39:新たなる生活
「さあさあ、第三幕の始まりだ。君達に必要な《欠片》はあと二つ……頑張って見つけてくれ」
《SIDE:REN》
「ほら、飛車取り」
「げっ!?」
この間の事件から数日。
俺達は、早速兄貴の屋敷での共同生活を始めていた。
始めは兄貴も渋っていたものの、積極的に家事の手伝いをしてくれるフリズや誠人には文句を付けられなかったらしい。
どちらかと言えば、俺が何もしていない事が目に付くので、最近は俺も手伝いをするようになっていた。
フリズは、主に家事の手伝いか街の散歩をしている。
殆どファルエンスの街から出た事がなかったと言うフリズには、ゲートの街が新鮮だったようだ。
買い物は主に彼女の役目で、たまに荷物持ちで俺が付いて行く事になる。
そういう時は、ミナも一緒について行きたがるんだけどな。
誠人は力仕事の手伝い等だ。
一応料理も出来るので、リコリスと一緒にキッチンに並ぶ事もある。まあ、俺も料理は出来るんだけど。
今の所、まだ刀が直っていないので、荒事は避けるようにしているようだ。
同年代の男同士と言う事で、俺とは結構気が合う。
こうして、今もいづなが持ってきた将棋で勝負している位だ。俺が負け越してるけど。
いづなは、比較的こっちにいる事が少ない。
アルシェールさんが作った転移の魔術式を刻んだ陣からシルフェリアさんの所へ帰り、何やら研究しているようだ。
研究と言うのは、ミナが創った金属を、どのように加工すればいい刀が出来るか試行錯誤しているらしい。
今はホーリーミスリルで刀を造っているらしいが、たまに足りなくなるとミナを拝み倒しに来る。
ミナも最近はいづなに慣れてきたのか、気前良く創造魔術式を使ってあげているようだ。
ミナは前と殆ど変わらない。
俺の後ろを付いてくるか、兄貴の後ろを付いて行くか。
ただし、今まで女の子として様々な事に無頓着すぎた為、フリズに色々と教わっている所だ。
そういうのは俺も兄貴も教えられなかったので、助かっている所でもある。
まあ、時々いづなが妙な事を教えようとしてフリズにお仕置きされてるんだが。
で、ノーラ。
アルシェールさんとの相談の結果、予定通りあの喫茶店で働く事になった。
人手が足りてなかった事は事実らしく、結構好意的に受け入れられている。
しかし、あの喫茶店で生活すると言う話はノーラのごり押しによって無かった事になり、結局この屋敷で生活する事になった。
兄貴が真っ向から言葉で押される場面を見るのは、あれが初めてだったと思う。
そして俺だが……ミナと同じく、基本的には変わっていない。
変わった事といえば、俺が普段している事の中に別の人間が加わった事ぐらいか。
朝早く起きての訓練には誠人が付き合ってくれるようになった。
買出しにはフリズと共に行く事が多くなったし、暇な時の話し相手にはいづなが付き合ってくれる。
何だかんだで、前よりも充実してる気がするな。
「……王手だ」
「ぅええっ!? ちょ、ちょっと待った!」
「待ってもいいが、もう詰みだぞ?」
「い、いや! 必ずどこかに抜け道が……!」
畜生、本当に強いな誠人は!
人造人間の思考回路のおかげなのか、誠人はかなりズバズバといい手ばかりを打ってくる。
一度、こちらはミナの読心を使って対決しようかと思ったが、ミナは相手の心を正確に読める訳じゃないので諦めた。
今もミナは横で俺達の様子を見つめているが、特にルールは分かっていないようだ。
「はぁ……ん?」
ふと、溜め息をついていた誠人が視線を上げる。
俺もそれと共に顔を上げると同時、何やら部屋の扉の方からゴンだのガタンだの、何かがぶつかるような音が響いてきた。
確かめようかと席を―――立とうとした瞬間、扉が開く。
「ほら、しっかりしなさいってば」
「んー……ぅあー」
現れたのは、フリズといづなだった。
二人とも髪はぼさぼさ、更にどこか煤けているようにも見える。
が、それ以上に目に付いたのは、いづなが引き摺るように持っている一振りの巨大な刀だ。
「景禎!? 完成したのか、いづな」
珍しく、誠人が驚いたような声を上げる。
しかし、いづなもまた普段とは違い、覇気が無いと言うかあからさまに眠そうな様子で声を上げた。
「おー、まーくん。完成したでー……」
「……どうしたんだ、一体」
「そういや、ちょっと姿を見なかったけど」
「このバカ、徹夜で刀を打ってたのよ。それに付き合ってたもんだからあたしも眠くて……まあ、あたしは時々居眠りしてたけど」
「いや、寝るなよ」
俺の抗議の声に、フリズは不機嫌そうな半眼を向ける。
いや、あれは単に眠いだけなのか?
