28:魔人
※残酷表現注意。
人間嫌いの魔女さんは、とてもとても残虐です。
《SIDE:MASATO》
爆音。
衝撃。
鳴動。
感情のまま男に斬りかかろうとしていたオレは、その衝撃に目を見開いた。
構えを解き、その発生源であると思われる頭上へと視線を向ける。
―――そこから、『何か』が落ちて来た。
「っ……」
咄嗟に、それを躱す。
地面に叩きつけられ、砕け散ったそれは、周囲に紅い飛沫を撒き散らした。
「ひ……ッ!?」
フリズの引き攣ったような悲鳴が耳に入る。
ぐしゃぐしゃに潰れて原形を留めていないが、間違いない。
これは―――人間の死体だ。
「な、何だ!?」
「何が起こった! 陛下はご無事か!?」
「お、おい、これ……!」
周囲の人間が騒ぎ立てる。
突然空から人が振ってくると言う自体に、オレの事をそっちのけで困惑しているようだ。
そして様子を見ていた兵士の一人が、その死体に注目しつつ声を上げる。
「この外套……まさか、陛下じゃ―――」
「―――お父様ッ!?」
「ダメだ、リナ!」
死体に駆け寄ろうとした王女を、勇者が押し留める。
国の王が、突如として殺された? 一体どういう事だ?
唐突に発生した事態に、誰もが困惑と恐慌に囚われる。
理解できないという恐怖が、周囲を満たして行った。
オレは不可解なほど冷静でいられるが、他の人間はそうは行かないだろう。
人の死が苦手なフリズはいづなの影に隠れるようにしているし、いづなも視線を逸らして落ち着き無く周囲を見回している。
刹那。
「……ッ!?」
―――いつだったか感じた『嫌な予感』が背筋を凍らせた。
刀を持つ手の震えが、切っ先まで伝わってゆく。
「ま、まーくん?」
「どういう、事だ……」
空を見上げる。予感と言うよりは、確信だった。
そこに、あの女の姿があるのは。
「お前が、何故そこにいる……!」
「え?」
いづなとフリズが、そして周囲の兵士達も一様に空を見上げる。
そこに―――青い髪の少女が、右手に茶色のローブを着た男を抱えながら浮かんでいた。
アルと名乗った、オレ達をこの街に引き入れた少女。
奴は、オレ達の姿を認めると、ゆっくりと地面に降下しながら静かに微笑を浮かべた。
「こんにちは、また会ったわね。シルフェの人造人間」
「お前……何者だ」
この女、オレの事に最初から気付いていたのか?
そして、シルフェリアを愛称で呼んでいる?
あの女に親しい人間などいるとは思えないが―――
「フリズちゃんもね。昔会った時はもっと小さかったから、私の事は覚えてないでしょうけど。
貴方のお母さんは元気かしら?」
「え、え……?」
「あの子、昔は元気印だったんだけどねぇ。すっかり大人しく―――」
「―――動くな!」
しみじみと話すアルとオレ達に向かって、周囲の兵士達の剣が突きつけられる。
まあ、当たり前だろう。
先ほどの破壊と国王殺害の犯人としか思えないアル。そして彼女が親しげに話すオレ達。
疑うなと言う方が無理な話だ。
だが―――危機に立たされているのは、オレ達の方ではない。
気付いてしまった。この女が、何者であるか。
オレの正体を一目で見抜き、フリズを見てあっさりとカレナさんの事に気付く女。
そんな人物は、オレの知識の中では一人しかいない。
アルは、周囲を見回してつまらなそうに息を吐く。
そして彼女は、羽虫でも払うかのような仕草で手を振った。
―――瞬間、周囲を囲んでいた兵士達の武器が、根元から切断された。
「な、に……!?」
「ほら、宰相さん? 一応注文どおり、殺さないでおいたけど。次は保障できないわよ?」
「あ、ああ」
そう言って、アルは小脇に抱えていた人物を下ろす。
茶色のローブを纏った男は立ち上がると、周囲に向かって声を発した。
「皆の者、武器を納めろ! この方に失礼な事をしてはならん!」
「ウェルバー様、一体何を仰られる! この者は陛下を!」
「―――これは陛下ではない」
隊長格と思われる男が上げた声を、宰相と呼ばれた男が遮る。
苦い表情で唇を噛みながら、彼はアルへと視線を向けた。
「そうですな、アルシェール殿」
「ええ、その通り」
瞬間、『アル』の姿が光に包まれた。
銀色の光が身体を覆い尽くし、数秒ほどで砕け散る。
