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IMMORTAL BLOOD  作者: Allen
ディンバーツ編:幸せな結末を求めて
193/196

EXTRA:それぞれの心残り

全てを終えた、その後で。

それでも、彼らの物語は続いてゆく。










《SIDE:REN》











「……なあ、いづなさんよ」

「何や?」

「……これ、俺がやる必要あるのか?」

「あるやろね、そりゃ。未来の公爵様やし」



 机に突っ伏し、頭を抱える。

呆れたように見下してくるいづなの視線には気付かない振りをしつつ、俺は声にならない呻き声を上げていた。


 あの戦いから、一ヶ月。

ディンバーツ帝国の首都が丸ごと消失した事もあり、戦後のごたごたが続いていたが、最近は俺達に妙な仕事が入る事は無くなっていた。

そんな事をしている間に、俺は騎士位としてではないしっかりとした貴族位を―――まあ、とりあえずは男爵なんだが―――与えられ、名実共にミナの婚約者としての地位を確立した訳だ。

が―――



「こんなに覚える事多いのか……」

「現代教育のおかげで基礎知識が多いっちゅーても、人を束ねるような事まで学ぶ訳やないからね。そっちの方は今から勉強せなあかんやろ」

「……って言うか、そういう心得があるならいづながやってくれればいいだろ? 最悪、『世界』を展開していづなの能力経由で答えを探れば―――」

「ズルはあかんっちゅーに」



 この地上に戻ってきた俺だが、やろうと思えばいつでもあの世界を展開する事が出来るようになっていた。

相手を世界に引き込んでしまえば基本的に負ける事はまずありえない―――まあ、そんな事をしなきゃならないような相手は、もうこの世の何処にもいないが。



「ほら、サボってないで勉強や勉強。文句なしに名門の家を継ぐんやから、最低限程度やったら何言われるか分かったモンやないで? ミナっちの為にも、頑張らなあかんよ」

「……了解」



 ミナを引き合いに出されたら、流石に従わない訳には行かない。

深々と嘆息しつつも、俺は再び机の上にある書類へと向かった。

えーと、土地の管理? とかその辺りの話らしいが……とりあえず、しっかりと頭に入れるように読んで行く。



「……そーいや、あの話ってどうなったん?」

「んー? あのってどれだ?」

「ジェイさんの身体の話」

「あー……」



 勉強させといて話しかけてくるのはどうなんだとも思うが、これはいづなの戦法だ。

こうやって集中を逸らしつつ、後でテストに出してくるから始末に悪い。

しかし、振られた話は俺にとっても無関係と言う訳には行かないものだった。



「自分で作る言うとるアルシェールさんと、造って奴隷にしたる言うとるシルフェ姐さん。そして、聖女様に創って貰う言うとるテオドールさん……あれ、決着つくん?」

「さあ……?」



 兄貴の魂は―――ついでにフェゼニアの魂も―――桜の尽力によってついに発見する事ができた。

眠ったままではあったが、そこは俺の力で強制的に目覚めてもらった次第だ。

そしてその結果、次に問題として挙がったのが、呼び出した兄貴の魂を何に宿らせるかと言う話だった。

兄貴は自分のものだから自分で作ると言い張って聞かないアルシェールさんと、兄貴が満足できる身体スペックで造れるのは自分だけだと主張するシルフェリアさん。

そして、ほぼ元通りの身体を創ってグレイスレイドに呼び込もうとする魂胆が見え見えなテオドールさん。

ちなみに、そんな会話の渡し役になっているミナは、聖女様(姉)とアルシェールさん(娘)のどちらに味方しようか悩みつつ、日々疲れた表情で俺のベッドに潜り込んできている。

最近は俺も諦めつつある訳だが。



「ってかアレって、煉君が創るっちゅー訳にはいかんの?」

「出来なくはないけど……あまり力を濫用するなって言ったのはいづな達だろ?」

「まあ、そりゃそうなんやけどな」



 俺の世界で《創世ゲネズィス》の力を使って創造し、この地上に持ってくる事も出来なくはない。

が、相談の結果、俺の世界はよほどの緊急時でない限り使用を禁ずると言う話になってしまっていた。

確かに、何でも出来てしまうからあまり使うべきではないと思うが……禁止までしなくても、と思わなくはない。



「ってか、シルフェ姐さんは何処まで本気なんやろか」

「アレは本気で絶対服従させようとしているのか、それとも新手のツンデレなのか……まあ、兄貴本人に聞いたら『死んでもゴメンだ』って事らしいけど」

「もう死んどるがな」

「ごもっとも」



 二人して、肩を竦める。

とりあえず、そっちの話は後にして、勉強に集中―――



「―――煉! OKが出たわよ!」

「……色んな意味でナイスタイミングだな、フリズ」



 ―――刹那、扉を蹴破る勢いで部屋の中に入ってきたのは、ミナとエルフィールを両手で引っ張ったフリズの姿だった。

それに若干遅れて、誠人と桜が部屋の中に入ってくる。

デレ―――もとい、過去の記憶を取り戻したフリズは、俺に対する態度が若干軟化してきた。

今まで俺が何かすると噛み付くような勢いで叫んできていたのに対し、最近は機嫌次第で受け入れてくれる傾向にある。

母親が意識を取り戻したって言うのも、それに一役買っているんだろうけど。



「……で、OKって何だ?」

「何って、この間言ってたでしょ。向こうの世界への旅行よ」

「あー……あの話か」



 俺達の間で決めていた、一つの話。

全員に余裕が出来たら、俺達が住んでいた元の世界へと行ってみよう、というものだ。

それに関してはエルフィールにも許可を貰っているし、後は俺達全員の予定を示し合わせるだけだったのだが……戦後のごたごたのおかげで、中々時間が取れなかった。



「成程なぁ。それで、いつ行くん?」

「いつでも構わないがね。『管理世界』という九条煉の超越ユーヴァーメンシュが存在する以上、そこを経由すればいくらでも移動は可能だ。それこそ、今まで行った事の無い世界であろうともね」



 フリズに引っ張られる事で乱れた白い髪を直しながら、エルフィールはそう口にする。

ちなみに、俺以外にあの世界への出入りが自由となっているのはこいつだけだ。

『神』としての年季が違うと言った所か。



「……時間としては、開いているのは明日明後日、と言った所か。《時空ラウムツァイト》の力を使って移動すれば、オレ達全員の予定を済ますには十分だろう」

「やれやれ……働かされるものだ」

「そういう約束だろ? 諦めろって」



 空間を自由に移動できる《時空ラウムツァイト》の能力は、様々な場所を移動しなければならない俺達には非常に重宝する代物だった。

戦後処理も、これのおかげでかなり捗ったと言っていい。



「……で、とりあえず問題があるんだけど」

「ん、問題?」

「その……武器と服装、です」



 あー、と桜の言葉に思わず納得してしまう。

見るからに怪しい格好……まあ、俺やフリズや桜、そして着物を持っているいづなはギリギリ許容範囲内だろう。

だが、鎧とマントの誠人、そしてローブ姿のミナはどう考えても無理だ。

そして武器に関しても、隠しながら携帯できる俺や桜はともかく、服装の方で問題になった二人は非常に難しい。



「……うちは竹刀袋でも用意するとして」

「景禎はどうするつもりだ? 和弓を仕舞う袋でもあれば話は別だが」

「って言うか、ミナの杖はどうするのよ? これはいくらなんでも無理でしょ」



 そんな言葉に全員が沈黙し―――そして、その視線が一斉にエルフィールの方を向く。

それを受け、彼女は深々と嘆息して見せた。



「本当に、馬車馬の如く働かせるつもりだな、君達は……まあ、待っていてくれ」



 そう言って、エルフィールは姿を消す。

俺も似たような事が出来るとは言え、本当に便利な能力だな、アレは。

流石に《拒絶アブレーヌング》と《未来選別ツークンフト》を失ったおかげか、時間移動までは出来なくなったみたいだけど。



「……さて、それじゃあ戻ってくるまでの間にギルベルトさんと話をしておくか」

「一応話は通しといたんだけど……まあ、挨拶はしなきゃダメよね」

「ほんなら、この場はとりあえず解散って事で……多分服も調達してきてくれるやろうし、今日は荷造りをしっかりなー」



 ……あいつって、向こうの世界の金持ってるのか?

