30:サントールでの出逢い
そして、物語は交差する。
《SIDE:MASATO》
「何よ、これ……」
フリズの、呆然とした声が響く。
辿り着いたサントールの村、そこは、人気の無いゴーストタウンと化していた。
周囲を見回したいづなが、困惑したように眉根を寄せる。
「人の気配、完全にあらへんな。村ごと移動してもうたんかな?」
「確かに、伐採のし過ぎか大分森から離れているみたいだがな」
村から南の方向を見ると森が見えるが、移動するには少々時間が掛かりそうだ。
林業で生計を立てている以上、この位置取りはやり辛いだろう。
とりあえず村の中に入って周囲を見回してみるが、やはり人の気配は感じない。
「折角会えると思ったのになぁ……」
ぼやくフリズの声が聞こえてくる。
しかし……オレは、何か妙な胸騒ぎを感じていた。
何か、嫌な予感がする。
「とりあえず、今日の拠点になりそうな所を探しとこか。せめて屋根がある所で眠りたいし」
「そうね……とりあえず、宿屋っぽい建物でも探しましょうか」
とりあえずは宿、と言う訳でオレ達は村の中を歩き出した。
不気味なほど音がしないそこは、まだ日があるというのにどこか薄暗い印象すら覚える。
とは言え、もう夕方に差し掛かる時間帯だ。
さっさと拠点となる場所を探しておくべきだろう。
「お、あそこなんてええんとちゃう? しっかりしてそうやで」
いづなが示した方向を見てみる。
村も小さいのでそれほど上等な宿があると言う訳ではないが、それでも一応はしっかりした建物のようだ。
周囲のある家は、いくつか窓が割れていたりと廃村らしい風貌を見せていたが、あの建物は比較的大丈夫そうに見える。
「どうせ人がいないんやったらええ宿に泊まりたい所やけど、無いなら仕方ない」
「ホント、いい性格してるわね、アンタは」
半眼で睨むフリズの視線など何処吹く風で、いづなは宿の扉を開く。
瞬間―――オレは、違和感を覚えた。
「……おかしい」
「いづな?」
「埃があんまり積もっとらんのや。放置されていた村なら、もっと汚れててもおかしくない筈や」
オレが感じた違和感の正体を、いづなは一瞬で感じ取っていたようだ。
部屋の内部は殆ど痛んではおらず、うっすらと埃が積もってはいるものの、掃除されていた頃の面影を見る事が出来る。
「じゃあ、誰かがここに住んでるって事?」
「それもありえるんやけど……うん、少なくとも人はいそうやね」
言って、いづなは足元を示す。
視線をそちらへと向けてみれば、うっすらと埃の積もった床に、複数の足跡が残っていた。
それらをじっと見つめながら、いづなは呟く。
「3、4……ううん、5人みたいやね。結構最近のもんや」
「ええと……誰かいませんか!」
フリズが大声で建物の奥に向かって呼びかける―――が、反応は無かった。
出入り口の辺りの足跡が多いのを見た感じ、もしかしたら外に出ているのかもしれない。
先ほど見かけた二人の人影は、もしかしたらこの人物だろうか。
「……ちょいと、調べてみよか」
言って、いづなは足跡を追って歩き出した。
オレ達もあまり足音を立てないように気をつけながら、その後を追う。
奥の方、客室へと続いてゆく足跡を追うと、二つの部屋の前に辿り着いた。
とりあえず、ノックをしてみるが……反応は無い。
背後に視線を向けて、二人に確認を取る。
二人が頷いたのを見、オレはゆっくりと扉を押し開けた。
「……いないな」
中に人の姿は無い。
だが、埃を払ってあると思われるベッドの上に、荷物のような物が置かれていた。
「ん、やっぱり人はおるみたいやね……せやけど、これ」
荷物の蓋を開けてみたいづなが、眉根を寄せて首を傾げた。
「どうかしたのか?」
「これ、旅装や。ここに住んでる人間の物とは思えへん」
「え、え? どういう事よ?」
話についていけてないフリズに、いづなは肩を竦めながら立ち上がった。
沈みかけた夕日の映る窓を背景に、眉根にしわを寄せつつ声を上げる。
「この荷物の持ち主は、旅の途中にここに立ち寄った……つまり、うちらと同じ状況や。
せやけど、それならこの建物があんまり汚れてへん理由が説明できひんのや」
「その旅の人達が掃除したって事は……無いか、流石に」
一夜の宿にするだけの物に、わざわざそこまでする理由が無いからな。
しかし、それならばこの宿が汚れていない理由は何だ?
