02:遺跡
其は不死を殺す左の牙
《SIDE:REN》
薄い照明の中、黒い影が翻る。
ジェイって名乗ったあの人は、このリルって言う小さい女の子を俺に預けて前に出ていた。
小さい女の子に護って貰うって言うのも情けないが、この子は俺より遥かに強い。
あの人曰く、『獣人、特に人狼の能力は小型でも人間の大人を凌駕する』だそうだ。
まあ、確かに犬耳と尻尾みたいのが生えてるけどさ。
改めて、ファンタジーなんだな、と思う。
この世界は、ヴェレングスって言う名前らしい。
話を聞いた感じ、中世ぐらいの時代っぽいけど、どこか近代的なものもある。
例えば俺達が今いるこの建物とか。
なんでも古代文明では高い技術力を保持していたらしく、そういった物から応用して作り出された物もあるそうだ。
「わふ、わぉん」
「ああ、そうだな。そろそろこの階層は全部回っただろ」
・・・・・・何故にあの人はあれで言葉が通じてるんだ。
犬語を習得してるとか、そういうのがあるのか?
「おい小僧、少し休憩にするぞ。この階層のマップを作成する」
「マップ? そんなのが要るのか?」
「未踏の遺跡探索の依頼の内だな。後に来る連中がやり易いようにマップを作っておく。
面倒だが、それをやらないと依頼を達成した事にならん」
そういうモンなのか。
・・・・・・俺、もしかしてこの人達がこの依頼を受けてなかったら死んでたんじゃないのか?
俺はとりあえず、『役に立たないならランタンぐらい持て』と持たされたランタンを少し高い場所に掲げた。
ジェイさん・・・・・・何て呼べばいいんだ、ホントに。まあ、彼は満足気に頷くと、紙にペンを走らせていった。
気を抜いた訳じゃないけど、いくらか安心できる状況だ。
この人達が悪い人かどうかの判別はまだ付けられないが、どうにした所でこの人達に付いて行かなければ俺は死ぬ。
運が良かったのか悪かったのか。まあ、神に感謝する気にはなれねぇけど。
俺をこの世界に連れてきたのは、《エルロード》と呼ばれる旅人の神らしい。
神様なんて実在するのかと思ったけど、どうやら実際に会った事があるらしい。どんな神様だ。
で、俺が元の世界に帰るには、その神様を探さなきゃならないらしい。
しかしその神様、俺たちが想像するようにいつも天の上にいるって言う訳じゃないらしい。
むしろ人に混じって世界を転々としているらしく、探すのは非常に困難との事だ。どんな神様だよ、本当に。
しかし、元の世界か・・・・・・俺がいなくなって、騒ぎになってたりするのかな。
俺の親父はIT系企業の重役、お袋はその補佐をやってる。どうしてそんなに近い場所にいるかと言うと、職権濫用だ。
で、兄貴ももうじき同じ仕事に就くって言ってたが・・・・・・まあ、兄貴なら心配要らないか。
・・・・・・そーいや、ジェイさんって見た目はともかく雰囲気が少し兄貴に似てるな。
マントを羽織ってるから分かりにくいが、結構すらりと長い体躯のようだ。
とは言っても、痩せてるって言う訳ではなく、しっかりと筋肉はついてる。無駄な筋肉が無いって事か。
黒髪に、蒼い瞳。髪型は・・・・・・あれだ、●田一少年。
で、マントの下はブレストプレートって言うのか? 胸当てみたいなのが付いてる。
足にはブーツ。踵とつま先の部分に金属が付いてるから、足音は隠せてない。
何で態々敵を集めるような物履いてるのかと思ったけど、どうやら武器として使うようだ。
槍の柄で転ばせた敵を踏み砕いていたりする。
しかし、何でこの狭い通路の中で槍をあんなにブン回せるんだか。
柄から刃の部分まで真っ黒な槍・・・・・・あれも何なんだろうな。
「よし・・・・・・終わった。小僧、出発するぞ」
「って言うか、その小僧って言うの止めてくれよ」
「小僧は小僧だ。ほら、さっさとしろ」
「わん」
リルにまで頷かれるのは納得いかねぇ・・・・・・まあ、文句言える立場じゃねーけど。
溜め息をついてうなだれてると、ジェイさんはさっさと歩き出してしまった。
そーいや兄貴にも子供扱い―――
「置いてくなよ兄貴・・・・・・あ」
「兄貴?」
やべ、さっき兄貴の事を思い出してたから・・・・・・!