別にあいつの力なら無くても困りはしないだろうけど……まあ、いいか。

部屋を出てゆく連中を見送り、俺は小さく肩を竦めたのだった。


 ……って言うか、言葉はどうするんだろうな。特にミナ。











《SIDE:OUT》





















《SIDE:TSUBAKI》











『こ、これは……』

「え、っと……」



 刀から一時的に抜け出したワタシは、エルフィールが向こうの世界から持ってきた衣服の数々と、それを試着している仲間達の様子を見に来ていた……訳なのだが。

正直これらをどうやって手に入れてきたのかは疑問だが、問題はそこでは無い。



「……ミナっちの服、どないしよか」

「ええ、こんな問題があるなんて……」



 彼女の杖に関しては、杖の部分を分解して宝玉だけをナップザックに入れるという形で決着が付いた。

過去の記憶を取り戻してはいるものの、結局これに対する執着は変わらなかったようだな。

とまあ、そちらは問題ない。

問題なのは―――



「……服の方が、負けちゃってますね」

「本体のスペックが高すぎやろ、これ。あかん、似合う服が思いつかんわ」

「……?」



 本人は良く分からないと言いたげな表情で首を傾げていたが、見た目に無頓着なワタシでもこれは分かる。

ミナの作り物じみた美貌……あまりにも素材が優秀すぎる所為で、服の方がそちらに追いついていないのだ。

今まではローブやドレスばかりだった為にあまり気にしてはいなかったが……まさか、このような弊害があったとは。

この屋敷の使用人も、苦労していた事だろう。



「うーむ……折角の機会なんやし、ちゃんとした格好させてあげたいんやけどなぁ」

「そうよね……」



 ぴらぴらと普段より短いスカートを摘むミナの姿に一同揃って嘆息し、ベッドの上に散らばる衣服たちへと視線を向ける。

しかし、どれもこれも、頭の中で合わせてみたところであまり似合うイメージが湧いてこない。



『……ふむ。服で本人の魅力を引き出す必要は無いのかもしれないな。元々の素材がいいのだし』

「あ、それもそうよね」

「じゃあ、本人の魅力そのものを生かすタイプ……なの、かな」

「せやねぇ。となると……」



 生憎とワタシは物理的な干渉は出来ないので、いづなが服を漁るのを黙って観察する。

まあ、出来たとしても役には立たないだろうがな。

ワタシにファッションセンスなんてものは無い。



「……よし、ならミナっち、これ着てみ」

「あー、成程」



 そう言っていづなが差し出したのは白いワンピースだ。

胸元にフリルがあしらってあるものの、非常にシンプルなデザインである。

少々疲れてきているのか、ミナはほぼ無抵抗に服を脱がされ、その服を着せられている。

さて、その結果は―――



「おー、中々ええんとちゃう?」

「そうね。でもちょっと物足りないって言うか……あ、このスカーフを巻いてみるとか」

「ぇと……それなら、帽子とかもどうでしょうか……?」



 言って、フリズは薄い素材で出来た淡い青色のスカーフを持ち上げ、桜はつばの広い大きめな白い帽子を示す。黄色い花があしらってあるのが印象的だ。

こうなってはほぼ着せ替え人形だな。しかし、それだけ苦労した効果はあったようだ。



『ほう……夏のお嬢さん、といった感じだな』

「季節はまだ春から初夏の辺りやけど……ええんとちゃう? そう寒くもないと思うで」



 ふむ。確かに良く似合っている。

一時はどうなる事かと思ったが、上手い具合に纏まったではないか。


 いづなもエルフィールが持ってきた青い着物と水色の帯。本人は色留袖とか言っていたが、ワタシには良く分からん。

本人曰く、結構大人向けの着物だと言う事だが……どの辺りがそうなのかはさっぱりだった。


 フリズはいつもとあまり変わらず。

活発なイメージのあるパンツルックだ。流石に手甲や足甲は装備していないがな。


 桜はいつもの黒いアサシンローブを脱ぎ、向こうにいたころによく着ていた、薄紅色系統の服を纏っている。

スカートは少々短め……だがまあ、向こうではそう動き回る訳でもないからいいだろう。



「……やれやれ、終わったかい? 結構予定も詰まっているんだから、あまり長くなっても困るんだろう?」

「うーい、うちらはこれでOKや。まーくんたちの様子は?」

「男は女ほど服装に頓着しないだろう。彼らほど大雑把な人間だったなら、尚更だ」



 まあ確かに、あの二人が服装で悩んでいる姿などはあまり思いつかないがな。

ともあれ、これで準備完了と言う事か。



「さて……それでは、そろそろ君達を送るとしよう。さっさと集合してくれ……私はもう疲れた」

「お疲れさんやね。ま、もうちっと頑張ってな」



 使い倒す気満々の笑顔を、エルフィールは気づいていただろうか。

ともあれ、二人と合流すべく、ワタシ達は部屋を出て行ったのだった。











《SIDE:OUT》





















《SIDE:MASATO》











「―――それでは、再度確認しておくが」



 オレ達の前に立つエルフィールが腕を組んだ姿勢のまま声を上げる。

やや疲れた表情をしているが、その辺りは勘弁してもらう他ないだろう。

ここまでの重労働は流石にそうそう無いからな。普段は精々、人を送り迎えする程度しかしていないのだ。



「これから、君達を君達縁の場所へと送り届ける。全員、分け隔てなくだ……九条煉、君には二箇所あるが、まあそれはいいだろう。

霞之宮いづな、君の由来は知っているが……いいんだね?」

「……ん、ええよ。その為にこれを持って来たんやし」



 言って、いづなは竹刀袋を掲げる。

アレの中に入っているのは、まあ言うまでも無いだろう。

オレも、弓道で使われるような長い袋を持っている訳だからな。



「用事が済んだら、私の事を呼んでくれ。そうすれば、次の場所に送り届けよう……ああ、一つ言い忘れていた。

まずありえないとは思うが、向こうで超越ユーヴァーメンシュを展開するのは禁止するよ。どうなるか分かったものではない。仮展開程度なら大丈夫だと思うがね」

「ああ、分かった。それじゃあ、やってくれ」

「ふ……では、良い旅を。《時空ラウムツァイト》―――」



 その言葉が響くと同時、オレ達の周囲は水晶の輝きに包まれる。

屋敷の庭の景色は一瞬で消え去り、僅かに見えた草原を越え、オレ達は全く違う場所へと降り立つ。


 ……っと、どうやら着いたようだな。



「おー……懐かしいな、この感じ」

「んー、空気が不味い! せやけど、それでこそって感じやね」

「ぇと……それで、ここは何処でしょう……?」



 とりあえずこちらの世界に着いたからという事か、こちらの世界の言葉で話している。

そんな言葉を聞きながら、オレは周囲を見回す―――



「……ん?」

『誠人、何かあったのか?』

「ああ、いや」



 流石に姿を現さないまま聞いて来た椿に、オレはある方向を示す。

ここは林の中と言う風情の場所だが、ある方向に石段―――それも、オレにとって見覚えのあるもの―――が見えたのだ。

まさか……いや、これは間違いないだろう。



「……どうやら、オレの実家のようだな」

「おー、まーくんの!?」

「ご、ご両親に挨拶とか……!」

「お前は何を言ってるんだ」



 急に慌て出した桜に煉がツッコミを入れ、こちらも小さく苦笑する。

ふむ。しかし……懐かしいな。離れていたのはほんの数ヶ月だというのに、もう何年も見ていなかったような気がする。

歩き出し、感じるのはただただ郷愁ばかりだ。


 林を抜け、石段へ。

見えるのは、石段を登りきった所に立つ朱色の鳥居。

……ああ、本当に懐かしいな。



「ほー、まーくんの家ってホンマに神社やったんやね」

「まあ、な」



 いづなの言葉に軽く答えつつ、この石の敷き詰められた石段を上ってゆく。

若干の躊躇と期待。それと共に、オレは鳥居をくぐった。

見えてくるのは、幼少の頃より見慣れた境内。

石畳と、それを囲う砂利道。そして、竹箒を持って掃除する一人の少女。



「―――」



 思わず、言葉を失う。

近場にある小学校と通っていた高校では距離があり、当然ながら帰ってくるのはいつもあいつらの方が早かった。

だから、これは見慣れた光景なのだ。

面倒臭がりな弟、神代誠也に代わり、いつも境内を掃除する神代杏奈がいるこの光景は―――



「行ってこいよ、誠人」

「……煉」

「お前が言ったんだろ。どういう結果になろうとも、声をかけない方が必ず後悔するって」



 言って、煉はオレの背中を押す。

そうだ……声を掛けなければ、必ず後悔するだろう。

オレである事に気付かれなかったら―――そう思えば、確かに辛い。

向こうの言葉でミナに神社の事を説明している煉達の背中を一度だけ振り返り、オレは歩き出した。


 足音は、消さない。

掛ける言葉が、見つからなかったから。

―――そして、彼女は振り返る。



「参拝客さん? どうかしました―――」



 黒い髪を首の後ろで一つに束ねたその姿。

巫女服が似合う女になりたい、などと言っていた姿も、随分と過去の記憶になってしまった気がする。

それほどまでに、この数ヶ月間は濃過ぎたのだ。

けれど、それは……目を見開くこの妹にとっても、同じ事だったのかもしれない。



「……お兄、ちゃん……?」

「……一目でよく分かったな、杏奈」

「ぁ、ああ……お兄ちゃん、お兄ちゃんッ!」



 巫女らしい清楚さは何処へ行った、と思わず苦笑しながらも、オレは飛びついてくる妹の身体を受け止める。

……本当に、良く分かったものだ。似ているのは顔立ちだけで、体格も髪や目の色も完全に変わってしまっていると言うのに。

