38:第二の結末
まだ、絆と呼ぶには弱い繋がり
けれど、これが始まりの一歩
《SIDE:JEY》
その日、俺は朝から憂鬱な気分に浸っていた。
何故なら―――
「……その内顔を見せるだろうとは思った。が、何で朝からいる」
「さあな。私も貴様の面を朝から見るつもりなど無かったが」
「いづなちゃんが連れてきちゃったみたいよ。あと、今はもう昼」
久しぶりにオフと言う事で惰眠を貪っていたのだが、起きた先には昼食を食うシルフェリアの姿があったのだ。
原因はあの小娘か、余計な事をしやがる。
「だが、態々付いて来たって事は、何かしら用があるんだろ? 寝込みに爆弾を投げ込まなかった理由もな」
「まあ、それはカレナに止められただけだがな」
「当たり前でしょ」
かつての俺達の間では日常茶飯事だったんだが、まあやられて嬉しい訳でもないから余計な事は言わないでおく。
俺も席に着き、置かれた昼食に手を付け始めた所で、シルフェリアは話し出した。
「今回は、取引をしに来ただけだ」
「取引だぁ? お前、また妙な条件を吹っかけるつもりじゃねぇだろうな?」
「それがお望みならそうしてやるが?」
くつくつと笑うシルフェリアに、俺は思わず舌打ちする。
昔から、この女とだけはどうにも反りが合わない。
「まあ聞け。貴様、ポーションが必要なのだろう?」
「あ?」
「貴様の連れの小僧には回復などの魔術式が効かないらしいではないか。
だから、貴様にポーションを優遇してやろうと言っているんだ」
「……リルの奴か」
あいつめ、この女に要らん事を喋りやがったな。
俺が苦い表情をしているのをいい事に、シルフェリアは言葉を続ける。
「ポーションだけではない。材料さえ揃えられるなら、万物の霊薬もくれてやろう。どうだ、いい条件だろう?」
「こっちが提示しなきゃならん事を聞かない内に、いい条件もクソもあるか」
「クク、そうだったな」
薬草の煙草を吸うシルフェリアを睨みつけるが、こいつは何処吹く風だ。
テーブルの反対側でカレナがやれやれと方を竦めていたが、気付かなかった事にする。
「条件は二つ。一つは、うちの居候どもを預かれ」
「は?」
「どうした、聞こえなかったか? 人間を辞めて耳でも悪くなったか?」
「聞こえたけど理解できなかったんだよ馬鹿野郎」
「悪いのは頭だったか」
この女……!
口元を引き攣らせながら呟くが、何か言い返した所で無駄だ。
この頭でっかちに舌戦で勝とうとしても無理だと言う事はよく分かってる。
「うちの人造人間……マサトは、貴様を殺すために造ったものだ。
が、研究にはかなりの費用がかかった上に、今の武器では貴様と戦うには心もとないのでな。
ゲートで金を稼がせる事と、貴様が預かっている創造魔術式の娘に目を付けた訳だ」
「……それも、リルか?」
「何を言っている。今この世界で“母”に最も詳しいのは、この私とアルシェールだ。
一目見れば、あれが“母”によって創られた者だと分かる」
ああ、そうだったな。
こいつ自身、魔力から有を生み出す創造魔術式は研究していたんだった。
ったく、厄介な奴に見つかったな。
「と言うかだな、何で人の事を殺そうとしてる奴に協力せにゃならん」
「どうせ死なんだろうが。あの小娘が作った武器程度で、貴様の呪いを凌駕出来るとは思っていない。一度殺せれば十分だ」
「死ぬ死なないの問題じゃねぇだろ」
この女の場合、本気で言っているから始末に悪い。
俺の言葉に対し、シルフェリアはにやりとした笑みを浮かべる。
「ほう、いいのか? 私はわざわざ交換条件にしてやっているんだぞ?」
「チッ……」
ミナの情報を握られている以上、本来こちらは文句を言えない立場になってしまっている。
こちらの事を熟知しているだけに、非常に面倒な相手だ。
と言うか、これは交渉とは言わん。恐喝だ。
「で、第二の条件だが」
「……」
もう好きにしろ、と言いそうになったが、それを言ってしまうと本当に厄介な事になるので黙っておく。
幸いその事には気付かなかったのか、シルフェリアはそのまま声を上げた。
「貴様の屋敷と、私の工房をアルシェールの転移魔術式で繋げろ」
「費用は?」
「当然、貴様持ちだ」
まあ、分かっていたが……嘆息する。
一応、こいつのポーションの優遇権からすれば、十分元は取れるものではあるが。
どの道、こちらに拒否権は無い訳だが。
「はぁ……分かった、分かったよ。やりゃいいんだろ」
「フン、多少は利口になったようだな」
「貴方達……仲良くしようとかそういう考えは無い訳?」
「「無い」」
嘆息するカレナ。
その姿には気付かなかった事にして、俺は冷めかけた飯に手を伸ばした。
と―――カレナの視線が、上がる。
「ねえ、ジェイ」
「んだよ?」
「きっと、なんだけど……フリズも、付いて行きたいって言うと思うわ」
「……ああ」
フリズ、か。
あいつは中々面白い娘だと思った。
感情的なようで、理性的にも見えるあの娘。
「で、それを断れってか?」
「……いいえ。あの子を、連れて行ってくれないかしら」
「は……?」
断れと言うなら分かるが、連れて行けだと?
