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IMMORTAL BLOOD  作者: Allen
ゲート編:迷宮探索と霊媒少女
50/196

46:桜と椿

残酷な運命に振り回された姉妹。












《SIDE:FLIZ》











「いづなッ!」



 それは、突然の事だった。

桜がいづなの背中に触れたかと思った瞬間、いづなはその場に倒れ伏したのだ。



「《創造クリエイト―――》」

「……動かないで」



 真っ先に立ち直ったミナが桜に杖を向けるけれど、彼女はそれを遮って掌の上に光の弾を発生させた。

魔術式メモリー? いや、何かが違う。魔力を感じないし、ゆらゆらと揺れている。

一体、あれは何……?



「……ここで私を殺せば……いづなさんを、元に戻せなくなりますよ?」

「アンタ……いづなに何したのよ!?」

「……魂を……抜き取っただけ、です」



 魂を抜き取るって、そんなバカな事が―――そう言おうとして、この場にはシルフェリアさんがいる事を思い出した。

あの人も同じ事が出来るじゃない! あの掌の上のが、いづなの魂って事?

いや、でもそれなら、いづなの魂を元通りにする事だって!



「言っておくが、私に期待するな。ここには専用の装置が無い。ここで魂を元に戻すのは不可能だぞ」

「ええ……ですから、この場所で実行しました……うふふ」

「何なのよ、アンタ……」



 武器を持ってるのはミナだけ。

あたしは能力を使えるけど、相手に直接攻撃するのは避けないといけない。

誠人は身体能力だけでも十分強いけど、相手は触れるだけで魂を抜き取るなんて訳の判らない攻撃をしてくる。

どうすればいいのよ、これ!



「おいシルフェリア、こいつが奴の言ってた素材か?」

「恐らくはな。クク、しかし本当に面白い。たまには聞いてみる価値もあるというものだ」

「いや、何で兄貴達はそんなに落ち着いてるんだよ!?」



 煉の発した絶叫に、ジェイは小さく肩を竦める。

彼は椅子に座って足を組んだまま、ちらりと片目だけを開いて桜の事を見つめた。



「お前の行動を見るに、用があるのはシルフェリアの方らしいな。

俺の家でそんな面倒な事をしやがったのは後で弁償して貰うが、とりあえず用件を言ってみろ」

「……ふふ……そう難しい事ではない、です」



 桜が浮かべているのは、先程までの少女らしい笑顔ではなく、薄ら寒い作り物じみた微笑だ。

何なのよ、この女……さっきまでのは嘘だったの?

でも、ミナは嘘は吐いていないって言ってたし……一体何なのよ、本当に。


 そんな桜は、その笑みのまま開いた左手でゆっくりと誠人の事を指差した。



「……私が望むのは、シルフェリア・エルティスの技術提供……彼と同じ事、です」

「ほう、貴様にか?」

「いいえ……我がギルドのマスターに……貴方の力をお貸し下さい」

「フン、成程……貴様、暗殺者ギルドの人間か」



 口元に煙草を運びつつ、シルフェリアさんはそう呟く。

暗殺者ギルドって……そんなのがあるなんて話、聞いた事もないけど。



「あの殺人狂ギルドマスター、人間の生では殺し足りないか。

フン、まあいいだろう。こちらの条件を飲むのなら、聞いてやらん事も無い」

「おい、シルフェリア! それではいづなが―――」

「黙って聞いていろ、マサト。貴様らは私の所有物だと言う事を忘れるな」

「……ッ」

「ちょっと、そんな言い方―――」

「黙れ、と言っているのだ小娘」



 ぎろり、と殺気を込めて睨まれる。それだけで、あたしは二の句が告げられなくなっていた。

あたしや誠人が一歩も動けない中、シルフェリアさんは冷笑を浮かべて桜を見つめる。

そして彼女もまた、薄い笑みでそれを見返していた。



「……貴方は、条件を付けられるような立場だとでも?」

「私に人質など無意味だからな。そして貴様の力も、魂にプロテクトのかかっている私やマサトには通用せん」

「……っ!?」



 その時、一瞬だけ桜の表情が揺らいだ。

脅しが効かなくて動揺した?