思わず、胸にこみ上げるものを感じ―――けれど、乾いた目の端に思わず苦笑していた。

泣くという機能は、オレの身体には備わっていないか。



「今まで何処行ってたの!? ずっと、ずっと皆心配してたんだよ!?」

「ああ、済まんな……ちょっとした、野暮用だ」

「それに、その姿―――」



 どう、説明したものか。

と言っても、家族に対して嘘を吐くような口は持ち合わせていない。

正直に話す他無い訳だが、今はとりあえず一通り回る事が先決になっているからな。



『―――エルフィール、聞こえるか』

「え? な、何語……?」

『ああ、聞こえているよ神代誠人。まあ、用事は何となく予想はつくが……何かな?』

『こちら側への移動は、時間さえあればいつでも大丈夫なのか?』

『ああ、問題ないよ。後は君と私の都合だけだ』

『成程な……分かった、感謝する』



 エルフィールへの感謝の言葉を口にしつつ、オレは飛びついてきていた杏奈を地面に降ろした。

しばし、口にする言葉を悩み……声を上げる。



「……誠也は、どうしている?」

「え、あ……友達の所に、遊びに行ってるけど……」

「そうか」



 杏奈の言葉を受け、小さく頷く。

両親は今もいるのかもしれないが、合えば流石に根掘り葉掘り聞かれるだろうから、時間の押している今はすべきではないだろう。

話し出せば一日中かかってしまうだろうからな。



「杏奈。オレは、今夜もう一度ここに戻ってくる。そうしたら、家族みんなで話そう」

「え……お兄ちゃん、また行っちゃうの!?」

「説明は夜にする。あまり、軽い話という訳ではないからな……お前にとっても、辛い話になるかもしれない」



 オレはもう、この世界で暮らす事はできないだろう。

人間では無いこの体も、永劫の命を持つこの魂も……どちらも、地球と言うこの世界の理から外れてしまった存在だ。

オレの居場所は、もう向こうの世界にしか存在しない。

―――けれど。



「家族だからな……必ず、全てを話す。だから、その時まで待っていてくれ。何ヶ月も待ったんだ、数時間ぐらい大した事ないだろ?」

「で、でも……」

「約束する。ほら、指きりだ」



 屈み込んで右手の小指を差し出せば、杏奈は若干不満そうな表情ながらも、そこに自身の小指を絡めた。



「指きりげんまん、嘘吐いたらはりせんぼんのーます……だからね?」

「ああ、それは大変だ」

「もう、いつまでも子供扱いして!」



 あまり冗談ではなかったのだがな。

それをやっても死ねない辺りが特に。



「……じゃあ、待っていてくれ」

「うん……必ず、帰ってきてよ?」

「オレは、お前達に対して嘘を吐いた事は無かったと思うがな」

「……うん」



 小さく苦笑し、オレは身体を起こす。

視線を向ければ、参拝を済ませてお土産代わりに御守りやら破魔矢やらを買った煉達がこちらへと歩いてくる所だった。

妙な追求をされても面倒だから、ポンポンと杏奈の頭を軽く叩き、オレはあいつらの方へと向けて歩き出す。


 ―――己が回帰リグレッシオンに対して掲げた願いを、再確認しながら。



「……何処まで行っても、どう変わっても、オレは『俺』か」



 小さく苦笑し―――オレは、煉達に合流したのだった。











《SIDE:OUT》





















《SIDE:SAKURA》











 視界がぶれて、見えてきたのは住宅地。

突然人目に付くような所に出て、周囲の人達に騒がれないのかと思ったけど、その辺りはエルフィールさんが何とかしてくれているみたいだった。

……と、言うか。



「お姉ちゃん、ここ……」

『ああ、ワタシ達の家の近くだな。今度はワタシ達の番と言う事か』



 お姉ちゃんの言葉に、私は小さく頷く……正直な所、どう反応したものか悩みどころだけれど。

本音を言ってしまえば、私はこの世界に未練なんて物は無い。

ミナちゃんを除いたメンバーの中では、最も執着が薄いと思う。

気になる事と言えば、精々お姉ちゃん達を殺した犯人がどうなったのか程度のものだけど。



「……桜、どうしたの? ここって桜の知ってる場所でしょ?」

「ぁ、はい……えっと、こっちです」



 案内するほど遠いと言う訳でもなく、殆ど目の前だけれど……この住宅街の一角に建つ二階建ての家が、私達がこっちの世界で住んでいた家だった。

前に立ち、その姿を見上げる。



「……」

「……えーと……どないするん、これ?」

「えっと、どうしましょう……?」



 正直、特に何かを決めていた訳じゃない。

鍵は……かかってるみたいだし、中には―――あ。



「……あの、私とお姉ちゃんだけで中を見てきてもいいですか?」

「おん? まあ、そりゃええけど」

「分かりました。それじゃあ―――回帰リグレッシオン

「って、おいおい」



 後ろから煉さんの呆れたような声が聞こえたけれど、気にしないようにして―――



「―――《魂魄ゼーレ肯定創出エルツォイグング精霊変成ジン・メタモローフェン》」



 身体を精霊化させて、扉を透過しながら潜る。

お姉ちゃんも刀の中から抜け出して、着いて来てくれたみたいだ。

……とりあえず、超越ユーヴァーメンシュに至ってるおかげで効果時間は長くなったし、中の探索ぐらいならそんなに時間はかからないかな。



『とは言っても……』

『殆ど、証拠品として持ち去られてしまっているようだがな』



 中の様子を確かめながら、私達は小さく肩を竦める。

住む人がいなくなって、空き家のようになってしまったんだろう。

この短期間ではまだ売りに出されていないだろうけど……殺人事件の起こった家なんて、買い手がつくのかは正直疑問だ。



『どうしようか……?』

『そうだな―――む?』



 ふと、お姉ちゃんが顔を上げる。

そして、それと共に、私もある気配を感じた。

今となっては馴染みのあるもの……霊体の気配。それも、強い恨みを持ったタイプ、怨霊の気配。

これって、もしかして―――



『……行ってみよう』



 頷き、その気配の方へと進む。

この方向は、お父さんとお母さんの寝室―――壁を抜け、中に入る。



『……!』

『これは……』



 ―――そこに、二人の死の光景が広がっていた。

胸を突かれ、喉を裂かれた二つの死体。その姿は、間違いなく私達の両親のもの。

けれど、それはホンモノではなく……この場にこびりついた残留思念によるものだ。

二人の霊体は、それに影響されて死の間際を再現し続けている。



『……こんな風に、なってしまったんだね』

『ああ……』



 二人が、私の力に引き込まれていたらどうなっていただろうか―――と、少しだけ思ってしまう。

きっと、エルフィールさんは私達だけを選んで連れて行ったのだろうけど。



『仮展開―――影よ』



 正直な所、私はこの両親に対して何か思うところがある訳ではない。

疎まれていたし、どうなろうと構わないと思う程度には愛情を得られていなかった。

けれど―――産んでくれた事と、育ててくれた事には感謝しないと。

それがなければ、私は誠人さんに会う事は出来なかった。

だから―――この二人を、私の影で包み込む。



『私の力の中で、眠って……もう、苦しまなくていいから』



 私の影の中に、怨念と言うものは存在しない。

無垢な魂のまま……私に呼び出されるまで、意識も無く眠り続ける。

これが、私の感謝の証。正直、呼び出す予定があるわけでは無いけれど、せめて静かに眠っていて欲しい。

私に善意は存在しない……だからこれは、単なる感謝。



『……行こう、お姉ちゃん』

『ああ……そうだな』



 これで、完全に決着は着いた。

もう、この家の為にこの世界へ戻ってくる事は無いだろう。

一度だけ家の中を見回して―――私達は、生家を後にした。











《SIDE:OUT》





















《SIDE:REN》











 水晶が視界の中を待った途端、俺達は大きな喧騒に包まれていた。

今まで以上に淀んだ空気、人々の喧騒、そして立ち並ぶ巨大なビル群。

見知ったオフィス街の光景に、俺は小さく嘆息を漏らしていた。



「……親父の勤めてる会社か」



 時折用事で訪ねる事のあった、家族三人が勤めている会社。

その超高層ビルを見上げながら、俺は陰鬱な気持ちで溜め息をついていた。



『レン、大丈夫?』

『ああ、悪い。大丈夫だ』



 帽子の下から覗き込むように見上げてくるミナに、俺は微笑を浮かべる。

流石にミナでも、こっちの言葉を喋るのは無理だからな……リルと同じ方法で、意思の疎通ぐらいなら出来るかもしれないけど。



「で、ここは煉君のトコなん?」

「ま、そんな所だ」



 いづなの言葉に頷きつつも、どうしたものかと悩む。

普通に行って、呼び出せるものだろうか。

仕事に私情は持ち込まない人達だし、俺が行方不明になった事を会社の人達は知らないだろうからな……っていうか、『行方不明になってました』とか言ったら大騒ぎになるに決まってる。



「いつまで悩んでるのよ、煉?」

「そう言われてもな……どう接触したモンか―――お?」



 ふと、会社の正面入り口へと視線を向ける。

見えたのは、車が動いてきてスタンバイしている場面だ。

重役がどこかに行こうとしているのか……もしかしたら。



「……よし、とりあえず見えそうな場所に移動しよう」

「行かないのか?」

「突然会わせろなんて言っても門前払いだろ……こんな髪の色した集団が相手じゃ」



 見事なまでに全員髪色が違い、しかもかなり派手な色が多いと言うこの状況。

正面から乗り込んでも門前払いが関の山だ。

とりあえず、ギリギリ追い出され無さそうな場所まで移動して、と―――!



