31:吸血鬼
対するは、不死の血脈。
《SIDE:MASATO》
刃を振るう。
向かってきていた食人鬼二体の首を一太刀で刎ね、再び刃を振るえる体勢へと戻す。
何体かを倒す事で、こいつらは首が弱点であると言う事は分かっていた。
が―――
「まーくん、何体やった?」
「二十七だ。そっちは?」
「うちは十四。きりが無いなぁ」
合計で四十体以上。しかしそれでも、周囲の死体の群れは減る気配を見せていなかった。
刃の自浄作用が無かったら、今頃景禎も切れ味を失っていただろう。
「こら、下手すると村人全員がこんな風になってもうた可能性もあるなぁ」
「……」
ありえない話ではない。
元の世界でよく見かけたゾンビ物のゲームやら映画やらではよく有る光景だ。
周囲を見渡せば、通りを埋め尽くすほどの食人鬼の群れ。
この小さな村の総人口が何人かは知らないが、その大半がここに集まっているのではないかと勘ぐってしまうのも無理は無いのではないか、と言いたい。
「フーちゃん、大丈夫やろか?」
「ここにこれだけ集まってるんだ、向こうは手薄だと信じておこう」
身軽さ、身のこなしで言えば、オレ達の中ではフリズが秀でている。
直線的なスピードではオレが上だし、刀を使った挙動ならばいづなの方が速い。
が、フリズは小柄さを生かした挙動で隙間を縫うような動きが出来るのだ。
この動きの鈍い食人鬼達相手ならば、十分に逃げられるだろう。
例の発作が出ていなければの話であるが。
「どちらにせよ、オレ達が生き残らなければ意味は無い」
「せや、ねっ!」
オレの言葉に答えつつ放たれたいづなの一閃が、近付いてきていた食人鬼の首を落とす。
そうしながら、オレ達は徐々に背の低い建物の方へと近付いてきていた。
食人鬼共は力こそ強いものの、走ったり跳んだりなどの行動は出来ない。
その為、オレ達は建物の屋根に上り、こいつらをやり過ごそうと考えたのだ。
しかし、オレ一人ならいいものの、いづなを抱えながら跳躍せねばならない。
その為、あまり高い建物の屋根には飛び移れないと判断したのだ。
その為、態々こうして敵を倒しながら離れた所にあった建物へと向かっている次第である。
「うし、この辺りでどうや!?」
「ああ、大丈夫そう―――だッ!」
言いつつ、刃を峰へと変え、近寄ってきていた三体の食人鬼を思い切り薙ぎ払う。
その一撃に吹き飛んだ三体が周りの食人鬼達を巻き込んで倒れるのを見届け、オレは刃を鞘へ収める。
血払いをしないまま鞘に収めるのは避けたかったが、この際仕方ない。
オレはそのままいづなの膝の裏と背中に腕を回し、その身体を抱え上げた。
「―――ってぇ、何でこの抱え方なん!?」
「跳躍に力を込める為と、出来るだけ早く担ぐ為だ。分かったら掴まれ!」
「うぅ、こんなんうちのキャラじゃあらへん!」
いづなが文句を吐きつつもオレのマントの裾を掴んだのを確認すると、力を込めて屈めていた足を一気に解放する。
舗装されていない土の地面が陥没する感触を足の裏で感じつつ、オレ達は宙を舞って建物の上に着地していた。
ほっと、一息を吐きつついづなを屋根の上に降ろす。
「とりあえずは何とかなったか」
「……せやね」
微妙に顔を背けているいづなに小さく苦笑しつつ、オレは足の下に広がる光景を覗き込んだ。
地獄絵図だ、と言ってしまえば簡単だ。
だが、それ以上に醜悪で、冒涜的な光景だった。
まさか、こんなものを実際に目にする事になるとはな。
「しかし、いつからここはゾンビ映画の世界になった?」
「まあ、食人鬼はあーゆーゾンビとはだいぶ性質が違うんやけどね」
「性質?」
「せや。ゾンビっちゅうのは、人間の死体に悪霊が取り憑いて動き出したモノの事や。
対し、食人鬼っちゅうのは、吸血鬼によって不完全に不死にされた人間の事やね」
詳しく聞けば、吸血鬼は『不死の呪い』とでもいうべきモノをその体に持っているそうだ。
吸血鬼は血を吸う事でその呪いを相手に送り込んでしまうらしい。
もっとも、その呪いは生きている者には効果は無く、そのまま時間が経てば消えてしまうものらしい。
しかし、血を吸い殺された場合は別なのだ。