「無茶言わないでよ。ずっと身体を動かしてるいづなはともかく、あたしは指示に従って金属を熱したり冷ましたりするだけなんだから。
それなのに一定のリズムでカンカンカンカン聞いてたら、眠くもなるに決まってるでしょ」
「と言うか、何故徹夜でやったんだ、お前たちは」
「思い立ったが吉日、とか叫んでたわよ」
普段いづなの冗談が入るような所をずっと黙っているので、何やら物足りない感じがする。
そのいづなはと言えば、八割方目を閉じた状態で左右にふらふらと揺れていた。
が、それでも手に持った刀を誠人に差し出す事を忘れはしなかったようだ。
受け取った誠人は、その刃をゆっくりと引き抜く。
「これは……」
「ホーリーミスリルの刃やで~……これなら、吸血鬼にも負けへん……」
「前に比べると軽いな」
「そりゃ、ミスリルの特徴やから……せやけど、鋭さは前以上……あー、あかん。ねむい……」
刀身は、美しい銀色―――いや、磨き抜かれたそれはまるで鏡のようだった。
誠人は長大な刃を片手で持ち上げながら、じっとその刀身を見つめている。
刀が芸術品って言われてるのは知ってるけど、これを見てるとそれを実感できるな。
「……すごい」
「ミナ?」
声に振り向いてみると、ミナがその刀身を見つめて目を見開いている所だった。
ミナが分かり易く表情を変えるのは珍しいので、少し驚く。
しかし、何が凄いんだ?
「ホーリーミスリルが、わたしの制御から外れてる。わたしじゃ、この刀身を消せない。いづな、すごい」
「おー……ミナっちに褒められたー……ご褒美は、胸で……」
「アホな事言ってないで、お風呂行くわよお風呂。すっかり汚れたし、汗まみれだし」
不快そうな表情で胸元を広げながらフリズが呟く。
どうでもいいが、男の前でそういう事やるなよな。
兄貴の屋敷には、風呂と呼ばれるものは無い。
まあ、軽くシャワーを浴びる程度なら出来るようになってるけど。
ちゃんとした風呂に入るには、街の公衆浴場に行かなきゃならなかった。
公衆浴場を発案したのも昔ここに来た日本人だったと聞いたが、今は関係ない。
とにかく、この家には風呂は無い。
しかし、実はシルフェリアさんの家には風呂がついているのだ。
正確には、いづなが自分で作ったらしい。
自分の趣味には妥協しない奴だ、本当に。
なので、俺達はいつもあちら側へ風呂を借りに行く事になっている。
やはり日本人なので、風呂は毎日入りたいのだ。
まあ、男湯女湯は無いので、基本的に男は後回しと言う事になってるのだが。
「ミナもどう、一緒に行く? あたし達が沈まないように見てて欲しいし」
「……ん」
「おー……ミナっちの美乳を見る為に、寝る訳にはー……」
「ホント、行動原理が分かり易いよな、いづなって」
むしろ、眠気に囚われている今だからこそ完全な本性が見えてるのかもしれない。
とりあえず三人と、何処からともなく現れた風呂好きのリルの背中を見送り、俺はもう一度誠人の刀へと視線を戻した。
何て言うか、ホント―――
「―――凄いよな、いづなって」
「ああ。戦いでは目立たないが、才色兼備でもあるからな」
「まあ、少し残念な所あるけど」
「……本当に、そうだから困るんだ」
何かと思い当たる部分があるのか、誠人は深々と嘆息する。
ホント、色々とスペック高いんだけどなぁ。
女の子辞め過ぎのあの性癖だけは何とかならないものか。
「ま、とりあえずこれで誠人も戦えるようになった訳か」
「そうだな。ここの所戦っていたのはお前だけだったし、少々心苦しかった所だ」
皆が家にいる間も、俺は時々兄貴と共に依頼に出る事はあった。
一応、『黒狼の牙』のメンバーである事に変わりは無いからな。
弾丸の問題も、ミナが魔力チャージ出来るのが分かった事で解決したし、今では積極的に戦闘に参加している。
「まあ、これで準備は完了って訳だ」
「ああ、そうだな」
そう、これで……俺達、《双界の架け橋》は始動の準備を完了したのだ。
二人で、小さく笑みを浮かべる。
「さぁ、明日からが楽しみだな」
「ああ、全くだ」
《SIDE:OUT》
《SIDE:FLIZ》
「と、言う訳で……本日から《双界の架け橋》、正式に活動開始するでー」
昨日刀を造り終わり、ほぼ半日ぐらい眠ってから、スッキリした顔でいづなは声を上げた。
まあ、お風呂入った直後に寝ちゃったから、寝癖を直すのに苦労したけど。
とりあえず、まばらな拍手を受けながらいづなは続ける。