違う、何かもっと別の―――



「……条件、とは?」

「貴様に言っても意味は無いだろうが……まあいいだろう。私の出す条件は、貴様自身だ」

「私、自身……?」



 その言葉を聞いて、後ろの方でジェイが嘆息しているのが見える。

さっきから、あの人たちの反応は何か変だ。

まるで、何かを知ってたみたいな、そんな感じ。



「貴様という人間を私が貰い受ける。魂の抽出は本来面倒な作業が必要なのでな。貴様を使えば随分とその作業を短縮できる」

「……私だけでは、お答えしかねます」

「直接貴様のマスターに言ってやるさ。まあ、貴様にとっても悪い条件ではあるまい。

貴様の魂に刻まれたその魔術式、何とかしてやらん事もないぞ?」

「……ぇ」



 ―――その言葉に、桜は上げていた左手をぱたりと落とした。

大きく目を見開き、呆然とシルフェリアさんの顔を見つめている。


 魂に刻まれた魔術式?

それって一体、どういう事なの?


 シルフェリアさんは桜の身体をじっと見つめ、声をあげる。



「元々貴様にあった霊媒の力を、負の方向に強化する魔術式が刻まれているな。

成程、貴様の気が触れているのも理解できる。むしろ、四六時中怨霊の怨嗟と断末魔を聞かされていて、良くそこまで精神を保てたものだ。

貴様の精神力も研究に値するな」

「ど、どういう事なんだよ、兄貴?」

「俺に聞くのかよ、おい……あー、元々その小娘には霊媒の力があったって事だろ?

暗殺者ギルドの連中かどうかは知らんが、そいつらがその力を強化する為に、魂へ魔術式を刻んだ。

恐らく、怨霊を操る事での暗殺をさせようとしたんだろう。問題は、そんなものを纏わり付かせながらどうやって正気を保つかだが。

まあ、魂に刻んだ魔術式は消せないし、どうしようもないってのが普通だな」

「消せ、ない……?」



 呆然と、桜が声を上げる。

その身体を、小さく震わせながら。



「私、この任務が終われば、この魔術式を消してくれるって……」

「無理だな。魂に魔術式を刻むのは、つまり魂を削る事と同意だ。削り落としたものは元には戻らない。道理だろう?」

「そん、な……私、は、ぁ―――」



 何か、様子がおかしい。

今の話を聞いた限りだと、この子はそんな体質にさせられて、元に戻す事を条件に使われてたって事なのかしら。

でも、それを戻す事は不可能だった……?


