54:同盟の在り方
それは、互いが生きて行く為の手段。
《SIDE:IZUNA》
駆ける。
作戦開始を宣言し、まず最初に吶喊したのはうちやった。
うちの力は、刀から情報を引き出してくれる。
あいつらを斬る為の最善の方法を探り出し、うちはそれを己の肉体で再現するだけでええ。
せやから、うちに魔術式なんて物は必要あらへん。
「疾ッ!」
逆袈裟。疾風のような一閃が、近場にいたゴブリンを斬る。
いきなり現れたうちに、ゴブリンたちの間に動揺が走ったのが分かる。
この隙を逃すつもりはあらへん。
「一拍・散葉」
振り上がった刃を構えながら、深く身体を沈み込ませるように右足を前へ。
斜めに長く走った剣閃は、その軌道の上におった二匹のゴブリンの首筋を裂いた。
続いて、左足を前へ。腰の動きと連動させるように、刃で前方を薙ぎ払う。
その一撃で、うちの前と右前方にいたゴブリンは血を噴き出しながら倒れてゆく。
加速した感覚の中、吹き上がった血と周囲のゴブリン達の視線が、うちに向かってきとるのが分かった。
―――無拍・縮地。
刀を振り切った体重移動を利用し、後ろを向いていたその体勢のまま地面を蹴る。
次の攻撃動作に入る為の歩法なんやけど、ここではコレを退避の為に使う。
相手が格下とは言え、囲まれたら不利やしね。
ゴブリン達はようやく状況を理解したんか、武器を持ち出して攻撃を開始しようとする―――が、その一瞬前、うちの隣を蒼い暴風が駆け抜けた。
「おおおおおッ!!」
駆け抜けてったまーくんは、うちが先程使った散葉と同じ動きで刃を振るう。
唯一違うのは、その攻撃範囲の広さやった。
景禎の大きさは、柄の部分まで含めてまえばまーくんの身長以上。
その攻撃範囲は、うちの白帆薙の二倍以上―――いや、それだけやない。
先程さくらんに掛けて貰った風の精霊の加護が、まーくんが剣を振るうと同時に暴風を発生させ、前方にいたゴブリン達を吹き飛ばしてもうた。
「ははは、流石やね」
ひょっとしたら、これだけの数でもまーくん一人で十分やったかもしれん。
けど、ここまで来たんや、仕事をせんのもあかんやろ。
小さく笑い、うちはまーくんの登場で動揺しとるゴブリンに襲い掛かった。
霞之宮の剣術は、とある有名な剣術の流派から派生した独自の剣術や。
邪道の剣故、流派としての名は持たぬ、というのがご先祖様の言葉らしいんやけど。
その極意は、ある意味単純なもんや。
―――極限まで速く、極限まで無駄を省け。
相手よりも一段速く動き、必殺の一撃で確実に殺す。
せやから、狙う場所は体の内側―――動脈を確実に斬れる場所や。
「はッ!」
八双の構えより振り下ろす。
その一閃でゴブリンの首筋を斬り裂きつつ、振り下ろした刃は向きを変え下段となり、再び刃を逆袈裟に振り上げる。
型は無我の構えへ。横から見りゃ、目から刃が生えているようなその構えは、突きに特化した攻撃の型や。
突き出した切っ先はゴブリンの頭蓋を穿ち、斬り払いがその中身を掻き出す。
次なる構えは脇構え。現代ではあまり使われん、剣の長さを隠す為の古流剣術の構えや。
刃が到達するまでの時間は遅いんやけど、その分速度と破壊力を増した一撃を放つ事ができる。
上段よりも攻撃範囲の広い攻撃特化の型。
その一閃が、二匹のゴブリンの首を落とす。
「さぁて、そろそろ奴さんも混乱は解けてきたみたいやね……」
今までは抵抗させる事もなくやって来たんやけど、これからはそうも行かないみたいやね。
さあ、こっからが本番や。気合入れて行こか!
