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IMMORTAL BLOOD  作者: Allen
グレイスレイド編:少年と少女と過去の英雄
26/196

23:異能と正体

それが、《彼女》がこの形を選んだ理由。











《SIDE:FLIZ》











 誠人のギルド登録から一日経って。

あたしたちは、とある依頼を受けて近くの森にやってきていた。



「バルマルボアの討伐、だったか?」

「せやね~」



 いきなり討伐依頼ってのはどうなんだと思ったけど、いづなは自信満々だった。

確かにいろいろ聞いてるけど、本当に何もしなくても強いのかしら、誠人って。


 バルマルボアっていうのは、いわゆるイノシシみたいな魔物の事。

正直、普通の動物と大差ない。単純にちょっと凶暴っていうだけ。

そいつが山から下りて森の方まで出てきたから、街に近づくまでに倒してくれ、という依頼だった。

ほっといても大丈夫だと思うけど、危険がない訳じゃない。

まあ、緊急性が無い、という訳で低めのランクの依頼になっていた。



「しかし、本当に大丈夫なんでしょうね? 向こうの世界の人間なら、武器なんて殆ど握った事ないでしょ」

「よく知ってるな。まあ、シルフェリア曰く問題はないそうだ」



 あの人の保証って信用できるかしら?

微妙に不安ではあるけど、まあバルマルボアぐらいならあたしやいづなだけでも十分対処できる。

やばかったらあたしが何とかしよう。



「バルマルボアは毛皮と牙が売れるで。肉は結構美味しいから、持って帰って焼肉もええかもなぁ」

「ふむ、牡丹鍋は作れるだろうか」

「……アンタたち、食欲で依頼選んだんじゃないでしょうね」



 いづなはこういう時にいつもいつも軽くて困る。

まあ、緊張を解してくれてるのかもしれないけど……当の誠人はと言えば、こっちも全く緊張した様子はなかった。

こいつも、何なのかしら、本当に。

性格改造とか言ってたけど、本当に納得できてるの?


 誠人の性格は、あたしもまだ掴めない。

冷静なのは、シルフェリアさんの性格改造によるものだ、と本人が言っていた。

あの人の事を話す時に嫌そうな顔をする辺り、快くは思ってないみたいだけど。



「……はぁ」



 損な性分だわ、あたしって。

自分の事でもいっぱいいっぱいなのに、何でこんな色々と考えてるのかしら。

頭を掻こうとして、手甲を嵌めていた事に気付く。

いづなが作ってくれた手甲。

あたしの事を理解して、受け入れてくれた証。



「フーちゃん」

「えっ……あ、何?」



 昔の事を思い出して物思いに耽っていたあたしは、いづなの声に反射的に顔を上げた。

見れば、あたしの事を手招きしてる。何かし―――



「隙ありぃぃぃいいいいい!」

「ぎゃあああああああああっ!?」



 突如として、いづながあたしの胸に抱きついて頬ずりしてきた!

