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IMMORTAL BLOOD  作者: Allen
グレイスレイド編:少年と少女と過去の英雄
38/196

35:帰り道

一つを終えたら、全てが終わっていた。

彼女にとっては、そういう話。












《SIDE:MASATO》











 小さな馬車の窓から外の景色を見渡す。

オレ達は、カレナさん達が乗ってきたと言う馬車で帰路についていた。

あまり広くない車内には、怪我人オレ病人フリズ吸血鬼ノーラ、そしていづなとカレナさんが乗っている。

正直、結構ぎゅうぎゅう詰めだ。

カレナさんは外を歩くと言っていたが、あのジェイと言う男に無理矢理乗せられていた。

フリズにきちんと説明しろ、という事らしい。



「ノーちん、そんなに縮こまらなくても大丈夫やて。ヴァンパイア・ロードの血を吸ったんやから、身体はかなり強靭や。

日光浴びてもいきなり灰になったりはせぇへんって」

「で、でもあれって凄く痛いんですよ!?」



 ノーラは、行く当てが無いと言う事でオレ達に付いて来る事になった。

が、正直な所あまり好ましくは無い状況である。

と言うのも、オレ達が暮らしているグレイスレイドと言う国は、不死者イモータル・ブラッドに対する弾圧が厳しい国である為だ。

幸い、ヴァンパイア・ロードの血を吸ったノーラは、その身体もかなり上位種に近くなっている。

その為、日光を浴びても問題は無く、吸血鬼である事を隠しやすいのだ。


 が―――



「むー、こうも怖がっとると、すぐに吸血鬼やってバレてまうで?」

「で、ですけど……」



 どうにも、一度日光を浴びた事がトラウマになっているらしい。

今も、毛布を被って出来るだけ日の光から離れるようにして座っている。

その様子に、いづなは深々と嘆息していた。

そんないづなに、フリズは首を傾げながら声をかける。



「でもいづな、本当に大丈夫なの? 実際にそんなの見た事無いでしょ?」

「見た事ならあるで。ついさっきやけど」

「さっき?」

「馬車に乗る時、ノーちん足に日の光がかかっとったで」

「……え」



 ぴたり、と身じろぎしていたノーラの動きが止まった。

ふと横を見れば、いづなが口元ににやりとした笑みを浮かべている。



「……全く、最初から教えていればよかっただろうに」

「それやとおもろくないし」

「い、い~づ~な~さ~ん」

「全く、アンタって奴は」



 ノーラが恨めしげな視線でいづなを見つめ、その様子にオレとフリズは深々と嘆息する。

と―――そこで、クスクスとカレナさんの笑い声が響いた。

物々しい装備こそ外しているが、いつもとは違う髪形と軽装に、少々違和感を覚えてしまう。

カレナさんは一頻り笑い声を上げた後、オレ達に向けて声を上げた。



「良かった、フリズはいい友達を手に入れたのね」

「カレナさん?」

「少々込み入った話になるけど、聞いて貰えます?」



 その言葉にオレ達は顔を見合わせ、そして頷く。

了承を受け取ったカレナさんは、座席に深く身を沈めながら息を吐き出し、小さく嘆息した。



「さて、何処から話しましょうか」

「せや、あの男の人は?」



 言いつつ、いづなは御者台に座っている男の背中を示す。

やはりあの男もその話に関係があったのか、カレナさんは頷いて話し出した。



「彼と私が出会ったのは三十年前……私は故郷を邪神に滅ぼされ、兵を募っていたリオグラスへと向かいました。

その時彼は、騎士団の総団長をやっていたのです」

「そ、総団長? それって大将軍クラスやないですか」



 ちらりと、男の背中を覗き見てみる。

