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IMMORTAL BLOOD  作者: Allen
ゲート編:迷宮探索と霊媒少女
53/196

49:絶望の日々を終えて

弱いからこそ、力を合わせよう。












《SIDE:NOLA》











 一日だけ休みになった『白の蝶』。

けれど、そこにはあの家のメンバーがほぼ全員集まっていた。

しかし、いつものようにふざけあうような様子は無く、全員ただ黙って思い思いの行動を取っている。

原因は、言うまでもない。


 サクラ・ヒナオリというあの女の子。

いづなさん達と同じ世界から来たと言うあの子は、この世界に来てからかなり酷い目に遭って来たと言う。

それによってもたらされた力は、今でも彼女を苦しめていると。


 だからこそ、それを解決する為にアルシェールさんを尋ねてきた。

けれど―――



『ぁぐッ……ぅあああああああああああああっ!!』



 響いた絶叫に、皆一様に身体を震わせる。

先程から時折、こうやって彼女の苦痛の声が響いていたのだ。

額を押さえて顔を隠しながら、いづなさんは力なく声を上げる。



「こら、きっついなぁ……まさか、ここまでとは思っとらんかったで」

「大丈夫かしら、桜……」



 フリズも、心配そうに天井を見上げる。

この時ばかりは、ミナちゃんも眉間に小さくしわを寄せていた。

彼女はレンさんに寄りかかるようにして座りながら、じっと虚空を見上げている。

そんな中、マサトさんだけはじっと目を瞑って壁に寄りかかっていた。


 ちなみに、ジェイさんは一旦屋敷に戻っている。

新しい部屋をリコリスさんに用意させる為だそうだ。



「あれから、どれぐらい経ったん?」

「そうだな……一時間と言った所か」

「あー、一時間も女の子の悲鳴を聞かされ続けてたんか……そら鬱になるわ」



 ぐでっとテーブルに突っ伏しながら、いづなさんはそう呟く。

普段なら『はしたない』とたしなめるフリズも、この時ばかりは元気が無かった。

まあ、私も人の事は言えないけど―――



「麻酔無しで手術してるようなものよね……本当に、これで良くなるの?」

「ならなかったら意味無いだろ……」

「ですね……」



 今回はレンさんの言葉に同意する。

ここまでやって『失敗しました』じゃ、恨まれたって仕方ないと思う。



「廃人になるどころか、ショック死する可能性まであるんだぞ?

それなのに、成果が無かったなんて許されないだろ……まあ、アルシェールさんなら少なくとも失敗って事は無いだろうけど」

「でもあの子、意思弱そうだったしなぁ……」

「―――いや、大丈夫だ」



 その言葉に、皆驚いて声の主の方へ振り返った。

壁を背に目を瞑っていた、マサトさんの方へと。

彼は私達の方へと視線を向け、それから天井を見上げながら声を上げる。



「確かに、己の意思は弱かったかもしれない。大抵の事は椿に任せていたようだからな。

だが、平穏な日々への憧れは決して弱い物ではなかった。

確かに辛い試練だが、乗り越えられないとは思わないな」

「……驚いた。まーくん、そこまで見とったんやね」

「まあ、多少は話したからな」



 肩を竦め、マサトさんはそう呟く。

平穏な日々への憧れ、か……私は、どうなんだろう。


 と―――そこまで話をして、私はふと、あの子の悲鳴が聞こえなくなっている事に気が付いた。

それと同時に、二階からドアの開く音が聞こえてくる。



「……!」

「終わったか」



 マサトさんのその声と同時に、階段からアルシェールさんが姿を表した。

彼女は大きく背伸びをしつつ、大きな欠伸を漏らしている。

とりあえず悲壮感は感じず、ただ疲れた様子だけだけど―――どうなったんだろうか。



「どうなったんです?」

「んー……ま、とりあえず魔術式メモリーを刻むのは成功ね」



 コキコキと首を鳴らしつつ、彼女はいづなさんの言葉に答える。

とりあえず、必要な部分はクリアしたみたいだけど……サクラちゃんは、大丈夫なのかしら?