シルフェリアも、その言葉に少しだけ目を見開いている。
セラードを失って以来、家族が傷つくのを恐れるようになったカレナが、こんな事を言うとは思わなかったのだ。
「そんな事を言い出すなんて、どういう心境の変化だ?」
「……あの子は、私が思っていた以上に大人になっていたんだと……そう実感させられてね。
あの子はもう、自分の信念を持って、自分の足で歩いているのよ。
籠の中で大事に育てる事はできる。けど……それはきっと、あの子の為にならないわ」
―――こういう姿を見ると、否応無しに、こいつが『親』になったんだと実感させられた。
ただ心配するだけか、それとも子供を信じてその判断に任せるか。
親にとっては、非常に難しい選択だろう。
そしてカレナは、子供の成長を選んだ。
「ジェイ、あの子は本当にいい子よ。友達の事をどこまでも思いやれる。
命を何よりも大切に考える事ができる。きっと、貴方の連れているあの子達の助けになってあげられるわ」
「……一応言っておくが、危険だぞ?」
「もしも本当に危険だったら、私にこっそりと知らせて?
何処からでも駆けつけるつもりだから」
その言葉に、小さく嘆息する。
結局は過保護だが、それでも一歩前進することは出来たのだろう。
はぁ、全く―――
「一気に食い扶持が増えるな……金を払えってんだ、畜生」
―――俺は、そう呟いていた。
と、それに、更にカレナが続ける。
「後、ノーラちゃんの事なんだけど」
「オイ、まさかあのガキまでうちに預けようって言うんじゃねぇだろうな」
吸血鬼になったとは言え、元々はただのガキだ。
傭兵をやっているシルフェリアの所のガキ共や、フリズとは違う。
そんな奴まで、うちに泊めてやる義理は無い。
「分かってるわよ。あの子は、アルシェに頼めないかしら?
あの子の状況なら、きっと無視は出来ないと思うんだけど」
「……ああ、確かにな」
カレナの娘であるフリズの関係者であり、望まずに人間から外れてしまった存在。
これだけ揃っていれば、アルシェの奴も受け入れてはくれるだろう。
「ここで預かれればよかったんだけど、グレイスレイドで吸血鬼が生きていくのは流石に、ね」
「まあ、それはそうだ……分かった、一応言っておこう。が、断られても俺は知らんぞ」
「その時はその時。私が何とかするわ」
カレナの言葉に、肩を竦める。
―――全く、厄介なものを抱え込んだもんだ。
《SIDE:OUT》
《SIDE:REN》
「ほい、皆集まったな~」
この街にやって来てから二日経ち。
兄貴の仲間であったと言うシルフェリアと言う人と共にやって来たいづなと誠人は、詰め所のとある部屋に俺達を招集していた。
何かあったのか?