案の定、ジェイさんも怪訝そうな表情で振り返っている。
「あ、あー・・・・・・えーと、雰囲気がうちの兄貴に似てたモンで」
「はっ、いいんじゃないのか? さん付けで呼ばれるよりはそっちの方がしっくり来るぜ」
「マジかよ・・・・・・俺は舎弟か?」
「似たようなもんだろ。呼び捨てに出来ないならそう呼んどけ」
とりあえず、舎弟ではない思う。
まあでも、俺としても同じようにしっくり来る呼び方は他になかった。
仕方ない・・・・・・俺は溜め息を付いて、リルと一緒にジェイさ・・・・・・もとい、兄貴に付いて行った。
《SIDE:OUT》
《SIDE:JEY》
兄貴・・・・・・ね。
ま、そーゆーのも悪くないかも知れねぇな。
騎士団にいた頃は、こっちから何も言わなくてもそういう風に呼んでくる奴が結構・・・・・・ま、昔の話だが。
「しかしこの階層は・・・・・・何だ?」
分かれ道はなく、ただ一本の通路が続いている。
現在持っているランタンでは奥までは見通せないが、結構な数の魔物が潜んでいる気配はあった。
しかし―――
「なあ兄貴」
「何だ?」
「何で兄貴はこの建物の階層がどれだけあるか知ってたんだ?」
「そりゃ、居住区の遺跡だからな。入り口に案内板が―――」
・・・・・・いや、待てよ?
この遺跡は、人の住む場所であったはずの建物が、地面に埋まって出来たものだと言う。
ならば・・・・・・その屋上にあたる部分の入り口に、何故案内板が置いてある?
「・・・・・・手が加えられた、か?」
案内板自体は相当に古いものだった。
だからこそ、俺はその内容を疑わなかったのだが。
ココは、建物の一階、ロビー部分に当たる場所だそうだ。
ならば・・・・・・地下階があったとしても、不思議ではない。
「成程、コイツは面白そうだ」
俺は、思わずにやりと笑う。
埋まった後の時代で、何らかの手が加えられた遺跡。
古代文明が滅んでから現在の文明が生まれるまで、その期間は殆どの事が謎に包まれている。
その時生き残っていた人間が何かをやっていたのだろう―――気になるな。
「小僧、お前はここにいろ。リル、そいつの護衛は任せた」
「がう」
「ちょ、ちょっと! 兄貴はどうすんだよ!?」
「俺か? 俺は―――」
笑い、槍を持ち上げる。
腰を深く落とし、槍を片手で持ちながら強く体を引き絞る―――
「奴らを殲滅してくるぜ・・・・・・第三位魔術式、《突撃槍》!」
瞬間、槍は銀色の輝きに包まれた。
こいつは魔力によって様々な形を得る可変兵装。
槍自身に刻まれた魔術式を読み上げる事で、様々な形へと変化するのだ。
そして―――
「インパクトチャージ!」
突撃槍と化した槍の、柄の後ろから強力な魔力を噴射し、俺は弾丸のようにそこから突撃した。
銀色の矢と化した俺はそのまま通路にいた魔物どもを挽肉にし―――
「第二位魔術式、《半月斧》!」
―――ロビーが見えた瞬間、俺はさらに槍を変化させた。
刃の部分が折れ曲がり、そこから銀色の魔力で出来た斧の刃が発生する。
「おおおおおおおおおおッ!」
そして、俺は突撃の威力を殺しながら回転し、勢いのままに周囲を一回転に薙ぎ払った。
《暗視》のかかった瞳で周囲を見渡し、残る敵を確認する。
後は三体・・・・・・先程と同じオルトロス、水晶で出来た魔力反射能力を持つクリスタルゴーレム、
そして―――
「ケルベロスかッ!」
ココのオルトロスの親玉、三頭犬ケルベロス。
高い不死性を持つ、普通に戦えば四十名の騎士隊は必要となると言われる魔獣だ。
