40:迷宮探索
「ところで、迷宮探索ってもっとこう、派手に魔物と戦うもんじゃないの?」
「さあ? 安全第一って事じゃないのか?」
《SIDE:MASATO》
昨日ミナのギルド登録と全員のパーティ登録を終え、オレ達は迷宮の前へとやってきた。
邪神龍の迷宮と呼ばれるそこは、見上げても先端が見えないほどに巨大な、銀の三角錐が突き刺さった場所の地下にある。
後ろを振り向けば、すぐ近くにゲートの街があった。
あの街は、元々は邪神と戦う為の要塞であったと言う。
そして今も、あの街は迷宮から現れる魔物が王都の方へ侵攻しないように道を塞いでいるのだ。
「根元に来たのは初めてだけど、改めてありえないよなぁ、これは」
ポツリと呟いた煉の言葉に、オレは内心で同意する。
神が、邪神龍を地の底に封じる為に打った神の槍。
繋ぎ目など見当たらず、一つの金属から作ったとしか考えられないそれは、現代技術を知るオレ達からしてもありえない物だった。
「う~……研究してみたいんやけど、流石に無理やろうなぁ」
「まあ、そりゃね……ほら、とりあえず行くわよ」
物欲しそうに神の槍を見上げるいづなに嘆息し、フリズは迷宮の入口の方へと歩き出した。
入り口付近には、兵士姿の男が二人ほど立っている。
ゲートの街の兵士か何かだろう。
彼らは、オレ達の方へ視線を向けると、訝しげに眉根を寄せた。
「おいおい、ここは子供の遊び場じゃねーぞ?」
「怪我をしない内に帰った方がいいですよ? ここは危険な場所ですから」
荒っぽい、ある意味では兵士らしい兵士と、丁寧な物腰の眼鏡の兵士。
剣士と魔術式使いと言った所だろうか。
彼らの言葉にフリズがむっとした表情を見せるが、彼女が何か言う前にいづなが声を上げる。
「心配はありがたく受け取っとくで。せやけど、うちらはこれでもれっきとした傭兵や。心配には及ばんから、安心し」
言いつつ、いづなは胸元からドッグタグを取り出した。
一応個人情報が書いてある為、普段は長い鎖で服の中に隠れるようにしている。
そこに刻まれたいづな自身のランクに、眼鏡の兵士は少しだけ目を見開いた。
「ほう、Dランクですか。まだまだではありますが、浅い階層程度なら問題なさそうですね」
「せやね。ほんなら、通して貰ってええ?」
「ええ、いいでしょう。それでは、お気をつけて」
そう言って、兵士はあっさりと道を開けた。
どうやら、難癖を付けようという訳ではなく、純粋にこちらの身を案じてくれていたらしい。
やはり、突っ走って命を落とす若者も多いという事なのだろう。
「ほな、行こか」
「すっかりリーダーだな、いづなは」
「あははー、褒めても何も出ぇへんよ?」
煉の言葉に、いづなは照れたように笑う。
しかし、オレもそう思っていた。いづなは人を纏めるのが得意だ。
軍師役と言うか、すっかりオレ達の中では司令塔としての役割を確立している。
「さてと、ほんなら確認するで。まず、先頭は煉君とフーちゃんや。できるだけ遠距離攻撃で、相手が近づく前に戦いを終わらせるで」
「ああ、分かった」
「了解よ」
いづなの指示に、煉とフリズが頷く。
暗い迷宮内を《暗視》の魔術式を使える二人が先行し、通路の安全を確保する。
「続いて、うちとミナっちや。うちらの中で最大の火力を持つミナっちは切り札やからね。
うちはミナっちの護衛に付きつつ、皆に指示を飛ばすから、しっかり聞くんやで」
「ん……」
創造魔術式という特異な力を持つミナは中衛だ。
彼女なら僅かな集中で強大な魔物を倒せる威力を叩き出せるが、出来るだけ力は隠さなければならないので、彼女に累が及ぶ事は避けた方がいいだろう。
「で、最後がまーくんや。勘の鋭いまーくんは、背後の注意をお願いするで」
「了解だ」
視界の悪い迷宮内では、オレの勘も結構重要になってくるという事らしい。
邪神の門はどこに発生するか分からないので、オレはいづなやミナに危害が及ばないように背後の注意をする訳だ。
「とりあえず、今日は隊列と手応えを確かめる事が目的やから、無理はせんように行こう」
「ああ、そうだな」
今の実力でどの程度の階層まで行けるのか。
この世界での自分達の基準と言うのが、オレ達は今一分からないのだ。
何せ、周囲には世界トップクラスの人間しかいなかったのだから。
己の力を試せるのかと思うと、若干楽しみな部分もあるが。
「ほな、出発や!」
いづなの言葉に頷き、オレ達は迷宮へと降りて行った。
《SIDE:OUT》
《SIDE:REN》
壁に背をつけるようにしながら、通路の奥をゆっくりと覗き込む。
出来れば、顔を出さずに鏡か何かを使って覗き込むのがベストだが、忘れてしまったので仕方ない。
「スライム2、ジャイアントバット1だ」
「オーケー、アンタは蝙蝠をお願い。あたしはスライムをやるわ」
「了解」
小声で言葉を交わし、二人で合図を取る。
1,2の―――3!