《SIDE:OUT》
《SIDE:FLIZ》
「せいやぁッ!!」
突き出した拳が、凍りついたゴブリンの頭を砕く。
あたしのやる事は単純だ。とにかく視界に入った敵を凍りつかせる。
振動を加速させる方面だと、燃えて火事になるかもしれないから止めておいたんだけど―――
「ああもう、どいつを凍らせたか分からなくなるじゃない!」
敵がわらわらと群がってくる所為で、どいつを凍らせたか分からなくなってしまう。
まあ、一度凍らせれば問題は無い訳だし、放って置いてもいいんだけど……視界が敵に囲まれてると、何となく追い詰められた気分になってくる。
「ッ……!」
けど、泣き言は言わない。
あたしが始めた事なんだから、あたしが責任を持つ!
振り下ろされた剣を右手の甲で打ち払い、カウンター気味に左の拳を打ち込む。
あたしは顎の砕けたゴブリンの体をそのまま掴み、そいつを自分の背後に向けて投げつけた。
後ろから襲いかかろうとしていた奴を巻き込んで倒れたゴブリンを、一睨みで凍結させる。
ほっと息を吐いて―――悪寒を感じたあたしは、その場から飛び退っていた。
その一瞬後、あたしがいた場所に巨大な斧が振り下ろされる。
「オーク!」
現れたのは、巨体を持つ豚面の魔物―――そして、その後ろで弓を構える二匹のゴブリン。
ぞくりと、背筋が凍りついたような錯覚を覚える。
「やばッ―――」
咄嗟に顔面をガードしようと―――した、瞬間。
あたしに向って弓を構えていたゴブリンは、片方は唐突に頭を弾けさせ、もう片方は地面から生えてきた杭に串刺しにされた。
……そうだった。あたし達は、背中を護って貰ってるんだったわね。
なら、あたしがすべき事は!
「―――凍れッ!」
何の前触れも無く仲間が殺された事に動揺していたオークを、あたしの能力で凍て付かせる!
氷の彫像と貸したオークからは視線を外し、周囲に注意しながらも、あたしは二人が隠れてる辺りに向かってサムズアップを贈っていた。
「ははは、やはりあの二人は頼りになるな」
「椿?」
唐突に声を掛けられ面食らう。
見てみれば、いつの間にか椿があたしの隣に並んでいた。
「何でこんな所にいるのよ?」
「皆のフォローに回ろうかと思っていたのだが、誠人は攻撃が激しすぎて近寄れない。
いづなは攻撃が的確すぎてフォローする必要すらない」
「……あの二人と比べたら、あたしは未熟よ」
「だが、固定砲台としての役割ならば十分だ。ワタシが護衛するから、思う存分力を揮ってくれ」
にやりとした笑みを浮かべた椿に、あたしはきょとんとし―――それから、小さく笑みを浮かべた。
「OK、そういう分かりやすいのは大好きよ!」
「その意気だ。では、行くぞ!」
椿はあたしから少しだけ離れると、近付いてこようとしていたゴブリン達を攻撃してゆく。
相手の攻撃を先読みして避けながら、的確に急所を突く、危なげない戦闘法。
つくづく、《未来視》って言うのは反則的な力だわ……あたしが言うのもなんだけど。
「さってと」
あたしは、周囲に視線を巡らせる。
あたしが狙うべきなのは、二人が取りこぼした奴や、出口の方へ逃げようとしている奴。
そして、煉たちが取りこぼした遠距離攻撃持ちの奴。
感覚強化の魔術式を唱え、あたしは周囲の景色へと集中した。
《SIDE:OUT》
《SIDE:MASATO》
刃を振るう。
横薙ぎの一閃は、攻撃範囲内にいた全ての敵の胴を完全に切断した。
ゴブリン達はオレの事を完全に警戒し、あまり近寄らないようになってきている。
「……さて」
自分の位置を確認する。
流石に離れすぎている上に障害物が多いからか、煉達の援護射撃も届かなくなってきていた。
