24:英雄の噂
「さぁ、二つ目の物語を始めよう」
《SIDE:MASATO》
「ジェクト・クワイヤードが現れた?」
「そうだ」
その日、朝一に聞かされた言葉にオレは首を傾げていた。
一般には死んだと言われている男が、いったいどういう風に現れたと言うのか。
「ここから東……リオグラスを通り抜けた先に、ベルレントという小国がある。
どうやら、その国はジェクト・クワイヤードの名を使ってリオグラスに対し戦争を起こそうとしているらしい」
「それって、ニセモノとちゃうん?」
「十中八九そうだろう」
いづなの言葉にシルフェリアは頷く。
詳しい話を聞けば、こういう事だった。
ベルレントという国は、邪神龍が顕現するよりも前、リオグラスとの戦争により領土の大半を失った。
しかし邪神の顕現により戦争は中止、各国とも邪神への対応に追われる事になった。
結局、邪神が討ち取られた後も、各国とも戦争をするだけの国力を回復するには時間がかかり、
リオグラスが厄介なものを抱えた為に再び戦争が起こる事はなかった。
だが、ベルレントが持っていた国土は元々ゲートがあった土地とは違う。
その為、かつての国土を取り戻す機会を狙っていたと言うのだ。
「それで、かつてのリオグラスの英雄であるジェクトの名を使って、リオグラス側を動揺させようとしたと?」
「そういう事だろうな」
シルフェリアは、そう不機嫌そうに吐き捨てた。
何故怒っているのかはよく分からないが、下手に手を出して噛み付かれてもたまらない。
「……それ、大丈夫なのか?」
「さあな。まあどちらにしろ、そんな連中がどうなろうと私の知った事では無い。
ホンモノであろうとニセモノであろうと―――いや、ニセモノであるからこそ、見逃すつもりは無い。
行って、『ジェクト』を始末して来い」
「……」
何となく言われるだろうとは思っていたが、ここまで予想通りだったとは。
思わず、深々と嘆息する。
「オイ、返事はどうした」
「了解」
全く、面倒な事になった。
こちらを案じるような視線を向けるいづなに小さく肩を竦め、再び嘆息する。
どの道、オレに拒否権など存在していないのだ。
と―――ここで、シルフェリアが言葉を追加した。
「ただ、若干キナ臭い部分がある。十分注意しろ」
「キナ臭い?」
「そうだ。ジェクトは、邪神との戦いの後、その身に邪神の呪いを受けた事からその命を神に捧げたとされている。
そしてベルレントが言うには、ジェクトは『邪神の呪いによって不死となった結果、国に捨てられた』と言う事らしい。
ジェクトが戦争に協力するのは、その復讐の為だと」
「一応、言い分は通るんでないん?」
「フン、それなら何故30年も黙っていた」
それはオレも疑問だった所だ。
態々そこまで待っている理由も無いだろう。
「そもそもジェクトならば、戦争に協力する必要など無い。一人で国を滅ぼせる」
「……ちょっと待て、そんな相手と戦えと言うのか」
「不意を討てば一度ぐらいは殺せるだろう」
無茶な注文だった。
しかし、疑問点が残るとは言え、まだ納得できない訳ではない。
何がキナ臭いと言うのだろうか。
オレ達の視線に気付いたのか、シルフェリアは小さく嘆息して見せた。
「……当たっているんだ」
「当たっている?」
「何がや?」
「ジェクトが邪神の呪いによって生きている―――リオグラスとグレイスレイドの上層、そして私達しか知らない筈のその事実がだ」
―――思わず、息を飲んだ。
それではまるで、ベルレントが本物のジェクト・クワイヤードに対して挑発しているようではないか。
「偶然当たっていたと言う可能性もあるが、もしも知っての事なら真意が気になる。
戦争を仕掛けるにはまだ時間があるはずだからな、急いで行って来い」
「ああ、了解した」
もしもこれがシルフェリアの作戦だとしたら、相当な策士だ。
オレは完全に、ジェクトとその国に対して興味を持ってしまっていた。
「……それで、あの人の口車に乗せられてノコノコと戦争始めようって言う土地まで行くって?」
「その通りだ」
「ちっとは弁明ぐらいしなさいよ!?」
しばらく留守にすると言う報告をしにファルエンスまでやってきたオレ達は、フリズからの怒りの言葉を受けていた。