すらりと長い体躯だが、無造作に伸ばした髪を適当に括っていて、とてもそんなお偉いさんには見えない。



「かつての私はどうしようもないほど子供で……私にも戦わせろと騎士団の所へと乗り込んで、騎士を二、三人殴り倒してしまって」



 お恥ずかしい、とカレナさんは頬に手を当てる。

正直、そんな仕草で話す事でもないような気がしたが。

他の三人も少々引いていた。



「当然捕まりそうになったんですけど、その時通りかかった彼が私の実力を認めてくれたんです。

結果、騎士としてというのは無理でしたが、義勇兵として参加する事を認めてくれました」

「へぇ……でも、お母さんってその時まだ14じゃない? よく許してくれたわね」

「邪神を相手に、そんな事を気にしている余裕は無かったのよ」



 あれほどの実力を持つカレナさんでさえ、そこまで言う相手なのか。

やはり、想像を絶する力を持つものなのだろう。


 と、そこでおずおずといづなが手を挙げた。



「カ、カレナさん。ちょっとそうかなーとは思っとったんやけど……あの人って、やっぱり―――」

「いづなちゃんは、やっぱり頭の回転が速いわね。

その通り……彼が、邪神を滅ぼした英雄。ジェクト・クワイヤードその人です」

「え、えええええええっ!?」



 驚愕の声を上げたのは、ノーラただ一人だった。

オレといづなはあの男の武器を見ていたし、ベルレントでの事もあってかフリズも思いついていたようだ。

よくよく落ち着いて見てみれば、シルフェリアが言っていた特徴と見事に合致する。

あの吸血鬼と互角に戦える実力も、これなら頷けると言うものだ。



「シルフェリアから話は聞いているかもしれませんが、彼は邪神の呪いによって神の加護を失いました。

いえ、正確には邪神の呪いを神の加護によって相殺しているのです。

しかし、邪神の力の一部が生き残っている事が知られれば、民は不安に駆られるかもしれない」

「だから、死んだ事にして姿を消したのか……」

「民の前で、自ら槍で胸を貫きましたから。普通は騙されますよ」



 それだけ聞くと、かなり凄絶な光景である。

様々な反響があった事だろう。

オレの呟きを肯定したカレナさんは、小さく苦笑を浮かべた。



「無茶な事をしたものだ、と思いました。もしかしたら、彼も死ねたら死にたかったのかも知れませんね。

けれど、神の創った武器を以ってしてさえ、邪神の呪いを打ち砕く事は出来なかった。

完全に槍の力を発動する前に、意識が途切れてしまうからでしょうけど。

とにかく、彼はそうして姿を消し、傭兵となって今まで生きてきたのです」

「波乱の人生やなぁ……」



 しみじみと、いづなが呟く。

波乱と言うレベルでは無いような気がしたが、その頃に比べれば、今はまだ平和な人生を送っているのだろうか。

いづなの言葉に頷いたカレナさんは、少しだけ自分の背後にある背中を覗き見つつ声を上げる。

ガラスに仕切られた向こう側ではあるが、彼にこちらの話は聞こえているのだろうか。



「それから、彼とは度々会っていました。セラード……私の夫が、彼の弟子だったと言うのもありますが」

「お、お父さんが!?」

「そうよ、フリズ。セラードと、アルバートさん。あの二人は短い間ではあったけど、一緒に彼から手ほどきを受けていたの」

「お、おっちゃんまで……」



 アルバートと言うのは、フリズとカレナさんが住んでいる騎士団の詰め所で隊長をしている男の事だ。

フリズの父親代わり、といった印象を受けたが……どうやら、本当の父親とも知り合いだったらしい。



「時々やって来ては、二人をコテンパンにして去ってゆく……彼も、彼なりに楽しんで生きているんだなと思うと、あの戦いも意味があったのだと思えて、嬉しかった。