 そんなの―――



「酷いじゃないそんなの! 利用するだけ利用するつもりだったって事!?」

「敵にすら感情移入すんのは悪い癖だぞ、フリズ。それに、元には戻せなくても、今の状況を何とかする事はできる」

「ぇ……」



 ジェイの言葉に、あたしは忌々しげな視線を、そして桜は幽鬼のような視線を彼に向けた。

二人分の視線に晒されて、ジェイは嘆息交じりに肩を竦める。



「そんなに睨んでも解決はしねーよ。そっちのも落ち着け」

「……また、私を騙して……私を利用して、壊して、私は、私―――」

「……おいシルフェリア、これで壊れ切ってないって?」

「まだマシな部類だろう。まあ、話が出来なければ先には進まないが―――」



 呆然としながら、ブツブツと小さく声を上げている桜に、シルフェリアさんが嘆息交じりに視線を向ける。

と、次の瞬間。



「―――ならば、ワタシが話をしよう」



 呆然と虚空を見上げていた桜の視線に、唐突に理性の色が戻った。

先程の焦点の合っていないような目と違い、彼女は凛とした鋭い眼差しでシルフェリアさんの事を見つめる。

桜は右側でくくっていた髪をほどくと、左側で同じようにサイドポニーの形で括った。

流石のシルフェリアさんも、その変化には驚いたようだ。



「何者だ、貴様?」

「ワタシは雛織椿。雛織桜の姉だ」

「二重人格……?」



 誠人が、訝しげに声を上げる。

椿と名乗った彼女は、先程とは話し方まで変化していた。

あたし達が困惑する中、シルフェリアさんは―――



「クッ……ハハハハハハハハハハッ!! 面白い、これは傑作だ!」



 心底愉快そうに、大声で笑っていた。

身を捩り、お腹を抱えて、右手で顔を押さえながら―――嬉しそうに、愉快そうに彼女は笑う。



「まさか、一つの体に二つの魂を受け入れるとはな!

良く見ておけマサト! これは二重人格などというつまらないモノなどではない!

サクラ・ヒナオリとツバキ・ヒナオリは完全なる別人・・・・・・だ!」

「……まさか、一目見ただけでそこまで気づいてしまうとはな。ワタシはこの世界に詳しい訳では無いが、流石は英雄と呼ばれるだけはある」

「ちょっと待ちなさい、どういう事よ!?」



 別人って、さっきまで桜はそこで話してたじゃない!

それなのに、いきなり別人ってどういう事よ!? しかも、二重人格じゃないって!

