42:その頃の英雄たち
人は、それぞれがそれぞれの過去を抱えて生きている。
BGM:『三日月ライダー』 40mP
《SIDE:JEY》
「ようアルシェ、飯食いに……げっ」
「ほう。嬉しそうな顔だな、ジェイ」
あの小僧共が迷宮に行くという事で、特に依頼もなかった俺はアルシェの店に来たんだが―――そこに、シルフェリアがいやがった。
ここにいると言う事は、つまりうちの転移用魔術式から出てきたと言う事だ。
「人の家の敷地内を勝手に通ってんじゃねぇよ。リコリスはどうした?」
「話したら通してくれたが?」
「あの駄メイドめ……」
「相変わらず仲が悪いんだな、アンタ達は」
ヴァントスのオッサンの声に、俺は嘆息しながら席に着いた。
無論、シルフェリアとは席を離しつつだ。
「こいつは宿敵と言っても過言じゃない」
「不本意ながら同感だな。貴様を殺すつもりで私はあれを作ったのだから」
「分かってると思うけど、店の中で喧嘩すんじゃないわよー」
「店の外でもだ。街が滅ぶ」
アルシェとオッサンの声に肩を竦める。
誰が好き好んでこんな奴と戦うか。
こいつの戦闘方法は非常に厄介で、俺としても二度と戦いたくは無い。
「はぁ……で、オッサン。あの小娘の調子はどうだ?」
「ノーラか? まあ、良くやってくれてるよ」
視線を後ろへ向けてみる。
そこでは、アルシェールと同じ給仕服を着たノーラが客の注文を取っている所だった。
元々愛想は良さそうだったし、接客業も特に問題は無しか。
「お前の紹介だからどんな訳ありかと思ったが、本当にトラブルには事欠かない奴だな」
「ほっとけ……」
まさか吸血鬼を、しかも上位種並みの魔力を吸収した奴を引き取る事になるとは思わなかった。
まあ、このゲートでは正体がばれたとしても大した問題じゃないが。
一応、吸血鬼と言うのは珍しい存在ではあるが、必ずしも人間と敵対する種族と言う訳ではない。
事実、俺は吸血鬼の傭兵を何人か見かけた事があった。
「まあ、問題があるとすれば―――」
「あん?」
「リョウだよ。アルシェもそうだが、ノーラの事も気に入ったみたいでな」
「またあのガキか」
以前、アルシェの奴に言い寄っていたガキ。
見境が無いと言うべきか、見る目が無いと言うべきか。
頭痛を感じて頭を抱えていると、目の前にコーヒーが差し出されていた。
視線を上げれば、オッサンが肩を竦めて嘆息しているのが見える。
「最近は迷宮に潜ってランク上げに勤しんでるようだな。今はCになった所だったか?」
「クク、面倒な輩に絡まれているな、ジェイ」
「ああ?」
「言ってやったらどうだ? 最大勲章クラスの功績が無ければSランクには上がれんとな」
シルフェリアの言葉に眉根を寄せ―――俺は、深々と嘆息した。
どうやら、前に少々挑発しすぎたようだ。
「って言うか、今の話だけでどうして分かった?」
「見ていたからな。先程その小僧がここに来て話していたのを」
「……何を言ってやがった?」
「いずれはあの男にうんたらかんたら、あんな奴と一緒に住んでたらあーだこーだ」
「大体分かった」
ハァ、やれやれ。全く―――
「何で俺は、こう厄介な馬鹿に絡まれやすいんだか」
「「自業自得だろう」」
「ハモってんじゃねぇ」
何で仲いいんだよこいつらは。
全く……しかし、迷宮か。
「あいつらも出会うかもしれんな……」
「何、問題は無いだろう。うちの人造人間ならば、あの程度潰すのは造作も無い」
「潰してどうするんだ、潰して」
オッサンのツッコミを聞き流しつつ、シルフェリアはコーヒーを啜る。
一応前に見たところ、あのガキは高い魔力を保持している様子はあった。
が、足の運びは素人同然。強化系魔術式で力任せに敵を倒していると言った所だろう。
確かにその手の人間では、あの人造人間や抜け目のない狐娘は倒せんだろうな。
「しかし、過去の英雄が全て絡んだパーティか……こいつは、将来が楽しみだな」
「どうなるかなんぞ知らんが……ま、いずれ分かるかもな」
一応、このオッサンは俺の正体を知ってる―――と言うか、感付きやがった。
かつての俺の姿を直接見た事があったからだそうだ。
まあ、言いふらすような男じゃないし、別に問題は無かったんだが。
「ああ、ジェイ。一つ言い忘れていた」
「あ?」
と―――そこで突然、シルフェリアが俺に向かって声を上げた。
奴は空になったコーヒーをテーブルに置くと、口の端に笑みを浮かべたまま俺の方へ視線を向ける。
……何か嫌な予感がするな、オイ。
「しばらく、私も貴様の屋敷に泊まる事になった」
「はあああああッ!? テメっ、オイ!? ふざけんなよこのクソアマ!
