26:祭り上げられた少年
勇者と、ただの剣士。二人の差は?
《SIDE:MASATO》
朝になり、食堂の方へと出てゆくと、そこには既に二人の姿があった。
ただし片方は、何故か桶に溜めたぬるま湯に顔を浸していたが。
「……何をしている」
「いやぁ、ただのスキンシップだったんやけど」
「うっさい。顔を浸してる時に水を沸騰させるわよ?」
「うーい」
OK、理解した。
いづなのいつもの病気だったようだ。
大方、朝這いか何かを仕掛けて、バレてお仕置きをされたと言った所だろう。
全くもって変わり無い二人の様子に、オレは深々と嘆息しながら席に着いた。
「浮かれるのもいいが、程々にしておけよ」
「ちょっと、何であたしまで一括りに怒られるのよ!?」
「気にするな、気分だ」
肩を竦める。
とりあえず適当に注文しながら、桶から顔を上げたいづなに声をかけた。
「それで、今日はどうする?」
「せやね、また聞き込みする事になると思うんやけど……あんまり目立った行動は出来ひんな」
「お前がいるだけで目立ちそうな気はするがな」
行動とか、格好とかその他が。
まあ、ある意味では役に立つかもしれないがな。
「ま、進展があるにしても無いにしても、街には出たい所やね。折角外の街までやって来たんやし」
「あたしも、ファルエンスから出たのなんて久しぶりだわ」
「フリズもか」
結構色々な場所に行ってそうなイメージがあったので、これは少々意外だった。
そんなオレの言葉を受け、フリズは小さく肩を竦めて見せる。
「お母さん、あの街にいるだけで国境付近のプレッシャーになるからね。
いるだけで国を守ってる、って言う感じかしら」
「……流石は、英雄か」
フリズと同じ能力を持っているならば、確かに強力な存在だ。
しかし、たった一人で軍に対してプレッシャーを与えられる存在だったとは。
邪神を討った英雄と言うのは、そこまで凄まじい存在なんだな。
「それはともかく。そういう訳だから、あたし達はあんまりあの街を出た事ないのよ。
だから、ちょっとだけ楽しみなの」
「せやね。折角やから色々と見て回りたいわ。武器屋とか」
「いい加減、その性癖を何とかしなさいよ刀フェチ」
まあ、この世界の武器屋に刀は売っていないだろうがな。
変わった武器とか、武器の製法とかを見てみたいのだろうか。
しかし、女は三人寄れば姦しいと言うが……二人でも十分だな。
「……そういえば、あのアルとか言う女は見てないのか?」
「アル? 見てないわよ」
「うちも見てへんよ」
ふむ。まだ寝ているのか、それとももう宿を出てどこかへ行ったのか。
昨日の事もあり少々気になるが、いないのならば仕方ない。
元々、あまり人と深く関わらない方がいい任務の最中だしな。
と―――そこで、何やらニヤニヤした表情のいづなと視線が合った。
「何々、まーくん? あーゆー人が好みなん?」
「……何を言ってるんだ、お前は」
「まあ、これでも一応女の子だから、そういう話は気になるもんなのよ」
「フーちゃん、これでも一応って何や」
騒ぐ二人に嘆息しつつ、再びあの少女の事を考える。
あの女から感じたのは、恋愛感情云々とはかけ離れた、どこか『嫌な予感』じみたモノだ。
出来るならば、あまり関わり合いたくない手合いである。
「こちらに来てから、そういう事は考えた事もない。そういうお前達はどうなんだ?」
「つまんない回答ね……あたしは、今の所男にはそんなに興味ないし……」
「じゃあ女の子に興味あるん?」
「もっかい霜焼けにするわよ」
まあ、フリズは前世の分も含めて三十年以上は生きている筈だ。
精神が肉体に引き摺られている事がある、と本人は言っているが、それでも精神が成熟していると感じさせる場面は多々ある。
いづなの方は……まあ、いづなだしな。
「まーくん、今失礼な事考えんかったか?」
「気のせいだ」
面倒な追求をされる前に思考を切り上げ、嘆息する。
こんな厄介な事になっていたとしても、所詮はこの程度の緊張感と言う事か。
小さく息を吐き、オレは運ばれてきた朝食に手をつけるのだった。
《SIDE:OUT》
《SIDE:FLIZ》
三人で朝食を終えて街に出る。
小国とは言え一応は王都、表通りは結構華やかだった。
まあ、戦争のおかげでそれなりに品薄になってる所もあったりするみたいだけど。
「うぅむむむむ……あんまり質がよくあらへんなぁ。鍛造技術がそこまで進歩しとらんのとちゃうかな?