皆が聞きたそうにしている事に気付いていたのか、アルシェールさんは小さく肩を竦めてから声を上げた。



「元々、今までの段階で精神に異常をきたしていたのもあるから、どういう風に問題が出てるか分からない。

少なくとも、何の後遺症も無しと言う訳には行かないと思うわ」

「……そうか」

「けど、見た感じ精神構造全体に異常が出てるって訳じゃなさそうね。

魂に一部異常が見られるけど、機能の一部が欠損しているだけで、特に問題なく生きられるわ」

「えーと、どういう事なん?」



 私も良く分からなかった。

魂とか精神とか、イメージ的なものはあるけれど、詳しくどんな物なのかは分からないし。

私達のその疑問に、アルシェールさんは眉間に指を当てて言葉を吟味しているようだった。

やがて、考えが纏まったのか、ゆっくりと話し出す。



「脳は記憶を処理する場所。で、魂はその記憶が蓄積する場所。転じて、魂は精神の発生する場所。

つまり、魂に異常をきたすという事は、精神に異常が発生すると言う事なのよ。

で、施術後に魂を詳しく見てみた所、魂の一部に異常……つまり精神に異常が発生してる事が分かったわ」

「……狂ってしまった、という事か?」

「そりゃ元からでしょ。あの子、前の施術とこれまでの生活の時点で、既に異常が出てたもの」



 まるで何でもない事のような口調で、アルシェールさんはそう言い放った。

声を失った私達に気付いているのかいないのか、彼女は変わらぬ様子で続ける。



「今回は、その異常が出ていた部分そのものが機能停止してしまったみたいね。

具体的に言えば、感情の一部が働かなくなると言った所かしら。

流石に、見ただけじゃ何の感情を失ってしまったかまでは分からないけど。

まあ、下手に動いているよりはマシなんじゃないかしら」

「そういうものなのかよ、それ……」



 半ば絶句したような表情で、レンさんがそう口にする。

かく言う私も同じような思いだった。

感情を無くしてしまうって、一体どういう事なんだろう。

そんな事になっても、人としてちゃんと生きて行く事が出来るの?


