43:黒い影
「さあ、最後の《欠片》達の登場だ。拍手で迎えようじゃないか」
《SIDE:REN》
高台の上に屈み、スコープの中を覗き見る。
背信者は、既に《魔弾の射手》へと変化していた。
水路を越えた第10階層。
そこは、5~9階層の間続いていた水路とは違い、俺たちがイメージする遺跡のような石造りのフィールドへと変わっていた。
天井までは結構高く、このフロアだけで小さな階段で上れるベランダのような場所や、巨大な石像などもある。
俺がいづなから言い渡された仕事は、先行して高台に上り、そこから周囲にいる魔物を狙撃する事だった。
一応、狙撃中の背後の護衛として、今回はミナが着いて来てくれている。
浮遊しながら高台まで上ってきたので、敵に会う事は無かったからだ。
「Standby……」
「すてんばーい」
ライフルを撃つ時は、自分から標的を追わない。
標的の動きを予測し、相手がスコープの中に入ってくるのを待つのだ。
そして今回も、カクカクと動く白い骨―――スケルトンがスコープの中心に入るのを待つ。
―――今!
「……Good kill」
「ぐっどきる」
背信者から放たれた魔力の弾丸は、スコープの中のスケルトンの頭部を粉々に粉砕した。
それと同時に、残る体の部分もバラバラになり、地面に散らばる。
よし、とりあえずここから見える敵は殲滅したかな。
一応周囲の確認をした俺は、石の床を銃床でコンコンと二回叩いた。
その音が響いてから少しして、下の階を三人が通って行くのが見える。
「よし。それじゃあミナ、次のポイントに向かうぞ」
「ぽいんと?」
「場所って意味だ。さあ、行こう」
ミナを連れて、三人とは別の通路を歩き出す。
一応《魔弾の射手》は解除して、いつも通り二丁の銃に戻してからだけど。
流石に、あれだけデカイ銃を即座に構えて撃つのは難しいからな。
「って言うかミナ、俺の言ってる事真似しなくてもいいんだぞ?」
「? 楽しいよ?」
「いや、うん……どこが?」
「レンと一緒だから」
何でこの子の俺に対する好感度はこんなに高いんだろうか。
あんまりスラングとかは真似して欲しくないんだけどなぁ。
とりあえず、今日帰ったら言っておくか。
「さてと……とりあえず、ミナは後ろを注意しててくれ。離れるなよ?」
「ん」
ミナが頷いたのを確認し、曲がり角の柱に身を隠す。
この階層では光を放つ水晶みたいなのが天井に埋め込まれている為、暗闇に紛れて移動と言う事はできなかった。
まあ、こちら側からしても、ランタンや《暗視》を使う手間が省けていいんだが。
「……よし、いないな」
この階層にいる敵は、ゾンビやスケルトンなどのアンデッド。
迷宮で死んだ冒険者がこれになる事もあるのか、時々装備を固めている奴がいるので厄介だ。
また、セオリーとは違って、ゾンビは頭を撃つだけじゃ死なない事がある。
頭を撃ち抜き、その後胴体を一発。それでようやく倒れるようだ。
スケルトンは脳味噌が無いくせに意外と頭がいいのか、装備をしっかりと使いこなしてくる。
弓を持ってるスケルトンなどもいるので結構厄介だ。
まあ、アンデッド共には不死殺しの効果がしっかりと発動するので、
俺や誠人の攻撃ならば割と簡単に倒せるんだが。
と―――そんな事を考えている内に、俺達は次のポイントに到着した。
「《魔弾の射手》……じゃあミナ、後ろを頼む」
「ん」
ちょうど手すりのような物があったので、そこに銃身を乗せる。
感覚強化を発動し、まずは目標を確認した。
敵の数は三体。剣を持ったスケルトンが二体と……あれは、鎧?
何だか分からないが、新手の魔物のようだ。とりあえずやってみるか。
「……」
息を殺し、相手の動きを予測する。
そして、スコープの中に入った瞬間……引き金を、引く!
