の、です」
「くっくっく、抜け目がないなぁ神官ちゃん。ええよ、その条件で交渉成立や。
ただし、この後で救出してきた子たちを送る分も含めてやで?」
「分かってます。貴方も中々やりますね」
何やら、汗を拭いながら握手する二人。
気が合うのかしら、あの二人って。
ちなみに、リーダーは無視され続けた結果、残りの二人に慰められていた。
そんなこんなで、やり遂げた表情のいづなが戻ってくる。
「ふー、ええ交渉やったわ。これでそのまま下まで潜れるで」
「ああ……まあ、ああいうのはせめて俺と相談してから言って欲しかったんだが」
「まあまあ。煉君は別に報酬欲しさにやっとる訳やないやろ?」
「そりゃ、確かにそうだけど」
納得いかない様子で呻く煉を尻目に、いづなは神の槍の方へと歩いてゆく。
……いづな、ちょっと焦ってる?
流石に、女の子が魔物に襲われてる状況は、いづなでも許せるものじゃないか。
「い―――」
「いづな、あまり無理をするな」
「まーくん?」
あたしが声をかけようとした瞬間、横から現れた誠人がいづなの肩に手を置いた。
声をかけそびれたあたしは、上げかけていた手をぱたりと落とす。
そんなあたしの様子には気づかず、誠人は続ける。
「お前が感情を高ぶらせるのも分かるが、落ち着いてくれ。
お前はオレ達の司令塔だ……お前が冷静でなくては、オレ達も安心して戦えない」
「……分かってるんに、無茶言うなぁ、まーくんは」
「ここからは分かれなければならないんだぞ? そんな時に、お前がそんな状態のまま出て行ったのでは安心できん。
ストレス解消ならば後で付き合ってやるから、今は落ち着け」
「……りょーかいや」
嘆息しつつ、いづなは頷く。
誠人って、意外といづなの事見てるのね。
あれに気付けるの、付き合いの長いあたしか心の読めるミナぐらいだと思ってたんだけど。
「―――はぁぁ、と。うし、落ち着いた。ほんなら、再度出発するで!」
深呼吸をして、自分の頬を両手で叩いたいづなが顔を上げる。
その表情は、あたしから見てもいつも通りのいづなだ。
ほっと息を吐いて、あたしたちも神の槍の方へと歩いてゆく。
「誠人」
「何だ?」
「ありがと」
隣を通り抜ける時に、そう口にする。
今の役目はあたしに譲ってほしかったけど……まあ、いいわ。
振り向けば、煉とその後ろを付いてくるミナ、そして誠人と桜を連れて来るいづなの姿がある。
これから二手に分かれなきゃいけない、か。
不安はあるけど、それでも仲間は信用しないとね。
「また潜るんですか?」
「ああ、そういう依頼なんで」
ここ数日ですっかり顔馴染みになってしまった眼鏡の兵士に、煉は小さく笑いながらそう答える。
まあ、普通に考えれば困難な任務だものね。
「ほんなら、第19階層までお願いしまーす」
「……はぁ、仕方ないですね」
途中から迷宮に入る場合は、こうやって担当の兵士の人に頼まなくちゃいけない。
この神の槍の中にある魔術式を利用して、狙った場所まで転移するらしいけど。
まあ、仕組みなんて何だか分からないけど、使えるもんは使っとけって事ね。
「では―――転送」
兵士の声が聞こえたと思った瞬間―――目に映る景色が、一瞬で薄暗い洞窟へと変化した。
いづなはきょろきょろと周囲を見回して、持っている地図と地形を見比べている。
「……ふぅむ。うん、しっかり到着しとるみたいやね」
「ちょっと見せてくれ」
煉が地図を受け取って、周囲の状況をチェックする。
自分が行く道を確かめてるのかしら。
とりあえず少しの間地図を見つめていた連は、頷いてそれをいづなに返した。
「よし。それじゃ、手筈通りだな」
「せやね。ほんなら、作戦続行すんで。手筈通り、助けたら先に要救助者を地上へと送るんや。
それで手が空いとったら、もう片方のグループを助ける事。
それと―――ここでは、流石に酷い事になっとる人がいる筈や。覚悟しとき」
いづなの声の中にある思い響きに、全員が黙って頷く。
ここは危険だと、もう分かっているんだ。
全員が頷いたのを確認したいづなは、自身も頷いて宣言する。
「ほんなら、作戦再開や―――全員、無事で地上に戻るで!」
その言葉に―――あたしたちは、もう一度頷いていた。
《SIDE:OUT》