45:霊媒少女
彼女は一体何者だろう?
《SIDE:MASATO》
「霊媒体質?」
「ええ、そうなんです」
首を傾げたオレに、桜―――と呼べと言われた―――は、苦笑しながら頷いた。
そのまま、困ったような笑顔を消さずに声を上げる。
「元の世界にいた時から、私は霊感が強くて……でも、あまりに好かれ過ぎるからか、幽霊が悪さをしてくる事は無かったんです」
「ほー。せやから、この階層なら安全に落し物拾いが出来そうやと思ったわけやね」
「……はい」
霊媒、と言うか霊に好かれる体質という訳か。
この階層にいる魔物たちは、基本的に霊が死体を操る事によって動いているものだ。
だから、桜は自分が襲われる事は無いと思っていたのだろう。
だが―――
「結局襲われた訳か」
「ええ……いえ、襲われたって言うよりは、好かれ過ぎて追いかけられたと言いますか」
「……助ける必要あったん、それ?」
「あ、いえ。本当に助かりました」
助けずともあまり危険は無かったのかもしれない。
しかし、天道達が戦っていたのは事実だし、助けたのも全くの無意味と言う訳では無いだろう。
先程のデュラハンはと言えば、爆心地の辺りにドロッとした白い発光体を残して消滅していた。
いづなが言うには、あれは純粋な霊エネルギー―――魔力としても使用可能な物だそうだ。
それを特殊な小瓶に詰めると、ソウルジェムと言う高級アイテムとして扱われるらしい。
結構な量があったので、いづなが持っていた小瓶だけでは詰め切れそうに無かったが、それでも中々の戦果だ。
煉とミナがそれを詰めつつ、フリズはあっちの連中と報酬部位の交渉をしている。
「だから、あたし達はこの魔物を倒した証明が欲しいだけだっての!」
「フン、信じられるモンですか! どれか許したら、『倒したのは自分達なんだから』とか言って全部持ってくつもりでしょ!」
「いらんっつーの剣とか盾とか! 武器も間に合ってるし盾を使う奴もいないわよ!」
ちなみに、残っているのは剣と盾とオレが斬り落とした馬の足だった。
無数の霊の集合体と言う話だったが、どうやら剣と盾だけは実物だったらしい。
しかし、それだけの霊に触れていただけあって、何やら魔力じみたものが宿っているようだった。
そして、馬の足は『霊体の欠片』という、これまたソウルジェムと同じような扱いのアイテムだ。
この中で、デュラハンを倒した事を証明できるのはこれぐらいである。
煉が吹き飛ばさなければもう少しあったかもしれないんだが、まあ過ぎた事は仕方ない。
「ほら、落ち着いてリュリュちゃん」
「でも、レヴェナ!」
「私達だけでは倒せなかったのは事実なんだから、ちゃんと分けないとダメでしょう?
と言うより、彼女たちの方がコレを全て持って行く権利がある筈なんだから。
それを譲ってくれているのよ、わがままを言うものじゃありません」
金髪のエルフィーン、レヴェナローテという女が、人猫族のリュリュを叱る。
どうやら、彼女があのパーティのまとめ役になっているようだな。
ともあれ、彼女のおかげで交渉は何とか進みそうだった。
さて、それよりもこちらの事だが―――
「で、さくらんは行く当てとかあるん?」
「それが、その……」
「あー、無いんやね」
というか、いづなの唐突なあだ名付けにも動じないのか、この女は。
桜からこちらに対して向けられている感情は純粋な好意、だと思う。
流石にミナのように心が読める訳では無いので、表面上しか分からないのだが。
「今日、この作戦でお金を稼ぐつもりだったので……失敗しちゃいましたし、どうしましょう」
「なら、うちに来ればいいんじゃない?」
と、そう声を上げたのは、馬の足を抱えながらこちらにやってきたフリズだ。
絵面だけ見ると非常にシュールである。
そのフリズの言葉に、いづなが眉根を寄せた。
「勝手にそんな事して大丈夫なん?」
「まあ、怒られるかもしれないけど……とりあえず一日ぐらいはいいんじゃないかしら?」