放たれた弾丸は、鎧の頭部に直撃し、その頭を吹き飛ばした―――が。
「何……ッ!?」
その鎧は、頭が無くなったまま動き続けていた。
舌打ちしながら胴体も狙おうとし―――その鎧の中にいた何かと、視線が合ったような錯覚を覚えた。
そして次の瞬間、鎧は俺の方を示しながらスケルトン達に指示のような物を飛ばす。
「Shit!」
見つかったか!
舌打ちし、俺は銃床で手すりを一回打った。
これは、見つかった時の合図だ。
俺が打った音が周囲に響くと共に、影に隠れていた三人がスケルトン共の方へと駆け出してゆく。
しかし、何だあの魔物。あいつもゾンビと同じようなタイプか?
その割には、妙に頭が良さそうだったが―――
「レン、大丈夫?」
「あ、ああ……うん、大丈夫だ。俺はここから三人の援護をする。ミナは引き続き―――」
「ん、レンを護る」
「ああ、任せた」
背中の事は気にせず、スコープの中を覗き込む。
例の鎧と戦っていたのは、予想通り誠人だった。
《SIDE:OUT》
《SIDE:MASATO》
煉がしくじった、か。
あいつが鳴らした合図に従い、オレ達は広場の方へと駆け出す。
そこにいたのは二体のスケルトンと、一体の鎧。
「リビングアーマーや、見ての通り鎧やけど、本体はそれに取り憑いた悪霊!
不死殺しやないと倒し切れんで!」
いづなの言葉を受け、オレはリビングアーマーへと突進する。
フリズやいづなでは、あいつを倒しきる事は不可能と言う訳だ。
必然的に、オレが戦う必要がある。
「しッ!」
景禎を抜き放ち、斬りつけ―――ようとした瞬間、オレは違和感を感じていた。
そのまま振り下ろされた刃は、リビングアーマーが持っていたロングソードに受け止められる。
「む……」
この鎧、無拍剣に反応しただと?
魔物の反応速度なら受け止められる可能性はある、と聞いていたが―――こいつは、それとは違うような気がする。
確かめる為に、今度は逆側からの一閃を狙い―――矢張り、受け止められた。
そしてその一撃で、違和感の正体に気付く。
「こいつ、オレの動きを読んでいる……?」
こいつが防御の姿勢を取っていたのは、オレが動くよりも先だった。
まるで心を読まれているような、そんな感覚だ。
一体どんな仕組みかは分からないが……どうやら、中々厄介な相手らしい。
相手がこちらの動きを読むと言うのならば―――
「読めたとしても反応できない速さで攻撃すれば、問題ない」
『―――!』
隠すつもりなど毛頭無いので、口に出しながら攻撃速度を上げる。
顔色を変えた、と言うべきか。リビングアーマーの方は、若干慌てるような様子を見せた。
左袈裟、小手、胴、逆袈裟、袈裟、回転、突き、斬り上げ―――
予備動作を全て斬り込む動きに含め、連動し、一切の無駄を省いた高速剣舞。
リビングアーマーは確かにそれらを正確に読んでいるようではあった。
が、反応しきれていない。中途半端にオレの剣を受けようとし、剣を弾き飛ばされる。
そして返しの一撃が、奴の右腕を切り落とした。
「―――終わりだ」
振り上がった刃の向きを変え、大上段から両断しようと―――した瞬間、リビングアーマーの体はバラバラのパーツになって崩れ落ちた。
「む……?」
油断無く正眼に構えるが、生憎と周囲の気配は味方のものしかない。
取り憑いていた悪霊が逃げたのか?