「吸血鬼に血を吸い殺された人間は、不死の呪いによって食人鬼と化す。
そして、他の人間に襲い掛かり、呪いをどんどん広めて行ってしまうんや」
「よく聞く話はどうなんだ。吸血鬼に噛まれた者は吸血鬼になるのではないのか?」
「それができるんは、古くから生きとるヴァンパイア・ロードっちゅう吸血鬼の上位種だけや。
それでも吸血鬼になるには適性がいるんで、新たに吸血鬼が生まれるんはすっごい珍しい事なんやで」
ふむ。これだけの村人がいるのに吸血鬼を見かけないという事は、それだけ確率は低いという事なのだろう。
まあ、食人鬼だけでも十二分に厄介なのに、これ以上吸血鬼にまで増えられては堪らないが。
「とりあえず、ここにいても仕方ない。このまま屋根の上を移動して、フリズを探すぞ」
「ええけど、うちじゃ屋根の上は跳び回れへんよ?」
「なら、また抱え上げればいいだろう」
「タンマ! さっきのは無しやで!」
何やらこだわりでもあるのか、こいつは。
しかし―――
「背負おうにも刀が邪魔だろう」
オレは巨大な刀を背負っているのだ、背負うのは邪魔にしかならない。
さらに、刀を抜く事があったら確実にいづなの腕を斬ってしまう。
そのあたりを懇切丁寧に説明してやると、いづなはあーうー唸りながら頭を抱えて蹲った。
「せ、せやけど、前に抱えとったら両手が塞がるやろ?」
「その時は放り出すから安心しろ」
「どこを安心せいっちゅうんや!」
やれやれと嘆息する。
これ以上は時間の無駄だと、無理やり抱え上げようと―――した、その刹那。
「―――ッ!!」
―――背筋が、粟立った。
反射的に刀を抜き放ち、背後に向けて叩きつける。
その一撃は―――背後に立っていた銀髪の男の手によって、受け止められていた。
黒と紫の中間、闇色とでも言うべき礼服を纏った男は、オレの一撃に小さく目を見開く。
「ほう、これは驚いたな。確かに気配は消していたはずなのだが、どうして余の事が分かった?」
「……勘だ」
震えそうになる右手を、刀を強く握り込む事で抑える。
直感的に―――いや、己の持ち得る全ての感覚が告げていた。
目の前にいるこの尊大な男から、すぐさま逃げろと。
「ほう、成程……ただの若僧かと思ったが、これはなかなか面白そうだ。
ちょうど退屈していた所であったからな……このガロンズフェイルを楽しませよ、小僧」
ガロンズフェイルと名乗った男は、そう言いながらら刃から手を離す。
咄嗟に距離を取って構えつつ、オレは隣で刀を構えるいづなへ視線を向ける。
普段の様子をすべて消し、苦い表情で相手を睨むいづなに、オレも相手の正体を悟る。
「……吸血鬼」
「いかにも」
オレでは殺す事のできない、最悪の相手。
オレは刀を普段通りの脇構えに変えつつ、小さく声を上げた。
「一対一での勝負だ……こいつには手を出すな」
「ほぅ……? 面白い、その条件を認めてやろう」
「まーくん!?」
いづなの悲鳴じみた声が響くが、無視する。
そして、オレは―――敵に向かって駆けた。
逃げる手立てが無いのなら、戦う他無い!
「―――ッ!」
刃を振るう。型通りに放たれたその一撃は、吸い込まれるように吸血鬼の首へと伸び―――右の掌によって受け止められた。
驚きは、しない。そのまま、刃を引くようにしながら振り切る。
普通の人間ならば手を半ばから斬り裂かれ、さらに首を落とされる一閃だ。
だが、オレの一撃は吸血鬼の掌に僅かに血を滲ませる程度の効果しかなかった。
その結果に、吸血鬼自身が目を見開く。
「ほう……良い剣だ。まさか、ほんの僅かミスリルが混じっている程度の鉄塊で、余の体に傷を付けるとは」
「ち……ッ!」
次の瞬間には塞がっているその傷に舌打ちしながらも、返す刃で袈裟斬りを狙う。
しかしその一撃も、相手の手刀によって受け止められた。
刀と素手、本来ありえない組み合わせで鍔迫り合いをしながら、オレは声を上げる。
「この村の惨状は、貴様の仕業か……!」
「その通りだが、それがどうかしたか?」
「何故、そんな事をした!?」
「目に付いたからだ」
思わず、絶句する。
こいつは、大した理由もなく一つの村を壊滅させたと言うのか!