現れた彼女の姿は、完全に変貌していた。
青かった髪は黒く染まり、ツーサイドアップの髪型へと変化する。
黒いローブはノースリーブのシャツとフレアスカートという普通の少女じみた服装へ。
その中で唯一、銀色の瞳が元のまま。
アルシェール・ミューレ。
世界最強の魔術式使い。
シルフェリアから聞いていた姿そのままの彼女は、不敵な笑みと共に声を上げた。
「そこで潰れてるのは、貴方達の王ではないわ。王だったモノ、と言うべきかしら」
「何を……言ってるんだよ、アンタは!」
と―――この中で唯一、彼女の事を知らなかったのだろう。
星崎は剣を抜くと、彼女に向かって突きつけた。
「アンタが、殺したんだろう! 王様を、リナのお父さんを!」
「コレを壊したのは私だけど、殺したのは私じゃないわね」
「何を言ってるんだよ、アンタは!」
アル……否、アルシェールは、その反応に再びつまらなそうに息を吐き出す。
そして、背後を睨むように一瞥し、ぱちんと指を鳴らした。
瞬間、後方に巨大な土の壁が現れ、そこにいた男の行く手を阻む。
「……ちょっと、そこのアンタ」
「ひっ……や、やあアルシェール、こんな所で会うなんて奇遇―――」
「……気が変わった」
不機嫌そうな瞳のまま、アルシェールは宰相を睨みつける。
殺気の篭った瞳に気圧された宰相は、諦めたように首を縦に振った。
その様子に気付いていないのか、『ジェクト』は役にも立たない弁明を続けている。
「君も、私達の協力に来てくれたんだろう? いいだろう、共に―――」
「喋るな。これ以上、私の相棒を愚弄するな」
地の底から響くような声と共に、アルシェールはその掌を『ジェクト』に向ける。
それと同時、男の身体は巨大な手の掴まれたかのように締め上げられ、宙に浮いた。
「ッ……!」
思わず、息を飲む。
いづなやフリズも、信じられない物を見るようにアルシェールの姿を見つめていた。
聞いてはいたし、先ほどから見てはいたが、とてもじゃないが信じられなかった事。
アルシェール・ミューレは、詠唱を無しに魔術式を行使する。
理論上は可能な、魔術式の詠唱破棄。
今まで第一位魔術式でのみ成功が確認されたそれを、彼女は呼吸するように使っていた。
アルシェールは、口元に凄惨な笑みを浮かべて声を上げる。
「魔人って知ってるかしら。知らないなら三十年前の教訓が何も生かされてないって事でしょうけど。
奴らは邪神の眷属。その本体は霊体で、何らかの生物に取り憑いて支配する。
取り憑かれた生物の魂は消滅し、完全な操り人形になる訳ね」
「ぎ、げぇ……ガッ……!?」
「ついでに、奴らは本体をいくつかに分割できるみたいでね。
それを周囲の人間に憑依させて支配するなんて事も出来るのよね。面倒な事に」
ギリギリと、見えない手が男を圧迫してゆく。
腕が妙な方向に折れ曲がり、足は曲がらない場所が曲がり、その口からは血反吐が吐き出される。
あまりの光景に誰もが口を出せずにいる中、アルシェールは更に言葉を続けた。
「あまり多くを同時には支配できないみたいだけど、見つけ出すのに時間が掛かるのよね。
怪しい人間はさっさと殺す、が定番だったんだけど……貴方は、どうかしら?」
「や、やめ―――」
その声は本人か、或いは周囲の人間だったのか。
それは分からなかったが、制止の言葉は全くの無意味だった。
アルシェールは開いていた掌を握り締め―――
「ぎぅァアアアアアアアアアアアアa」
断末魔の悲鳴は、しかし最後まで発せられる事無く、『ジェクト』の身体は握り潰された。
砕かれた骨や内臓が虚空に浮かび、零れ落ちたものが地面に降り注ぐ。
そして宙に浮いていたそれらの『塊』も、地面に落ちてぐしゃりと広がる。
握り締められた事で捻じ切られた首はコロコロと地面を転がり―――アルシェールの足によって、踏み砕かれた。
あまりにも凄惨な光景に、フリズの体が崩れ落ちる。
咄嗟に隣にいたいづなが支えるが、そのいづな表情も青いままだった。
そんな周囲の様子などお構い無しに、アルシェールは小さく肩を竦めて見せる。
「フン……こんな程度も再生できないの? 邪神の呪いを舐めてるんじゃないでしょうね?