そんなあたしの言葉に、桜―――いや、椿は凛とした表情を崩さずに声を上げる。



「ワタシは、既に死んだ人間なのだ。この世界に来る直前、ワタシは死に、そして桜の霊媒の力に引き寄せられた。

結果、こうやって一つの身体を二人で共有している訳だ。

尤も、この身体は桜のもの。ワタシは普段は姿を消しているのだがな」

「そういう事だ。ククク、俄然興味が湧いたぞ、ツバキ」

「それは光栄だ。それで、桜を救う手立てがあるというのは本当か?」



 あたしも、この世界に生まれて17年。

色々なものを見てきたけど、流石にこんなのは初めてだった。

こいつらに関わるようになってから、本当におかしな事ばっかりだわ。


 ともあれ、情緒不安定で訳の分からない妹に比べたら、こっちの椿は分かりやすい。

彼女は、純粋に妹の事を想ってる。

クールで感情は読みづらいけど、流石にミナほど表情に出ない訳じゃないみたいだしね。


 そんな椿の言葉に、シルフェリアさんは口の端を吊り上げながら答えた。



「一度魂に刻まれた魔術式を消す手段は無い。それは事実だ。

だが、その悪霊ばかりが寄って来る状況さえ何とかすれば、少なくとも負担はなくなるだろう」

「……ならば、どうする?」

「負の方向に強化された力を、正の方向にも同じだけ強化する。

それで、元々の才能をそのまま強化した状態になるだろう。

強化される前も、貴様の妹には悪霊ばかりが寄って来ていたのか?」

「昔のワタシには霊が見えなかったから、その辺りはあまり詳しくはないが……少なくとも、今のようにはなっていなかった」



 椿の言葉に、シルフェリアさんは満足そうに頷く。

解決の手立ては見つかった、って言う事なのかしら。



「さてと、それでは貴様の雇い主の所に案内してもらおうか。この仕事の報酬は貴様ら姉妹。それでいいな?」

「……ワタシだけで決められる事では無さそうだが、延命する代価がワタシ達だけだというのなら安い買い物だろう」

「おい、シルフェリア。態々要求飲むのかよ」

「貴様のような人外とか弱い私を一緒にするな。あの粘着質な殺人狂共を敵に回すのなど面倒臭い」



 色々と突っ込みたいところはあったけど、とりあえず―――



「話が纏まったんならいづなを元に戻しなさいってば!」

「む、そうだったな。それでは、代わるから少し待て」



 あたしの言葉に鷹揚に頷いた椿は、再び髪をほどくと瞳を閉じて沈黙した。

そして数秒後、開いた瞳は、焦点をあまり結んでいないボーっとしたものに変化する。

そして、髪を再び右側で結ぶと、彼女―――桜に戻ったんだと思う―――は周囲をぐるりと見回して、深々と頭を下げた。



「……ご迷惑……おかけ、しました」

「事情は分かったし、謝る必要は無い。それより―――」

「はい……いづなさんは……」



 誠人の言葉を聞き、桜はなぜかキョロキョロと周囲を見回し始めた。

そういえば、さっき椿に代わってから掌の上の光の玉が無くなってたけど―――



「まさか、成仏しちゃったとか言うんじゃないでしょうね!?」

「いいえ、その……」



 桜は言い辛そうに、煉の方―――いや、その後ろのミナを指差して声を上げる。



「……ミナちゃんの胸を触ろうとして……通り抜けて、ます」

「……っ!?」

「オイ何やってんだ!?」



 思わずツッコミを入れる煉と、総毛だった表情で彼にしがみ付くミナ。

ああもう、本当にあのおバカは……!



「いづな、全身に落書きされたくなかったら戻ってきなさい」

「……あ、戻ってきました」



 あたしの声は、どうやらちゃんと聞こえたらしい。

鏡を見たら、きっと目が据わってるんだろうな、あたし。


 全く、この緊急時だってのに何やってんのよ、本当に!



「って言うか、しばらく体から離れてたけど、体の方は大丈夫なのか?」

「それに関しちゃ問題はねぇよ。魂が抜ける=肉体の死じゃないからな。

見てみろ。ただ意識が無いだけで、呼吸もしてるし心臓も動いてる。

肉体の反射的な機能や無意識的な動きだけは残ってるんだよ」



 植物状態みたいなものなのかしら。

 まあ何はともあれ、いづなの魂は桜の傍に戻ってきたらしい。

その桜がいづなの胸に触れると―――ぴくりと、その指先が動いた。

そして、何事も無かったかのようにむっくりと起き上がる。



「んー……中々貴重な体験やったね、幽体離脱」

「アンタはいつでも何処でも変わらないわね、本当に」

「にゃはははー」



 あたしの視線を、いづなは誤魔化すような笑いで逸らす。

何事も無かったかのようにむっくりと起き上がったいづなは、何やらキョロキョロと周囲を見回している。



「やっぱ、幽霊の時とそうやない時じゃ、見えるモンが違うんやね」

「そう……らしいです。あの……ごめんなさい、いづなさん」

「……ま、ええよ。元々うちを殺す気は無かったみたいやし、あーゆー事情があったんならしゃあないわ」

「……はい」



 いづなの言葉に頷くと、桜は手を差し出した。

それを掴み、いづなも立ち上がる。


 まあ、当事者がああ言ってるなら特に口を挟む必要も無いでしょう。

あ、でも一つ気になる事があるわね。



「ねえ桜、アンタさっきと全然性格違わない?」

「……普段は、こっちです。さっきのは……ああいう性格の幽霊を……その、自分に憑依させてました」

「器用ね、アンタ」



 ミナが心を読めなかった理由もその辺りにあるのかしら。


 まあ何はともあれ、敵対する必要は無いみたいね。

触れるだけで魂抜き取っちゃうようなのとは流石に戦いたくないし、それ以前に桜も被害者みたいだしね。

あたしは、思わずほっと息を吐いていた。



「話は纏まったか? 準備をしたら出かけるぞ……まあ、行くのは私とマサトだけだがな」

「何故オレなんだ」

「主人に付いて来るのは当然だろう? さあ、さっさと準備して来い」



 有無を言わさぬ調子で、シルフェリアさんはそう言い放つ。

流石に、付いて行くのはできないか。



「どうなるのかしらね、ホント」



 こっちに来てそれほど時間も経ってないってのに……舞い込んで来た厄介事に、あたしは思わず深々と溜め息を漏らしていた。











《SIDE:OUT》





















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