「あ―――」



 見えた姿に、思わず前と同じ呼び方で呼ぼうとする。

けれど―――その呼び方は、既にある男へと捧げてしまったものだ。

一瞬詰まり、小さく頭を振って言い直す。



「―――兄さん!」

「っ……な―――」



 兄貴―――もとい、兄さんの視線がこちらに向く。

九条けい……俺の実の兄は、こっちの姿を認め、手に持っていた書類をバラバラと地面に落としていた。

面食らって書類をかき集める部下の姿も気にせず、兄さんはこちらへと駆け寄ってくる。

その瞳に、驚愕を貼り付けて。



「お前……煉、か?」

「……ああ」



 頷いた俺に、兄さんは再び目を見開き、そして小さくかぶり振る。

色々と、葛藤しているんだろう。主に、仕事をどうするかとか。

思わず、小さく嘆息する。



「大事な仕事だって言うんなら、行ってくれ。兄さんの足を引っ張るつもりは無い。話は親父かお袋の方にしとくから……今の時間、どっちか暇か?」

「ああ、今は二人とも時間がある筈だ。連絡しておこう……だから、また姿を消すんじゃないぞ?」

「俺だって消えたくて消えたんじゃないっての。分かった、待ってるよ」

「ああ、そうしてくれ」



 小さく頷き、兄さんは踵を返して車へと乗り込んでゆく。

その背中を見つめ、フリズが小さく呟いた。



「何か、冷たくない? 行方不明だった弟が帰ってきたってのに」

「家族だからって特別視しないのがうちの連中だからな。俺を優先して周囲にかかる迷惑を考えれば、向こうを優先するのも頷けるだろ」



 その辺りの思考回路は、俺も少しだけ似通ったものを持っている気がするな。

優先順位の考慮と、それが必要不可欠であるかどうかの考察。

……俺にとっては、それが普通だったんだがな。

小さく嘆息しつつ、肩を竦める。



「ま、しばらく待ってれば迎えが来るだろ」

「いいのかなぁ……」



 ともあれ、ぼやくフリズの頭をポンポンと叩き、兄貴が携帯で呼んだであろう迎えを待つ事にした。





















 しばし待ち、指示を受けたらしい人の案内に従って、エレベーターに乗る。

外の景色が見えるタイプで、ミナはかなり興味深そうに窓の外を眺めていた。

まあ、向こうじゃ無い物だからなぁ。

まあとにかく、そのまま付いて行くと、応接間のような場所に到着した。

そこで待っていたのは―――



「―――親父、お袋」

「煉……!」

「ああ、良かった……本当だったのね」



 親父と、お袋。九条祥と、九条修子だ。

二人は俺の姿を確認し、安堵したように息を吐き出した―――そしてそれに続いて、俺の頭や俺の後ろ……即ち、仲間達の方を見て怪訝そうな表情を浮かべる。



「……煉、お前に一体何があったんだ?」

「あー……」



 どう説明したモンかな、これは。

とりあえず皆して用意されていた椅子に座りつつ、この半ば会議室と化した部屋で話し合いを始める。

しばし逡巡し―――俺は、声を上げた。



「……親父、お袋。俺がこれから話す内容は、全部本当の事だ。嘘とか冗談の類じゃない」

「ふむ」

「……成程。なら、聞かせて頂戴」



 二人は俺の瞳をじっと見つめ、そこに嘘が無いと判断したのだろう。

少々硬い表情ながらも、俺に続きを促す。

小さく息を吐き出し―――俺は話し始めた。


 あの日、突如としてこの世界から消えてしまった日の事を。

今となっては馬鹿馬鹿しいぐらいに弱く感じる魔物に追いかけられ、兄貴たちに助けられた事。

兄貴に保護され、生きてゆく術と戦ってゆく術を教え込まれた事。

ミナと出会い、共に歩むようになった事。

フリズ達と出逢った事。

全員で、欲しかったものを手に入れる為に世界の危機へと立ち向かった事―――



「……それで、今回は少しだけ戻ってくる事が出来た。けど、俺達はまた行かなくちゃならない。向こうの世界に、居場所を見つけてしまったんだ」

「……」



 親父は、俺の目をじっと睨んだまま沈黙している。

かつての、コンプレックスにまみれていた俺ならば、この視線にあっさりと敗れていただろう。

けれど、今の俺には譲れないものがある。この仲間達と共に過ごす日々は、絶対に何が相手でも失う訳には行かない。

世界を救うだけの覚悟と同等の意思を瞳に込め、俺は親父の瞳を睨み返していた。



『―――お願い、します』



 ふと、声が響いた。

普通に聞こえるようにも感じるが、少々違う。

ミナが、《読心ゲミュート》の能力を使って語りかけているんだ。



『わたし達には、レンが必要……わたし達が勝ち取った場所には、レンがいないと意味がない』



 穢れのない黄金の瞳が、親父の黒い瞳を射抜く。

裏表のない、ただただ純粋なその感情に、一瞬だけ親父の瞳が揺らいだ気がした。



『だから、お願い……レンを、わたし達にください』

「あたし、からも……お願いしますっ!」

「フリズ……!?」



 立ち上がって声を上げたフリズに、他でもない俺が驚く。

真っ先に恥ずかしがりそうな奴だってのに……まさか、そんな事を言ってくれるとは。



「勝手な事言ってるってのは、分かってます! でも、煉がいないと、命を懸けて戦ってきた意味がなくなってしまう! だから……お願いしますッ!」



 勢いよく頭を下げる事で、ポニーテールがぴょこんと揺れる。

俺と、ミナと、フリズ。三人分の意思を受けとり……親父は、ついにその相好を崩した。



「やれやれ……女の子に恥をかかせるものじゃないぞ、煉」

「親父……」

「好きにしろ。俺達の存在が足枷になっていると言うのであれば、九条の名を捨てた所で文句は言わん。

お前にはもう、お前の名があるのだろう?」



 ……あの名前は、半ば本名になりつつあるからな。

ミナとの婚約の際には、あの名前で周囲に公表されちまったし。

けど、俺はこの名を捨てるつもりもなかった。



「……俺は、親父達の事を尊敬してるんだ。この九条の姓にだって誇りを持ってる。だから、捨てろって言われたって捨てねぇよ」

「……そうか」



 俺の言葉に親父は小さく笑い―――そして、お袋と共にその場に立ち上がった。

どうかしたのか、と声をかけようとして、思わず絶句する。

二人は、こちらへと向かって深々と頭を下げてきたのだ。

いや……俺以外の、五人に対して。



「皆さん、どうか息子をよろしくお願いします」

「時々変な事をしちゃうから、ちゃんと見張っていてあげてくださいね」

「ふ、二人ともっ!?」



 俺の慌てた声に、二人は顔を上げてにやりとした笑みを浮かべる。

この似た者夫婦め―――



「……ったく」



 苦笑する。

やっぱり俺は、家族に勝つ事は不可能らしいな。

けど―――それでこそ、かな。


 目標以上の結末を手に入れ……俺は、帰郷を終えたのだった。











《SIDE:OUT》





















《SIDE:FLIZ》











「何かもうお腹いっぱいになってきたわね……」