コイツだけは厄介だな。
「・・・・・・第一位魔術式、《不死殺しの牙》」
俺は、この槍の基本機能を発動させた。
黒かった槍が、全て銀色に染まってゆく。
そして切っ先に蒼い炎が灯ったそれを、俺はぐるりと回転させた。
「お前の図体じゃここには入れない・・・・・・警備用に召喚されたって訳か。コイツは、いよいよ信憑性が出てきたな」
言いつつ、駆ける。
俺はまずマントの中の鞘から一本のナイフを引き抜き、そいつをオルトロスに投げつけた。
仰け反ったその喉笛に、さらにもう一本のナイフが突き刺さる。
この中じゃ最も脅威の少ないBランクの魔獣だが、邪魔をされては困る。
そして俺は飛び上がり、ケルベロスの真ん中の鼻っ面を蹴りながら一度離脱した。
離脱する先は、クリスタルゴーレムの横。当然、ゴーレムは俺に向かって拳を繰り出すが―――
「遅すぎんだよ」
図体のでかいコイツの攻撃は、そこまでのスピードは無い。
俺はもう一度バックステップする事でこれを躱すと、ゴーレムの背後に潜り込んだ。
そして―――
『ゴアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
水晶に透けて見える向こう側から、怒り狂ったケルベロスの声が響いた。
そして、その三つの口から強大な炎が放たれる―――が。
「効かねぇんだな、これが」
俺がいる場所は、クリスタルゴーレムの背後だ。
そしてクリスタルゴーレムは、一切の魔力を弾き返す能力を持っている。
ケルベロスの炎も、奴の魔力によって発生するものだ。コイツの表面は例外無くそれを弾き返す。
炎を防ぎ切った事を確認し、俺は斧を槍へと戻した。魔力の刃はコイツには効かないからな。
そのまま、俺はその刃でゴーレムの核を貫く・・・・・・クリスタルゴーレムの弱点は核が見えちまう事だ。
そして―――
「第三位魔術式、《突撃槍》!」
再び、俺は突撃槍を発動させた。
内部からの衝撃でゴーレムは粉々に砕け散り、俺は魔力の噴射によってその場から飛び出す。
そしてその勢いのまま、俺はケルベロスの真ん中の頭の、口から上を槍によって削ぎ落とした。
そしてそいつの背中を蹴って跳躍、槍の形をさらに変化させる。
「第二位魔術式、《両手剣》!」
槍が銀色の魔力に包まれ、端の持ち手の部分以外が全て両刃の剣と化す。
俺は自らの全体重を乗せ、ケルベロスの左側の頭を切断した。
そして俺に喰らいついてくる最後の首を身体を回転させながら躱し―――
「終わりだッ!」
―――ケルベロスの頭を、横から貫く!
《不死殺しの牙》を纏った刃はケルベロスの不死性や再生能力を完全に断ち切り、その身体を蒼い炎で包み込んだ。
蒼い炎は不死を否定する炎。その命を焼き尽くされ、ケルベロスは地に伏した。
俺は刃を引き抜き、血振りをしながら魔力の刃を消し、元の槍へと戻す。
「もういいぞ、こっちに来い!」
周囲に魔物の気配が無い事を確認してから、俺はリル達を呼んだ。
その間、俺は倒した魔獣の一部を回収する。
魔物を倒した事を証明で切れば、それに応じた報酬も手に入るのだ。
特にAランクのクリスタルゴーレム、AA+ランクのケルベロスは結構な臨時収入だ。
ついでに言うと、魔力を反射するクリスタルゴーレムの身体は防具に使えるので引き取り手は多い。
こんな場所じゃなかったら丸ごと持って帰る所だ。
「さてと、何が出る事やら・・・・・・」
まだ進んでいない反対側の通路。
その先を見据えながら、俺は小さく笑みを浮かべていた。
《SIDE:OUT》