こんな程度で死ねるような生易しいもんじゃないのよ、アレは」
「……アルシェール殿」
「はいはい、分かってるわよ」
嘆息しつつ、アルシェールは向き直る。
その動作だけで、周囲の人間が大きく震え上がった。
……見せしめとしては、かなり効果的だったようだな。
「今の説明を聞いてたら分かるかと思うけど……アンタ達の王は、魔人に取り憑かれてたわ。
この中には、違和感とか感じてた人もいるんじゃないかしら?」
その言葉に、ぴくりとエルザの肩が跳ねたのが見えた。
本当に分かりやすい女だな、あいつは。
しかし……何だ?
さっきから、妙な違和感を感じる。何かが引っかかっているような、そんな感覚だ。
「本当、なのかよ、それ……」
「ニセモノのジェクト・クワイヤードを用意してた時点で、私達に対する挑発だって言うのは分かってたわよ。
ニセモノ本人には囮の自覚はなかったみたいだけど」
星崎の言葉に、アルシェールはあっさりとそう答える。
本当に遠慮とかそういうものが無いな、この女は。
どちらかと言うと、むしろ人間を拒絶しているような意思すら感じられる。
「だから、態々出向いてきたのよ。彼を使った挑発って言うのも許せなかったし。
で、色々調べてたら何やら思い悩んでそうな宰相さんを見つけたから、相談に乗ってあげた訳。分かった?」
「え……ウェルバー、まさかアンタって」
「私は、戦争そのものに反対だった。ただ、それだけだ」
だから、勇者の召喚やら英雄のニセモノやら、色々と問題があったのだろう。
だが、一つ引っかかる。何故、彼は星崎にエルロードの事を教えなかったのか。
星崎自身それが疑問だったのか、叫ぶように問いかける。
「じゃあ何で、旅人の神の事を俺に教えなかったんだ!」
「何? この世界の事は姫様が自ら教えると―――」
―――刹那、オレは自らの直感に従って、抜き放った景禎を目標に向かって投擲した。
目標はそれをバックステップで躱すが、景禎を追うように飛び出していたオレは地面に突き刺さった刃を引き抜き、横薙ぎに叩きつける。
その一撃を―――王女は、手に持った黒いナイフで受け止めた。
「な、何をするのですか、この狼藉者!」
「人間には不可能な芸当をしておいて、下手な芝居を続けるな!」
無拍剣に反応した事だけではない。
オレの人間離れした膂力によって放たれた一撃を、身体強化も無しにナイフ一本で受け止めるなど不可能だ。
周囲は再び騒然とする。
王女に襲い掛かった者に対して武器を向ける者や、その王女がありえない戦闘能力を発揮した事に驚愕する者など、様々だ。
互いに互いの武器を弾きながら後退し、距離を開ける。
相手から視線を外さぬまま、オレは近くにいた女騎士に問いかけた。
「エルザと言ったな。例の指示とやらは、その宰相から直接聞かされたものか?」
「い、いや……命令の書かれた書類が机にあっただけだ。しかし、王家の印がちゃんと押された、正式な―――」
「ならば、そいつは偽物だ」
辻褄は合う。
この王女が、例の魔人とやらだったとしたら。
「―――王族二人操れば、さぞかし国を操作し易かっただろうな」
「ちょ、ちょっと待て神代! リナがそんな事をする筈ないだろ!? 第一、証拠があるのかよ!?」
「オレを苗字で呼ぶな」
証拠も無しに王族に対して斬りかかるような真似はしない。
オレはあの時、直感に従って王女を見た。王女はその時、手に黒いナイフを持ち、星崎に接近していたのだ。
「何故王女が、あの瞬間ナイフを握っていた?
