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IMMORTAL BLOOD  作者: Allen
グレイスレイド編:少年と少女と過去の英雄
39/196

36:カレナとジェクト

お前の命を貫いた時


俺は、どんな表情をしていたのだろうか


           BGM:『花冠』 天野月子











《SIDE:JEY》











 あれからしばしして、俺達は国境の街ファルエンスに到着していた。

この街に来るのは久々だが、どうやら殆ど変わっていないようだった。

若干懐かしい思いに浸りながら、リルに馬車を止めさせる。

と―――



「フリズ!?」

「フーちゃん!」



 突如として馬車の扉が開き、カレナの娘が脇目も振らず街の方へと走って行った。

……あの話を聞いた所為、か?

追いかけるように出てきたカレナは、俺の方に一度視線を向けると、すぐさまあの娘を追って走り出した。

そしてもう一人、奇妙な衣装を纏った小娘が、人造人間ホムンクルスに肩を貸しながら降りてくる。

小娘はこちらの方を向き、何やら言いよどんでいるようだった。



「あー……えーと」

「……シルフェリアの所へ帰るのか?」

「え? あ、ああ、そです」

「そうか……リル、付いて行ってやれ」



 馬車を預ける為に動かそうとしていたリルに声をかける。

隣で眠っていたミナを起こしたリルは、俺の言葉に頷くと小娘の隣に立った。

まあ、あの女へのメッセンジャー代わりだ。



「え、え? でも―――」

「そのガキは戦えんだろう。途中で魔物に襲われたらどうするつもりだ?」

「あー……ほんなら、お借りします」



 頷いた小娘に肩を竦め、俺は馬車の方へと移動する。

とりあえず、こいつを預けてから騎士団の詰め所の方へと向かうか―――



「―――ジェクトさん」

「何だ?」



 後ろから声をかけられ、振り返る。

そこにいたのは、じっとこちらを見つめる小娘と、肩を借りながらこちらの事を観察するような目を向ける人造人間。

その二人は、こちらに向けてぺこりと頭を下げた。



「フーちゃんの事、お願いします」

「あ?」

「フーちゃんなら、きっと分かってくれると思いますから」

「……お前達は、あの話を聞いていたんじゃなかったのか?」



 カレナから話を聞いて、俺の事を認めるような発言が出てくるとは思わなかった。

そんな俺の訝しげな視線に、小娘は苦笑で答える。



「カレナさんは、ジェクトさんがやった事を理解しとったんです。

ただ、納得出来ていなかっただけなんやと思います。

せやから、カレナさんはうちらに、客観的な視点で物事を解説してくれました。

それまでの点を考慮して、うちらはジェクトさんのやった事を認めよう思った……それだけです」

「……ジェイだ」

「は?」

「ジェクト・クワイヤードは死んだ。俺は、ただのジェイだ」

「……了解や」



 小さく笑い、小娘は頷く。

これ以上はなす事も無いので、俺は後ろ手に手を振りながら踵を返した。

と、そこにもう一言だけ声がかかる。



「あ、それと、ノーちんをカレナさんのトコまで送ったってください」



 その言葉に馬車の中へ視線を向けてみれば、降りるタイミングを失って視線を右往左往させている小娘が一人。

嘆息しつつ、俺はその言葉を了承したのだった。











《SIDE:OUT》





















《SIDE:REN》











「お久しぶりです、隊長」

「だから、俺はテメェの隊長じゃねぇって言ってんだろ」



 カレナさんとフリズが住んでいると言う騎士団の詰め所に向かうと、壮年の騎士が兄貴に向かって敬礼していた。

口元に拳を当てる、確かリオグラス式の敬礼だ。

この人ってグレイスレイドの教会騎士の筈だけど、こんな事していいのだろうか?

事実、周りの騎士たちは唖然とした表情でこっちを見てるけど。



「カレナから、あの吸血鬼を討ったと聞きましたが……」

「ああ、事実だ。悪かったな、お前も連れて行けなくて」

「いえ、私も責任を放り出す事は出来ませんから」



 何つーか、見た目二十代後半の兄貴が、四十代後半に見えるオッサンに敬語を使われてるのが違和感MAXだ。

ちなみに、ミナは知らない人が多すぎる上、辺りの視線が集まってきているので、俺の背中に隠れてしまっている。

と、そんな状況の中、周りで様子を見ていた騎士の一人が、あのオッサン騎士に話しかけた。



「た、隊長! 何ですか、この男は……それに、何故リオグラスの―――」

「口を慎め! この方は、俺と前隊長の師だ! 失礼の無いようにしろ」

「し、しかし」

「アルバート、お前は自分の立場ってものをもう少し自覚しろってんだよ。

お前は辺境とは言え騎士隊の隊長、俺はしがない傭兵だぞ?