「ではでは、皆に大事な連絡があるんで、しっかり聞くんやでー」
「……何なのよ、一体」
まだ貧血が抜け切っていないのか、若干眠そうな表情のフリズが声を上げる。
この場所に集まっているのは俺、ミナ、フリズ、誠人、いづな、そしてノーラだ。
いづなは俺達が見渡せる位置―――要するに、議長席のような場所に座って俺達を見つめている。
両手を組んで口元に寄せるポーズは何をイメージしてるのやら。
「まあ、単刀直入に本題に入らせて貰うで。実は、うちらは……」
「……単刀直入って言うなら、もったいぶるんじゃないわよ」
「せっかちやね」
二人の様子に苦笑する。
誠人は腕を組んで目を瞑っているが―――まあ、いつも通りなんだろう。
この間まで切断されていたその腕は、しっかりと繋がって動いていた。
さて、漫才もそこそこに、いづなが真面目な表情で声を上げる。
「実はうちら、ジェイさんについてゲートへと向かう事になったんや」
「……えええっ!?」
驚愕の叫び声を上げたのは、フリズだ。
かく言う俺も、少し驚いている。
そんな事を兄貴が許可するとは思えなかったからだ。
ざわつく皆に対し、今度は誠人が声を上げる。
「オレは、シルフェリアに対して多大な借金を負っている。それを返済する為に、いずれゲートに行く必要があった。
向こうで拠点を得る事と、この場所に定期的に戻ってこれるようにする事。
これらの条件を揃える為には、あの男について行くのが最適だと判断したらしい」
「うちもまーくんの刀の整備やら、色々とやらなあかんからね。
それに、ゲートなら貴重な素材も結構手に入りそうやし……ミナっちが協力してくれるんなら早いんやけど」
「……」
まあ、ミナはまだいづなの事を警戒気味だからな。
一応、この間のホーリーミスリルの剣は、いづなの頼みを聞いて何本か消さないでおいてあげたみたいだけど。
「ま、そういう訳で、今日からうちらは煉君達の仲間や。よろしゅうな」
「あ、ああ……まあ、同郷の仲間がいるのは嬉しいよ」
こちらじゃ色々と通じない話もあったりするし、カルチャーショックを共有できる仲間がいるのは中々嬉しいものがある。
二人が仲間になると言うのは、俺としても嬉しい事だ。
けど―――
「……あたし、は」
「フーちゃん……」
「ちなみに言っておくと、ノーラ。お前も付いてくる事になるぞ」
「えっ!?」
誠人の言葉に、突然指摘されたノーラは驚愕の声を上げた。
まあ、それはそうだろう。頷きながら、俺も声を上げる。
「グレイスレイドじゃ、不死者に対する風当たりが強いからな。
この国で平和に生きて行く事は難しいだろ。だったら、リオグラスに来た方がいい」
「で、でも……私は皆みたいには―――」
「あ、戦う必要は無いらしいで。ジェイさんが知り合いの喫茶店に紹介してくれるらしいんよ」
「あー、あそこか」
アルシェールさんの店だな。
まあ、あそこは結構人手不足になってたりする時があるし、アルシェールさんなら兄貴の頼みは断らないだろう。
「―――と、言う訳や。フーちゃん、どないする?」
「……分かってて言ってるでしょ、いづな」
キッと、フリズは視線を上げる。
そこにあったのは、強い決意の視線だ。
「あたしも行くわ。仲間や友達を、放っておける訳ないでしょ」
「……せやけど、危ないで。カレナさんだって心配するはずや」
「それでもよ! あたしは、アンタ達二人に全て預けたのよ!
だから、アンタ達を裏切ったりするなんて出来ない!」
「うちが、ここで同盟を解消する言うてもか?」
「な……!?」
フリズが、その言葉に絶句する。
同盟と言うのは良く知らないが、恐らく三人の間で何かしらの取り決めがあったんだろう。
確かに俺も、フリズはこの街にいた方がいいと―――
「いづな、いじわる。教えてあげないの?」
「……ミナっちには敵わんなぁ」
―――唐突にミナが発した言葉に、いづなは苦笑を漏らした。
その言葉に、フリズが俯かせていた顔を上げる。
そこには、いづなの笑顔があった。
「うちは、うちら三人で組んだ同盟を終わらせる。
そして、改めてここにいるメンバーで同盟を組もうと思うんや」
同盟……要するに、仲間の証みたいなものだろう。
いづなの言葉に、誠人が少しだけ口の端に笑みを浮かべながら声を上げる。
「フリズ、実はもう、カレナさんの許可は貰っているんだ。
後はお前が行きたいと言えば、連れて行ける事になっていた」