「や、ここ多分フーちゃんのトコやろ。フーちゃんが張り切らんでどうするん?」

「って、言われてもね……」



 嘆息交じりに、あたしは目の前の建物を見上げる。

若干古さを感じさせる三階建ての建物は、あたしが生前過ごしていた孤児院だ。

……いや、こう言うと今のあたしが死んでるみたいに聞こえて嫌だけど。



「あたしだけは特殊じゃない。こっちの世界でのあたしって、もう死んでるのよ? 知り合いがいたとしても、どうしろってのよ」

「まあ、なるようになるんじゃないか?」

「テキトー過ぎるわ!」



 煉の言葉に突っ込みを入れつつも……やっぱり、気になる事は気になる。

あの頃から、もう十五年以上の月日が経っている。

あの後、孤児院の友人や先生がどうなったのかは、気になっている所だ。

まあ、友人は皆もうここから出て働いてるのかもしれないけど―――



「―――あら、何か御用ですか?」

「ッ!?」



 と―――掛けられた言葉に、あたしは振り返る。

皆もそちらの方を向き、開けた道の先に見えたのは、確かに見覚えのある人影だった。



「深谷先生……!?」

「あら? 貴方、どこかでお会いした事がありましたか?」



 怪訝そうな表情で、先生はあたしの方を向く……しまった、今のはちょっと軽率過ぎたわ。

……でも、びっくりしたのは確かだ。

あたしが生きていたころは若くて綺麗な先生だったのだけど、今はすっかり初老と言う感じになってしまっている。

随分、老け込んだわね―――っと、それよりもどうにかして誤魔化さないと。



「え、えっと……その、小さいころ遊んでくれていた人が、ここの出身で……」

「あら! それで探しに来たのね? それで、貴方とその子のお名前は?」



 ど、どうしようか……あ、そうだいっそここは―――



「……あたしは、フリズって言います。お世話になった人の名前は……篠原皐月、です」

「―――皐月ちゃん、の?」



 あたしの言葉に、先生は目を見開く。

当然と言えば当然だろう……だって、篠原皐月は、あたしの前世の名前なのだから。

親戚一同から見捨てられた皐月を訪ねてくる者など、例え当時でも一人していなかった。

そして、死んだ後ともなれば―――



「そう……ごめんなさいね、あの子は―――」

「あ、はい。知ってます……その、だから一目でいいからあの人が言っていた場所を見てみたいな、と思って……も、もう帰りますから!」

「あら、少しぐらいゆっくりして行ってくれてもいいのよ? 私も、あの子の昔話で花を咲かせたいわ」

「ぇ、えっと……ご、ごめんなさい。急いでるので……」



 正直、話なんかしたらどこでボロを出すか分かったもんじゃない。

それに……ここにいるだけでも、泣きそうな位懐かしいのだ。

中に入ってしまったら、どうなる事か。

あたしの言葉に先生は残念そうに眉根を寄せると、無理に引き止めちゃ悪いわね、と小さく苦笑交じりに呟いた。



「……でも、あの子の名前を聞けて嬉しかったわ。良かったら、いつでも訪ねて来てね」

「あ……は、はい!」

「犯人もほぼ無罪で出てきてしまって、あの子も無念だったでしょうけど……貴方は、あの子の事を覚えていてあげてね」

「え―――」



 ちょっと、待って。

礼をしようとしたその瞬間に、あたしは体を硬直させる。

無罪、って―――



「それって、どういう……?」

「え? ああ……皐月ちゃんが事故で亡くなったのはご存じなのよね? その犯人なんだけど、実質殆ど罪にならずに出てきてしまって……何か、後ろ盾があったみたいだけれど、私達じゃ何もできず……本当に、申し訳ないわ」



 ……正直、後半は殆ど頭の中に入って来ていなかった。

あたしの思考を支配しているのは、たった一つ。



「あいつが……あの男が……」

「おい、フリズ―――」



 肩に触れてきた煉の手を、殆ど反射的に払いのける。

悪い事をした、とは思うけれど、そんな思考はすぐさま頭の隅の方へ追いやられてしまう。

あたしの思考を焼き尽くしているのは、ただただ赤く黒い感情だ。



「ッ―――!」

「フーちゃん、落ち着―――」

回帰リグレッシオン―――《読心ゲミュート肯定創出エルツォイグング聖母再臨マドナ・タルファーツ》』



 ―――刹那、沸騰していたあたしの思考が正気を取り戻した。

はっとしてミナの方へ振り返れば、そこにはあたしの瞳を見つめて首を横に振るミナの姿が。

その仕草に、あたしは一応の冷静さを取り戻した。

能力使って無理矢理冷静にさせられるのは相変わらず慣れないけど、ここは感謝しとかないと。



「……と、とりあえず。あたし達は、この辺で失礼します」

「ええ。いつでも遊びに来てね」



 にこやかに礼をして、あたし達は踵を返す。

角を曲がって見えない所まで言って―――あたしは、壁を思いっきり殴りつけていた。

衝撃と共にヒビが走るけれど、構ってはいられない。



『……エルフィール、聞こえてるでしょ』

『君もか……それで、君を殺した男の居場所についてかな?』

『ええ……教えて―――いえ、連れて行って』



 許さない。絶対に。

あたしの全てを奪っておいて、のうのうと生きているなんて―――!



「ったく……おいバカ」

「何よバカ」

「バカはお前だ……俺も付いて行くぞ。今のお前に任せてたら、何しでかすか分かったもんじゃない」

「っ……分かってる、お願い」



 自覚はある。今のあたしは正気じゃない。

ミナの力を受けてなお、ここまで怒り狂っているのだから。

だから、いざと言う時のお目付け役は必要だ。



『……不安な面子だね。まあ、とりあえずは大丈夫という事にしておくけれど。それで、君たち二人だけでいいのかな?』

『ええ、お願い』



 エルフィールの声に頷き、あたしは振り返る。

心配そうにこっちの事を見詰めてくれている仲間達に対し、あたしは小さく苦笑じみた表情を浮かべた。



「……心配しないで。ちょっと、行ってくるだけだから」

「全く……煉君、この子の事任せたで?」

「ああ、了解した。今回ばかりは、俺の方が冷静そうだ」



 煉が肩を竦めながらそう言うけれど、生憎と反論は出来そうになかった。

溜息を吐きながら虚空を見上げ、待つ。

やがて、あたし達の周囲を水晶の輝きが包み込み―――



「―――ッ!!」



 次の瞬間見えた顔に、あたしの思考は再び沸騰していた。

半ば反射的に跳躍し、その顔面へと拳を叩きつける。



「ごが……ッ!? な―――」

「おい、フリズッ!」



 やたらと高そうな黒いソファの置かれた広い部屋。

飾ってあるものやらなにやら、嫌味なぐらい目に付く場所―――その机に座っていた男が、もんどりうって後ろに吹っ飛ぶ。

ギリギリと、歯を砕かんばかりにかみ締めて、何とか踏み止まりながらあたしはその姿を睨んだ。



「な、何だ……何だ貴様はッ!?」

「何だ……? 何だ、ですって!?」



 思わず、吼える。

ふざけるな……全部、全部奪っておいて……!



