41:第5階層
・シーフ/ガンスリンガー
・ウォーリア/サムライ
・メイジ/アルケミスト
・ウォーリア/モンク
・ウォーリア/フォーキャスター
《SIDE:MASATO》
「ほー、これはこれは……」
周囲をランタンで照らしながら、いづなが声を上げる。
オレ達が降りて来た第5階層は、水が緩やかに流れる水路と、その間にある通路で構成されていた。
何故こんなものが地下に形成されているのかは分からないが、気にしていても仕方ないだろう。
「うーむ、確かにフーちゃんの言うとおり、やりづらい地形やね」
「どうするのよ、いづな」
「まあ、五人やし……ミナっちを中心にして、うちらがその四方を囲む形で行くべきやと思う。
まーくんは大変かもしれんけど、前よりも感覚を研ぎ澄ませといてな」
「了解した」
まあ、勘を頼りにするのもどうかとは思うが、この身体になってからオレの勘が外れた事はほとんど無い。
十分信用できる感覚へと進化していた。
ともあれ、先ほどまでよりも緊張感は増している。
ようやく回ってきそうな仕事に、オレは刃の感覚を確かめていた。
「とりあえず、何が何でも水の中に引き込まれないようにする事や。
水中で戦ってちゃ、いくら相手が弱い奴でも勝てへんからね」
「どんだけ強い人間でも、水中に引きずり込まれればあっさり死んじゃうしね」
「わたし、泳げない」
「ま、水に入らなきゃいいだけだって」
不安そうな声音で声を上げるミナの頭を、煉が軽く撫でていた。
しかし、彼女はそれでも表情が変わらないんだな。
小さく嘆息し、声を上げる。
「とにかく、先に進むぞ。いい加減いい時間だし、この階層のマップを作成したら戻ろう……と進言するが?」
「別に、そこまでリーダー扱いせんでもええよ」
オレの言葉に、いづなは照れたような笑いを漏らす。
しかし、話はきちんと吟味したようだ。
「せやね。体力的には余裕やし、傷も無いけど……別にそこまで急いでるって訳でもあらへんし。
無理して怪我しても面白くないやろ」
「そうね……それじゃ、今日はこの階層までって事にしときましょうか」
「無理は禁物って訳か。ま、いいんじゃないか?」
いづなの言葉にフリズと煉が同調し、更にミナがコクコクと頷く。
回収した魔物の部位やアイテムなどで荷物も膨れてきていたから、ちょうど良かっただろう。
「ほんじゃ、出発しよか。今度は、二人ともあんまり離れずに近くにいてな」
「ああ、分かった」
言って、銃を保持したまま煉が先行する。
しかし今度は先程のように離れて行動はせず、こちらから見える範囲で動くつもりのようだ。
そしてオレも、ミナの後ろを歩きながら刀の柄に手を触れておく。
いつ相手が現れるか分からんからな。
「そういえば、いづな。さっきの話なんだけど……」
「他の冒険者の事? うちもあんまり干渉する必要は無いと思うで」
「やっぱり?」
「他の冒険者とは、先程煉が話していた事か」
「ええ、その通りよ」
先程、煉が他の冒険者の姿を確認したと言う。
その対応に関しての結論は、『こちらから干渉する必要は無い』だった。
「相手がこちらに好意的とも限らんし、最悪なタイプやと、弱った冒険者を殺して持物を強奪する連中もおる。
それに、こっちには美少女が三人おるんや。向こうにその気が無くても、その気にさせてまう可能性やってあるんやで」
「うげ……って言うか、自分で美少女とか言わないでよ」
まあ、三人とも紛れも無く美少女である事は確かだと思うが。
露出度の高いいづなとフリズの二人も、そういう手合いの視線には辟易しているようだ。
それに加えて、人間離れした美貌を持つミナがいる。
美術品のようなその姿を見て、手に入れたいと思う男が現れるのは容易に想像できるだろう。
「襲われてたら助ける位はしてもええと思うけど、こっちから話しかける必要はあらへん。
向こうから話しかけてきたら、まあ適当にあしらってやりゃええよ。
慎重になって損する事は無い筈や」
「……何考えてるか、わたしは分かるよ」
「……っと、そうやったね。ほんなら、その時はミナっちにお願いしとこか」
そういえば、彼女は悪意の有る無し程度なら分かるんだったな。