……いや、分かっているのだ。ただ、それを信じたくないだけで。
来た時から極力話題にしないようにしてきたが―――どうやら、随分と信憑性が出てきてしまったようだ。
夕日は、徐々に地平線の向こうへと落ちてゆく。
逆行になって見え辛かったいづなの顔は、外の明かりは弱まるに連れてその硬い表情を明らかにしてゆく。
そして、いづなは―――その可能性を口にした。
「うちに考えられる可能性は一つだけ……この村が、ごく最近壊滅したっちゅう事や」
「―――ッ!!」
「フリズ!?」
いづなの言葉を聞いた途端、フリズは踵を返して外へと走り出していた。
咄嗟にその腕を掴もうとするが、すり抜けるようにフリズは部屋の外へと飛び出していく。
「まーくん、追いかけるで!」
「ああ!」
この状況で一人になるのは拙い。
オレといづなも部屋を飛び出し、宿の外へと出る。
ちょうど日が落ち、周囲は闇に包まれようとしていたが、オレの目ならフリズを追う事が出来る。
あいつの背中を確認し、走り―――出そうとした、その瞬間。
「―――ッ!?」
唐突に、右足を何かに掴まれる。
転びそうになった所を何とか耐え、反射的に足元へ視線を向ける。
そこには―――地面から飛び出してオレの足を掴む、青白い手があった。
「まーくん!」
いづなが刀を抜き放ち、オレの足を捕らえる手を斬りつける。
指を飛ばされオレの足を離した手は、しかし痛がるような様子も無く地面に掌を着いた。
そして、その下にあったものが地面の上に現れる。
それは、青白く血の気の引いた人間―――
「ゾンビ……ちゃう、こいつは食人鬼や!」
いづなのその声と同時、周囲から同じように手が生えてくる。
オレも景禎を引き抜き、足元に注意しながらいづなと背中合わせで立った。
「……これが、村が滅んだ原因か?」
「っちゅーより、成れの果てやね。食人鬼っちゅーのは、別の魔物によって生み出されるモンや」
「別の魔物?」
「せや、向こうの世界の人間やって誰もが知っとる大物……吸血鬼や」
その言葉に、オレは事の重大さを理解した。
拙いのだ、オレ達はそいつを相手にする事は出来ない。
何故なら……オレ達は、不死殺しを誰一人として所持していないからだ。
「勝利条件は全員が朝まで生き残る事や……行ける?」
「……行くしかあるまい」
負ければ死に、こいつらの仲間入りをするだけだ。
ならば、全力を尽くす以外に道は無い。
「突破するぞ、いづな。フリズに追いつく!」
「了解!」
―――オレ達は刃を構え、死体の群れの中へと飛び込んだ。
《SIDE:OUT》
《SIDE:FLIZ》
「ノーラ、ノーラ!? 何処にいるのよ、いるなら返事して! あたしよ、フリズよ!?」
日の落ちた村の中を、あたしは走り続ける。
ベルレントの事もあったせいか、あたしはとても冷静ではいられなかった。
長らく会ってないけれど、それでもノーラは友達だ。
村が壊滅したなんて信じたくない。血の痕だって無いし、ただ廃村になっただけだと思いたい。
でも……いづなの言葉には、信憑性があった。
その時、ふと―――背後から、物音が聞こえた。
「ノーラッ!?」
あたしは、咄嗟に振り返る。
そこに―――『死』が、立っていた。
「え……?」
頬の肉が削げ、右腕がなくなっている死体。
人ではありえない、けれど確かに人であったモノ。
それが、あたしの方にゆっくりと歩いてくる。
「ひ……っ!?」
脳裏に、ベルレントの城で見たものがフラッシュバックする。
地面に落ちて砕けた死体、見えない手に握り潰された死体、銀色の牙に噛み砕かれた死体。
死体、死体、死、死、死―――!
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
あたしは、反射的に能力を使っていた。
ボコボコと死体が中から膨れ上がり、弾け飛び、そして炎上する。
余波で地面すらも赤熱させて、あたしの力はようやく収まった。
「あ、あ……」
手が、体が、震える。
あたしは、今―――人の形をしたものに、力を使ってしまった。
膝から崩れ落ち、地面に蹲る。
「う、ぇ……げほッ、おぇえ……!」
あたしの意に反して、胃の中の物がこみ上がってきた。
耐え切れず吐き出しながら、あたしは同時に涙を流す。
嫌だ、怖い、怖い―――!
「は、ぁ……逃げ、ないと」
炎に照らされて、まだいくつか同じような魔物が寄って来るのが見える。
ふらつく足で立ち上がり、何とかあいつらから離れようと歩き出す。
けれど―――足に力が入らない。がくがくと震えるだけで、動こうとしてくれない。
ノーラも、こんな事になってしまったのかしら……?