こちらには拒否権が無い事は分かっていると思うのだが。
「それで、わざわざベルレントまで行って喧嘩売ってくる訳?」
「そうだな」
「勝算は?」
「偽者なら、十分に」
ある、と思う。
そこまで口にするとまた怒られそうだったので、黙っておくが。
視線を向ければ、フリズは俯いて唇を噛んでいる所だった。
人の生き死にに敏感なフリズの事だ、事態を重く受け止めているのだろう。
「……命令には、逆らえないのよね」
「ああ、そうだな」
「まあまあフーちゃん、そこまで心配せんでも大丈夫やて。死にそうになったら逃げてもええ言うとったし」
「それ、死にそうになるまで逃げちゃダメって事でしょ」
全くもってその通りだった。
ぴしりと硬直するいづなに、オレは小さく嘆息する。
「心配する必要は無い。さっさと行ってさっさと帰ってくる―――」
「あたしも、行く」
思わず、耳を疑った。いづなも、フリズの発言に目を見開いている。
オレが死ぬか、相手が死ぬか。少なくともどちらかが起こるだろう。それは、フリズにとっては最も苦手な事のはずだ。
しかも、フリズにはこの世界に家族がいる。何も無いオレ達に比べて、心配する人間は多いはずだ。
「フーちゃん、それは拙いやろ。カレナさんがOK出す筈あらへん」
「説得する」
「だがな―――」
「あたし達は!」
大きな声と共に、フリズが顔を上げる。
その瞳にあった決意の色に、オレは思わず息を飲んだ。
「あたし達は同盟で、共犯で……仲間でしょ!?
あたしの知らない所で仲間が危ない事をしてるなんて、あたしは無視できない。
約束したでしょ。自分が困ってたら助けて貰う、相手が困ってたら手を貸すって!」
「フーちゃん……」
参ったな、本当にこいつはいい奴だ。
横目でいづなと視線を合わせ、二人で小さく苦笑した。
「分かった……だが、カレナさんを説得できたらだ。それでいいな?」
「ん……分かったわ」
フリズにとっては、仲間と同じぐらいに家族も大事なのだろう。
だからきっと、カレナさんに嘘を吐いてまで出てくると言う事は無いはずだ。
それで出て来れたのならば、素直に連れて行こう。
流石に、無理だろうが―――この時のオレは、そう思っていた。
《SIDE:OUT》
《SIDE:FLIZ》
さっきの話から数時間後、あたし達はファルエンスの外の平原に立っていた。
あたしの隣には、呆れたような表情で立っている誠人といづな。
「まさか、本当に説得するとはな」
「何よ、来るとは思ってなかった訳?」
「まあ、正直なぁ。フーちゃんを大事にしとるカレナさんが許すとは思えへんかったわ」
まあ、それは確かにあたしも意外だったんだけど。
「あんたたちの事を放っておけないって言ったら、許してくれた。
何か、お母さんは懐かしそうな顔してたわ」
お母さん、あれで昔は相当やんちゃしてたって聞いた事があるし、もしかしたら昔似たような事をやってたのかしら。
とにかく、許可は貰えたんだから躊躇い無く行く事が出来る。
「なるほどなぁ~……まあ、カレナさんも邪神討伐のメンバーやったんやし、ジェクトって人の事が気になっとるのかもしれへんな」
「ああ、それは確かに」
ジェクト・クワイヤードを名乗る人物が現れたって言ったら、お母さん分かりやすく動揺してたから。
彼の話になると、いつもあんまりいい顔しないんだけど……どうしてそこまで気にするのかしら。
「約束だから連れて行くが、準備はしたんだろうな?」
「ええ、そりゃ当然よ。ちゃんと数日分の食料も持ってきたわ」
リオグラスを横断するとなれば、それなりに日数は掛かるはず。
途中にいくつか中継地点も必要となるだろう。地図もしっかり完備。
と、そのあたしの言葉に、何故かいづなが視線を逸らしていた。
「……いづな。一応聞いとくけど、どうやってベルレントまで行くつもり?」
「……出来るだけ急がなあかんから、これ」
そう言っていづなが取り出したのは、一本の試験管だった。
中には白い、どろどろとした液体が入っている。
何よ、これ。いや、シルフェリアさんが作ったモノだってのは分かるけど。
「危険物じゃないでしょうね?」
「大丈夫や、多分!」
「そこを力説すんな!」
せめて大丈夫の所に力入れなさいよ!?
