53:《未来視》の力
彼女が、彼女である為に。
《SIDE:TSUBAKI》
「止まれ」
ワタシの後ろを歩いている仲間達に指示を飛ばす。
迷宮の第15階層、入り組んだ洞窟のようなフィールドの中、ワタシは静かに意識を集中する。
ワタシの目には、先にある角から二匹の緑の小人が現れる幻影が見えていた。
「前方の角、現れるのは二匹だ。煉、頼む」
「了解」
この中で遠距離を正確に攻撃出来るのは、煉とミナの二人だろう。
ここでは攻撃発生まで若干時間の掛かるミナよりは、煉の方が適任のはずだ。
彼はワタシの指示に従い銃を構え―――
「―――今だ」
ワタシの指示と同時に、煉は両の銃から弾丸を二発ずつ発射した。
放たれた弾丸は角から現れた小人―――ゴブリンの頭と胴に命中し、確実にその命を刈り取る。
その結果に、ワタシは小さく笑みを浮かべた。
「流石だな、スナイパー」
「ライフルは使ってないけどな……確実に殺すのに二発で済むのは楽だな、これ」
「ゲームで敵の出現位置が分かっとる様なもんやね」
「成程、確かにそうだ」
いづなの言葉に苦笑しつつも、再び先へ進み始める。
果たしてワタシの力をどの程度役立てる事が出来るかと思っていたが―――どうやら、かなり貢献できているようだ。
この階層で現れるのはゴブリンとオークが主だ。
奴らは決して頭がいい種族と言う訳では無いが、一応罠を使える程度には知恵が働くらしい。
時折、罠が仕掛けられているような場所があった。まあ、存在が判っている罠など全く意味は無いが。
「さて」
角を曲がり、通路の先へ意識を集中させる。
脇道が二つと、正面に上り坂になっている道が一つ。
ワタシの目に見えたのは、正面の道から転がり落ちてくる丸太と、奥の脇道から現れる三匹のゴブリンだった。
ふむ。どうやら罠で探索者にダメージを与え、そこから奇襲して仕留めるつもりらしいな。
中々に小ざかしい知恵が回る。
「皆、とりあえず手前の脇道に隠れるんだ」
とりあえず、仲間達に指示を飛ばす。
そっと足音を忍ばせながら脇道の中に入り、外の様子を観察する。
「さて、誰かナイフは持っていないか? 小型の奴がいいんだが」
「え、いや……」
「脇差しかあらへん」
「逆に、何でそんな物を持ち歩いてるんだ」
いづなの言葉に誠人が嘆息するが、まあ今はそれを言っても仕方ない。
さて、どうした物か―――そう思っていたその時、ワタシに向かって一つの手が差し出された。
「《創造:魔術銀の短剣》」
そんな呟きが発せられた瞬間、桃色の光と共に、その手の上に銀色のナイフが現れた。
驚いてその手の主、ミナの顔を凝視する。
彼女の力の事は聞いていたし、その事を驚いている訳ではないのだが―――
「君は、ワタシの事を怖がっていたのではなかったのか?」
「ん……」
彼女は、ワタシと桜に対してはずっと警戒を解こうとしていなかった。
話そうとしても逃げられるので全く理由が分からなかったのだが、まさかこうして向こうから歩み寄ってくれるとは。
一体、何があったんだ?
ワタシのその感情が伝わったのか、ミナは小さく声を上げた。
「……前まで、ツバキもサクラも心が読めなかった。でも、今は読めるようになった。だから、怖くない」
「心が読めるように……?」
「前は、たくさんの感情がぐちゃぐちゃに混ざってた。でも、今は違う。少し多いけど、まだ読める」
「沢山の感情が……?」
彼女は何の事を言っているのだろうか。
さっぱり分からず、ワタシは疑問符を浮かべる。
一応煉からは、彼女の言う事は突拍子もない事が多いと聞いていたが……これは解読に苦労するな。
『……お姉ちゃん』
「む、桜? どうした?」
『もしかして……ミナちゃん、私の中に霊が入り込んでいた時の事……』
「……ああ成程、そういう事か。あの霊共の感情まで同時に感じ取ってしまっていた訳だな」
頭の中に響いてきた桜の声に、ワタシはようやく納得した。
だとしたら嬉しい事だ。桜の中には、もう余計な霊が入り込んでいる訳ではないのだから。
まあ、何はともあれ、仲間達との関係も一歩前進という訳だ。
「ありがとう、ミナ。遠慮なく使わせて貰う……あと、煉」
「また俺か?」
「ああ。あの角の奥にゴブリンが潜んでいるんだが、外におびき出したいのだ。
何か、派手な爆発でも起こせる物は無いか?」
「……成程、それで俺か。了解、やってみる」
分かっているのに聞いてしまうのは、ワタシの悪い癖だな。
