44:迷宮、首なし、新たな出会い
分かる事も、分からない事も、それは等しく恐怖である。
《SIDE:MASATO》
「ふぅ……やれやれ」
この遺跡のようなフィールドになってから3階層目。第12階層をオレ達は探索していた。
相変わらず中央に見える神の槍は、第1階層と比べて明らかに細くなってきている。
それだけ神の力が及びづらく、魔物も強くなってきているのだろう。
しかも―――
「数、多いわね……」
壁を背に座り込み、上がった息を整えながら、フリズはそう呟いていた。
最初はゾンビに能力を使う事を躊躇っていたフリズも、慣れてきたのか、それとも使わなければならないと判断したのか、先程の戦闘では容赦なく相手を凍結させていた。
「こら、分かれて行動しなくて正解やったね。煉君とミナっちだけやと、この数対処すんのは難しいやろ」
「ミナが集中する時間を稼げれば行けると思うけど、向こうが飛び道具持ってると難しいかな」
「ん……」
流石に、ここまで来るとミナに力を使わせないとは言っていられない。
敵の強さはさして問題ではないが、数が多いのだ。
誰かを護りながら戦えるほど手が回らなくなってきている。
「まあ、状況としてはサントールで食人鬼に囲まれたのと似たようなものだ」
「お前はな……俺は弓持ちのスケルトンを探し出して狙撃しないといけないんだが」
「みんなに怪我無いの、レンのおかげ」
ミナが呟いた言葉は、彼女のフィルター故ではなく、単純な事実だ。
煉が感覚強化で飛び道具を持ったスケルトンを探し出し、ミナと二人で破壊しているからこそ、オレ達は接近戦に集中する事が出来る。
この二人がいなければ、無傷とは行かなかっただろう。
「うーむ……しっかし、何でこんなに数が多いんやろか」
「何でって、そういうモンなんじゃないの?」
「そんな風に思考停止してもうたらあかんやろ。結果がそこにあるんなら、何らかの原因があるのは道理や」
フリズの言葉に肩を竦め、いづなはそう答える。
スケルトンやゾンビの数が多い理由。となると、単純に思いつくのは一つだ。
「この階層で死者が多い為か?」
「……せやね。そう考えるのが自然や。なら、何故死者が多いん?」
「そりゃ、こんだけ数が多ければ……あれ?」
「卵が先か鶏が先か。そういう事になってまう。なら、最初に死者が増えた原因を考えなあかん」
オレやフリズの言葉にそう答えながら、いづなは組んだ腕を指でトントンと叩く。
参謀の言葉に口を挟むつもりは無いので、いづなの言葉を黙って待った。
やがて、いづながゆっくりと口を開く。
「……ランクの高い傭兵や腕のいい冒険者は、まず神の槍で第26階層まで行ってまうね」
「え? あ、ああ。そうだな。兄貴もそう言ってた」
いづなの言葉に目を瞬かせながら、煉はそう答える。
それだけ腕が立つならば、道中の魔物を倒した所で旨みは無いからだろう。
さらに彼らには、新人の狩場を荒らさないと言う考えもあるはずだ。
「この迷宮で人が訪れる数が最も多いんは、第1階層と第26階層や。
腕がいいなら行けるトコまで一気に行くし、ド素人なら第1階層で諦める」
「……つまり、この辺りは人が訪れにくいと?」
「せや。だから結構噂も少ない」
ギルドに換金しに行く時、いづなは必ず迷宮の情報を集めてくる。
情報を持つ者は戦を征す、とは彼女の弁だ。
「せやけど、魔物が多くなっとる、なんて噂は聞かんかった。人が少ないとは言え、そんな情報が全く無いんはおかしい」
「まさか……誰も戻ってきてない、なんて……」
「迷宮の事は誰にも文句はつけられんから、黙っとる可能性もあるんやけど……フーちゃんが言ったのも、可能性の一つやね」
できれば後者の方であって欲しいものだが、それでは話が進まない。
今回は、悪い方の可能性で考えた方がいいだろう。
誰も戻ってこられない、というのがどういう事なのか。
「迷宮に入るのは自己責任やから、中で何があろうと文句は言えへん。
さらに、入場記録も付けてる訳やないから、誰がいなくなったか分からんのや」
「でも、家族の人とかが不審に思うんじゃ?」
「基本流れの傭兵が多いんやし、迷宮で人が死ぬなんて日常茶飯事や。特定の階層で多い、なんてものは一々調べんやろ」
「……なあ、いづな」
周りに倒れる魔物達から素材を回収していた煉が、いづなに向けて声を上げる。
肩越しに視線を向け、何かを探るように。
「原因、何か思いついてるんだろ?」
「何でそう思うん?」
「俺が思いついてるんだ。なら、そっちだって思いついてると思っただけだよ」
「煉、アンタ何か気付いたの?」
魔物の死体の中心に立つ煉は、フリズの言葉に肩を竦めながら足元を指差す。
皆、アンデッドの残骸だが。
それらをじっと見つめ―――オレも、脳裏にこびりつくような違和感を感じた。
何だ、これは?
