20:投げ出された世界
世界は広く、少年は途方に暮れる。
それでも、生きてゆこうと思うのだ。
BGM:『空』 ウタP
《SIDE:MASATO》
森の中の小屋と言うのは、時間の感覚が薄い。
要するに光があまり入ってこないのだ。怪しい魔女の家とも言える。ある意味間違いでは無いが。
オレが目覚めたのは、朝の時間帯だったらしい。
要するに朝飯前。人造人間なのに減る小腹。
シルフェリア曰く、身体の機能は人間に近い、だそうだ。
「お前達はどうやって生活していたんだ」
「食物の調合」
「狩りやね」
対極方向に文明人の生活ではなかった。
女でありながらマトモに料理も出来ない二人に代わり、キッチンに立つ。
こいつらには任せておけない。キッチンを爆発させるぐらいはやる。比喩表現ではなく。
「ちゅーか、まーくん料理できたんやな」
「ああ……両親は忙しく、弟や妹の世話をしていたからな」
「長男なんやなぁ。じゃあお姉ちゃんが出来てうれしい?」
自分を指差しながら言ういづなには気付かない振りをして、オレは料理をさっさと皿に盛り付けた。
一つだけ言っておきたい。お前は姉は姉でも、何かと弟に絡んで作業の邪魔をするダメ姉だ。
口に出すと本当に実行しそうなので言わないが。
出会って僅かではあるが、オレはこいつらの性格を少しは掴み始めていた。
いづなは脈絡が無い。とりあえず思ったままに行動する。寝起きに関節技をかましていたのも、何となく思いついたからだそうだ。
シルフェリアは単なるドSだ。要するに悪人である。悪事に手を出す訳では無いのに悪い事をするという新手の悪人だ。
「やれやれ」
厄介。
こいつらの感想はこの一言に尽きる。
オレに御し切れるとも思えないが、流されれば悪い方にしか行かない気がするのだ。
面倒な事この上ない。
「さてと、食事しながらこの世界のこと説明するで」
「ああ」
何はともあれ、オレに必要なものは情報だ。
オレはこの世界の事を何も知らない。知っておかねば、これから生き残る事はできないだろう。
ちなみに、料理は山菜ときのこの野菜炒め。
「んじゃ、まずは国からやな。うちらはこのヴェレングスって言う世界にやってきた訳やけど、現在地はここやね」
傍らに置いてあったボードのようなものに地図を貼り付け、その一部分をいづなは指差す。
中央にある大陸の、中央から若干下に行った辺り。
「ここは神聖教国グレイスレイドや。世界最大の宗教国家やね。うちはよう知らんけど」
「私も知らんな」
「いや、アンタは知ってないとダメだろう」
興味の無い宗教などその程度のものかもしれないが。
特に、この女は神に助けを求めるような人間には思えない。
「うちらがいる辺りは、お隣のリオグラス王国との国境辺りやね」
「危険ではないのか?」
「別に戦争をしている訳では無いからな。どちらも戦争のメリットよりデメリットの方が大きい」
聞けば、どちらの国も崇めている神が違うそうだ。
そんな所にわざわざ踏み込んで民を纏めようとしてもそうそう上手くはいかないだろう。
民族浄化などと言い出せば話は別だが、互いに大国であるだけに、あまり大きくなりすぎても手が回らなくなるだろう。
「あと大きな国言うと、北のディンバーツ帝国ぐらいやね。他は端っこの方に小さな国があるだけや。
別の大陸の国は、あまぁ気にせんでもええやろ」
「大雑把だな」
「複雑よりはマシやろ?」
まあ、そうかもしれないが。
いつかそちらに行くこともあるかもしれないので、一応知識としてはその内仕入れておこう。
「その帝国とやらとの関係は?」
「あんまりよろしくはないみたいやね。ま、30年間黙ったまんまなんやけど」
喋りながら食べるも、いづなの姿勢や作法は中々に綺麗だ。
もしかしたら、向こうにいる時は結構なお嬢様だったのかもしれない。
……が、普段の行動を思い浮かべて首を振った。そうであって欲しくない。男の幻想など脆いものだ。
「さし当たって戦争の危険性は無いか」
「今の貴様なら一騎当千で戦えるぞ?」
「どこかの国に組してるのか?」
「何故私がそんな事をせねばならん」
適当に言っただけらしい。
嘆息し、オレも食事を進めることにした。
やれやれ……本当に面倒な事になったものだ。
《SIDE:OUT》
《SIDE:IZUNA》
食事の後、うちはまーくんと近くの街に出かける事になった。