ともあれ、煉は私の言葉に頷き、奥の脇道へと向けて銃を構えた。
そして、小さくその魔術式を呟く。
「《徹甲榴弾》」
そしてそれと同時、一発の弾丸が放たれた。
まずは銃声が響いた直後に、何やら驚いたような鳴き声があの脇道の奥から響く。
そして次の瞬間、壁にめり込んでいた弾丸が炸裂し、大きな爆発音を響かせた。
「ギイィィイイイッ!!」
「ギィアッ!」
その音に驚き、脇道の奥からゴブリンが走り出してくる。どうやら、相当に面食らったようだな。
ワタシは小さく笑みつつ、手の中のナイフを奥の坂道―――そこに張られた、一本のロープへと投げつけた。
狙い違わずナイフはロープを切断し……坂の上から、複数の丸太が転がり落ちてくる。
「ガァギッ!?」
「ギャガッ!?」
「ギイイイィィ……!」
混乱していたゴブリン達は、その丸太に為す術無く押し潰された。
思った以上に上手く行ったな、これは。
「ほー、流石やな、つばきん。やっぱ、安定度が違うわ」
「フフ、褒めても何も出ないぞ、いづな」
「そりゃ残念や。胸ぐらい揉ませてくれたらええのに」
「残念ながら、この身体は桜の物だ。桜の許可無く触らせる訳には行かないよ」
「……って言うか、アホな事言ってんじゃないわよアンタは」
半眼で睨んでくるフリズに、ワタシ達はくつくつと笑いを漏らす。
やはり、気安く冗談が言える相手というのは安心できる物だ。
小さく笑いつつ、脇道から出て歩き始める。
「でも、結構順調ね。さっきは気にし過ぎだったのかしら?」
「さてね。まあ、気をつけて損をする事は無いだろう」
順調に進んでいるとは言え、危険が無い訳では無いからな。
この階層では、僅かなミスが致命的なことにもなりかねない。
ワタシの力が役に立つと言うのならば、躊躇無く使ってゆくべきだろう。
常に使用した状態では消耗も激しいが、こういう風に要所要所で使う程度ならば負担も少ないからな。
「さて、どちらに進む?」
「ふーむ……罠が仕掛けてあったんやし、上の方に何かあるんやないの?」
「確かに、その可能性はあるな」
いづなの言葉に誠人が同意する。
ワタシとしても、その考えには頷ける所だ。
あんな危険な罠を仕掛ける以上、何かあると考えた方がいいだろう。
「では、向こうへ進んでみるか……無論、気をつけてな」
口の端に、小さく笑みを浮かべる。
《未来視》を発動させながら、ワタシ達は坂を上って行った。
《SIDE:OUT》
《SIDE:MASATO》
「……こりゃ、ちっと予想外やったね」
「……」
いづなの呻くような声に、オレは声を上げずに頷いていた。
先程の、丸太の罠が仕掛けられていた坂の先。
そこはかなり広い広場のような場所になっており、そこに無数のゴブリンやオークがたむろしていた。
「食堂って所か? どっちにしろ、この数は面倒だな……ちょっと待ってくれ、感覚強化で様子を見てみる」
「ああ、頼んだで」
いづなの言葉に頷き、煉がゴーグルをかけて魔術式を発動させる。
煉は奴らをじっと見つめ、静かに目を細めているようだ。
そして―――静かに、潜めるようにして声を上げる。
「数は……四十三。内、ゴブリンが三十一だ。残りはオーク……大半は、今は武器を手放してる。
面倒なのは弓や杖を持った奴だな。遠距離攻撃は厄介だ」
「……多過ぎやね。しかも、この広さじゃ大規模殲滅の魔術式は使えんし」
ミナを見つめながら呟いたいづなは、小さく嘆息した。
確かに、この広さで破壊力の高い攻撃をすれば、洞窟が崩落しかねない。
となると―――
「やっぱ、無視するのが無難か」
「せやね……これだけの数を相手にするメリットはあらへん」
「そうだな、さっさと―――いや、ちょっと待て」
「煉君?」
突如として、煉の声の中に硬い物が混ざる。
煉は一点を凝視しながら、ぎり、と歯を食いしばる。
その口から漏れ出た声には―――怒りの色が、滲み出ていた。
「……人が、捕まってる。女の人だ」
「ッ……! 状況は?」
煉の言葉に、全員が息を飲む。
いづなは早々に冷静さを取り戻し、その先を煉に促す。
「数は……ここから見える限りでは、四人だ。怪我をしてはいるけど、あまり深い傷ではなさそうだな。
服とか装備は奪われてるみたいだが……とりあえず、無事ではあるみたいだ」
「……時間の問題やね。状況は了解や」
いづなは煉の言葉を飲み込み、静かに目を閉じる。
ゴブリンやオーク共の下卑た笑い声に隠れるようにして、いづなは小さく声を上げた。