けれど―――15年前」



 ぴくりと、フリズの肩が跳ねる。

話には聞いていた、フリズが2度目の父親を失った年。



「……セラードは、教会から吸血鬼ヴァンパイアの討伐を命令されました。

彼は騎士団を伴い、吸血鬼の根城と化した街へと向かった……そこにいたのが、あの吸血鬼。

ガロンズフェイルと名乗る、ヴァンパイア・ロードでした」

「……じゃあ、お父さんを殺したのって―――」



 ぽつりと、フリズが呟く。

しかしカレナさんはそれには答えず、そのまま言葉を続けた。



「いかに優秀だったとは言え、辺境の騎士団にヴァンパイア・ロードを倒すような力は無い。

普通の吸血鬼程度なら倒せたでしょうが……教会の調査不足だったのでしょう。

結果、セラードの隊は敗走しました」



 瞳を閉じながら、表情を凍らせてカレナさんは言い放つ。

その姿は、どこか耐えているようにも感じられた。

決して、心中穏やかでは無いだろう。



「隊の人間は、大半が無事でした。セラードとアルバートさんが囮を務めたからです。

けれど二人はそれによって逃げる機会を失った」

「……でも、アルバートさんは今元気やで? 一体どうやって助かったんや?」

「……彼ですよ」



 カレナさんは、視線で己の背後を示す。

そこにいる、黒いマントを羽織った男の背中を。



「吸血鬼の討伐は、近隣の街から傭兵ギルドへ依頼が出ていました。その依頼を受け、彼が現れたんです。

けれど、彼が到着した時には既に遅かった」



 フリズ、いづな、ノーラ、そしてオレ。

誰もが、声を発する事ができなかった。

表情無く目を瞑ったカレナさん……彼女の怒りと悲しみが、まるで殺気のように滲み出ていたから。



「ジェイが到着したのは、セラードが血を吸われているちょうどその最中。

その時には、既に手遅れ……だったのかも知れません」

「……それって、どういう事?」



 何か、妙なニュアンスだ。

まるで、ひょっとしたら助かっていたかもしれないと言うような、そんな声音。

フリズの疑問の声に、カレナさんはゆっくりと目を開いた。

その声に篭った怒りと、どこか諦めじみた感情と共に。



「―――咄嗟の判断。あの邪神との戦いを生き抜いた者として、正しい判断だったでしょう。

彼はその槍で、セラードごと吸血鬼を貫いたのです」



 ―――その言葉に、全員の視線が御者台へと移る。

しかしそこにあった筈の男の姿は、いつの間にか銀髪の人狼族ヴェーア・ウルフへと変化していた。











《SIDE:OUT》





















《SIDE:JEY》











「……とまぁ、そういう訳だ」

「成程」



 今回、俺達はカレナと依頼を共にした。

これは、随分前から約束していた事だった―――あの吸血鬼ヴァンパイアを見つけたら、共に倒そうと。

で、そこに至るまでの経緯を説明し、俺は小さく肩を竦めた。

そんな俺に対し、小僧は横目で俺の姿を見つめながら声を上げる。



「兄貴は、その時の事どう思ってるんだ?」

「正しい判断だった。後悔はしていないさ……お前こそ、俺の話を聞いてどう思った?」

「同じだよ」



 俺は、視線を上げた。

俺達は馬車の後方の警備。その為、あの連中が乗った馬車は俺達の前方にある。

ちなみに、ミナとリルは御者台で前方の注意。

まあ、徹夜が祟ってか、ミナはすっかり居眠り状態だったが。


 ―――あの中の連中が、どう思ってるかは知らないが。

そう思いつつ視線を戻せば、小僧もまた馬車の方を見つめている所だった。



「その時、例え一緒に攻撃しなかったとしても、兄貴はそのセラードって人の事を殺してただろ?