「GOGOGO!」
通路から飛び出し、天井にぶら下がっていた蝙蝠を撃ち抜く。
そしてそれとほぼ同時、フリズの力によって2匹のスライムが氷の塊と化していた。
よし、オーケーだ。
「安全確保」
俺のその声と共に、後方から明かりが近寄ってきた。
先行していた俺達に続き、ミナ達がやってきたのだ。
いづながランタンを持っているため、三人の方は明るくなっている。
「さすが、手際ええなぁ」
「いい人選だな。働きたがる二人を前に出したのは」
「何か、引っかかる言い方ね……」
まあ、俺もこういう特殊部隊じみた動きが出来るのは何となく楽しいけど。
俺達は、迷宮の第4階層にいる。
出てくる魔物はかなり弱く、正直慎重な動きが要求されるような物ではない。
まあ、問題が無いに越した事は無いわけだから、別にいいんだが。
さて、この迷宮だが、正確に何階層まであるのかは分かっていない。
というのも、かつてこの迷宮を踏破したのは邪神龍を倒した英雄達のパーティだけだからだ。
その英雄達……つまり兄貴達も、その階層を数えながら降りてきていた訳ではないらしく、殆ど覚えてないそうだ。
で、現在の所マップが完全に分かっているのは47階層まで。
ちなみに、神の槍が届いているのは26階層までだ。
そんな深くまで行ってどうやって戻るのかは疑問だったが、どうやら神の槍がある所までは何処でもワープできるらしい。
ゲートの街の傭兵にCランクが多いのは、この26階層辺りがちょうどBランクやCランクの魔物が多発する辺りだからだそうだ。
俺達でもそこまで行くのには十分だと思われるが、まあ念の為らしい。
まあ、今日手に入れた素材とかはミナのランクアップにでも使えばいいしな。
しかし―――
「……なんで地図買わなかったんだ?」
47階層までならマッピングされてる訳で、そこまでの地図は街でも売ってた筈だ。
なのに何で、態々自分達の手でマッピングしていく必要があるんだ?
俺の思ってた事はフリズも同じだったのか、コクコクと頷いて同意してくる。
しかしいづなは、その俺達に言葉に指を振ってから答えた。
「ええか、二人とも。この迷宮の地図を作ったのは他でもない、ここに潜ってきた冒険者や傭兵やろ?