待っても仕掛けてくる気配が一向に無い為、オレは小さく息を吐きつつ刃を下ろした。
「まーくん、どないしたん?」
「ああ……いや、倒しきれた自信が無くてな。トドメを刺す前に、中の悪霊が逃げたかもしれない」
「ふむ……」
オレの言葉に、いづなは地面にばらけた鎧の残骸へと視線を向ける。
しばし沈黙した後、彼女は視線を上げて肩を竦めた。
「少なくとも、もうその鎧には憑いてないみたいやね。辺りに気配も感じないんやろ?」
「ああ……そうだな」
若干釈然としないものがあったが、襲ってこない以上は問題ないだろう。
小さく嘆息しつつ、オレは景禎を鞘に納めた。
不安要素は減らしておきたかったが、目に見えないものは相手に出来ないからな。
「さてと、もう大体このフロアも回ったんじゃない?」
「せやね。合流してマップを作成したら次に行こか」
言いつつ、いづなは上にいる煉達へ合図を送る。
その様子を眺めながら、オレは漠然とした『嫌な予感』じみたものを感じていた。
《SIDE:OUT》
《SIDE:REN》
「心を読むリビングアーマー?」
俺は、誠人から聞かされた言葉に思わず首を傾げていた。
そんな俺の反応に、誠人は重苦しく頷く。
「ああ。まるで、オレの剣を先読みするかのような動きをしていた」
「んー……リビングアーマーにそないな力があるなんて聞いた事無いんやけどね。
まーくんが嘘吐く訳ないし、間違いは無いんやろうけど……」
いづなは半信半疑みたいだな。
しかし、心を読むか……何かミナみたいだけど、ミナでもそんな正確には読めないはずだよな。
「ミナは何か気付かなかったか?」
「ん……黒い人」
「え?」
驚いた。正直、ダメ元で聞いてみたんだけど、どうやらミナは何かを発見していたらしい。
「皆が戦ってたのとは違う方……向こうの方。黒い人が、いた」
「ホントに? どんな奴だったの?」
「ん……」
フリズの問いに、しかしミナは首を横に振る。
少しだけ目を伏せながら、若干落ち込んだような声音で声を上げた。
「見えなかった……わたし、レンみたいに目、よくない」
「あ……うん、ゴメンね。それはコイツが異常なだけだから」
「一々角が立つな、お前は。とりあえず、見たのはそれぐらいか?」
「ん」
俺の問いに、ミナはコクリと頷く。
それを受けて誠人やいづなと視線を合わせてみると、二人も何やら思案している様子だった。
肩を竦め、いづなが声を上げる。
「その人影が関係しているとして、それだけで人を特定すんのは難しいやろなぁ。
それに、脇から指示を出したとしてもうちらの剣は反応できるモンやない。
あの能力は、純粋にあのリビングアーマーの……いや、それに取り憑いた悪霊の能力の筈や」
「根本的な解決にはならないか……幸い、誠人なら何とか出来そうだし、また出たら頼むぜ」
「ああ、任された」
小さく笑い、誠人の胸板をコンと叩く。
こう、気安く物を頼める仲間がいるって言うのは、やっぱりいいもんだよな。
不気味な状況ながらも、仲間がいる事に俺は安堵を感じていた。
《SIDE:OUT》
《SIDE:???》
「かごめかごめ かごのなかのとりは」
私は、掠れるように小さな声で歌う。
足音を立てずに、くるくると回りながら。
「いついつでやる よあけのばんに」
くるくる。狂々。
私は、ただ待つ。
「つるとかめがすべった うしろのしょうめん―――だ、あ、れ」
『面白味が無くて済まないが、ワタシだよ』
ふと聞こえた声に、私はぴたりと立ち止まる。
振り返ったそこにいるのは、私の大好きな人。
「お帰り、お姉ちゃん。どうだった?」
『中々手強そうだな。だが、お前の為にも頑張らなくては』
「そっか……うん、でも一緒に頑張ろう。お姉ちゃんと私なら、絶対成功するよ」
『ああ、そうだな―――』
お姉ちゃんは、口元に小さく笑みを浮かべる。
そう、私たちは成功する。お姉ちゃんが失敗する筈が無い。
だって、おねえちゃんはかならずまもってくれるんだから―――
《SIDE:OUT》