その為、遠距離攻撃持ちへの対処は自分自身で行わなくてはならない。
「そこッ!」
刃を振るうと同時に、風の刃が飛び出してゆくイメージを景禎に伝える。
それと同時、オレの意思を汲み取った風の精霊が、風を刃へと変えて視線の先にいた杖持ちのゴブリンへと飛ばした。
風の刃は放たれた火炎弾を両断し、更に標的の身体を縦に斬り裂く。
更に、風を切るような音と共に矢が飛来するが―――
「風よ」
自分自身を中心に巻き起こった逆巻く風の流れが、殺到してきた矢を全て払い落とした。
後で改めて桜に礼を言わなくてはな。これが無ければ、いくらか手傷を負っていただろう。
小さく笑みを浮かべつつ、オレは矢を放ってきたゴブリンたちへと風刃を飛ばす。
遠くにいるまま首を刎ねられたゴブリン達は、果たして自分が何をされたのか理解する暇があっただろうか。
さて、大半の敵は殲滅できたようだが……まだ、何体か残っているようだな。
例えば、この目の前に立っている二体のオークなどだ。
「フゴッ、フゴッ!」
「ブゴッゴゴ……!」
「……何を言ってるか分からん」
流石に、魔物の言葉を解読するような機能はついていなかったようだ。
まあ、何を言ってこようが変わらないが。
血振るいをし、オレは再び刃を上段に構える。
それに合わせてか、奴らも手に持った斧とハルバードを構えた。
「―――ふッ!!」
鋭い呼気に、裂帛の気合を込める。
地面を砕く勢いの踏み込みで放たれた神速の一閃は、右側にいたオークを袈裟に両断した。
そしてそのまま振り抜いた刃が、オレに向って突き入れようとしていたハルバードを地面に叩きつける。
互いの膂力で互いの武器を押さえつける―――刹那の硬直。
そして―――
「せぇいッ!!」
刃を絡めるようにして跳ね上げ、オークのハルバードを弾く。
そして完全に振り上げる前に刃を止めたオレは、その刃の向きを変えて横薙ぎの一閃を放った。
武器を弾かれて伸び切っていた腕と首―――その全てを、景禎は斬断する。
そして二体のオークは、地響きと共に地面に沈んだ。
刃に付いた血を振るい落とし、小さく息を吐く。
これで大半は倒したか―――
「いやっ、止めてぇッ!」
「む……!?」
突如として響いた悲鳴に、オレは咄嗟に振り返った。
仲間の誰かが捕まったか―――と思ったが、どうやら違ったようだ。
いづな、フリズ、椿。三人とも、大した怪我もなく立っている。
先程の悲鳴は、どうやら別の人間が発したもののようだ。
この場で、オレ達以外の人間と言えば……彼女達しかいない。
「アンタ……その人を離しなさい!」
フリズが、ある方向を向きながら叫び声を上げる。
そちらを見れば、そこには先程まで牢に捕えられていた女性を盾にするオークの姿があった。
……油断した。人質を取るだけの知能があるとは思わなかった。
オークはオレ達を見ながら、何やら顔を歪めている―――笑みでも浮かべているのか。
「フゴッ、フゴゴッ!」
「いや、いやぁ……お願い、助けて……!」
オークはオレ達の武器を指差し、それから地面を指差す。
どうやら、武器を捨てろという事らしい。
人質の手前、従わない訳にはいかない。嘆息交じりに、オレ達は武器を捨てる。
地面に落ちた武器を回収するためか、周囲の生き残ったゴブリンがオレ達の方に寄って来て―――
「甘いな」
―――地面から突き出した杭によって、串刺しにされた。
オレは思わず、小さく笑みを浮かべる。
「―――You get smoked, fuck'n monsters!」
声が響く。
それと同時に銃声が響き―――オークの頭が、突如として弾け飛んだ。
フリズの能力でもいいと思っていたが、どうやら向こうがやってくれたようだ。