ただでさえ無駄に人数が増えたってのに、何でテメェまで来なきゃ―――」
「―――そう『忠告』があったからだ」
―――その言葉に、俺の頭は一気に冷えた。
『忠告』……そんな物を俺達に対してしてくる奴は、たった一人しかいない。
「……また、奴か」
「貴様の所にいれば、私は面白い素材と出会えるそうだ。
貴様と共に暮らさねばならんのは気に喰わんが、素材と言うのには興味がある」
「チッ……」
気に喰わないが、奴の『忠告』に従って外れた事は今までに一度も無い。
奴は、一体何者なんだ?
「とにかく、そういう事だ。せいぜい私に尽くせ」
「普通は逆だろうがこのクソアマ。寝首を掻かれないように気を付けるんだな」
互いに睨み合い―――そして、シルフェリアは席を立った。
自分が座っていたカウンターのテーブルに、一つの小瓶を置きながら。
「支払いはこれだ。ではな」
「おい、金で払え……って、行っちまったか」
「まあ、いいんじゃないか? 普通にメシ代よりは高額だぞ、それ」
奴が置いて行ったのは、自作のポーションだ。
ここに置いて行ったって事は普通の材料で作ったポーションなのだろうが、奴が作った代物は市販品よりもはるかに効果が高い。
不本意ながら、この身を以て証明済みだ。
しかし、その言葉にオッサンは嘆息する。
「俺は戦場に出るつもりは無し、アルシェにはポーションなんぞ必要ない。
持ってたって宝の持ち腐れだよ。お前、要るか?」
「オッサン、アンタ分かってて―――いや、やっぱり貰っとこう。あいつの分のメシ代も払えばいいか?」
「ああ、構わないぜ」
まあ、あの小僧にはポーションが必要になるかもしれないからな。
これだけ安く手に入る機会があるのならば、手に入れておくべきだろう。
「全く、素直じゃねぇよな、アンタ達は」
「あ? 何言ってやがる?」
「さあな」
グラスを磨くオッサンは、肩を竦めてそう答える。
釈然としない気分を味わいながら、俺はメシが出てくるのを待っていた。
《SIDE:OUT》
《SIDE:NOLA》
視界の端には、カウンター席に座っているジェイさんの姿。
私は喫茶店、『白の蝶』で働きながら、彼の背中を盗み見ていた。
過去の英雄、ジェクト・クワイヤードであるという彼。
正直、昔から寝物語に聞いて憧れていた『英雄』とは、遥かにかけ離れた姿だと思う。
そして、私の隣でテーブルを拭いている人―――アルシェール・ミューレ。
この人も、同じ物語に出てきた人物だ。
何だか、現実感がない。
「どうかした?」
「え……あ、何でもないです」
どうやら、じっと見ていたのに気付かれてしまったらしい。
少し慌てて目を逸らして、テーブルの上の食器を片づけていく。
この街に来てから数日―――村での地獄のような日々から抜け出して、平穏を手に入れている。
けれど、私はまだ、この平穏を信じ切れていなかった。
眠れば夢に見る、滅んだサントールの景色。
少しだけ、『ここにいていいのか』という思いが浮かんでしまう。
「ふぅ……ようやくお客さん落ち着いたわね。
ほらジェイ、いつまでも居座ってないでさっさと帰りなさい!」
「ああ? いいだろうが別に、どうせお前らもメシ食うだけだろうが」
「ええい、デリカシーがないのだけは変わらないわね」
「って、おいコラ、おしぼりを投げるな!」
冗談を言い合う二人は、とても英雄の様には見えなかった。
それを言うなら、私が知ってる昔のカレナさんだってそうだった筈だ。
けれど―――私の世界は、変わってしまった。
家を一薙ぎで吹き飛ばすような槍も、大地を一撃で砕くような拳も。
空から無数に降り注ぐ剣も、見る事すら叶わない閃光のような弾丸も。
そんな常識の外の世界が、私の生きる場所になってしまったのだ。
だから、こんな日常に違和感しか抱けない。
小さく息を吐いて、私は近くにあった席に着いた。
今はお客さんはジェイさんしかいないし、アルシェールさんもはしゃいでる辺り、休憩時間なんだろう。
と―――そんな私の前に、ことりと一つのマグカップが置かれた。
視線を上げれば、カウンターから出てきたヴァントスさんが私にコーヒーを差し出している。
ミルクをその隣に置きながら、厳つい顔で彼は笑った。
「騒がしくて済まんな。アルシェも、ジェイが来てはしゃいでるんだ」
「あ、はい……」
アルシェールさん、か。
フリズ曰く、怖い人だっていう事だったけど……私には、普通の女の子にしか見えない。
ただ少し、他の人を遠ざけている感じがあるけど。
「……あいつの事が気になるか?」
「え? あ……その、はい。何で、あんなに快く私の事を受け入れてくれたのか、とか……」
アルシェールさんは、ジェイさんが私の事を説明した時、驚いたような表情と共に、少しだけ悲しげな表情をしていた。
どうしてそんな表情をしたのか、私には分からない。
彼女は私には妙に優しいし、何かあるのか……と思ってしまう。
私のその言葉に、ヴァントスさんは小さく嘆息しながら肩を竦めた。
「まあ、確かに……アルシェの奴が他人に心を開くのは珍しい事だ。あいつ、基本的に人間を嫌ってるからな」
「え……?」
「詳しい事は俺も知らん……と言うより、その理由を知っているのはこの世でただ一人、ジェイだけだそうだ。
とにかく、あいつは人間を嫌っている。が、ごく一部だけ特別扱いしてる連中が居るのさ。
それが、過去の英雄達……アルシェに言わせれば、『家族』だそうだ」
「家族……」
かつて世界を救った英雄が、人間嫌い?