そのナイフに何の意味があるのか知らないが、何故それで星崎を刺そうとしていた?」
「わ、わたくしには何の事か―――」
「―――いい勘してるわね、マサト。そのナイフ、魔人が眷族を増やすのに使う物よ」
アルシェールの言葉が、トドメを刺した。
その瞬間、王女の視線が細く冷たいものへと変化する。
彼女の口元は、忌々しげに歪んでいた。
「チッ……!」
「待て!」
舌打ちと共に、王女は最も近くにいた人間に襲い掛かった。
誰でもいいから眷族を増やそうと言うのか。止める為に、オレもまたそちらへ向かって駆け出す。
が―――次の瞬間、ナイフの刃が突如として赤熱し、王女はその熱にナイフを取り落としていた。
この現象には、心当たりがある。
「フリズ!?」
「っ……一体何で出来てんのよ、そのナイフ。あたしの力で熔かせないってどういう事よ」
「やるわねぇ、フリズ。ま、残念だったわね、魔人」
そしてそのアルシェールの声と共に、地面から突き出した岩の槍が王女の腹部を貫き、空中に持ち上げた。
しかしそれでも痛みにもがくような様子は無く、王女はただ忌々しげな視線をオレ達に向けてくる。
その口から発せられた声は、可憐な王女の物ではなく、低く醜い男の声だった。
「おのれ……何故貴様なのだ、アルシェール・ミューレ!」
「アンタ、何処の魔人よ。邪神龍か、忌まわしき海の王か……或いは、姿を現してないもう一匹?
まあジェクト・クワイヤードを呼び出そうとしてた辺り、どうせ邪神龍の所でしょうけど」
肩を竦めながら、アルシェールは魔人に歩み寄る。
彼女が星崎の隣を通り抜けようとした時、奴の茫然自失とした声が響いた。
「何で、リナが……そんな、ありえない。だってリナは、俺の―――」
「魔人って、眷属を全部潰さないとそこに逃げちゃうのよね。
潰した中でどれが最初の本体だったのかは知らないけど」
「じゃあ、俺が話していたリナは何だったんだ!?」
「ただの擬似人格でしょ。貴方のお遊びに魔人が自分から付き合う訳ないし」
そして―――今度こそ、星崎はその場に崩れ落ちた。
そちらには一瞥もくれず、アルシェールは魔人の元へと歩いてゆく。
両者の距離は後5メートル―――と思った瞬間、アルシェールの姿が巨大な炎に飲み込まれた。
「っ!?」
「アルシェール殿!」
悲鳴が上がる。
が……その悲鳴が終わる前に、炎はあっさりと霧散していた。
毛筋一つ乱さないアルシェールが、冷酷な瞳で魔人を見つめる。
「で?」
「ぐ……っ!」
「攻撃するならせめて、不死殺しの魔術式を撃ちなさいよ。
どっちにしろ、現存する魔術式じゃ私は殺せないけど」
思わず、顔が引き攣る。
シルフェリアからは完全なる不死者だと聞いていたが、本当にそうだったとは。
アルシェールは嘆息交じりに肩を竦めると、その掌を魔人へと向けた。
「さてと……さっさと終わらせると―――」
「カズマ、様……」
と―――魔人の口から、『王女』の声が響いた。
その声に、星崎がはっと顔を上げる。
「リナ、リナなのか!?」
「は、い……わたくしは、もう……」
「リナ! ほら、アンタ……アルシェールさん! リナはまだちゃんといるんだ、擬似人格なんかじゃない!
だから頼む、リナを助けてくれ! この通りだ!」
「いいの、です……ですから、どうか、もう……」
本物、か?