「分からないんだったら教えてあげるわよ……あたしはッ! アンタに車で撥ねられて殺された女よ!」

「な……な、ばっ……何を、バカなッ!?」

「……そう、ちゃんと覚えていたのね。良かったわ……もし忘れてたりしたら、反射的に殺しちゃう所だったから」



 出来れば、殺したくない。

その思いは、いつだって変わらずにあたしの中に在り続ける。

けれど……その思いで殺意を抑えられるかどうかは、本当にギリギリだったのだ。



「何の因果か、こうやって意識を持ったまま別の人間として生まれたのよ……でも、忘れてないわ。あたしが……篠原皐月が、アンタに殺された事は」

「ち……違う! アレは事故だ! 私が殺したのでは―――」

「事、故……?」



 意識が、紅く染まる。あまりの怒りに、目が血走って視界まで紅く変わってきている錯覚すらあった。

拙い。もう、抑えられな―――



「―――もういい、フリズ」



 と―――後ろから、伸びてきた手が、あたしの目を覆い隠した。

咄嗟に振り払おうとするけれど、その直前に耳元で囁かれた言葉に、あたしは身を硬直させる。

そのおかげか、あたしはギリギリで踏み止まる事が出来たようだ。



「止めとけ。ここまで頑張ってきたってのに、こんなクズ相手に誓いを破ってどうする」

「ッ、でも―――」



 あまりの怒りと悔しさに、手と瞳の間から涙が零れ落ちる。

本当に、こんな下らない奴の為に全てを奪われたかと思うと―――!



「ひ、ひひひ……っ!」

「あん?」



 ふと、引き攣ったような笑い声が響く。

それと共に煉が手を外せば、いつの間にか移動していたあの男が、こちらへと拳銃を向けているところだった。



「お、お前達が悪いんだ……もうアレは終わったんだ、もう私には関係ない……!」

回帰リグレッシオン―――《拒絶アブレーヌング肯定創出エルツォイグング魔王降臨ザミュエル・アブシュタイクト》」



 低く抑えられた声音で、煉の回帰リグレッシオンが発動する。

それとほぼ同時、翻った魔弾のうちの一つが、あの男の持つ拳銃を撃ち抜いて弾き飛ばしていた。

あたしの身体を離しつつ、煉はゆっくりと前に進み出る。



「なっ!?」

「……おい、いい気になってんじゃねぇぞテメェ。フリズは殺せないが……俺はいくらだって殺せるんだぜ、おい」

「そ、そ……そんな事をして、どうなるか分かっているのか!?」

「さあな。まあ一つ言える事は、警察だろうが軍だろうが、そしてお前だろうが……皆殺しにするのにかかる手間は対して変わらねぇんだよ」



 その声が響くと同時、七つの魔弾は一斉に動き出した。

壁を、天井を、部屋の中を次々と撃ち抜き、飾られていた品物や賞状なども全て破壊してゆく。



「ひ、ひいいいいいいッ!? あ、悪魔ッ! 化物ッ!!」

「残念。さっき魔王ザミュエルっつっただろうが」



 魔弾が停止する。

ボロボロになった部屋の中、煉はただ高慢な表情を浮かべたまま、泣きべそをかいて蹲る男へと言い放った。



「消えろ。この街から……いや、この国から出て行け」

「な、な……」

「俺の視界に入らないように気をつけろ、って言う事だ。もしも次にテメェの面を見たら、今度こそ容赦はしない。苦しめ抜いた末に殺してやる」



 恐怖に引き攣った男は呆然と煉の姿を見上げ―――その刹那、轟音と共に後ろにあった机が爆散した。

いつの間にか抜き放っていた銃を片手に、煉は僅かに銀の炎の気配を漂わせながら声を上げる。



「おい、テメェ……返事はどうしたァッ!?」

「は、はひぃぃいいいいいい!」

「分かったら失せろッ! この俺の気が変わらない内にッ!」

「わ、分かりましたっ!」



 その言葉に、男は途中で足をもつれさせて転び、四つん這いになりながらも部屋から逃げ出してゆく。

そんな無様な背中を見送って、煉は深々と息を吐き出した。

そしてあたしへと向けて苦笑じみた表情を浮かべ、声を上げる。



「悪いな、フリズ。勝手に仕切っちまって」

「……ううん、助かったわ、煉。止めてくれなかったら、あたしは一生後悔してる所だった。けど―――」



 俯いて告げていたあたしは、煉の傍に駆け寄り―――その胸に、顔を埋めた。

……泣いている顔を、見られたくなかったから。



「今は、こうしていさせて……」

「ああ……」



 煉の手が、そっとあたしの頭を撫でる。

その感触を感じながら―――あたしは、静かに彼の胸で泣いていた。

何かが解決した訳じゃない。誰かが救われた訳じゃない。

胸の中にあるのは、単なる虚しさだけだ。


 けれど―――記憶の中にある過去のあたしが、少しだけ微笑んだ気がした。











《SIDE:OUT》





















《SIDE:IZUNA》











 周囲の雰囲気は突如として変わる。

やっぱ、東と西じゃ雰囲気は全く違うモンやね。

他の皆はもう回ったみたいやし……それに、この景色はうちに心当たりのあるモンや。

せやから……やっぱ、ここはうちの番なんやろう。



「……」



 やっぱ、緊張するなぁ。

うちも、ここまで来て軽口叩いとるような余裕は無い。

うちらの中で、こっちの世界に対する未練が最も強いんは、間違いなくうちやろう。

回帰リグレッシオン超越ユーヴァーメンシュも、全てここでの思いから構成されとるモンやし。



「……予め、言うとくよ」



 一度振り返り、うちは皆に対してそう告げる。

まあ、恐らく言うまでもない事やとは思うけど―――



「手出しは、無用や。ここでの決着は、うちがつけなあかん」



 お姉ちゃんと、うち。結局、勘当されるように仕向けたうちは、ただ逃げとっただけなんや。

正面からぶつかり合わなあかんかった。お姉ちゃんならうちを倒して、元々持っていた筈のモンを全て取り返せると、そう信じるのが正解やった。

せやから、うちは―――



「戦わな、あかん」



 門の前に、立つ。

うちの実家……霞之宮の屋敷。

かつて、愚かだったうちが捨てた場所や。



「―――たのもっ!」



 現代ではまるで使い所が無いであろう、殺人剣を伝え続ける道場。

その扉へと、うちは持ちうる覇気と殺気、全てを叩き付けた。

なあ……気付くやろ?

これなら、誰が来たかぐらいは―――!



「何者―――っ、お嬢!?」

「お、話が分かりそうな相手で助かったで。ちょっとお姉ちゃん出してくれへん?」

「な……し、師範ですか?」



 開け放たれている門の向こう、うちらの気配に気付いて出てきた人は、かつてうちがこの家にいた頃に門下生やった人や。

精々一年程度やけど、やっぱり少し懐かしいモンはある。

彼は、うちの言い放った言葉に目を丸くする……まあそもそも、追放されたうちがここに現れただけでも驚きやろうけど。

しっかし……お姉ちゃん、僅か一年で師範まで上り詰めるとは、流石やね。



「せや。ちっと用があるんやけど」

「し、しかし―――」

「―――出せ、っちゅーとるんが聞けんのか?」



 うちが凄むと、その圧力に押されて相手の表情が強張る。

まあ、そう簡単に呼んできて貰えるとは思っとらんけどな。

せやけど……流石に、そろそろ気付いたやろ?