相手の感情の種類も分かるのだと言うから、そういう手合いにはかなり役に立ってくれる筈だ。
「しっかし……」
「どうかしたか?」
オレ達の顔を一人ずつ見つめ、いづなが呟く。
小さく嘆息を漏らしながら、彼女は続けた。
「パーティバランス、ええのか悪いんか分かりづらいなぁ」
「そう? 前衛三人の後衛二人じゃない。あたしも後衛できるし」
「……全員、攻撃特化やろ。補助系能力を持っとるのがおらんやないか。
かろうじて、ミナっちの能力は防御に使えるんやけどね……時々大丈夫かなーと思ってまうんよ」
「ああ、そう言えばそうだな」
オレは刀を使った近接戦、いづなもそれと同じだ。
煉は銃、ミナは力を使った射撃戦が得意。
そしてフリズは、能力や魔術式を使った遠隔攻撃、もしくは打撃戦を得意としている。
全員が攻撃能力ばかりなのだ。
「まあ、うちやフーちゃんが魔術式使えばええんやし、無理する必要もあらへんけど」
「ま、それもそうね」
「そんなものか?」
確かに、現状困るほどの魔物が現れていないが。
いずれは考えておくべき事なのかもしれないな、と胸中で呟き―――オレは抜き放った景禎を右へ突き出した。
それと同時、水面から飛び出してきたギルマンが刃に突き刺さる。
突き刺さったままもがくギルマンを空中へと放り投げ―――そのまま、一刀両断にする。
「敵襲だ、囲まれているぞ!」
オレの声に、全員が一瞬で反応した。
いづなとフリズが背中合わせでミナを挟むように立ち、オレも振り返って後方の警戒に努める。
現れたのは、六体のギルマンだ。
後方に三体、そしてオレ達と煉の間に三体。全て、剣や槍で武装している。
煉が分断されている事が気になったが、この程度の相手ならば問題ないだろう。
「―――行くぞ」
疾走。
既に鞘から景禎を抜き放っていたオレは、始めの一拍で剣を持ったギルマンに肉薄し、その身体を胴から両断していた。
そして、それを確認する間もなく左足を擦りながら身体を回転させる。
一拍二閃―――!
「おおおッ!」
風車のように回転する刃が、こちらの攻撃後を狙おうとしたギルマンの首を、持っていた剣ごと斬り飛ばす。
凄まじい切れ味だ。生まれ変わった景禎の力は、前のそれを遥かに凌ぐらしい。
「流石だな、いづな」
小さく、呟く。
恐らく聞こえはしなかっただろうが、オレは新たな景禎に十分満足していた。
これならば、あの吸血鬼とも渡り合えるかもしれない。
だから―――
「貴様程度で、止められると思うな!」
槍を持つギルマンへ向けて疾走する。
オレの突進に合わせ、奴は槍を突き出してくるが、オレはそれを左に身体をずらす事で躱した。
そして、全身の動きを以って刃を振り抜く!
一瞬、共に動きが止まり―――そして、ギルマンの身体は斜めにずれて地面に落ちた。
刃の血を落としつつ、生臭い匂いに顔をしかめる。
「さてと、向こうはどうなった……?」
完全に事切れている事を確認し、オレは他の四人の方へ振り返った。
《SIDE:OUT》
《SIDE:REN》
「敵襲だ、囲まれているぞ!」
その誠人の声が聞こえた瞬間、俺は感覚強化を発動した。
若干スローに見える視界の中に、波打つ水面から飛び出してくるギルマンの姿が映る。
咄嗟に俺は、最も近くにあった波紋に向けて一発の弾丸を打ち込んだ。
緑色の体液と共に、一匹のギルマンの死体が水に浮かぶ。
「さてと」
残りは三匹。
いづなとミナの方を向いて出てきたようだったが、先ほどの銃声で俺の方に注意が向いた。
まあ、向こうに近寄られるよりはマシだ。
「―――行くぜ」
ミナ達を射線から外す為、俺はギルマンに接近する。
俺に向かって振り下ろされた剣に右の銃のグリップを叩きつけ、その軌道をずらし、同時に左の銃を向けて引き金を引く。
マグナム相当の威力に吹き飛んでゆくギルマンからは視線を外し、俺は身体を右回りに半回転させた。
その回転と共に振り翳した右の銃で、突き出されてきた槍の穂先を打ち据える。
軌道を逸らされた槍は俺の体の右隣を貫き、俺が突き出した左の銃はギルマンの眉間に突きつけられる。
―――小さく、笑みを浮かべた。
「Adios!」