「うちの提案は、ここからの撤退や。見ず知らずの冒険者の為に、命をかける必要性は感じん」
いづなの言葉は、あくまでもこのメンバー全員の安全を考慮した上でのものだ。
明確に決めた訳ではないが、いづながリーダーである事はオレ達の共通認識でもある。
だからこそ、それを理解した上で、オレ達にとって最善の選択肢を口にする。
けれど、いづなは分かっている筈だ。
そんな選択を、絶対に許せない奴がいる事を。
「あたしは、反対よ。生きてる人を見捨てるなんて、あたしには出来ない」
「……誰かも分からん人達の為に、うちら全員の命を危険に晒すんか?」
「そうね、これはあたしのわがままよ。でも、この選択以外を選んだら、あたしはあたしを許せない。
助けられるかもしれない命を見捨てるなんて、あたしには絶対に出来ない」
そうだ、フリズは決して、こんな状況を見過ごす事は出来ない。
前世からの経験を知った上で、彼女の言う事をただの馬鹿者の戯言だと断ずる事は出来ないだろう。
彼女のそれは、信念だ。己の命を懸け、一生貫く事を覚悟した誓いだ。
「どうしても駄目だって言うんなら、あたし一人でもいい。これは、あたしの身勝手な―――」
「そーいや、フーちゃん。パーティ結成の時、フーちゃんはただ協力する事しか言わんかったな」
「え? いや、何よ今更」
いづなは、顔を伏せたままそう口にする。
その言葉に、フリズは首を傾げていた。
表情を見せぬまま、いづなは小さな声を続ける。
「フーちゃんは、何を協力してくれ、とは言わんかった。あん時のフーちゃんには協力してほしい事が無かったんやろ」
「そ、それはそうだけど……」
「せやけど、それはアンフェアや。そんな在り方じゃ、この同盟の意味が無くなってまう。
せやから―――言う事があるやろ?」
そう言って、いづなは顔を上げた。
その顔に、不敵な笑みを浮かべながら。
後ろでは煉が肩を竦めながら苦笑し、ミナがじっとフリズの表情を見つめている。
オレの横では、椿がくつくつと笑みを漏らしていた。
フリズは唖然とした表情を浮かべ―――それから、口元に笑みを浮かべる。
「……なら、改めて宣言するわ。あたしは、あたしの信念を貫く為に、皆に協力してほしいの。その代わり、皆にこの力を貸すわ」
「―――正解や」
オレ達は、同盟だ。
オレ達は弱く、独りでは成し遂げられない事ばかりが世界には転がっている。
だから、力を合わせるのだ。
善意の輪ではなく、互いの力を利用し合う関係。
ちっぽけなオレ達が、この世界で生きて行く為の手段。
だからこそ、オレ達は―――こんなにも深く、繋がる事が出来る。
「目的は捕まった人たちの救出。完全な達成条件はここにいる全員と要救助者の無事。
前衛はうち、まーくん、フーちゃん、つばきん。後衛に煉君とミナっちや」
どうやら、久しぶりに本格的な戦闘を行うようだ。
小さく笑い、オレは刀の柄にそっと触れる。
―――どうやら、誰一人としてこの決定に不満は無いようだった。
「前衛のやる事は単純や。手の届く範囲の敵、全て殲滅したれ。
決して囲まれぬように、常に移動しながら戦う事を意識するんや。
まーくんとフーちゃんはオークを優先的に狙うように頼んだで。
うちやつばきんの攻撃力やと、たぶん一撃じゃ倒しきれん」
どうやら、オレの相手はあの豚の顔をした巨体の魔物らしい。
たしかに、景禎ならば問題なく両断できるだろう。
フリズに至っては、能力を使えばどんな相手であろうと一撃で仕留められる筈だ。
「後衛の二人は、優先的に遠距離攻撃を持った敵を狙うんや。
二人の攻撃なら、どこから攻撃してるかは分かり辛い筈やし、ずっとこの通路に隠れながら攻撃してればええ。
念の為、ミナっちの力でそこの通路は塞いどいてな。
一応、フーちゃんは二人の方に敵が行かんように気を付けといてくれると助かるで」
二人はいつも通り後衛のようだ。
二人が遠距離攻撃を持つ相手を仕留めてくれれば、こちらも安心して戦う事が出来る。
いつも通りの編成である事は確かだが―――それでも、厳しいと感じる事は無かった。
「何か意見はある?」
「作戦名は?」
「異世界同盟始動。これでうちらは完全体、負ける気はせーへん作戦や」
「テキトーじぇねぇか」
声を上げて、煉といづなは笑う。
だが、全くだ。全くもって、負ける気がしない。
「皆、準備はええな?」
その言葉に、オレ達は同時に頷く。
全員が、それぞれの武器を掲げ、そして合わせた。
「ほんなら―――作戦、開始や!」
《SIDE:OUT》