人がいろいろ考えて悩んでるってのに、この―――



「おバカッ!」

「ぎゅぺっ!?」



 摩擦熱でも起こそうとしてるのか、という勢いで頬ずりするいづなに向けて、思い切り肘を振り下ろす。

カエルが潰れるように地面に沈んだいづなに、あたしは深々と嘆息した。

全く、こいつは本当に節操がない。



「……いい友人だな」

「え?」



 誠人の声に、顔を上げる。

けれど彼は何も言わず、そのまま先へ向けて歩き出していた。

その背中を見つめ、それから足元で起き上がろうとしているいづなへ視線を移す。



「……全く」



 この子は、本当にあたしの事を良く分かってる。

苦笑して、あたしはいづなに向けて手を差し出した。

それが分かっていたのか、いづなもまた笑顔で手を握り返す。



「お節介なんだから」

「やー、フーちゃんには負けてまうよ。ほな、行こか」



 あたしも、笑う。

いづなはいつも人にセクハラしたりだとか、唐突に妙な事をやったりだとか、色々変な子だけど。

でもやっぱり、あたしの友達だ。


 だから、いづなが信じるなら、あたしも信じていいかな。

そう思った、瞬間―――誠人の刀が、抜き放たれた。



「まーくん、どないしたん?」

「……」



 いづなの言葉に、誠人は何も答えない。

ただ、その視線をまっすぐ前方に向けている。

あたしの目には見えないけど、一体何かいるのかしら。


 誠人は脇構えで刃を構える。

そのどこか見覚えのある構え方に、あたしは思わず首を傾げていた。



「誠人、一体どうしたのよ」

「奴が、いる」

「奴て―――」



 その時、前方の茂みがガサガサと動いた。

反射的にあたしは拳を構えて、いづなは腰の刀に手を添える。

息を飲んで、あたしたちはその茂みの先を見つめた。


現れたのは―――鬣を持つ巨大な熊。



「げっ」



 そこにいたのはウルフベア……しかも、邪神の邪気による変異種だった。

あたしが知ってるウルフベアは、あんなに立派な鬣は持ってないし、しかも尻尾は蛇じゃない。

邪神の力によって変異してしまった魔物がいるっていう事は聞いた事があったけど、実際に見たのは初めてだ。

見れば右腕に怪我をしているみたいだったけど、それでもこれは拙い。


 ウルフベアはあたしやいづなにはきつい相手だ。

あたしが力を使わなければ、だけど。

この事は出来る限り隠しておきたかったんだけど……!



「仕方―――」



 ない、と言おうとした瞬間だった。

あたしが力を使おうとした一瞬前に、誠人が動き出していたのだ。

『いた』と言うのは、あたしにはその動きを知覚する事ができなかったから。

動いたと思った瞬間には、誠人はもう剣を振り切っていたのだ。



「……嘘」



 あたしは知っている。

あの剣技は、紛れも無くいづなと同じもの。

使う剣は自ら造るという、一風変わった風習を持つ古流剣術の家系。

その剣術の基本にして奥義と言われる剣の型。


 その型の最終形と呼ばれる、剣士にとってある種の究極―――無拍子。

誠人は間違いなく、無拍剣を使っていた。











《SIDE:OUT》





















《SIDE:MASATO》











 意識が灼熱する。

感情が高ぶるが、しかし頭の中は冷静なままだった。

熊の、怪我をしている方の腕を切り落としたオレは、無様に叫ぶ獣に視線を向ける。



「オレの仇を、取らせて貰う!」



 あの日、森の中でオレを追い回した獣。

そして、『俺』を殺した魔物だ。

許しはしない―――!



「はあッ!」



 裂帛の気合と共に、一閃。

体の動きと刃の動き、全てが連動して動く。

袈裟斬りに振り下ろされた刃は、魔物の胴を深く傷つけ、夥しい血飛沫を飛ばした。

だが、止まらない。

左足を横にずらし、体ごと回転して魔物の首を薙ぐ―――!