なあ―――



「お姉ちゃん?」

「―――霞之宮を追放された貴方に、姉と呼ばれる筋合いはありません」



 目の前にいる相手の肩越しに見えた姿に、うちは小さく笑みを浮かべる。

長い黒髪をフーちゃんみたくポニーテールで結った、胴衣姿の女性。

凛と鋭い切れ長の瞳に射抜かれ、思わずうちの背筋が粟立った。

そう、これや……これが、霞之宮和羽や。



「……しばらく見ん間に、すっかり当主らしい感じになったなぁ。あのアホ親父に似てきてもうて、悲しい限りや」

「父上を愚弄するつもりですか、いづな?」

「もう父親やない。うちは追い出された身やからね」

「っ……ならば、何故ここに姿を現したのですか?」



 軽く半身になったその姿に、うちは視線を細める。

距離は十メートルほど……せやけど、お姉ちゃんなら一瞬で踏破出来る距離や。

既に臨戦態勢とは、穏やかやないなぁ。



「―――決着をつけに。他に言葉は要らんやろ?」

「……」



 すっと、お姉ちゃんの視線が細められる。

放たれる鋭い殺気も受け流しつつ、うちは笑みを浮かべとった。

やがてお姉ちゃんは小さく息を吐き出すと、踵を返しながら声を上げる。



「付いて来なさい」



 向かうんは……道場の方やね。

まあ、流石に玄関先で決闘する訳にも行かんか。

と―――歩き始めたその時、うちの隣に並んだまーくんが声をかけてきた。



「……いづな、大丈夫なのか」

「ありがとな、まーくん。せやけど、大丈夫や。きっちりと、決着はつけるで」



 うちのこっちの世界での事を詳しく知っとるんはまーくんだけ。

故に、まーくんは止めようとはせんやろう。うちとお姉ちゃんの因縁は、解決すべきモンやと思っとるからや。

今は、それがありがたい。


 懐かしい場所をいくつも通り過ぎ―――聞こえて来るんは、稽古しとる門下生達の声。

ホンマ、懐かしいなぁ……ここはもう、うちの居場所やないっちゅーのに。



「―――入りなさい」



 お姉ちゃんに促され、うちは礼をしながら道場の中へと入ってゆく。

途端、中にいた門下生達の視線が一斉にうちの方へと向けられる―――昔からいた人達からは驚愕の、そして新しい門下生達からは怪訝そうな視線や。

ま、気持ちは分からんでもないけどな。



「……さて、いづな。決着をつけると言いましたが……それがどういう事か、分かっているのでしょうね」

「無論。この命を懸けて、霞之宮和羽に挑む……そういう事や」



 言って、うちは袋の中から一振りの刀を取り出す。

特殊な金属は使っとらん、普通の刀。オリハルコンとか使って勝っても、全然嬉しくないからな。

ちゅーか、そもそもそれやと本末転倒やし。


 うちの言葉を受け、お姉ちゃんは静かに目を閉じ―――



「―――そうですか」



 僅かに、悲しそうな感情を滲ませて、そう呟いた。

最後の肉親の情、ってトコかな。せやけど……霞之宮の当主に、そないなものを持つ事は赦されん。

それは、お姉ちゃんも分かっとるんやろう。次に目を開いた時には、そこに躊躇いと言うものは存在しとらんかった。



「刀を」

「は……」



 手を差し出せば、隣に控え取った付き人が、お姉ちゃんの刀を持ってくる。

うちの使うのよりも若干長い、せやけど一般的な刀と呼ばれるものと同じ程度の大きさ。

一目見るだけで分かる。刀鍛冶の技量も、この一年で随分と上がっとるみたいや。

……これなら、心配あらへんな。


 刀を抜き、地面へと置いて礼をする。

互いにそれを行った後は、刀を取って立ち上がり―――始まりや。



「―――ッ」



 瞬きの間に、お姉ちゃんはうちへと肉薄する。

放たれる完璧なる無拍剣は、その美しさに感嘆してしまうほどや。

しかし同じ無拍剣の使い手ならば、それを受け流す事も不可能やない。

刃を絡め、その上を滑らせて、鍔でお姉ちゃんの斬撃を受け止める。

霞之宮の剣は流れを重視する剣術や。せやから、途中で受け止められる事を極端に嫌う―――



「はッ!」



 跳ね返るように戻された刃は、八相の構えによる上段。

放たれる袈裟の斬撃を、うちは身体を半身にしつつ躱し、それと同時に下から掬い上げるような一閃を放った。

しかしお姉ちゃんも、刀から右手を離しつつ身体を半身に躱し、互いの一閃は空を斬る。


 ―――無拍・縮地!


 うちらは体重移動をそのまま利用して地を蹴り、一端距離を開けた。



「《記憶ゲデヒトニス》―――」



 力を発動する。

うちがお姉ちゃんに勝っとったんはこの力があったから。

せやから、お姉ちゃんにはこの力を使ったうちを倒して貰わな困る。

まあ、回帰リグレッシオンは意味ないし、超越ユーヴァーメンシュは使えないんで、普通の能力行使だけやけど。

己の動きを最適化、次にすべき選択肢を探る。



「ふ……ッ!」



 鋭い呼気と共にうちは床を蹴る。

全ての動きを連動しつつ放つんは、脇構えからの下段払い。

お姉ちゃんはそれを跳躍しつつ躱し―――



「躱される事は、予測済みや……!」



 一拍二閃―――!

高速で全体を回転させつつ、うちは空中で踏ん張りの利かんお姉ちゃんへと向けて横薙ぎの一閃を放つ。

胸へと襲い掛かったその一閃―――お姉ちゃんは、刃の腹を使って受け流して見せた。



「……!」

「甘いですよ、いづな」



 お姉ちゃんは受け流しながらも刃を上へと跳ね上げ、うちの上体を泳がせる。

そして、地面に降りたお姉ちゃんの体勢は、跳ね上げた八相の構えのまま―――!



「ッ……!」



 咄嗟に振り下ろした一閃で、うちはお姉ちゃんの袈裟の一閃と鎬をぶつけ合う。

今のは危なかった、けど……ちっと、体勢が厳しいやろ、こりゃ!

案の定、うちは押し合いに負け、後ろへと弾き飛ばされてもうた。

そしてその刹那、うちの胸へと向けて神速の突きが放たれる。

あまりの容赦の無さに、思わず笑みを浮かべ―――うちは、上段の構えのまま身体を半身に躱した。

胸元をちょいと裂かれた……少し血が滲むけれど、この程度ならば問題あらへん。



「せいッ」

「くッ!」



 そして、反撃とばかりに上段からの一閃。

普通なら避けられるタイミングやない。けど―――



「ぃ……!?」



 うちの驚愕と、周囲のどよめきが重なる。

お姉ちゃんは、うちの一閃を柄尻で受け止めると言う神業を見せたんや。

いや、普通に考えて力負けするやろ、それ……!



「はああッ!」

「ちぃっ!」



 互いに剣を弾き、距離を開ける。

やっぱり凄いわ、お姉ちゃんは。能力を使ってようやく互角……うちも強くなったつもりやったけど、お姉ちゃんはそれ以上や。

もっと見てみたい……そう思うんやけど、お姉ちゃんはどうやら長引かせるつもりは無いみたいやった。

鞘に刀を納め、低く構える。あれは―――



「やはり、普通に斬り結ぶだけでは決着は付きそうにありませんね」

「……しゃあないか」



 うちもまた納刀し、そして同じ体勢で構える。

上位の門下生なら分かるやろう、うちらが放とうとしとるんが一体何なのか。

そして、その目に焼き付けようとじっとこちらを見つめとる。

……ええよ、見れるモンなら見とればええ。

盗めるモンなら盗めばええ。これが―――



「無拍―――」

「―――残閃」



 そして、うちらは同時に駆けた。

移動しながらの居合いなんつーモンは普通は無いんやけど、刀圏に捉えた瞬間に勝負が決まるこの剣術は、移動した方が効率的やって事で、こういう形に発展したんや。

この一閃は、うちでも見る事は叶わん。せやから―――ただ、斬る事だけを考える!

赤熱し、強い集中によって白む意識が、己の攻撃圏を把握する。

そして、その中へと標的が入り込んだ瞬間―――



「―――ッ!」

「ッ……ぁあッ!」



 ばきん、と―――刀が砕け散る音が響いた。

そしてうちの刀を通り抜けてきたお姉ちゃんの刀が、うちの身体を腹から胸にかけて深く斬り裂く―――



「っ、ぁ……!」



 勢いのまま投げ出され、地面に倒れる―――そう思った瞬間、うちの身体は何者かに受け止められていた。

お姉ちゃんや、ない……これ、は?



「……お疲れ様だ、いづな」

「まーくん……」



 いつの間に近付いて来たんやろ……思わず、苦笑してまう。

手から折れた刀を取り落とし……うちは、静かに笑みを浮かべて彼に身を預けた。

と―――



「何をボーっとしているのです!」

「む……?」

「早くいづなを医師に預けなさい! そこに控えているでしょう!」



 唐突に響いたお姉ちゃんの声に、うちは思わず目を見開く。

今のは、どういう意味なん? この場所で死人を出したくないから?

それとも―――



「……自分で斬っておいて、その言い草はどういう事だ」

「言い訳はしません。けれど、だからと言っていづなが死んでいい理由になどならないでしょう!