頭のどこか冷静な部分が、そんな事を呟く。
死の手が、あたしに伸ばされる。
「……」
あたしはそれを、見続ける事しか出来ない。
死と言う恐怖が、あたしを縛り付ける。
力を使わないようにする為に鍛えてきたのに、何の役にも立たないなんて―――
「たす、けて……」
もう、死ぬのは嫌―――そう、心の中で叫んだ刹那。
お腹の底に響くようなズドンという音と共に、あたしに手を伸ばしていた死体は吹き飛んでいた。
そして同じ音が二度、三度と響き、周囲に近寄ってきていた死体たちが吹き飛んで行く。
さらに、その吹き飛んだ死体に向かって、虚空から現れた銀色の剣が降り注いだ。
銀の剣の貫かれた死体は、煙を上げながら消滅してゆく。
「大丈夫か!?」
背中に感じた気配に、あたしは肩越しに振り返った。
そこにいたのは―――銀色の銃を携えた、黒い髪の少年。
「ミナ、この子を見ててくれ!」
「ん」
彼は翠の髪をした女の子に指示を飛ばし、あたしの前へ飛び出してゆく。
そして、両手に持った銃を向け、遠くの方にいる死体達を狙撃した。
二度、三度と身体を揺らしながら地面に崩れるあいつらを見つめて、ようやく彼は息を吐く。
「はぁ……間に合ってよかった。しっかし、生存者がいたなんてな」
「え、と」
黒髪の少年と、あたしの後ろに控えるようにしている翠の髪の少女。
生きている人間に触れる事で、あたしはようやく冷静になる事が出来た。
「あの、ありがとう……助かったわ。来てくれなかったら死んでたかも」
「ん、ああ。まあ、これが俺達の仕事だしな」
「仕事?」
「ああ。正確には、兄貴……うちのパーティリーダーが請けた仕事だけどな」
「パーティって貴方、傭兵?」
よく見たら、傭兵ギルドメンバーの証を身につけている。
そうか、さっきあの宿に置いてあった荷物って、彼らの物だったんだ。
銃をホルスターに仕舞い、彼はがりがりと頭を掻く。
「しっかし、何だこれ。あんたが何かやったのか?」
「え、あー」
彼の視線の先は、未だに少しだけ赤熱した地面と、その上で炭化した死体。
さっき、あたしが能力を暴発させた痕だ。
能力の事は明かせないし、何とか誤魔化さないと。
「そ、そう。魔術式を使ったはいいけど、後に続かなくって」
「そっか……まあ、間に合ってよかった」
どうやら彼は魔術式にはあんまり詳しくないのか、あっさりと誤魔化されてくれた。
まあ、銃なんて物を使ってる上に黒髪黒目だし、向こうの人間なんだろうから詳しくないのも頷けるけど。
ふと、横を見ると―――さっきの女の子が、じっとあたしの顔を覗き込んできていた。
ぎょっとして、思わず後ずさる。
「な、何?」
「……ん。悪い人じゃ、ない」
「は?」
「あー、ミナは目を見ると敵意の有る無しが分かるらしくて。気を悪くしたらゴメン」
あ、ある意味凄い特技を持ってるわね。
しかし、この子……ミナって言ったかしら。すっごく整った顔をしてるわね。
あたしは女なのに、思わず見惚れちゃいそう。
「でも……ちょっと、嘘吐いた」
「……ッ!?」
「ミナ、そういうのは面と向かって言わない。必要なら後で俺や兄貴に教えてくれればいいから」
「……ん」
少年の言葉に、ミナは素直にコクリと頷いた。
驚いたわ……嘘吐いてるかどうかまで分かるのね、この子。
彼女に色々と注意した後、彼はこっちに向き直った。
「一応、自己紹介しとく。俺は九条煉……いや、レン・クジョウだ。そっちの子はミナ」
「……よろしく」
「あ、うん。よろしくね。あたしはフリズ・シェールバイトよ。フリズでいいわ……そっちは煉とミナ、でいい?」
「うん……? あ、ああ、構わない」
「ん」
煉が一瞬首を傾げたけど、二人とも頷いてくれた。
口の中がちょっと気持ち悪いけど、とりあえず落ち着けたわね。
深呼吸して心を落ち着けていると、煉がこっちに声をかけてきた。
「で、フリズだっけ? 他に生存者とかはいないのか?」
「あ……そうだ、誠人といづな! それにノーラも探さないと!」
あたしとした事が、そんな大事な事を忘れてるなんて!
あたしの様子にただならぬものを感じたのか、煉があたしに問いかける。
「どうした、知り合いがいるのか?」
「そ、そう! あたしの仲間が向こうの方に! あと、この街にあたしの友達が住んでたの! 探さないと……!」
「落ち着け、その仲間はどっちにいる?」
「あ、あっちの方に」
言って、あたしは宿が合った方向を指差す。
そちらを見つめると、煉は小さく息を吐き出した。
「なら、心配はいらない。あっちには兄貴が行ってる。兄貴は俺達の中で一番強いから大丈夫だ」
「でも、ノーラがまだ何処にいるのか!」
「居場所が分からないのか? じゃあ、そのノーラって子を探そう」
「……いいの?」
「どうせ原因はリルが探してるし、見つけたら兄貴が行くだろ。俺達の出る幕は無いさ」
ミナの問いかけに、煉は頷いて答える。
どうやら、協力してくれるみたい。
「言っておいてなんだけど……そこまで協力して貰うのは」
「いいんだよ、どうせ俺達は生存者を探せって言う指示を受けてるんだから。それなら、その子を探すのと同じ事だ」
「……ありがとう、助かる」
こんなところで協力を得られるとは思わなかった。
彼がどうしてここに来たのかとかは分からないけど、それでもここは信用しよう。
「よし、それじゃあ行くぞ」
「ええ!」
「ん」
そうしてあたし達三人は、闇と死に包まれた廃村を進んで行った。
《SIDE:OUT》