普通なら俺を顎の先で使おうとするか、さっさと追っ払おうとする立場だろうが」

「そんな事は出来ません!」



 凄まじい頑固さだった。

兄貴は深々と嘆息し、周囲へと視線を巡らせる。

辺りの騎士たちは、俺達の事を完全に警戒している様子だった。


自分達の隊長の師匠だと言う正体不明の男―――しかも子供を連れている―――が現れたとなれば、警戒するのも当然だろうけど。

と―――そんな時、奥の方から一人の女性が姿を現した。



「ジェイ」

「……カレナか」



 髪を下ろし、戦装束を脱いで普段着に着替えたカレナさんは、すっかり普通の女性へと変身していた。

そんな彼女は、兄貴に向かって深々と頭を下げる。



「―――今まで、ごめんなさい。私、貴方に酷い事を何度もしたし、言ってきた」

「はぁ……気にしてねぇし、謝る必要も無い。他にやりようがあったかもしれないのは事実だからな」

「それでも、私は子供だったわ。ただ、感情のままに喚き散らしていただけ。

貴方やセラードの気持ちを考えていなかった……いいえ、考えたけれど、自分を納得させられなかった」



 恥を晒す様な死に方を拒んだであろうセラードさんや、彼を手に掛けた兄貴の気持ち。

全て考えて、カレナさんが選んでしまったのは、自分の気持ちだったと言う事だろう。

でも、それだって間違いじゃない筈だ。

他に何か方法があったかもしれないのは事実だったのだから。

だからこそ、兄貴はその言葉を否定する。



「俺は、俺のやりたいように生きてきた。だから、お前がそういう生き方を選んだという答えを否定する事は出来ん。

まあ、俺にとっても自業自得と言う事だ」

「貴方の生き方は―――っ、いいえ、何でもないわ」



 ん……? 今の反応は、一体何だ?

しかしそこでカレナさんは口を閉ざしてしまった。

嘆息しつつ、兄貴はがりがりと頭を掻く。



「……なら、約束通りセラードの墓参りをさせてくれ。それでチャラにしてやる」

「……ええ、分かったわ」



 その言葉で、カレナさんは少しだけ笑みを浮かべた。

緊張に満ちていた周囲の空気が、少しだけ緩む。

そして兄貴は、俺の方に視線を向けた。



「小僧、お前はどうする? 俺は墓参りに行ってくるつもりだが」

「あー、三人で行ってきた方がいいんじゃないか? 俺がミナについてるよ」

「……そうか」



 兄貴は小さく頷き、視線を外す。

まあ、15年続いた問題がようやく解決したんだから、当事者だけで話をした方がいいだろう。

それに、ノーラの事もあるし。

そう思っていたちょうどその時、ノーラがおずおずと声を上げた。



「あの、カレナさん……フリズは、どうしましたか?」

「ああ……ごめんなさい、あの子部屋に引き篭もってしまって。しばらくしたら出てくると思うわ」

「そうですか……」



 呟き、ノーラは横目で盗み見るように兄貴の事を見つめる。

俺はあの馬車の中での話を聞いた訳では無いから、どんな風に話をしたのかは知らないが……どう思ってるんだろうな。

俺やミナにとっては少々遠い話だから実感が湧かないと言うのもあるが―――当事者にとっては、それどころじゃないだろうし。



「では、俺はしばらく留守にする。戻るまでの事は任せるぞ」

「は、はっ!」



 隊長さん……確か、アルバートさんだったか?