それに、家族って―――
「私は、確かにフリズの友達ですけど……そこまで、アルシェールさんの大切な人たちに近い訳じゃないと思います」
「ほう? ……まあ、確かにそうかもな。多分、あいつ自身に何か思う所があるんじゃないのか?」
思う所って、何だろう?
正直、御伽噺みたいに伝わってる英雄達の話の中では、アルシェールさんの素性は殆ど出てこない。
登場するのは物語の中盤、ジェクト・クワイヤードとその一行が、エルフィーンの森の奥にあるという聖域に入り込んだ時だ。
その聖域で彼らは出会い、行動を共にするようになったと言う。
それ以前は何処にいたのか、何処で生まれたのか―――そんな情報は一つも無い。
「まあ、あいつは二千年以上生きてるって話だからな。
色々と経験したんだろうし、お前の境遇に共感するような出来事だってあったのかもしれないぞ?」
「……じゃあ、アルシェールさんなら分かるんでしょうか?」
「何をだ?」
何を、と聞かれると答えづらかった。
上手く言葉に纏められない。ただ、私は―――
「私は、ここにいていいんでしょうか?」
「何?」
「家族も、村の皆もいなくなって……私だけが助かって。
私は人を殺めてしまったのに、村が滅んだ原因の一つなのに……それなのに、私だけこんな風に生きられて、いいんでしょうか?」
「ふむ……」
フリズのお父さんの仇の話があって、私は口にする事が出来なかったけど―――ずっと、気にしていた。
私は、助かって本当に良かったの?
あの時は何も考えられなかったけど、本当に私は―――
「お前は、死にたいのか?」
「え……?」
「死にたいなら、あの二人に言えば殺してくれると思うぞ?
さっさとこんな辛い世界から消えてなくなって、あの世で暮らしたいって言うんなら止めはしない。
俺だって、死にたいと思ったことは何度かあったしな」
テーブルを挟んで私の反対側に座ったヴァントスさんは、目を瞑りながらそう言う。
向こうの方ではジェイさんとアルシェールさんが取っ組み合いをしていたけど、私にはあまり気にする余裕が無かった。
「所詮そんなもんだ。個人の命なんてのは果てしなく軽い。
俺達が今ここで消え去ったとして、明日世界が滅ぶって訳じゃない。そーゆーモンだ。
人間が生きてるのは、結局死にたくないからなんだよ。理由が何であれな。
だから、その死にたく無い理由を見失った時、人は迷う。
お前はまずその理由を考えてみる事だな……それでもし本当に見つからなかったんなら、その時はあいつらにでも頼んでみろ」
「……死にたく無い、理由」
私の、理由は―――
「……フリズ」
私の、大好きな友達。
必死になって私を助けようとしてくれた、大事な親友。
私が死んだら、あの子は本気で悲しむだろう―――そんなのは、イヤだ。
「理由、ちゃんとあったみたいだな」
「あ……」
「ま、助かったぜ。これでもまだ死にたいなんて言い出したら、アルシェの奴がどれだけショックを受ける事か。
あいつは多分、お前さんに自分自身を見てる。だから、自分を大事にしてくれ」
「……はい」
大人って皆不器用なのかと、ついつい思ってしまう。
そのつもりなんて無いのに、あんな事を言うなんて。
くすりと、私は小さく笑っていた。
簡単に割り切れるものじゃないけど……まだ、死にたくは無い。
今は、それが確かめられただけでも十分。
「ありがとうございます、ヴァントスさん」
「さてな……オイ、そこの二人! いつまでもじゃれてんじゃねぇぞ!」
ヴァントスさんは小さな笑みを私に向けると、後ろの二人に向かって大きな怒鳴り声を上げる。
そんな英雄らしからぬ二人に―――私は、思わず笑い声を上げていた。
《SIDE:OUT》