って言うか、本当に何なのかしら、これ。
移動に使うモンなの、これって。
「とりあえず、使ってみれば分かるんじゃないのか」
「どうやって使うのよ?」
「割れって言っとったで」
割る。
あの爆発物ばっかり作ってる危険人物の生成物を。
三人で顔を見合わせ、そしていづなが持ってる試験管へと視線を移す。
とりあえず、あたしと誠人はいづなに向かって敬礼していた。
「ちょっ!? うちが使うこと確定なん!?」
「いや、まあ……遠くに投げてみればいいんじゃないか?」
「そうそう、それなら爆発しても多分大丈夫だし……多分!」
「そこ力説せんといて!?」
あーだこーだと三人で言い合った結果、そのままいづなが投げる事になった。
おっかなびっくり、出来るだけ揺らさないようにしながら、遠くに向かって放り投げる。
そして、地面に衝突した瞬間―――ボン、と白い煙を上げて爆発した。
「やっぱり爆発したやんか!?」
「何考えてんのよ、あの人……」
「いや、待て」
色めき立つあたし達の前に、誠人が一歩出て剣を握る。
その様子に驚いて、さっきの爆発があった所を見てみれば―――煙の中に、何かのシルエットが見えた。
「な、何?」
「分からん。だが、あまり近づくな」
「せ、せやね」
とことん信用の無いシルフェリアさんだった。
やがて風が吹き、覆っていた煙が吹き散らされる。
そこにいたのは―――
『くるっぽー』
「……」
「……」
「あ、かわええやん」
鳩だった。見紛う事無く鳩だった。
ハト目ハト科の鳥類、前世では外を歩けば一日に一度は見かける鳥。
ただし、その5メートルぐらいある、見上げるほどの体躯を除けばだけど。
「何よ、これ」
「人工精霊ってやっちゃね。一応錬金術の範囲らしいで。これに乗ってけっちゅう事やろうな」
「……乗れるのか?」
あの巨体の素になったの、さっきの液体でしょ。
乗れるの、あれ。質量保存とかどこ行ったのよ。
あたしと誠人が及び腰になっている中、いづなが躊躇い無く近付いて、ぽふぽふとその背中を叩いた。
「しっかり実体化できとるで。これなら乗れそうや」
そう言うと、さっさと鳩の背中によじ登って行くいづな。
羽を掴んで上ってるけど、鳩は特に痛がったり嫌がったりする様子は見えない。
大丈夫、みたいだけど……何て言うか。
「飛んで行け、と」
「……そういう事だろうな」
「途中で消えたりしないわよね?」
「まあ、恐らく」
保障は何も無かった。
あの人の作ったものは本当に信用ならないわね。
二人して、深々と溜め息を吐く。
「まあ……仕方ないか」
「……そうね」
「何やっとるん、二人とも~。はよ行こうやないか!」
全く、あの脳内お花畑め。
仕方なく、あたし達は覚悟を決め―――諦めたとも言うが―――鳩の背中に飛び乗った。
荷物はしっかりと背負い、振り落とされないように羽の付け根の辺りを掴む。
誠人は反対側の羽を掴み、いづなは鳩の首にしがみ付いていた。
まあ、とりあえずは大丈夫かしら。
「皆、準備はええな? ほな、ベルレントに向けて出発や!」
『くるっぽー』
緊張感の無い鳩の鳴き声と共に―――あたし達は、大空へ向けて飛び出していった。
「つーか、速いわよこれえええええええっ!!」
―――とんでもないスピードで。
《SIDE:OUT》