―――瞬間、吸血鬼のしなる足がオレの脇腹を打ち据えた。
「が……ッ!?」
強烈な一撃に弾き飛ばされ、通りの反対側にあった建物の壁に叩きつけられ、そこを突き破る。
許容量を超えた痛みは感じないように出来ている。
軋む体を無視し、オレはその場から横に転がりながら刃を振るった。
瞬間、オレが一瞬前までいた場所に吸血鬼の足が突き刺さる。
オレが振るった刃は、わずかに奴のズボンを斬り裂いただけに終わった。
すぐさま、その場から跳び離れる。
「その反応、不可解だな」
オレが一瞬前までいた場所に攻撃をした吸血鬼が、訝しげな表情でこちらを見つめている。
しかしそんな言葉に反応するほどの余裕もなく、オレは再び刀を構えた。
そして、再び駆ける。
「一撃で意味がないのなら―――!」
刃を横薙ぎに振るえば、攻撃は再び手刀に受け止められる。
オレはさらに左足をずらし、体全体を回転させつつ、同じ場所を狙って刃を振るった。
さらに袈裟、逆袈裟と何度も同じ場所を狙う。
「む……!?」
一撃では僅かに血が滲むだけだった場所に、呼吸する間も惜しんでの猛攻を叩き込んでゆく。
まるで岩盤を削ってゆくように、肉を裂き、骨へと刃を食い込ませて行く―――!
無拍剣は攻撃後の隙も殆ど存在しない。向こうに隙を与えぬまま、相手の手を斬り落とす!
―――瞬間。
「面白いな、小僧」
吸血鬼が、凶暴に嗤った。
そして、骨を断ち割ると思われた次の一閃が、手応えも無く通り抜ける。
「な……!?」
吸血鬼は、その体を霧に変えてオレの攻撃を躱していたのだ。
全力で叩き付けようとしていた一撃を外され、僅かにバランスを崩す。
次の瞬間オレは自らの直感に従い、次の事など考えず咄嗟に体を前に投げ出していた。
「第三位魔術式、《火精の砲弾》」
瞬間、放たれた巨大な炎の弾丸が床に突き刺さり、巨大な爆発を巻き起こす。
衝撃と炎に吹き飛ばされ、オレは建物の外へと投げ出されていた。
「が、は……ッ!」
痛みは感じない。
が、体を苛むような熱さと、熱気を吸った事による体内が焼けるような感覚に侵され、のた打ち回る。
最も苦しむ処刑方法は火刑だと聞いた事があるが、成程よく理解できた。
痛みを感じないオレですら、これだけの苦痛を味わっているのだ。
もしも普通の人間が喰らえば、それだけでショック死できるだろう。
だが、悠長な事を考えている暇はない。
地面に刃を突き立て、何とか立ち上がろうとする―――が、思ったように体が動かなかった。
どうやら、痛みを感じないだけで、肉体は強度の限界を迎えようとしているようだ。
それでも何とか立ち上がり、こちらに寄って来ていた食人鬼どもを斬り払う。
「はぁっ、はぁっ……」
この体に、呼吸が乱れる理由などない。
単純に、オレの記憶が普通の人間の機能を思い起こし、実行しているだけなのだろう。
突き立てた刀に体重を預けながら、僅かながらでも体力を回復しようと試みる。
「まーくん! 逃げるんや!」
上から聞こえてくるいづなの声が、どこか遠い。
意識が朦朧としているのだろう。
それでも、オレは近寄ってくる敵の気配に刃を向けた。
「……良い気迫だ、小僧。そんな状態になりながら、余に牙を剥こうとはな」
「ッ……」
罵倒してやろうと口を開いたが、生憎と声は出てこなかった。
一体、あと何度刃を振るえるか。
分からないが、逃げる手立てが残されていない以上、一太刀でも多く敵へと刃を振るわなくては。
半ば本能で、オレは駆ける。
「―――剣士よ、貴様に敬意を表しよう」
吸血鬼は、ガロンズフェイルはそう言い放ち、その手の中に黒い刃の剣を取り出した。
何も考えず、オレはただ力を刃に伝えるため、大上段から刀を振り下ろす!
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
一閃―――黒い太刀筋が、横薙ぎに閃いた。
そして、銀の輝きが回転しながら宙を舞う。
「景、禎……?」
オレの刀は、霞之宮景禎は……半ばから切断され、その長い刀身を失っていた。
それでも、体は動く。
ガロンズフェイルが振り下ろそうとしている刃を受け止めようと、短くなった刃で迎え撃つ。
が―――黒い刃は、いとも容易く刃を斬り裂き、オレの左腕を斬り飛ばしていた。
「―――ぁ」
人に非ざる、白い血が飛び散る。
膝から崩れ落ち―――オレは、オレを殺そうとしている相手を見上げた。
「誠人――――――――ッ!!」
いづなの声が、死に満ちた夜の村に響き渡る。
そして―――黒い閃光が、振り下ろされた。
《SIDE:OUT》