オレ達には判別をする事は出来ないが……生存を願わないと言う事は魔人らしくは無いと思う。
が、星崎がこういう反応をする事まで含めて演技していると言う可能性も否めない。
ちらりと視線を向けると、いづなはオレと同じで半信半疑のようだ。
が、フリズは若干信じかけているような表情をしている。
どちらにしろ、オレ達が判断できる事では無い。
アルシェールは、どう出る?
「頼む、いや、お願いします!」
「……わ、私からもどうか!」
「我々からも、お願いします!」
土下座までする星崎に同調してか、エルザも横に並び声を上げる。
更に周囲の兵士たちも、それに続いた。
その大きな声を受け、アルシェールは深々と溜め息を吐く。
「一つ、言っておくけど」
彼女は、そのまま手を下ろす。
その判断に、オレ達は息を吐き出し―――
「―――私、人間が大嫌いだから」
―――次の瞬間、虚空から現れた巨大な銀の牙が、王女の体を噛み砕いていた。
「最高位魔術式、《不死殺しの牙》……私が人間の願いを聞くのは、私のかつての仲間―――いえ、家族に連なる者の場合のみよ」
銀色の牙に貫かれた王女の身体は、蒼い炎に包まれて消滅してゆく。
それを凍りついた瞳で見つめながら、アルシェールは言い放つ。
「そこの三人の子ならともかく、この子達に武器を向けようとした貴方達の願いを、何で私が聞き入れなければならない訳?」
「な、あ……うぁあああああああああああああああッ!!」
切っ先が、震える。
星崎の絶叫を聞きながら、オレが感じていたのは……怒りではなく、恐怖だった。
だが、同時に理解していた。これが、邪神との戦いを乗り越えた者なのだと。
これこそが、悲劇を減らす為の最も正しい手段なのだと。
「……アルシェール殿」
「一応技術的な方面でも言っておくけど、不可能よ。
魂が存在しない相手を存続させるなんて、私やシルフェでも不可能だわ」
「そう……ですか」
疲れたような溜め息が、宰相から吐き出される。
その様を見詰め、オレもどこか疲れのような倦怠感を全身に感じていた。
納得は出来ないが……それでも、これが最も正しい手段だったのだろう。
もしも戦争が始まれば、もっと多くの人が傷つく事となる。
そして、魔人の目論見が達成されていれば、どんな事になっていたのか想像もつかない。
溜め息と共に、オレはのろのろと景禎を鞘に納めた。
「大丈夫?」
ふと顔を上げると、アルシェールの姿がそこにあった。
先ほど見せていたのとは違う、純粋に優しさを感じられるような表情。
一体何が、彼女にこれほどまでの人の扱いの差を生んでいるのだろうか。
「とりあえず、城の外まで貴方達を送りましょうか。疲れたでしょうけど、あまり長居はしない方がいいわ」
「……せやね……うん、分かった。納得した」
いづなは、どうやら自分の中で感情の整理をする事が出来たようだ。
こういった事へ合理的な判断を下せるのは、少しだけ羨ましく思う。
フリズは……理解はしているが、納得は出来ていないようだ。
俯いたまま、何も言わずに立ち尽くしている。
その様子に、アルシェールは少しだけ困ったように眉根を寄せていた。
「最高位魔術式、《転移》」
小さな声と共に、視界がぶれる。
気付けば、オレ達はとっていた宿の一室に立っていた。
オレ達から一歩、二歩と離れ、彼女は小さく自嘲的な笑みを浮かべる。
「私は、先に帰らせて貰うわね。またいつか会う事になると思うけど……その時には、もう少し平和な話をしましょうか」
そして、彼女は―――再び同じ魔術式を唱え、その場から消え去った。
何も無くなった虚空を見つめ、小さく息を吐き出す。
「……救われたん、やろうね。国」
「ああ……そうだな」
彼女の行いを正当化するつもりは無い。
もしかしたら、他に方法があったのかもしれない。
けれど、彼女は間違いなく、これから起こっていたであろう悲劇を止めていた。
だから、次に会う時までには感情の整理をしておこう。
「……ファルエンスまで送って貰えば―――」
―――いや、この方がゆっくり考える余裕があるのかもしれないな。
オレは、そう……一人で、苦笑していた。
《SIDE:OUT》