鋳造やとそんなにええモンは作れへん言うのに」
「店先で言うんじゃないわよ、バカ」
そもそも、いづなや誠人が持ってるような刀と、こっちで使う西洋の剣は色々違う物でしょ。
鋳造とか鍛造とか、何が違うのかしら?
そういうのは良く知らないから分からないんだけど。
いづなの作る刀は、この世界の技術を取り入れてより強力なものになってる。
向こうでは存在しなかった特殊な金属や、魔術式っていう便利な代物。
おかげで、折れず曲がらずの頑丈な刀が鋭さを失わず、付着した脂も自動で浄化できたりもする。
誠人の持ってる霞之宮景禎は、その技術の集大成と言ってもいい。
いづなは色々と凄いと思う。
性格に問題があるだけで。
「せやけどなぁ、フーちゃん。これ、折角の希少な金属が勿体無いやんか。ミスリルなんて中々手に入らへんで?」
「だったら、買って行って家で溶かして自分で打ち直せばいいじゃない」
「お金が足りないやんか~」
「と言うか、フリズ。お前も十分失礼な事を言ってるぞ」
あ、しまった。
恐る恐る店の人の顔を覗き見てみると、指先でとんとんと勘定台を叩きながらこっちを睨んでいる所だった。
思わず愛想笑いを浮かべて、いづなの首根っこを掴みながら踵を返す。
「うにょおっ!? フーちゃん、何するん!?」
「こっちの台詞よ、全く!」
「……今のは自業自得じゃなかったか?」
「一言多い!」
あーもーこいつらは!
何と言うかこう、一々自分が子供っぽくなってしまう。
これでも一応、人生の先達だって言うのに。
……まあ、あたしだってこの世界の事を隅から隅まで知ってる訳じゃないけど。
「で、いづな? 何か分かったんでしょうね?」
「んー……昨日聞いた事以上の情報は出てきとらんね」
「そうか」
ふざけてはいるけど、何だかんだで優秀だから困るのよね、いづなは。
しかし、新しい情報は無し、か。
突然王からの知らせがあっただけだから、民にはあんまり情報が来てないみたいね。
「やはり、接触を試みるしかないか?」
「確かに、そんなら新しい情報は入ってくるとは思うんやけどなぁ。
リスクが大きいんと、どうやって接触したもんか分からんのがあるし」
あたしや誠人の立場を使えば会う事は出来そうな気がするけど、いづなの言う通りそこは隠しておいた方がよさそうだしね。
となると、どうしたもんかしら。
ずーっと城を見張ってる訳にも行かないしね。
「……見つけた」
「誠人?」
ポツリと呟かれた言葉に、あたしは思わず振り向く。
誠人の視線を追うと―――その付近から、ざわざわと言う喧騒が聞こえてきた。
何かしら、あれ。
「行くぞ」
「え、ちょっと、誠人!」
「まーくん、ちょっと待ちぃ!」
その騒ぎの方に向かって、誠人はさっさと歩いていってしまう。
あたしもいづなも、それを慌てて追いかけた。
全く、何があるって言うのかしら?
「ちょっと誠人、一体何が―――」
人ごみを掻き分けて行く誠人の背中に張り付く。
小柄なあたしじゃ、これを通り越えていくのは難しい。
そして、それを通り越えて見えたのは―――黒い髪の少年だった。
「え……」
「おん? あれってまさか―――」
カズマ・ホシザキ。アレが、例の勇者?
件の勇者とやらは、周りの人間からの声援を受けながら、辺りの店で買い食いをしていた。
視線を避ける為か、品物を受けると彼はさっさとどこかへ去って行く。
「……追いかけるぞ」
「まーくん、行って大丈夫なん?」
「例え盗み聞きでも、地道な聞き込みよりはよほど有用な情報が得れるだろうさ」
「……ま、それもそうやね」
大丈夫なのかしら?