言い放ち、引き金を引く。
気色悪い色の脳漿をぶちまけながら倒れてゆく死体の向こうでは、フリズの飛び蹴りによって砕け散ったギルマンの、残った下半身がゆっくりと倒れてゆく所だった。
その少し後方で着地したフリズが、じろりとこちらの事を睨む。
「アンタ、何でわざわざ接近すんのよ」
「ガン=カタ、やってみたかったもんで」
あえて利点であるリーチを捨てて銃を持ちながら相手に接近し、相手の攻撃を逸らしながら至近距離での攻撃を行う戦闘術。
感覚強化が無ければとてもじゃないが真似できない代物だ。
「やってみようとは思ってたけど、今まで武器を持って攻撃してくる奴が相手にならなかったからな。まあ、試してみた訳だ」
「心臓に悪いわね、全く」
「そう言うなって」
呟き、俺はフリズの方へと銃口を向ける。
ぎょっとして硬直するフリズ―――を尻目に、俺は彼女の後方にある、水路を挟んだ通路の上で弓を構えていたギルマンを撃ち抜いた。
俺と、そしてそちらを交互に見るフリズに向かって、小さく笑みを浮かべる。
「心臓に悪いのは、果たしてどっちだ?」
「間違いなくアンタよ、このバカ……まあ、助かったわ。ありがと」
きちんと礼は言ってくれる辺り、一々律儀な奴だ。
苦笑しつつ、左の銃をホルスターに仕舞う。
銃身が熱を持たないので、こちらとしては扱いやすいもんだ。
さてと。
「そっちは大丈夫か?」
「おー。皆が倒してもうたから、出番が無かったやないか!」
「……レン、大丈夫?」
こちらに近寄ってくる三人。
俺の事をきっちり心配してくれるミナの頭を軽く撫でつつ、小さく笑みを浮かべた。
「全員でのまともな戦闘は初めてだけど、結構いい感じじゃないか?」
「せやね。まだ連携を取れる程やないけど、この階層なら十分やな」
「今後の見直しは必要か―――」
そう呟こうとした、瞬間。
「―――オイ、そこのお前ッ!」
背後から、突如として声が響いた。
驚き、そちらの方へ視線を向けると、そこに四人組の冒険者の姿があった。
声を上げたそいつは俺達―――と言うよりも、俺に対して敵意を向けている。
「さっきの音、まさかとは思ったが……やはりお前か!」
「……煉、知り合いか?」
「……いや、分からん」
こんな連中と知り合ったっけ?
本気で分からなくて首を傾げたのだが、それが気に入らなかったのか、リーダー格の目線はますます厳しいものになってゆく。
「ちょっと、煉。アンタまた妙な事したんじゃないでしょうね?」
「人聞きの悪い事を言うな」
ジト目でこちらを見つめてくるフリズに、こちらも言い返す。
その時に視界の端に入ったミナの瞳が、どんどん嫌悪感に染まって行っているのが見えたが、今はどうしようもないか。
とりあえず、何か記憶の端っこに引っかかっているような気はするので、それを思い出そうとして―――いい加減待ちきれなくなったのか、向こうが地団太を踏みながら声を上げた。
「お前がギルド登録に来た時の事、忘れたとは言わせないぞ!」
「ギルド登録……ああ! お前ら、《蒼の旅団》の……えーと、名前知らんけど兄貴と俺に喧嘩売ってきた奴ら!」
「うわっ、あの人に喧嘩売ったん? よく無事やったね」
「あいつらの扱い、全部俺に丸投げしたからなぁ、兄貴」
思い出した、あの時突っかかってきた四人組だ。
確か、こいつらのパーティランクはEだったし、この辺りにいてもおかしくないのか?
まあ、何だっていいけど。
「で、あの時の連中が何の用だよ? お礼参りとか言うつもりか?」
「フン、あの最強の傭兵の力でランクだけ上がった卑怯者なんかの為に、わざわざそんな事するか」
「あー、兄貴の事は勉強したのか。けど、今のパーティは皆俺と同じぐらいだぞ?」
兄貴について回っていたから、俺はもう少しでランク上がるぐらいにはポイント溜まってるけど。
俺の言葉を聞いた四人組―――と言うより、そのリーダー格の奴が、俺に向かって嘲笑を向ける。
ちなみに、他の連中は『係わり合いになりたくない』という表情をしていた。
「お前と同じ程度? なら止めとくんだな。この階層からはEランクの魔物が現れる。お前らじゃ殺されるのがオチだぞ?