「この階層に来てからスケルトンの数が減って、そして新たにフライングヘッドなんつー魔物が増えた」
フライングヘッドと言うのは、その名の通り空を飛ぶ頭の魔物だ。
アンデッドの割には動きが速く、空を飛びまわってこちらに噛み付いてこようとする。
初めて出てきた時には、フリズどころかいづなまでもが悲鳴を上げていた。
紆余曲折の末、煉が飛んでいるものを、オレが向かって来たものを撃ち落すと言う形をとる事になったが。
「さらに、ここにいるゾンビ共は皆頭が最初から無い奴ばかりだった」
「つまり?」
「そっちが言ってくれよ。俺は別に、魔物に詳しい訳じゃないんだ。
俺が思いついたバケモノが、本当に存在しているのかすら知らない」
「……ま、大体正解やと思うよ」
煉の言葉に、いづなは肩を竦めて嘆息した。
その表情を顰め、彼女は声を上げる。
「生者の首を落とす事に執着する魔物……デュラハンや」
「それって……!」
「ランクにしてB+。出てくるなら、26階層以降の筈なんやけどね。
状況証拠から見るに、ほぼ間違いないと思うで」
デュラハン。
向こうの世界でも聞いた事のある、首なし騎士の伝説。
そんな魔物が、この階層に?
「デュラハンは大量の悪霊、怨霊の集合体や。姿は向こうの世界で言われてるようなモンと同じ。
馬にまたがった騎士の姿をしとるんやけど、首が無いんやね。
普通に存在しとるように見えるけど、霊の集合体やから、やっぱり不死殺し以外で倒す事は難しい筈や」
オレや煉、そして一応はミナでも戦う事は出来る相手か。
しかし不死殺しを持っていたからと言って、必ずしも戦い易い相手という訳でもないんだがな。
「馬を使った高い機動力と攻撃力。幸い魔術式は使って来ないんやけど、十分脅威やね」
「何でそんなのがこんな所にいるのよ……」
げんなりとした表情で、フリズが呻く。
しかし、周りの皆も同じようなものだった。
何も好き好んで危機に飛び込んで行きたいと言う訳ではないのだ。
「まあ、エンシェントゴーレムとかケイオスドラゴンよりはマシじゃないか?」
「レンは、負けない」
「あんたらは大物倒してるからそうでしょうけど……」
そういえば、あの二人はほぼSランクの魔物も倒しているんだったな。
そう考えると頼もしいが……結局、前衛はオレがやらないといけない訳だ。
やれやれ―――
「気は重いが、この人数で逃げ切れる相手でもないだろう。
戦うなら、予め戦う覚悟を決めておくべきだろうな」
「せやね。出会ったら全力で倒す……皆、ええな?」
いづなの言葉に、皆一様に頷く。
一応、ランクが高い魔物だというのならば、その部位で手に入るポイントは結構高いだろう。
それだけでオレやミナのランクが他の三人に届くかと聞かれると疑問だが、今回の報酬全てをポイント変換すれば結構な量になるだろう。
そう思いつつ、歩き出そうとした―――次の瞬間。
「きゃああああああああああああッ!!」
『―――!!』
響き渡った布を裂くような悲鳴に、全員が顔を見合わせた。
石造りの建物の中では、声は反響してどちらの方向から聞こえて来たかはわからない。
が―――
「こっちだ!」
オレには、直感があった。
感じたものに従い、迷宮の奥へと駆け出して行く。
そして少し走った時、オレの耳に聞こえてきたのは戦闘音だった。
剣戟の音、何かが爆発するような音、そして何者かの怒声。
誰かが、戦っている?