食糧の備蓄があまりにもなってないとダメ出しされてもうたんで。
うんうん、まーくんはいいお嫁さんになれそうやね。
「……オイ、何か不穏な事を考えてないか」
「いややね、おねーさんはいつでも純真やで?」
「純真……?」
「何や、その心底疑問そうな反応」
軽口を叩き合いながら、二人で森を進む。
しかし、まーくんは油断ならん子や。
すっごく鈍感そうな顔をしながら、妙な所で鋭い洞察力を持っとる。
おかげで、うちも早々に化けの皮を剥がされてもうた。
「……それで、その街は何というんだ?」
「あからさまに話題逸らしたんとちゃう? まあええけど……ファルエンスやよ。
田舎のちっこい街やけど、国境付近やから騎士団も配備されとるし、割かし治安はええよ。
あと、うちの友達もおるしな」
「また変な奴じゃないだろうな?」
「……なぁまーくん、うちの事なんやと思っとるん」
「残念美人」
「ややね、そんなに褒めんといてぇな」
友達にも似たような事言われたんやけど。
まあでも、美人やと思うてくれとるのは確かみたいやし、一応許しとこか。
さてさて、ファルエンスっちゅう街やけど、実はあそこには邪神を倒した英雄さんが住んどる。
まあ、うちにいるシルフェ姐さんも邪神を倒した英雄の一人なんやけどな。
姐さん曰く、『私と街にいる小娘は直接戦った訳じゃない』らしいんやけど。
邪神と直接戦い、尚且つ勝利を収めた男こそ、まーくんが倒さねばならないジェクト・クワイヤードや。
色々逸話があるんやけど、うちはあんまり詳しくない。
街にいるジェクトマニアの騎士さんに聞いた方が早い筈や。
そうこうしとる内に、うちらは森から抜け出しとった。
広がるのは広ーい草原と、線を引くように走っとる街道、そしてファルエンスの外壁。
隣を見れば、まーくんはその景色を茫洋とした目で見つめとった。
その瞳を見て、うちはかつての自分を思い出す。
「当たり前やけど、世界は広い。あまりにも広すぎて、途方に暮れてまう」
「いづな?」
「うちな、向こうで勘当されたんよ。せやけど、その時は分かっとらんかった。向こうには、いつでも助けてくれる大人がおったから」
「だが、今は」
「せや、今はおらん。せやから、うちらはうちらの力で生きてかなあかんのや」
建物の群れの中では気付けんかった世界の広さ、自分がいかにちっぽけやったかっちゅー事。
この世界に来て、無理矢理に気づかされた事や。
うちは、孤独なんやって。
「せやから……うちは、まーくんが来てくれて嬉しいんや。
同類を知らないって訳や無いんやけど……傍にいてくれるんって、やっぱちょっと違うもんがあるんや」
「……いづな」
「なんて、な」
うちは笑う。しょうも無い事で悩んでも、何かが変わる訳やないんや。
せやから、笑って生きよう。向こうでは楽しめなかった事を精一杯楽しむんや。
「ギャップ萌えって奴やね? しおらしいおねーさんも可愛いやろ?」
「やれやれ……」
まーくんは嘆息する。嘆息しながら、笑うてくれた。
うん、やっぱりこの子は分かっとるな。
「ほな、行こか。まーくんの冒険の始まりやね」
「ま、今更無駄に足掻いた所で意味は無いからな。精々、楽しませてもらうさ」
この子は、きっと帰りたいんやろう。
せやけど、姿も何もかも変わってもうた。せやから、きっと帰れへん。
だから、うちは―――
「さ、出発進行やー!」
《SIDE:OUT》
《SIDE:MASATO》
「こんなものか」
とりあえず購入した食料を両手に抱え、オレは頷いた。
ついでに、物の相場を確かめられたのもちょうど良かったか。
銅貨が約10円。銅貨100枚で銀貨、銀貨100枚で金貨。
銀貨と金貨には半分にした半銀貨と半金貨が存在している。
とりあえず、かさばる事だけは分かった。
「保存庫があるわけでもないからな、日持ちしない物はあまり買えん……」
「ほー、主夫さんやなー」
「……普通はお前が気にするべき事だろう」
女を捨てすぎじゃなかろうか。
まあ、言った所で気にするような人間にも見えないし、放って置く事にするが。
「さて。ほな、どないしよか?」
「どうする、と言われてもな。オレはまだ詳しい訳では無いんだし、案内してくれると助かるが」
「ふーむ、せやね。ほんなら、まーくんに必要そうな所を―――」
踵を返そうとしたいづなは、ある一点を見つめて動きを止めた。
この表情は……何かを企んでいるのか?