その人の言葉に、隊員達は背筋を伸ばして了解の意を示した。

その言葉に頷き、隊長さんは二人を伴って詰め所から出てゆく―――残された俺達は、互いに視線を合わせて誤魔化すような苦笑を浮かべた。



「……どうする?」

「とりあえず……待ってみましょうか」



 嘆息する。

とりあえず、俺達は周囲の騎士に話を聞き、応接室として使っているという部屋へと案内して貰うのだった。











《SIDE:OUT》





















《SIDE:JEY》











 ファルエンスの外れにある共同墓地。

その一角に、その墓はあった。

『同胞の命を護った誇り高き騎士、セラード・シェールバイト ここに眠る』。

剣を象ったかのような十字架には、ただそれだけが刻まれていた。



「……」



 15年前、俺はこの男を殺した。

こいつの誇りを護ってやったのか、それともただ殺しただけなのか―――どちらなのかは分からないが。

それ以来、俺はここに来る事を禁じていた。

感情のまま、ここに近づくなと叫んだカレナの言葉に従って。

俺に対する罰があると言うのなら、これが最も罰らしい罰となっていたのかもしれない。



「……久しいな、馬鹿弟子」



 だが、いざ目の前にしてみると、口に出すべき言葉が思い浮かばなかった。

聞きたい事はいくらでもあるというのに、こちらからかける言葉は出てこない。



「俺はお前に、『他者を護るなどと口に出来るのは、自分を護る事の出来る強者だけだ』と言ったな」



 それでも、何とか言葉を絞り出す。

口から出たのは、どこか恨み言じみた言葉だった。



「何故、逃げなかった? お前は、俺の様にはなれないと分かっていた筈だ。

お前なら、相手との力量の差も分かっていた筈だろう」



 相手は圧倒的強者であり、それの前ではいかなる存在も弱者に過ぎない。

ならば、逃げる事の何が恥だろうか。

生き残らなければ、何の意味もないというのに。


 せめてあと数分逃げ延びていれば、こんな事にはならなかっただろう。

そうしたら、どうなっていただろうか―――



「……隊長、貴方だって、同じ選択をしたんじゃないか?」

「アルバート?」

「自分が囮になれば、貴方が連れているあの子供たちが助かるとしたら……貴方も、同じ事をするんじゃないか?」

「分かってるさ」



 ただ、言いたかっただけだ。

そんな下らない事を考えずにはいられない位に、俺はこいつらと長く過ごしすぎた。



「……この体になって、初めてだったんだよ。知り合いが死んだってのは」



 いつか来るだろうと、そう思っていた。

人に非ざる身になり、人より遥かに長く生きるようになってしまった。

だから、こいつらがヒューゲンである限り、いつか別れが来る事は分かっていたんだ。

だが、早すぎる。あまりにも早すぎる。



「あの戦いで、多くの人間が死んだ。

不覚ながら親友なんぞと思っちまったあのバカも、人の事を庇って勝手に死にやがった。

知った人間が死ぬなんて、いくらでもあった筈だ」



 けれど―――



「いつまで経っても、慣れないもんだな……こういうのは」



 苦笑し、大きく息を吐きだし―――俺は、天を仰いだ。

嗚呼、全く……止めだ、止め止め。こんなもんは、性に合わん。



「二人とも、ちょっと来い」

「はぁ……?」

「ジェイ?」



 二人を近くに呼び寄せ、俺はマントの下に持っていた物を投げ渡した。

俺の手の中にはあと二つ。そのうち一つを、俺はセラードの墓の前に置いた。



「ショットグラス? ジェイ、まさか―――」

「免許皆伝まで行ったら一杯やるかと思ってたんだが、こうなっちまったしな。ま、師匠の道楽だ。お前らも付き合え」



 言いつつ、酒瓶を一つ取り出す。

とびきり強く、とびきり高い蒸留酒。金貨三枚もした高級品だ。

不死者イモータル・ブラッドの体内浄化作用のおかげで酔う事は出来ないが―――それでも、今日は呑みたい気分だ。

俺はセラードの墓の隣に座り込み、俺よりも先に逝きやがった師匠不孝者のグラスに酒を注ぐ。



「ほら、お前らもだ」

「おわっ!?」



 酒瓶を投げつけられて慌てるアルバートに、俺は小さく笑う。

二人はまだ渋っていたようだが、俺がグラスを掲げると嘆息交じりに苦笑しながら応じた。

二人が酒を注いだのを確認し、俺はグラスをセラードの墓石に軽くぶつける。


チン、と涼やかな音が、静かな墓地に響いた。



「仇討ち記念だ、精々あの世で酒を楽しめ」



 言って、酒を呷る。

焼けつくような熱さが喉を通り越し、胃の中へ落ちた。

嗚呼、全く―――



「酔えねぇってのは、損だよなぁ……セラード」



 ―――俺は、そう呟いていた。











《SIDE:OUT》





















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