まあ、自分から名乗り出るよりはリスクも少なくて済むでしょうけど。
とりあえず、あたし達はすいすいと人ごみを進んで行く誠人の背中を追いかけていった。
見失いかけていた勇者の背中は、事の外あっさりと見つける事が出来た。
街角の、人気の少なくなった場所で、女の子と待ち合わせていたようだ。
あたし達も、適当にそこら辺で買った氷菓子を口にしながら、その様子を観察する。
「まーくん、聞こえる?」
「ああ、かすかにだがな」
「ホント、あんたは耳いいわよね」
人造人間の耳は、あたし達よりも遥かに高性能らしい。
けど、何故か誠人は微妙な表情をしていた。
「どしたん?」
「……アベックの会話を盗み聞きするのがどういう事か分かるか?」
「あー、うん。ゴメン」
苦行だわね、そりゃ。
しかし、勇者ねぇ。
「街の人達には随分と好意的に受け入れられてたわね」
「そうやねぇ。やっぱり人間、英雄を望んでまうもんやから。自分達には出来ん事を誰かにやって貰う。
間違いやないんやけど、何でもかんでも押し付けてええって事や無い思うんや」
「自分が楽をしたいと思うのは人間の性だろうな。苦労もせずに巨大な見返りを求めているのは気に入らんが」
大体、皆同意見みたいね。
あの勇者君だって、そんな形で呼び出されなかったらあたし達と同じようなものだったのかもしれないのに。
「で、どうやまーくん。新しい情報は手に入りそう?」
「……精々、あの女が王女だと言う事ぐらいだな」
「あー……成程、さっきから追いかけて来とる気配はその所為かいな」
「え?」
気配って―――と言おうとした瞬間だった。
あたしが振り向いたその先に、一人の女が姿を現したのだ。
何やら警戒してるようで、早くも剣の柄に手を掛けている。
王女様、鎧を着た女性、剣。
成程、あたしにも大体どういう事だか分かってきた。
要するに、厄介事だ。
「……ちょいと、まずったかもしれんなぁ」
―――いづなの溜め息交じりの声が、妙に耳に響いた。
《SIDE:OUT》
《SIDE:MASATO》
小さく、嘆息する。
お忍びで出てくるといった話は何処へ行ったのやら。
まあ、あの箱入り然としたお姫様が誰にもバレる事無く出てこれるとは思わなかったが。
いつでも刀を抜ける体勢を保ちながら、オレ達は現れた女の方へ向き直る。
短めの紅い髪をした女―――その立ち方には、殆ど隙は見えない。
女は、こちらに向けて声を上げた。
「お前達、何者だ」
「ただの傭兵ギルドのメンバーやで」
言いながら、いづなが胸元からドッグタグを取り出す。
下手に身分を偽るよりはいいだろう。
だが、女はその言葉を一笑に付す。
「それならば、何故カズマ殿と姫様を追っていた」
「うちらが追ってたのは勇者君だけやで? 同郷の人間に興味があったもんで」
スラスラと嘘を吐くな、いづなは。
いや、嘘は言っていないか。本当の事を話しながら、全ては話さない。
正しく詐欺師の技だ。
そして、その言葉に、女は大きく動揺した。
「き、貴様……まさか旅人の神の」
「……せやけど、それが何か?」
いづなも、何かに気付いたか。
エルロードに導かれた人間は、確かに珍しいが全くいないと言う訳ではない。
何故、それを相手にここまで反応する?
「うちが、異世界の人間やと何か困る事でもあるんか?」
「っ……ここから去れ! さもなくば―――」
斬る、とでも言おうとしたのだろうか。
だが、遅すぎる。抜刀するのに一拍かかるのでは―――
「―――どうするつもりや?」
いづなが刀を抜き、突きつける方が速い。
銘を、白帆薙。白刃に踊るのは波のような紋様。
いづなの手によって打たれた刀の一振りだ。
「遅いで。それに、少々騒ぎすぎたようやね」
いづなが、ちらりと視線で後ろを示す。
それを見たオレは、小さく嘆息しながら刀を握り、振り返る。
どうやら、穏便には済みそうにないな。
オレが振り返った先では、件の勇者とお姫様がこちらに向かって近づいてくる所だった。
先ほどオレ達に襲いかかろうとしてきた女は、十中八九この国の騎士だろう。
となれば、こちらは向こうに攻撃されかねないと言う訳だ。
が―――近寄ってきた勇者は、オレ達を見て硬直した。
いや、正確には―――
「え……日本、人? どうして……?」
―――いづなの姿を見て、硬直していたのだ。
《SIDE:OUT》