 悲鳴を上げる暇すら与えず、魔物は首を刎ねられ、地響きと共に地に堕ちた。



「……一拍二閃。完璧やね」



 刃を振り下ろし、血を払った所で、後ろにいたいづなの声が耳に入った。

振り向けば、満足そうな表情でこちらを見ている。



「言うた通りやね。うちの無拍剣、完璧に使えとる」

「使っている方はあまり分からないんだが」

「ええか。剣っちゅうのは構えに一拍、斬るのにもう一拍掛かるモンや。

せやけど構え、つまり予備動作の所を無拍子にしてまえば、相手は斬撃を見えても対処する事は出来ん。

ましてや、誠人は今、二度の斬撃を一拍の内に放ってもうた。これはうちでも出来ひんで」



 ……名前をきちんと呼ばれたのは初めてだな。

ついそんな事を考えてしまったが、どうやらオレはとんでもない事をしたらしい。


 いづなから、この身体には刀の使い方が予め叩き込んであると説明は受けていた。

いづなの使う剣術の有用性をシルフェリアが認めた結果、その動きを徹底的に研究し、この身体にインプットしたのだ。



「ちょ、ちょっと待って……え、それ何で使えるのよ!? かなり難しいんでしょ、それ!」

「まー、それが狙いやったしなぁ。シルフェ姐さんがうちの動きを研究し尽くしたんや」

「で、でもそれってあっさり教えちゃっていいもんなの?」

「うちは別に、あの家の事に拘りがある訳や無いからなぁ」



 どうせ別の世界やし、といづなは呟く。

混乱した様子のフリズに対してカラカラと笑ういづなに、オレは小さく嘆息する。

いづなは、本当に向こうの世界を捨てているんだな。

勘当された、と言っていた。詳しい話は聞いていないが―――あまり、向こうの世界は好かないのだろう。

いづなにとって、自分の世界はこのヴェレングスとなっているのだろうか。



「……」



 倒れた魔物へと向き直る。

『俺』を殺した魔物―――『オレ』が生まれた原因の一つ。

こう言うのはなんだが、人間だった神代誠人を見た最後の生き物だ。


 かつての思いがなくなった訳ではないが……一つ、『俺』の思いを捨ててしまったような感覚だ。

オレは、もう後戻りできないのだろう。


 もし元の世界に戻れたとしたら、という事は出来るだけ考えないようにしていた。

シルフェリアの願いを叶えて元の世界に戻る機会を得たとして、オレは帰れるのか。

答えは、否だろう。姿こそ人間だが、この身体に秘められた力はそれを大きく凌駕している。

病院に行く事も出来ないだろう。


 嘆息。

刃に付いた脂が自浄作用によって消えたのを確認してから、オレは刀を鞘に納めた。



「まーくん」

「何だ?」

「あんま、気にせん方がええで」



 お見通しか。

こいつは本当に、人の中に踏み込んでくるのが上手だな。

思わず、苦笑する。



「ま、とりあえずその魔物の素材を剥いどこか。これ、結構ランクの高い魔物なんやで」

「いづなってば……まあ、気にしてないならいいんだけど。一応、普通のウルフベアはBランクだったかしら」

「変異種やから一ランク上やね。儲けモンや」



 流石に、魔物を解体する技能は無いので、その様子を観察しておく。

いつの時代も女は逞しいな。血を見ても全く動揺していない。


 このように、標的以外の魔物でも、部位を買い取ってくれる事があるらしい。

ギルドランクを上げるためのポイントに変換する事も出来るらしいが、二人に対する報酬にするは換金した方がいいだろう。

まあどの道、本来の標的を見つけねばならないのだが。



「……」



 しかしオレは何故、先ほどあの魔物がいると確信・・出来たのだろうか?

直感、と言ってしまえばそれまでだ。だが、どこかしっくり来ない。

オレを殺した魔物の気配に対する恐怖?

或いは、鋭敏になったこの体の超感覚?