まあ、ランクアップした俺達にかかれば、こんなもの大した事無いがな」
「あ、フラグや」
ポツリと、いづなが呟いた―――その刹那。
巨大な水音と共に、リーダー格……あーもうリーダーでいいや。
とにかく、リーダーの背後に巨大な影が水面を押し上げるようにして現れ―――リーダーに覆い被さった。
『あ』
期せず、全員の声が重なる。
現れたのは、巨大なミミズのような魔物。ただしその太さは直径四メートルはあろうかという巨大さだ。
その魔物はリーダーを口に入れると、そのまま上を向いてリーダーを飲み込んでしまった。
長い体の真ん中辺りに、内部から押しているような出っ張りが現れては消えるを繰り返している。
「う、うわあああああああっ!?」
「た、助けないと!」
錯乱する三人。
唖然としている俺達の耳には、その三人の声と共にいづなの声が聞こえてきた。
「アクアワームやね。一応ランクとしてはDやけど、結構でっかいなぁ」
「……いづな、あれは大丈夫なのか?」
「歯は無いんで、飲み込んで消化するまでにはしばらくかかる筈や。まあ、ほっといたら死んでまうけど」
その声と共に、いづなと誠人の視線がこちらを向く。
フリズは呆気に取られたまま、ミナは無表情に見上げているだけだったが。
深々と、嘆息する。
「……まあ、助けるか。別に恨みがある訳でもないし」
「りょーかいや。じゃ、まーくん頼んだで」
「……やはりオレか」
俺と同じような表情で、誠人は刀を構える。
そして身体を強く引き絞り―――勢いよく跳躍した。
アクアワームが反応するよりも速く、誠人の身体はリーダーの入った出っ張りの上まで到達し―――
「はあああッ!」
気合と共に、一閃した。
そしてその勢いのまま誠人はワームの体の上に着地すると、ワームの身体をこちら側の通路へと蹴り飛ばすように跳躍し、水路の対岸にある通路へと着地した。
ワームは誠人の斬撃により深く切り裂かれ、皮一枚で繋がっているような状態で通路の上に投げ出される。
そのパックリと開いた傷口の中から、粘液ででろでろになったリーダーが他三人によって引きずり出された。
しかし例によって生命力は高いのか、アクアワームはまだ生きているようだ。
あの三人、気が動転しているのかその辺りに気づいていないらしい。
嘆息しつつ、俺はまだ動いているワームの頭に最大威力の弾丸を撃ち込んだ。
轟音と共に体液が弾け、ワームの頭部が消滅する。
「……うーむ。近寄りたくない魔物だな」
何と言うかこう、色んな意味で。
三人の方は、でろでろになったリーダーを水路の水で洗い流している。
と―――その内の一人、神官っぽい格好をした女の子がこちらに近寄ってきた。
また難癖をつける気か、とも思ったが、彼女には敵意を感じられない。
そして、彼女は俺の目の前に立つと、ぺこりと頭を下げた
「色々と、ご迷惑おかけしました」
「……えーと」
「この間の事は、まあ勉強代だと思っておきます。今回は助けて貰いましたし」
何気に、この間の件と差し引きゼロにしようとしてるな。強かだ。
まあ、別に恩を売ろうが何だろうが、正直損にも得にもならなそうだからどうでもいいんだけど。
「うちの馬鹿にはしっかり言っておきますので……それでは」
そう言うと、彼女は他の二人に指示をしてずりずりと引き摺りながらリーダーの身体を運んで行った。
その背中を唖然としながら見送り―――後ろから、ポツリと呟くいづなの声が聞こえてくる。
「煉君、面白い友達おるんやなぁ。笑いの神が降りとるで、あの子」
「まあ、何つーか……友達ではない、少なくとも」
あんなウザいんだか愉快なんだかよく分からない奴はお断りだ。
しかし、予感と言うべきか―――あいつら、また会いそうな気がするんだよなぁ。
俺は、思わず深々と嘆息していた。
《SIDE:OUT》