「とりあえず、今後の活動方針の前に、皆の傭兵ギルドのランクを聞いとこか。ちなみに、うちはDや」
「あたしも同じく。誠人はEよね」
「ああ」
「あれ、誠人の方が下なのか?」
煉が意外そうな表情で声を上げる。
まあ、この中じゃかなり強い方だし、そういう印象を受けるのも当然かしら。
煉の言葉を受けて、誠人は小さく方を竦める。
「オレはギルドに登録したばかりだからな。上がったスピードは、むしろ速い方だ」
「へぇ……あ、ちなみに俺もDだ。ミナは登録してないけど」
「え? 登録してないのに付いて行ってた訳?」
今度はあたしが疑問の声を上げる番だった。
一緒に行動してたから、すっかり登録してるものだとばかり思ってたんだけど。
しかし、あたしの考えとは裏腹に、ミナは先ほどの言葉にコクリと頷く。
「わたしは、登録しちゃだめって言われた」
「なんでや?」
「ギルドの方が、兄貴のパーティランクを下げたくなかったんだよ。
連れて行ってもいいから、登録はしないでくれだとさ」
「ほぉ……ま、とりあえずF扱いと言う事で良さそうやな」
とりあえずいづなはそう納得したようだ。
とんとんと指先で二回テーブルを叩くと、頷いて続ける。
「Dランクが3人、Eランクが1人、Fランクが1人や。パーティランクにするとEランクやね」
「まだまだ駆け出しか……」
「せやけど、実績はありえないほど高いんやで?
エンシェントゴーレム、ケイオスドラゴン、ヴァンパイア・ロード。
最上位ランクに到達するような魔物に対して勝利を収めとるんやし」
「……改めて聞くと、ありえないわね」
Bランクの傭兵ですら尻尾を巻いて逃げ出すような魔物ばかりだわ。
実際、個人個人のスペックで言うなら、あたし達はかなり高いと思う。
「ともあれ、しばらくはランクを上げる為に活動した方がええと思うんやけど、何か異議は?」
「とりあえず、理由を説明してくれ」
いづなの言葉に手を挙げたのは誠人だった。
まあ、お金を稼ぐっていう目的がある以上は、さっさとそっちに集中したいのかもしれない。
その言葉に対し、いづなは笑みを浮かべながら頷いた。
「言うまでもなく、高ランクの仕事の方が報酬が高いからやね。
パーティとして有名になれば、割高の指名依頼が来る可能性だってある訳やし」
「成程……だけど、それってどうやって上げるつもりだ?
やっぱり、地道に依頼をこなして行くしかないのか?」
「ちっちっち、甘いなぁ煉君。実は、手っ取り早くランクを上げる方法があるんや」
煉の言葉に、いづなは指を振ってにやりとした笑みを見せる。
しかし、それはあたしも初耳だった。何をやるつもりなのかしら?
「ランクを上げる方法は、まあ統合してまえば一つだけや。つまり、ランクアップの為のポイントを稼ぐ事。
このポイントを稼ぐには、依頼をこなすのと、魔物の換金部位をポイントに変換するっちゅう二つの方法がある。
そんでもって、この街には手っ取り早く魔物と戦う方法がある……ここまで聞きゃ、分かる筈やね?」
「……そうか、迷宮があったか」
「ザッツライト! 正解やで、まーくん」
成程、その手があった訳ね。
普通の土地なら魔物を見つけるのに探し回らなきゃいけなかったりするけど、ここの迷宮なら嫌でも魔物と出会える筈だわ。
「ついでに言うと、ここなら実力に見合っただけの報酬を得る事が出来る訳や。
ランクは低いけど実力はある……うちらみたいな連中にとっては、絶好の稼ぎ場所やね」
「へぇ、良く考えたもんだな」
「まあ、お金を稼ぐなら普通に依頼を受けた方がええんやけどね。
とりあえず、うちらは全員Cランク……いや、BやAも目指せるかもしれんのや。
迷宮で実力をつけつつランクを上げ、高額の依頼でがっぽがっぽ稼ごうって言う訳やね。
これなら、お金を稼ぎたいまーくんと、実績を上げたいミナっちの目的の両方が果たし易い筈や。
さて、改めて聞くけど、異議はある?」
流石に、ここまで来ると誰も異論は無いみたいだった。
若干一命、何を言ってるか良く理解できてない子もいるみたいだったけど。
けど、ミナにとってもいい話な訳だし、問題は無いでしょう。
「異議は無し、と。ほんなら、今日はミナっちのギルド登録と迷宮探索の為の準備をしよか。
さて、では《双界の架け橋》……活動、開始や!」
『おー!』
いづなの号令と共に、あたし達は勢い良く拳を振り上げたのだった。
さぁ……これから、楽しくなりそうね。
《SIDE:OUT》