いづなが死ぬつもりであったとしても、そんな事は赦しません!」



 あ……そうか、そうなんや。

後からミナっちに教えてもらうつもりやったけど……本人の口から聞けるんって、ホンマに幸せやなぁ。

小さく苦笑しつつ―――うちは、衣服ごと身体を再生させた。



「……大丈夫や、お姉ちゃん」

「え―――う、嘘……!?」



 血の痕すらも消え、完全に元通りになりながら振り返ったうちに、流石のお姉ちゃんも困惑してうろたえる。

その様子に苦笑しつつ、うちはまーくんが持ってきてくれた竹刀袋に手を伸ばした。

そこから取り出すんは、もう一振りの刀。



「……まだ、やる気ですか? それに、貴方は一体―――」

「大丈夫やよ、うちはもう負けた。刀をへし折られて、普通なら致命傷の傷を受けたんや。剣士としての敗北に間違いはあらへん。

本気で戦って、本気で負けた……せやから、当代最強の称号はお姉ちゃんのものや」



 うちは、間違いなく本気で戦った。

対等の条件ながらも、切れる手札は全て切ったんや。

超越ユーヴァーメンシュ使えば勝てるかもしれへんけど、こっちやと使うな言われとるし、そもそも剣士の武器やない。



「これを受けとって欲しい」

「これは……?」



 お姉ちゃんへ向かって、手に持った刀を差し出す。

こっちは、オリハルコンで造られた刀……お姉ちゃんに渡す為にずっと研究しとった、最高の一振りや。



「……これだけの為に、一年間ずっと悩んでたんや。ホンマ、アホみたいやね」



 苦笑する。

こんな状況にまでなって、『混乱してる内に畳み掛けてしまおう』なんぞと考えとる自分自身に対して。



「……聞きたい事もあるやろうし、話したい事やってある。せやけど、うちはあまりここにはいられへん」



 苦笑の表情のまま、一歩、二歩と下がり、うちはお姉ちゃんへ向かって深々と礼をした。



「ありがとう、お姉ちゃん。今まで、お世話になりました……うち、お姉ちゃんの事大好きや。せやけど……ここで、お別れや」

「いづな……っ!?」

「また、昔みたいに笑い合えたらええって……そんな風に、思っとったよ」



 これは、ずっとうちを縛り付けていた事に対する、ほんのささやかな意趣返し。

そして、うちを忘れて欲しくないと言う、ほんのささやかな願い。

そんな小さな悪意を抱いて―――うちは、この場所を後にしていた。











《SIDE:OUT》





















《SIDE:LENKA》











 アタシの魂がこの世界に戻ってきて、どれぐらいの時が経っただろう。

……って言うかまあ、一ヶ月ちょっとしか経ってないんだけど。

ともあれ、アタシは元々の生活に戻ってきていた。


 一応、両親には向こうの世界の事を話してある。

最初は『夢でも見たんだろう』等と言われていたけれど、《静止アンシュラーグ》の力を見せられれば流石に納得したみたいだった。

まあ、信じて貰えたまでは良かったんだけど……いずれ煉がアタシの事を迎えに来る、という事を話したら、すっかり警戒されてしまった。



「はぁ……」

「ご機嫌斜めね、蓮花」

「最近はいつもの事でしょ?」



 アタシの学友、綾子と沙希がアタシの様子を見つめつつ声を上げる。

ちなみに、この二人にも向こうの世界の事は話してある。

行きたいとか言ってたけど……まあ、それは機会があったらって事で。

―――それはともかく。



「……溜め息もつきたくなるわよ。四六時中護衛にくっつかれてるんだから」

「出たなブルジョワ発言」

「まあまあ、いつもの事じゃない」



 アタシの家は、自分で言うのもなんだけど、結構お金持ちだ。

だから、煉がアタシを迎えに来た時にアタシを護る為に、こうやって護衛を付けられてしまったのだ。

まあ、こんな護衛ごときで煉を防げるとは到底思えないけど……ホント、面倒だわ。

黙ってれば良かったとどれだけ後悔した事か。

……ちなみに、反応を見てからだったため、銃の事は話していない。

今もバレないようにカバンの中に入れて持ち歩いている次第だ。



「でも、件の王子様は来ないわねぇ、蓮花?」

「王子様なんて、綾子は夢見がちねぇ」

「アンタに言われたくないわよほわほわ夢見がち乙女め」

「はいはい。っていうか、煉は王子様なんてガラじゃないわよ」



 アレは魔王だ、魔王。自分でも名乗ってたし。

あの甘美な殺し合いの時、全くもって似合う称号だと納得してしまったけれど。


 この世界での日々は平穏で、向こうで味わった辛さなんてものはどこにも存在しない。

けれど……アタシはどうしても、この世界に満足する事が出来なくなっていた。

血と魔力に酔ったあの戦いの日々。もう、アタシの住む世界は完全に向こうに変わってしまっていたのだ。

だからもう、アタシはこの世界では満足する事はできない。



「……だから、あんな力に目覚めたんだろうし」

「んー? 何か言ったー?」

「ううん、何でも」



 小さく肩を竦め、アタシは嘆息する。

あの日、煉との殺し合いの最後の瞬間……アタシは、前の世界での記憶を取り戻していた。

かつて煉とミナと一緒に姿をくらませ、世界の滅ぶその日まで思うように生きていた世界の記憶。

世界の敵となりつつも、あたし達は思うように戦い……そして世界が滅ぶ直前、アタシと煉は最後の殺し合いを行った。

―――あの、満月の丘で。



「……煉」



 小さく、囁く。

思い起こすのは、前の世界と今回の世界での戦い。

アタシ達は互いに命を喰らい合い、共に果てたのだ。

けれど、満足できなかった。ずっとずっと、永遠に続けていたかったのだ。あの満月の丘で、煉との殺し合いを。

だから、アタシの超越ユーヴァーメンシュはあんな力になったのだろう。

……まあ、実際に展開した訳じゃないけど。あんな力、冗談でも展開したら酷い事になる。

アタシと煉以外は即死する世界だからねぇ。一応、例外としてミナも生きていられると思うけど。

まあでも、このままじゃあの力を使う機会なんて一生―――



「―――え?」



 次の瞬間、アタシは目を見開いて硬直していた。

あまり広いとは言えない道の先……誰かを待つように電柱によりかかる銀髪の男。

黒いジャケットと、ジーンズ。

頭の上に付けているゴーグル―――そんな彼の視線が、こちらへと向く。



「よう、蓮花」

「れ、ん……?」

「え、嘘、あれが!?」



 綾子の声を聞き流しつつ、駆けだそうとした瞬間―――アタシの肩を、後ろに立っていた護衛が掴んでいた。

護衛が無線機に対して応援要請の声を上げると同時、周囲が道の前後から同じ格好の連中が現れた。

―――けど、そんな事はどうでもいい。



「―――《静止アンシュラーグ》」

「……っ!?」



 アタシの肩を掴んでいた男の手を掴み、能力を発動させる。

体の動きを完全に止められた男が硬直するのと同時、アタシは前へと向けて駆けだした。

そして前方にいる彼も、アタシの方へと向けて駆けだす―――



「煉っ!」

「ああ! 約束通り、迎えに来てやったぜ!」



 彼はその場に、アタシの銃を放り投げる。

アタシはそれをジャンプして掴み取り、さらに煉はアタシの横を通り抜けながら銃を抜き放った。

標的は、互いの前方にいる無粋な護衛連中!



「ハッハァ!」

「あははは!」



 銃声が轟く。

アタシ達の放った弾丸は、アタシや煉を捕まえようと走ってきた護衛たちの肩や太腿を撃ち抜き、行動不能に追い込んだ。



「そういや、今回の世界で初めて会った時も、こんな感じだったな」

「そうね……でも、あの時とは違う」

「ああ、全くだ……『エルフィール、行くぞ!』」



 向こうの世界の言葉で、煉が叫ぶ。

それと共にアタシ達の周囲に水晶の輝きが舞い、周囲の光景は急速に薄れて行く。



「蓮花!」

「綾子、沙希、悪いけど行ってくるわよ! 暇があったら招待してあげるわ!」

「あら……それじゃ、楽しみにしてるわね」



 まるで止める気のない二人の言葉に、アタシは笑う。

ホント―――こんな、望んだままの未来が来るなんて!



『―――当然だよ、ここは、彼が望んだ世界なのだから』



 僅かに、声が聞こえる。

そしてそれと共に―――アタシの視界は、水晶の輝きによって埋め尽くされた。

思わず、咄嗟に目を覆う。

そして―――目を開けた瞬間、見えてきたのは、ただただ広い草原だった。

アタシ達の視界の中心。そこには……仲間達の姿が、見える。



「……ホント、最高だわ。最高のハッピーエンドよ、煉」

「当たり前だ。俺が望んだ世界なんだからな……でも、まだだ。まだ満足しない」

「ホント……欲張りよね、アンタは」



 でも、それでこそだ。

だからこそ、アタシ達は通じ合えた―――そして、こうやって再会できたのだ。

もう、彼を離しはしない。



「ほら、行こうぜ蓮花。もう、誰も欠けない」

「ええ……そうね、その通り」



 アタシ達は手を握り、歩き出す。

この先は、きっと楽しい日々が待っている事だろう。

皆で笑い合える、そんな世界が。


 ―――アタシ達は互いに頷き、手を握ったまま仲間達の元へと駆けて行ったのだった。











《SIDE:OUT》





















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