それに、その一瞬を躊躇えば、吸血鬼は兄貴の攻撃を避けてただろうし」

「……よく分かるな」

「長い付き合いとは言えないけど、それでも兄貴の事はそれなりに分かってるさ」



 小僧がこの世界に来て、およそ1月。

そんな短い間でも、こいつはずっと俺の後を追って過ごしてきた訳だ。

そんなモンで俺の事を理解したような言い方をしやがるのは、少し癪だったが。



「もしも兄貴の槍で殺さなければ、その人は食人鬼グールになっていたかもしれない。

万が一吸血鬼なったりしたとしても、この国で吸血鬼は生きていけない」

「付け加えるなら、奴はそんな生を望まなかっただろうからな。

食人鬼となって己の誇りに傷をつける事も、吸血鬼となって他者を己の糧として生きる事もだ」



 俺が奴に教えたのは―――教えてしまったのは、そういう生き方だ。

かつて、俺を慕って教えを請いに来た二人の騎士見習い。

いかに邪神の所為で国同士が協力関係にあったとは言え、他宗教の国の将の教えを受けた所為で、二人はあんな辺境に飛ばされた訳だが。

二人の少年に手ほどきをした、あの日々を思い出す。



「あれは、奴の為だった。胸を張ってそう言える。だから、カレナが俺を恨むのだって受け入れた。

恨む事を止めろと言うつもりも無かった。が―――今回のこれで、俺を許すとさ」

「許されない方がよかったみたいな言い方だな」

「……そうかも、しれないな」



 カレナに恨まれるのは、セラードを殺した結果俺に生まれた責任だ。

その責任をどのような形で果たそうと俺の勝手だが、これが最高の形だったのかと疑問は残る。

セラードを失ったあいつを、支えてやるのが正しいやり方なのではなかったのか―――そう思い、苦笑した。

とてもじゃないが、俺の柄じゃない。



「ここまで来ると、もう昔みたいな関係には戻れないからな。

俺の姿は変わらず、あのガキ共ばかりが年を取った。

元々同じ場所で戦ってたっつーのに、すっかり生きる世界が変わっちまってる」



 だからいっそ、突き放してくれた方が楽だったのかもしれない。

お前を許さないと、拳を突きつけてきた方がまだ対応し易い気がした。

そういう意味では、シルフェリアの方が気安いかもしれないな。



「まあ、さ。あの中の連中がその事を許せなかったとしても―――」

「あん?」

「―――俺は、兄貴は間違ってなかったと思うよ。

どうせ正しい答えなんて無いんだろうけど、少なくともその選択のおかげで助かる人間が増えたんだと思う」

「あの時、吸血鬼を仕留め損なったのにか? 結果として、今回の事件が起きた訳だぞ?」

「それは、兄貴があのカレナって人を優先したからだろ?」



 ―――その小僧の言葉に、俺は思わず息を飲んでいた。

こと殺人が絡むと、この小僧は妙に鋭い洞察力を発揮する。

褒められたモンじゃないが。



「兄貴なら、そのセラードって人ごと吸血鬼を消し飛ばす事だって出来た筈だ。

でも、そうしたらカレナさんはセラードさんの死に顔すら拝めなかった。

兄貴だってそれは分かってた筈だろ?」

「……ったく、この生意気小僧が」

「痛てっ!? ちょッ、何で殴るんだよ!? 俺いい事言っただろ!?」



 苦笑する。

あの時の事は、カレナは認めた訳では無いだろう。

ただ、俺の事を許すと、そう言っただけだ。

つまり、少なくとも俺の事を許すだけの心の余裕はあるという事だろう。

もしもセラードを消し飛ばしていたら、そんな余裕は無かっただろうか。

或いは、死体も無く実感も湧かないようにしてしまった方が、あいつは早く立ち直れただろうか。

やり直しはきかない。人を超えて長い人生を送るようになって、何度も思った事だ。


 それでも―――



「これはこれで、一つの結末―――か」



 俺は、静かに目を閉じる。

セラードとアルバート、そしてカレナという三人のガキの面倒を見ていた頃を思い出す。

周りにいたアルシェールやシルフェリア、そしてあのバカの事も。


 俺はどうやら、ようやくあのガキの死を悼む事が出来るようだ―――











《SIDE:OUT》





















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