景禎の柄を握りつつ、その音の方へと駆け抜ける―――
「な……っ!」
そこにいたのは、巨大な馬にまたがる首なしの騎士だった。
地面からその首があったであろう位置までは、およそ三メートルほど。
見上げるほどの位置に座りながら、その手に持った巨大な剣を振り回している。
そして、その周りにいるのは四人の人間だった。
一人は両手剣を持って鎧を纏った黒髪の男、彼は前衛で戦っている。
その隣に並ぶのが、人猫族の女だ。恐らく軽戦士だろう。
そして後ろにいるのが長い金髪の女。弓を持っていて、耳から見るにエルフィーンだ。
最後に、その後ろの方で地面に座り込み、茫然とデュラハンを見上げている黒服の少女。
「あー、あかん! 不死殺しやないと仕留められんで!」
「……煉」
「ああ、援護は任せろ」
いづなの言葉を聞きつつ、オレは煉と共に駆け出した。
まず、隣を駆ける煉がその銃口を向け、三発の弾丸をデュラハンへと放つ。
恐らくは最大威力だったのだろう。デュラハンは轟音と共に吹き飛ばされ―――数メートル後退して着地した。
「げ……生まれてから時間が経ってねぇぞ、あれ!」
「成程な」
だが、効かなかった訳ではない。
弾丸を受けた騎士の鎧と馬の鎧には穴が開いていた。
ならば、とオレはデュラハンへと肉薄し、馬の鎧に開いた穴へと刀を突き刺す。
ぞぶりと、肉と言うよりは何かゼラチン質の物に突っ込んだような感覚が刀から伝わる。
オレはそのまま、横に向けて刃を振り切った。
鋭い刃は鎧を斬り裂きつつ、馬の足の一本を奪う。
「誠人、屈め!」
そして響いた声に、オレは反射的に従っていた。
地面に沈み込むように体勢を低くすると、何かによって引き起こされた風圧がオレの髪を数本さらってゆく。
恐らく、デュラハンがその剣でオレの首を狙ったのだろう。
だが、攻撃は外れた。そして―――
「《徹甲榴弾》!」
煉の放った弾丸が、デュラハンと馬の鎧に空いた穴へと吸い込まれる。
それを認め、オレは地面を蹴ってその場から退避した。
そして、数瞬後―――巻き起こった爆発によって、デュラハンの体が粉々に砕け散った。
マントで飛んできた埃や瓦礫を払いつつ、煉の方へ振り返る。
煉は、こちらに向けて笑みを浮かべていた。
「ナイス足止め。助かったぜ」
「そちらも、小さな穴をよく狙ったものだ」
「ま、それだけが取り柄だからな」
軽くハイタッチしつつ、先程の四人の方へ向き直る。
と―――
「ちょっと、アンタ達!」
「あ?」
「ん?」
その中の一人、人猫族の女がこちらを指差しながら喚き声を上げた。
べつに人猫族だからと言う訳ではないが、声が妙に甲高い。
ヒステリック―――少し思いついてしまった単語を、オレは肩を竦めながら忘れる事にした。
そんなオレの様子には気づかず、女は声を上げる。
「人の獲物を盗るってどういうつもりよ! 傭兵のマナーでしょ!」
「ん、あー」
そう来たか、と思いつつオレ達は顔を見合わせた。
そのまま、二人で小さく嘆息を漏らす。
「倒せそうになかったから倒しただけだが……」
「どういう意味よ、私たちじゃ勝てなかったって!?」
「意味わかってんなら聞き返すなよ……」
げんなりとした表情で、煉が呟く。
先程戦っていた三人は不死殺しを持っていなかったようだし、倒しようがなかったと思うのだが。
と、そこでその人猫族の女の後ろから、地球人に見える男が声を上げた。
「ほら、リュリュ。落ち着いて」
「でも、リョウ……!」
「助かったよ、ありがとうな。あんた達は?」
黒髪の男……今、リョウと言っていたな。
となると、やはり地球の人間である可能性が高いか。
煉もそう感じたのか、日本人式の名乗りを上げた。
「俺は九条煉、傭兵だよ。で、こっちが―――」