 そんな私達の疑問に―――アルシェールさんは、何でもない事のように答えた。



「人の事は言えないでしょ。例えばマサト。殺人に対する嫌悪感を排除されるのと、今回のこれ。一体何が違うのかしら?」

「……成程、そういうものか」



 マサトさんは、そう呟きながら嘆息している。

同じ状況でも、マサトさんは私達と共に、普通に生活している。

それなら、大丈夫って事なのかな。



「ま、とりあえずあの幽霊の子は憑いてるけど、他にも誰かいてあげなさい。

しばらくは目を覚まさないでしょうけど、いてあげた方がいいでしょうから」

「……せやね。ほんなら、うちが看てる。皆は戻っててええよ」

「オレも残ろう」

「ちょっとちょっと、心配してるのはアンタ達だけじゃないのよ?」



 フリズが抗議の声を上げる。

けれど、マサトさんはその言葉に首を横に振った。



「あまり多くいても邪魔にしかならんだろう。オレといづなだけで大丈夫だ」

「……分かった。任せていいか?」

「ちょっと、煉?」



 フリズの視線に、レンさんは肩を竦める。

けれどその視線には答えず、彼は声を上げた。



「部屋は用意しとく。後は、歓迎会の準備もな。ミナ、フリズ、ノーラも……サボるなよ?」

「……! ははっ、誰に言ってんのよ、アンタは!」

「痛てっ!? 背中叩くな!」



 小さく、笑う。

あんまり気が利かない人かと思ってたけど、案外出来るのね。


 さてさて……今夜は、楽しくなりそうだわ。











《SIDE:OUT》





















《SIDE:TSUBAKI》











『……』



 ワタシは、ベッドに眠る桜の顔を見下ろしている。

先程まで絶叫を上げていた桜は、治療が終わると同時に気絶するように眠ってしまった。

一応、あの英雄―――アルシェール・ミューレから状況は聞いてある。

状況は好転したが、何もかも良くなったとは言えないと。



『無力だな、ワタシは』



 激痛に喘ぐ桜に、ワタシは何もする事ができなかった。

手を握ってやる事すら、ワタシには出来なかった。

出来たのは、精々声をかけ続ける事ぐらいだ。


 桜の体を借りて様々な事が出来るから忘れていたが―――ワタシは、死人なのだ。

この世で出来る事など、殆ど無い。

大切な妹が感じている痛みを、共有する事すら叶わない。

ワタシは、無力だ。


 と―――ふと、扉の前に気配を感じた。



「ここか?」

「せやね。お邪魔しまーす」



 扉が開き、入って来たのは誠人といづなの二人だった。

二人は―――当然ながら―――ワタシには気づかず、ベッドに眠る桜に近づいてゆく。



「……眠っとるね」

「流石に、疲れたんだろう。そっとしておいてやった方がいいだろうな」

「あんだけ叫んでたんやもんなぁ……」



 言いつつ、いづなはそっと桜の頭を撫でる。

それを見て、ワタシは言いようのない感覚に襲われた。

―――嗚呼、分かっている。これは嫉妬だと。

ワタシは、桜に触れる事は出来ないから。



『……所詮、こんなものか』



 既に死したこの身に、掴める物はない。

触れているという感覚は、ワタシではなく桜のモノだ。

ワタシは―――



「つばきん、いるん?」

『―――ッ!?』



 唐突に声を掛けられ、ワタシはびくりと体を震わせた。

何故分かったのか―――いや、この部屋にワタシがいるのは当たり前の事か。

いづなは、見当違いな方向を見つめながら声を上げる。



「ちょっとぐらいだったら、うちの体を貸してもええよ。

ま、変な影響が出ないぐらいに抑えてくれると助かるんやけど」

『な……!?』



 思わず、驚愕する。

まさか、そんな事を言われるとは思わなかったのだ。

いいのか、と聞こうとするが、聞こえない事を思い出す。


 なら、と―――ワタシは、いづなと体を重ね合わせた。

視界が、感覚が、全てが重なる。



「……桜」

「椿か?」

「ああ……いづなには感謝しなくてはな」



 誠人の事を見上げて苦笑しようとし、その彼の表情に首を傾げた。

何か、喉に小骨でも引っかかったようなおかしな表情をしていたのだ。



「どうした?」

「いや、いづなが方言でなく、しかもそんな真面目な口調で話しているのに違和感があってな」

「……後で怒られても知らんぞ?」



 思わず苦笑し、ワタシは視線を桜の方へずらした。

眠っている妹の頭を撫でつつ、目にかかりかけた前髪を払ってやる。

その額に浮いている汗は、いづなが用意しておいたのであろう濡れた布で拭う。



「……誰を呪えば、良いのだろうな」

「何?」

「何故ワタシ達は……こんな目に遭ってしまったのだろうか」



 恐らく、理由などないのだろう。

ワタシ達が出会ったのは、小さな小さな偶然だ。

向こうの世界で殺された事も、こちらの世界でいいように利用された事も。

そんなものは、ただの不幸・・・・・でしかないのだ。



「誰かを呪えば救われるのならば、いくらでも呪ってくれる。けれど―――」

「世界はそんな単純な場所ではない、か」



 誠人の言葉に、ワタシは頷く。

誰を呪った所で、意味はない。

だから人は、己の不幸を、残酷な運命を、救いのない世界を呪うのだ。

けれど。



「世界を呪った所で、意味はない。運命を罵った所で、自己満足にしかならん。

そんなものは、絶望しているのと同じ事だ。そうしてしまえば、二度と前には進めない」



 そんな風に弱くある事は、ワタシは認めない。

この世界で、桜を死なせない為に、ワタシは強くあらねばならない。



「暗殺者ギルドに拾われた時、ワタシは覚悟したのだ。

この広い世界で、ちっぽけな桜を護って行こうと。ちっぽけな肉体すら持たぬ、このワタシの手で。だが―――」



 護れなかった。護りきれなかったのだ。

桜が壊れかける今の今まで―――いや、今になっても何も成す事は出来ずにいた。

ワタシは、弱い。



「……それが、お前のやりたい事か?」

「む……?」

「この間桜に聞かせていただろう。オレ達は仲間だ……やりたい事があるのならば、オレ達がそれを手伝う。

その代わり、お前の力をオレ達に貸してくれ」

「……」



 成程、な。

ワタシは、小さく笑みを浮かべた。



「下手な善意だけの言葉より、よほど信用できるな、それは」

「いづなが言い出した事だが、オレもそう思う」



 手を取り合ってだの、困っているからだの。

そんな善意の言葉は、独りぼっちのワタシ達には信用しきれない。

だが、利害関係で結ばれた手ならば、互いに力を貸しあう限り裏切られる事はない。 



「弱いから、力を貸し合うか……道理だな」



 たとえ特殊な力を持っていたとしても、ワタシ達は弱いのだ。

弱いワタシ達は、独りきりでは生きて行けない。だから、力を合わせる。

先の見えなかった世界が―――少しだけ、照らされた気がした。



「君達に出会えたワタシ達は、本当に幸運だ。感謝する、誠人」

「オレに言われてもな」

「ああ、だから正式な挨拶はまた後だ。目を覚ますまで、桜の事を任せる」



 そこまで言って、ワタシはいづなの体から離れた。

ふわりと部屋の中空に浮くと、ぱちくりと目を瞬かせるいづなが目に入る。

―――思わず、くつくつと笑ってしまった。


 嗚呼、ワタシは運がいい。

もう一度、桜の事を撫でる事が出来るとは思ってもみなかった。

これならば、生きていける―――そう思って、苦笑する。



『ワタシはもう死んでいるのに、『生きていける』とはまた面白い冗談だ』



 けれど、悪くない。

悪くない、感覚だった。











《SIDE:OUT》





















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