「テキトーやなぁ……煉君、どう思う!?」
「分からん! けどまぁ、一日ぐらいなら兄貴も妥協してくれるんじゃないか?」
離れた所でソウルジェムを作成していた煉が、手を振りながら声を上げる。
オレも非常に微妙な所だとは思うが、泊めるだけならば問題は無いのではないか。
二人の言葉を聞き、いづなは口元に手を当てながら考え込み―――小さく、頷いた。
「うん、まあ大丈夫やろ。ほんならさくらん、うちらと一緒に泊まる?」
「え……いいんですか?」
「多分大丈夫やと思うよ」
「わぁ、ありがとうございます!」
とりあえず、話は纏まったか。
少なくとも悪意の類は感じ取れないし、とりあえず問題は無いだろう。
「ま、そーゆー訳で……うちらは撤収させて貰うで。天道君達はどうするんや?」
「ん、ああ……俺達はもう少し潜らせて貰うよ」
「そか、ほんならここでお別れやな。気ぃつけてき」
「ああ、そっちも」
軽く挨拶を交わすと、天道達はそのまま迷宮の奥へと歩いていった。
あまり執着はしてこなかったな。
まあ、執着されても困るだけだから別に構わないが。
「さて、と……ほんなら、神の槍の方へ行こか」
「今日はここまで、だな」
とりあえず、煉達も回収を終えたようなので、オレ達は撤収の為に歩き出すのだった。
《SIDE:OUT》
《SIDE:REN》
「いづな、ちょっといいか」
「ん? どないしたん?」
神の槍から地上へ脱出した俺は、屋敷へと向かいつついづなに声をかけていた。
先程ミナから伝えられた事を、いづなにも伝えておく為だ。
「あの桜って子の事、どう思う?」
「どう、かぁ」
夕日の中、いづなは視線を細める。
ずっと地面の下に潜っていると時間の感覚が失われてしまうが、結構長い時間降りてたんだな。
そんな中、いづなが暗い表情を見せる―――つまり、彼女も考えていたと言う事だろう。
「色々と、おかしい……唐突過ぎるとは思うんや。あの子がエルロードに導かれたのはいつの事や?
最近やと言うなら、どうやって翻訳系魔術式の刻まれたチョーカーなんて手に入れたん?
疑問点は挙げればいくらでもあるんや。けど―――」
「目的がはっきりしない、おまけに悪意も無いか」
単純に俺達に取り入ろうとしているのなら、欲望や下心の類があるだろう。
だが、ミナにはそれすら見えなかったと言う。
まるで彼女は、何かの作業をしている最中のように思えたらしいのだ。
その俺の話を聞いたいづなは、ますます眉根にしわを寄せる。
「悪意は無く、ただ好意を抱いていた―――ううん、ミナっちが言うのはそういう事や無い。
好意を抱くと言う行動だけをしていたっちゅー事やね」
「……人間に可能なのか、そんな事」
「分からん。好意を抱いとるのは確かやし、悪意が無い以上はうちらに危害を与える意思は一つもないって事やろう。
少なくとも安全なのは確かなはずや……けど、警戒はしとく。教えてくれて助かったで」
「ああ、気をつけてくれ」
生憎とこういう話はフリズは苦手だし、得意そうな誠人は桜に捕まってるからな。
俺といづなで警戒しておくしかないか。
とりあえずいづなとの話を終え、一端距離を空けると、そっと俺の袖を掴む手があった。
いつも通りだが、ミナだ。
彼女は、どこか不安そうな様子で眉根を寄せながら、俺の顔を見上げてくる。
ここまで分かりやすく表情が変化してるのも珍しいな。
「どうした、ミナ」
「……ううん」
ミナはただ首を横に振り、俺の袖を掴んだままゆっくりと歩く。
顔を俯かせてしまった彼女に、俺は小さく嘆息した。
「怖いのか?」
「……ん」
読心は、今までミナと共にあった力だ。
恐らく彼女なりに、強い自信を抱いていたのだろう。
しかし、今回それが通用しない相手に出会ってしまった。
ミナにとって、分からない心は恐怖なのだろう。
いつ裏切るかも分からない、いつ自分を傷つけるかも分からない、そんな相手は。
「悪意が、無いの」
「ミナ、それは―――」