視線の先を追ってみれば、そこにいたのは赤毛の少女。
一体―――と、思った瞬間。
「フーちゃーん!」
「ぎゃあああああああああっ!?」
「な……ッ!?」
いづなは、突撃していた。
10メートルほどあった距離を一瞬で詰め、少女に背後から襲い掛かり―――その胸を鷲掴みにした。
「にょふふふふふ、会いたかったでぇ、フーちゃん! 相変わらずおっぱいちっちゃいなぁ」
「い、いづなッ! アンタまたこういう所で……んっ、ちょ、あっ」
公衆の面前で繰り広げられる、美少女二人の痴態(ただし片方残念)。
どう反応したものか分からず、オレは呆然とその様子を見つめていた。
だらしなく崩れた表情で、いづなはその犯罪行為を続ける。
「しかし! うちの妙技にかかれば胸も大きく! 事実AAもAに―――」
「誰がシルト大平原胸かッ! この色々残念女がああああああああっ!!」
赤毛のポニーテールはその単語を聞いた瞬間、背中越しにいづなの胸倉と襟首を掴み、前方に向け思い切り投げ飛ばしていた。
見事としか言いようの無いその投げっぷりに、思わず感嘆の吐息を漏らす。
「げぺっ!?」
そして変質者はと言えば、背中から地面に叩きつけられ、およそ乙女とは思えない声を上げながら悶絶していた。
ぜーはーと肩で息をする少女に、なるたけ他人の振りをしたいとは思いながらも、このままトドメを刺されては困るので近付いて行く。
「あー……その、何だ。大丈夫か?」
「……誰よ、アンタ」
恐ろしく気が立っている。
まあ、無理もないというか当然だが。
「そこの奴の連れだ……他人の振りをするかどうかしばらく悩んだが」
「いづなの知り合い……? ああ、そういえばこの間言ってた話の人か」
オレの事を聞いていた?
そういえば、あの日から一体どれぐらい経っているんだ?
「ま、そういう事なら大丈夫か……あたしはフリズ。フリズ・シェールバイトよ。アンタは?」
「神代誠人……いや、マサト・カジロだ」
赤毛のポニーテール少女―――フリズは、その言葉に目を見開いた。
そして、フリズは驚愕の表情のまま声を上げる。
「誠人って、アンタ向こうの人間!? それなのにそんな姿―――そっか、人造人間なんだっけ」
「ああ、まあな……とりあえず」
地面で気絶しているいづなを持ち上げ、肩に担ぐ。
片腕で人一人を持ち上げられた事に一瞬戸惑うが、その驚きは消してフリズに向き直った。
「落ち着ける場所はあるか? ここは目立ちすぎる」
「え? ……あ」
周囲の奇異の視線―――いや、奇異と言うかむしろ男のアレな視線か。
それに気付いたフリズは顔を髪の色と同じように紅く染めると、オレの腕を引いて歩き出した。
「全く、いづなは毎度毎度……とりあえずあたしの家に案内するわ」
「助かる」
「あたしも、アンタが常識人で助かるわ……あの工房に住んでる人、両方変人だったから」
まあ、それは否定できんな。
大きく溜め息を漏らし、オレはフリズと共にファルエンスの街を進んでいった。
《SIDE:OUT》