そんなら、もしも隠し部屋やら貴重な狩場、或いは魔物が宝物を集めてくるような場所があったら……それ、態々教える思うん?」
「あ……」
「あるかどうかは分からんけど、こんだけ巨大な迷宮や。穴場の一つや二つ、ぽんと見つかるもんかもしれんで」
成程、本当に色々考えてるんだな。
俺はてっきり―――
「地図を買うお金を惜しんだだけかと思ってたぜ」
「……あははー、まさかー」
「……まあ、別にどっちでもいいわよ。全く」
嘆息するフリズに、こちらもまた苦笑する。
まあ、俺としても楽しんでるんだし、別に問題は無いか。
「とりあえず、この階層も調べ終わったし、次に行こか」
「階段、あっち」
言って、ミナが階段がある方を指差す。
魔物が再び現れるには時間が早すぎるだろうし、流石に先行してまで道を確保する必要は無いだろう。
俺達は、再び固まって移動を開始した。
「しっかし、手応え無いな。まだマガジンを一つも消費しきってないぞ?」
「別にいいでしょ。下手に使うよりは、ミナに負担が掛からないんだから」
「せやね。怪我する可能性も少なくて、そっちの方がええやろ」
出逢ってからそれほど時間は経ってないが、ミナはすっかり皆の妹ポジションとなっていた。
何と言うか、仕草だの生い立ちだの、色々と保護欲をそそるんだろうな。
結果として、ほぼ全員から過保護なぐらい大切に扱われてる。
女に気を使うと言う行動の無い誠人ですら、少し気にかけてるぐらいだしな。
小さい子供と言うならリルがいるが、実は俺達よりずっと年上だし。
「っと、もう階段やね。ほんじゃ、二人とも頼むで」
「ああ」
「分かったわ」
先ほどから、俺たち以外はまったく働いていない。
けど、それは正しい判断だ。
適材適所、それに優れている人材があるならその仕事を与えるべきだから。
いづなにはいづなの仕事があるし、もし出番が来ればミナや誠人だって動く。
「さてと、次の階層はどんな所だ……」
「ねえ、何か聞こえない?」
「ん、何かって……?」
その言葉に、俺達は言葉を切って耳を澄ませる。
下の階から聞こえてきたのは―――水音だった。
「迷宮の中に、川?」
「常識で考えるべきじゃないかもしれないわね。邪神が作り上げた物だって言うし」
「……まあ、そうだな」
そもそも、こんな閉鎖された空間で、どうやって魔物が食糧とって生きてるって言うんだか。
今後、もっと奇想天外な空間が出てくるのかもしれない。
「とりあえず、降りてみたら分かるか」
「そうね……行きましょ」
できるだけ足音を立てないように気をつけながら、俺達はゆっくりと階段を下りてゆく。
そして、その下まで降りて見えてきたものは。
「……うわぉ」
「ホントに川があったわね……」
いや、これは川と言うよりも水路だ。
手すりの無い道と道の間を、水が流れている。水は澄んでいるが、底は結構深そうだ。
更に壁などは少なく、時々柱が立っている程度。身を隠す場所が少ない。
ここは広い空間を、柱と中心に突き刺さった神の槍が支えているような造りになっているみたいだな。
「水の中から魔物が飛び出してきたら結構厄介ね……通路は結構広いし、隊列を変えた方がいいかしら」
「だな。それは皆を呼んでから要相談だ」
「ええ、そうね。それで、煉……何か、魔物の姿とか見える?」
「ん、ああ……ちょっと待ってくれ」
言いつつ、俺は感覚強化の魔術式を起動させた。
一気に視界内の見える部分が広がり、かなり広い範囲を見渡せるようになる。
一応、陸上には魔物の姿は少ない。が―――
「……いた。何か変な生き物だな」
「変って、どんなの?」
「魚の身体に、人間の手足が生えたような奴。気色悪いな、二足歩行してるし」
「ああ、ギルマンね」
一応独自の文化を持ってる生物だったけど、人間に対して敵対の意思を持っていて、攻撃性が高いから魔物とされているんだったか。
水辺では割と見かけるポピュラーな魔物らしい。
俺は実際に見るのは初めてだけどな。
「単体じゃ大した事無いけど、稀に頭がいい奴がいたり、集団で襲ってきたりするから注意が必要よ」
「了解……後、俺達以外にもここを探索してる連中がいるな」
「へぇ……まあ、そいつらは接触した時に考えましょ」
同じ探索者とは言え、友好的とは限らないからな。
たまに、人の持ってるアイテムを略奪しようとしてくる奴らがいるらしいし。
ここなら、殺しても証拠なんて残らないからな。
いづなも言っていた。本当に注意すべきなのは、魔物よりも人だって。
それに関しちゃ、俺も賛成だ。
「ま、とりあえずこの辺りは大丈夫そうね」
「そうだな。皆を呼んでこよう」
ここで大声を出して呼ぶような真似はしない。
それで魔物を呼び寄せても厄介だからだ。
俺達は互いに頷くと、もと来た階段を戻って行くのだった。
《SIDE:OUT》