「……誰かが傍にいれば、必ず悪意は存在する。人は、自分と他人を比べるから。
でも、あの人の中にはそれが無い……それだけじゃない、善意すら無い。
ぐちゃぐちゃに感情が混ざった混沌から、好意だけが顔を出している……あれは、何なの?」
「……」
ミナは、悪意を向けられる事を極端に嫌う。
心を読める力は、ミナにその判別を付け易くすると同時に、人を拒絶する性質を与えてしまった。
だからこそ、ミナは信用出来ると判断した相手には、とことんまで好意的に接するんだろう。
けれど今回、そんな信用できる人物達の輪の中に、心を読めない人間が入り込んで来てしまった。
未知の人物に、未知の心。『分からない』と言う恐怖を、ミナは感じているのだ。
「大丈夫、俺が傍にいる。それじゃ安心できないか?」
「……ん、だいじょうぶ」
右手でミナの手を握り、左手で軽く頭を撫でる。
それだけで、彼女は安心したように表情を緩ませた。
しかし、他人をパーソナルスペースに入れただけでこれか……まあ、相手が悪いって言うのもあるんだろうけど。
ホント、将来苦労しそうだな、この子は。
「しっかし……」
雛織桜、か。
彼女は、こちらの事を詮索しようとはしてこない。
結果としてこちらからも彼女に問いかけるような事はあまりしていないが。
彼女が言ったのは、『こちらの世界に来た当初の事は思い出したくない』と言う事だけだった。
ミナ曰く、嘘は吐いていないとの事だったが。
「何者なんだろうな、本当に」
俺は思わず、そう呟いていた。
《SIDE:OUT》
《SIDE:IZUNA》
さくらんを家に連れてきた時の反応は、ちょいと意外なもんやった。
この間から居候してるシルフェ姐さんは口元ににやりとした笑みを浮かべ、ジェイさんはそれに肩を竦めただけやったからや。
とりあえず、家主から『一日ぐらいだったら構わん』とのお言葉も頂いたんで、遠慮なく招待した訳やけど―――
「うーむ」
何か、さっきから何かに見られとるような感覚がしとるんやけどなぁ。
でも、さくらんはさっきからまーくんの所に行っとるし。
なら、何やろうか。
迷宮から妙なモンが憑いて来てもうたとか?
「……霊媒体質のさくらんがいると、笑えん冗談やね」
ミナっち曰く、さくらんが言ってた事は全て嘘やないらしい。
あまり多くは語らなかった辺り、全部本当の事を言っとったとしてもおかしくはないやろ。
しっかし、今日は訳の分からん事だらけや。
まず最初は、まーくんの無拍剣に反応していた、心を読んだような動きをしとったリビングアーマー。
心を読む力を持った悪霊なんて聞いた事もあらへん。
そして二つ目が、第12階層なんつー浅い所でB+ランクの魔物が出現した事。
本来なら、あんな所でデュラハンが出現するはずがあらへん。
更に分からんのが、あの魔物は生まれてからそれほど時間が経ってなかった事や。
あれは下の階層から上がって来たんやなく、あの階層で生まれたって事なんやろうか。
そして極め付けが、ミナっちの力でも心が読めへんさくらんや。
色々と怪しい気もするし、何でこないな状況に―――
「……え?」
そうや。
何で、うちらはさくらんをこの家に招いた?
ここまで怪しいんや、いくら行く当てが無い言うても、こんな所まで連れてくるなんて選択、いつものうちならする筈無い!
「何故、こんな……?」
『気に病む事は無い。ワタシがそうなるように仕向けただけだ』
「―――ッ!?」
突如として背後から聞こえた声に、うちは咄嗟に立ち上がりながら振り返っていた。
刀は手元にあらへん、体術だけで何とか―――
「お?」
振り返った先には、誰もおらんかった。
空耳? ちゃう、確かに聞こえた筈や。なのに―――
「―――だから、少しだけ協力してくださいね」
とん、と……うちは、背中を押された。
そして、次の瞬間―――
「……いづ、な?」
―――うちの目に入ったのは、倒れてゆく自分自身の背中やった。
《SIDE:OUT》