分からない。分からないが―――



「ッ……! 二人とも、そこから離れろ!」



 ―――先ほどと同じ確信・・が、オレの脳裏を駆け抜けた。

同時に、地響きのようなものを足元から感じる。

最初は何を言われたのか理解していなかった様子の二人も、この異常に気付き立ち上がる。


 そして、木々をなぎ倒しながらそれ・・は現れた。



「……ちょいと、でか過ぎと違わん?」

「……」



 血の臭いに誘われて現れた魔物。

殆ど猪の姿をした魔物である、バルマルボア。

だが、その体高は、二メートル近くあった。


 オレも驚く―――が、その動揺は一瞬に抑えた。

すぐさま敵へと駆け寄り、抜き放った刀を大上段から振り下ろす。

鋭い刃はバルマルボアの身体に傷を付けるが―――



「肉が厚いっ!」



 刃は内蔵まで届かない。これでは致命傷を与える前にこちらが危ないだろう。

だが刃を突き刺したとして、果たして一撃で仕留める事が出来るか。

警戒し、オレは一旦跳び離れて距離を取った。

こいつは、厄介だ。


 傷を受けた事でオレを敵と認識したバルマルボアは、すぐさまオレの方に向き直り、地面を足で蹴るような仕草を見せた。

恐らく、来るのは突進。



「―――ッ!」



 急速に接近してくるバルマルボアに対し、オレは横に跳びながらその身体に刃を添わせた。

体側に一本筋の傷を付けていくが、手傷と言うにはあまりにも浅すぎる傷。

深手を与える攻撃では大きな隙が生まれる。

ならば、一撃で倒せる場所でなければ。



「正面、頭か」



 最も危険な場所だろう。

だが、こいつを倒さねば依頼を達成した事にはならない。

ならば、覚悟を―――



「誠人、どいてっ!」

「―――!」



 瞬間、オレは聞こえた声に反射的に従っていた。

咄嗟に後退したオレの隣をすり抜けるように、フリズがバルマルボアに向けて駆け抜けてゆく。


 だが、このタイミングは拙い。

バルマルボアは既にこちらを向いて、突進の体勢を整えている。

このままでは、突進を避ける事はできない。それは分かっていた筈だ。

助けなければ―――


 ―――刹那。



「止まれッ!!」



 フリズのその叫びと共に、バルマルボアの動きが完全に停止した。

足を止めた、などと言うレベルでは無い。体の震えや足の動き、その全てが停止したのだ。

そして、フリズは動きを止めたバルマルボアに対して拳を突き出す。



「せいやぁッ!!」



 瞬間、オレはあり得ない光景を目撃した。

バルマルボアの頭部が、砕け散った・・・・・のだ。



「な……っ!?」



 血は飛び散らない。ただ、破片と化したバルマルボアの頭部が、周囲に散らばる。

近くに落ちたバルマルボアの肉片に触れ、オレは目を見張った。



「凍っている、だと?」



 刺すような冷たさを指に感じる。

それは肉片だと言うのに血が滴る様子もなく、石のように硬くなっていた。

だが、魔術式メモリーとか言うものを唱えた様子も無かったが……一体、何だと言うのだろうか。



「フーちゃん、良かったん?」

「……ええ。何もしないで誠人が怪我した方が、あたしは後悔するでしょうから」



 倒れたバルマルボアの死骸を見つめていたフリズが、大きく息を吐いてオレの方に向き直る。

その顔に、苦笑を浮かべて。



「驚いたでしょ。これが、あたしがお母さんから受け継いだ能力……『分子振動の制御』よ」

「何……!?」



 あの人は、そんな力を持っていたのか。

しかしそれならば、英雄と呼ばれるだけの力を持っている事も頷ける。

“氷砕”という二つ名も納得が行った。


 だが。



「……何故、この世界の人間であるお前が分子の存在を知っている?」



 この世界は、そこまで科学技術が発展している訳ではない。

フリズが分子の存在を知っているのは、いづなが教えたからか。それならば、確かに納得は出来る。

しかし、それでもいくつか気になっている事はあった。



「前から考えていた。お前は、この世界の人間にしてはオレの名前の発音が正確すぎる。

シルフェリアもカレナさんも、そんな事は出来なかった」

「……」

「まーくん」



 いづなの、咎めるような声。

その声音に、オレは小さく息を吐き出した。



「悪い、尋問しようと言う訳では無いんだ。ただ、気になっていただけでな。

答えたくないのならば、気にしないでくれ」

「……ううん、いい。言うつもりで、ここまで言ったんだから」



 首を振って、フリズは顔を上げる。

決意を秘めたその表情に、オレも佇まいを直した。


 そして、フリズは話し始める。



「予め言っておくけど、この事を知ってるのはいづなだけ。お母さんにすら話してない事よ」

「誰にも話すな、という事だな。約束しよう」

「理解が早くて助かるわ」



 肩を竦め、彼女は続けた。



「あたしは、この世界で生まれ育った。けど、あたしはこの世界の人間じゃないの」

「……? 何を言っている?」

「あたしの中には、あたしじゃないあたしの記憶がある……アンタ達と同じ世界で暮らしていた人間の記憶が」



 思わず、目を見開く。

物語で語られる事はあるだろう、その話。

彼女は、正しく―――



「転生者、なのか」

「そう。あたしは向こうの世界で、両親を事故で亡くして孤児院で暮らしていた。

そしてあたし自身もまた、事故で死んだはずだった。けど……気付けば、この世界に転生していた。

お母さんは、あたしに愛情を注いでくれたし、本当のお母さんだと思ってる。

でも、これだけは伝えられないの。だから」

「……ああ、約束しよう」



 驚きはしたが、色々と納得できた。

フリズがオレの名前を正確に発音できる理由、分子なんてものを知っている理由。

そして……彼女が死を忌避する理由。

死の恐ろしさを知る『彼女』がカレナさんの力を受け継いだ事は、ある意味では幸せな事だったのかもしれない。



「エルロードは、向こうの世界の人間の魂も導けるみたいやね」

「ふん……まあ、お前達の仲がいい理由もそれなりに分かった。了解した、オレはお前の味方でいよう」



 一人、誰にも言えずに生きる人生には、多くの苦悩があっただろう。

そんな時に現れたいづなは、フリズにとってどれだけの救いになっただろうか。

秘密を共にする仲間、或いは―――



「これで、オレもお前達の共犯・・と言うわけだ」

「共犯って、アンタね……」

「あはは、ええんやないの? うちらはうちらを裏切らない、って契約な訳や」



 そう、これは契約だ。

一人では生きられないちっぽけなオレ達が、この世界で行き抜いて行くための同盟。



「オレも、お前達に協力する。だから、お前達もオレに協力してくれ」

「その約束、結ばせて貰うで。せやから、困った時は助けてな」

「断れないの分かってて言ってるでしょ……ま、こういうコミュニティは必要かもね」



 三人で拳を突き出し、合わせながら小さく笑う。

パーティ、『異界の風』が正式に動き出した瞬間だった。











《SIDE:OUT》





















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