「な、ぁ……い、いづなぁっ!!」
「にゃははは、堪忍やで、フーちゃん」
拳を振り上げるフリズに、いづなは笑いながら防御するような姿勢を見せた。
その様子に、皆から笑いが漏れる。
そして―――いづなが、皆に向かって拳を突き出した。
「誓うで。うちらはこの世界で、自分の力だけで生きていかなあかん」
「だからオレ達は、オレ達のちっぽけな力を合わせる」
「皆が皆、問題を抱えているから。そうでしょ?」
三人が続けた言葉に、俺はミナと視線を合わせる。
そして―――小さく、笑った。
「俺は九条煉。俺は、元の世界に戻る為にエルロードを探さなきゃいけない。
だから、その為に協力してくれ。俺も、皆に協力する」
言って、拳を突き出す。
それに、誠人も合わせた。
「オレは神代誠人。一度死んで生き返った人間だ。その治療費で、大量の借金を抱えている。
傭兵として金を稼ぐ必要がある……皆、協力して欲しい。その代わり、オレも皆に力を貸そう」
それに、更に続くのはミナだ。
この行為の意味はあまり分かっていないのかもしれないが、それでも俺の真似をするように拳を突き出す。
「わたしは……ミナ。詳しい事は、まだ喋っちゃだめ。でも、大きな功績を挙げないといけない。
でも、わたし一人じゃ無理……みんな、お願い。わたしも、みんなの為に力を使う」
少しだけ、心を開いてくれたミナ。
その様子に小さく笑みを浮かべたのはノーラだ。
「私は、ノーラ・ブランディル。吸血鬼となってしまった人間。
私はこの国では生きて行けないから、皆の力を借りて旅立ちます。この恩を返す為に、協力するわ」
ノーラは戦えない。けれど、協力する方法なんて様々だろう。
それを分かっているからこそ、フリズはそれを受け入れるように続ける。
「あたしは、フリズ・シェールバイト。この中じゃ何の問題も抱えてない、ただの子供かもしれないわ。
でもあたしは、皆が戦っているのを見てるだけなんて事は出来ない。だから、協力する」
本当に、こいつはいい奴だ。
そう言っているかのような笑みを浮かべ―――いづなが、締めくくる。
「うちは、霞之宮いづな。うちの仕事は、まーくんの刀を打つことや。
それが、この世界で生きるただのいづなの生き方や。一緒に、頑張ろな」
それぞれが、それぞれの言葉を元に誓いを立てる。
「うちらは互いが互いを助ける。問題を分割し、報酬を分け合う。決して裏切らない事を、ここに誓うで」
「ああ」
「誓おう」
「ん」
「分かりました」
「了解よ」
「ふふ……言質は取ったで?」
にやりと笑い、いづなが言う。
けれど、今更それに反発するつもりも無かった。
裏切るつもりなんて、さらさら無いんだから。
「これでウチらは共犯で、同盟で、仲間や。せやから、ここに新たなパーティの発足を宣言するで!」
「へぇ、成程。でも、名前はどうするんだ?」
俺は、いづなの言葉にそう声を上げる。
その言葉に、いづなは誠人と顔を見合わせた。
「せやね。ミナっちやノーちんが加わったんに、《異界の風》のままやとおかしいか。何か案ある?」
「レンと愉快な仲間たち」
「フリズと五人の戦士たち」
「そこ、他人至上主義の二人、黙っとき」
ミナとノーラの言葉が一刀両断にされる。
まあ、ミナには悪いけど、そりゃそうだわな。
二つの世界を繋ぐパーティ、か。それなら―――
「ディ・ブリュッケなんてどうだ?」
「ディ・ブリュッケ? 何や、それ?」
「架け橋って意味だよ、ドイツ語で」
「何でわざわざ外国の言葉なのよ……」
「んー……態々ドイツ語なのも変やね。この世界やと意味が通じんし。せやけど、架け橋ってのはいい案かもしれんよ」
ぽんと、いづなは手を叩く。
その口元に、小さな笑みを浮かべながら。
「ほんなら……うちらの新しいパーティの名前は、《双界の架け橋》や。これなら、皆に当てはまるやろ?」
「んー……まあ、そうだな。いいかもしれない」
ミナはよく分かっていない様子だったけど、特に不満も無いみたいだ。
俺も、こうやって若手だけで組んでみるって言うのは、何か悪戯でも計画してるみたいでわくわくして来る。
そして皆も、いづなの案に賛成のようだった。
「異論は無いようやね……ほんなら、パーティ《双界の架け橋》、始動や!」
『おー!』
そして、いづなの宣言と共に―――俺達は、拳を力強く突き上げたのだった。
《SIDE:OUT》