「神代誠人だ。苗字は好かんから、名前で呼んでくれ」
「ああ、俺は天道遼。同じく傭兵だ……そっちも日本人だったんだな」
天道がこちらを見つつ訝しげな声を上げる。まあ、仕方ない反応だ。
とりあえず深く詮索するつもりは無いのか、それ以上聞いては来なかったが。
「しかし二人とも、強いんだな。何なんだ、その武器?」
「あー……俺のは偶然手に入れただけだ」
「オレも似たようなものだな」
「そうか……」
作り手に関しては話さない。
言えば欲しがる事は目に見えているからな。
いづなは造った刀をあまり他人に触らせたがらないし、欲しがる奴がいても迷惑なだけだろう。
「……レン」
「っと、ミナ?」
と、いつの間にかミナが後ろから近寄ってきていた。
彼女は煉の袖を引くと、その耳元で小さく声を上げる。
聞こえないように、という事なのだろう。オレの耳には届いてしまっていたが。
「嫉妬、羨望、欲望。悪意としては弱い。けど、それに近い感情」
「こいつが、か?」
「ん……」
成程……やはり、こちらの装備に目を付けているという事か?
まあどちらにしろ、あまり深く係わり合いにならない方が良さそうだ。
「あと……!」
「ミナ?」
更に声を上げようとしたミナは、何かに気付くとさっと煉の後ろに隠れてしまった。
ミナの向いていた方に視線を向けると、先程地面に座り込んでいた黒い服の少女が、こちらに向かって歩いてくる。
彼女はオレ達に近付いてくると―――ぱっと、オレの手を掴んだ。
「助けてくれてありがとうございます!」
「……は?」
こちらの事を見上げて、笑顔で言う少女。
だが、何故オレのみに?
「あ、ああ……ええと。怪我が無いようで何よりだが……」
「はい、おかげさまで!」
「……オレは、あまり活躍しなかったと思うが」
「そんな事はありませんよ、素敵でした」
……何なんだ、一体。
好意を向けられている以上無碍には出来ないが、何と言うかこう、釈然としない。
と、背中に気配を感じて視線を向けてみれば、いつの間にかいづなが近寄ってきている所だった。
「まーくんも隅に置けんやないかー、うりうり」
「止めろ。と言うかそもそも―――うん?」
オレの事を肘でつついてくるいづなに講義の声を上げていると、ふと前にいる少女の目線が妙に揺れている事に気がついた。
気になって視線の先を追ってみれば、そこにあったのは―――
「……なあ」
「はい、何ですか?」
「刀、好きなのか?」
「はい! 時代劇とかも好きですよ!」
ああ成程、そういう事か―――オレは思わず、深々と嘆息していた。
《SIDE:OUT》
《SIDE:MINA》
「あ、私は雛織桜と申します。よろしくお願いしますね」
「あ、ああ……神代誠人だ。苗字で呼ばれるのは苦手だから止めてくれ」
「はい、誠人さんですね。いいお名前です」
わたしは、レンの背中に隠れながらその人の事を盗み見る。
分からない。この人の事が、読めない。
わたしは、相手の目を見れば簡単な感情が分かる。
レンと一緒に暮らすようになって、より正確に分かるようになった気がする。
でも、読めない。
わたしには、この人の心が読めなかった。
ううん、読めないと言うと少し間違い。
読めはする。読めはするけど、分からないの。
あの人の中では、様々な感情が渦巻いている。
絶えず感情が変化していて、まるで一人じゃないみたいな感覚がある。
無数の人間がその中に凝縮されているような、そんな感覚。
マサトに向けてる好意はホンモノ。
でも、あのホンモノは本当にあの人の感情なのだろうか。
わからない。
あの人が一体何なのか、わからない。
わからないのは、怖い。
この人は……一体、何?
《SIDE:OUT》