「助かった、煉」
「こっちもな。おかげで、安全に狙撃できた」
敵の殲滅を確認したのか、煉とミナがようやく入口の暗がりから姿を現した。
一応取りこぼしがいないか確認しているようだが、問題はなさそうだ。
ほっと息を吐きつつ刀を拾い上げ、背中の鞘に戻す。
「任務完了やね、まーくん」
「ああ……って、大丈夫なのか、いづな?」
露出しているいづなの肩には一筋の傷が走っており、そこから血が流れ出ていた。
それを見つめ、いづなは小さく苦笑を浮かべる。
「ちょっと鈍っとったみたいやね。誰も怪我すんなって言った本人が怪我してもうた」
「無理をするな……煉、荷物を持ってきてくれ」
「ああ、了解」
荷物はすべて煉達の方に置いてきてあったので、あいつに持ってくるように頼む。
いづなの傷の様子を確かめつつ、オレは小さく嘆息した。
「オレがもっと敵を引き受ければよかったか」
「いやいや、まーくんは十分やっとったよ。うちが未熟だっただけや」
「と、言われてもな。敵の攻撃を引き受けるのは、やはり防御力のあるオレの方だろう」
体が頑丈と言うのもあるが、こちらは鎧も纏っているからな。
多少攻撃を受けた程度ではびくともしない。
こういうのはオレが引き受けるべき事だろう。
「でもなぁ……」
「あのな、オレは男だぞ? 女が怪我をしながらこちらが無傷では、こちらの立つ瀬がない」
「……」
オレの言葉に、いづなはきょとんと眼を見開き―――それから、声を上げて笑った。
いつもと同じような女っぽくない笑い声でなく、ころころと、口元を押さえた笑い方だ。
「ふふふ……せやね。ほんなら、今度からもうちょっと頼るわ」
「ああ、そうしてくれ」
こういう風に見ていると、古くから続く家系の出だという事を意識させられる。
普段はあまり女らしい仕草を見ないのだが、作法の一つ一つなどは非常に洗練されているのだ。
いつもこうしていれば、『残念』などと言われないだろうに。
「ほら、包帯持って来たぜ」
「ああ、助かる」
振り返れば、煉がその手に包帯と布だけを持って立っていた。
何故荷物ごと持ってこなかったのかと首を傾げると、煉は肩を竦めてある方向を示す。
そちらを見ると、フリズと椿が助け出した人たちに包帯や布を渡している所だった。
とりあえず、申し訳程度でも体を隠せという事らしい。
「やれやれ。流石と言うか、フーちゃんはお人よしやなぁ」
「そうじゃなかったら、こんな事してないだろ」
「全くだな」
煉の言葉に、苦笑交じりに同意する。
フリズは本当に、よくあんな理想論を実行できるものだ。
いづなの傷を布で押さえながら包帯を巻き、オレはいづなを立ち上がらせた。
「さて、一旦撤退やね。あの人たちを外まで案内せんと」
「まあ、そうだけど……何か嫌な予感がするんだよなぁ」
嘆息する煉と、首を傾げるミナ。
その言葉に、いづなは小さく苦笑していた。
「うちかて、このままで終わるとは思っとらんよ。せやから、準備の為に一回戻らなあかん」
「やっぱりか……ホント、面倒な奴だな、あいつ」
「せやけど、悪い子やないやろ?」
煉は肩を竦める。
その仕草は、呆れと言うよりも同意に近かった。
オレも小さく嘆息し、もうじきこちらに発せられるであろう言葉を予測する。
オレ達の視線の中、フリズは振り向き―――
「皆! この人の仲間が、この下の階層に連れて行かれたって!」
「こー来たか」
いづなは、小さく笑う。
フリズとの付き合いは、この中では彼女が最も長い。
だからこそ―――いづなは、その言葉を笑顔で受け入れた。
「さぁて、次の作戦を考えんとあかんなぁ」
―――心底、楽しそうに。
《SIDE:OUT》