184:新世界、偉大なる正午へ
―――そして、世界は夜明けを迎える。
《SIDE:REN》
漆黒の闇が、世界を覆う。
分からない。何があったのか、どうしてこうなったのか。
けれど、波間に揺れるような不安定さに、俺は一抹の不安を覚えていた。
……俺は、一体どうなっちまったんだ?
「―――妙な奴だとは思ってたが、やけっぱちとは言えあんな事をするとはな」
「ッ……!?」
―――突如として響いたその声に、『俺』という存在は輪郭を取り戻した。
聞き覚えがある、なんてモノじゃない。この世界の俺にとって、その声は何よりも重い。
俺を変えた男、俺を導いた人。
「なん、で……」
「何で、と言われてもな。俺も、俺が俺である自信が無い。今の俺が、お前の妄想によって端を発した存在なのか、それとも俺自身なのか……ま、何であろうと俺は俺だがな」
その、『俺』と言う単語がゲシュタルト崩壊を起こしそうな物言いは、わざとやっているのだろうか。
その姿を半眼で睨んでやろうかと思ったが、夜目が利くようになった今の俺でも、この漆黒の闇を見通す事は出来ない。
ここは、一体何なんだ?
「お前が自己否定したから、お前の世界が形を失ったんだろ?」
「自己、否定……?」
「そりゃそうだ。神っつーのは法則そのものであり、決して生物ではない。そのままの状態でなろうとした所で矛盾が発生するだけだろ。
つーか、《拒絶》だけで法則も何もあるか」
呆れたような物言いに、俺は思わず言葉を詰まらせる。
まあ、あの時は切羽詰ってたって言うか、とにかく何でもいいからあいつに一矢報いる事が出来れば、とか考えてたからなぁ。
……しかし。
「でも、このままって訳には行かない。あいつに勝たなきゃ、意味が無い。ここから戻る方法は何か無いのか!?」
「知るかそんなモン」
「……」
一言で断じられ、思わず絶句する。
いや、そりゃ確かに、この人だってここが何なのかは分からないだろうけど。
漆黒の暗闇の中からは、どこか嘆息するような気配が伝わってきた。
「言っただろ、ここはお前の世界が形を失ったが故に形成された場所だ。つまり、形を取り戻すにも全てはお前次第って事だろ」
「ぁ……」
そうか、見た目は変わっちまってるけど、ここはあの煉獄の世界なのか。
なら、形を取り戻す事が出来れば―――
「奴に、勝てるのか?」
「え……?」
「死力を尽くして戦い、それでも敗北した相手だぞ? 消耗したお前が勝てるのか?」
「それは―――」
言い返す事は、出来なかった。
俺の妄想から端を発したならば、俺はこの人にどんなイメージを抱いているって言うのだろうか。
けれど、それは事実……消耗した俺では、あの男に勝つ事は出来ない。
……それでも。
「やらなきゃ、ならないんだ。勝たなきゃ意味が無い……皆で、ここまで戦ってきたんだ。だから、例え可能性が低くても、俺に戦う以外の選択肢はありえない」
「あくまで自分達の為、ってか。だが、まあもしもの話だが……俺達の与り知らぬ所で、エルロードすらも知覚出来ないような領域の意思で、お前達の戦いが再び繰り返されるとしたら?」
「え……?」
思わず、首を傾げる。
どういう事なのか、さっぱり理解できなかった。
エルロードですら知覚出来ないような領域?
「例えば勝利を飾る事ができたとして……それでも、いずれは世界が終わる時が来るだろう。その後、お前たちはまたお前達として戦いを繰り返す事になるのかもしれない。
どれだけ勝利しても、どれだけ敗北しても……永遠に繰り返される螺旋の中で、戦い続ける事になる。
お前は、それでも勝利に意味があると思うのか?」
……何故、この人がそんな事を知っているのか。
そして、それを俺に伝えてどうしたいのか―――それは、よく分からなかった。
けれど、一つだけ言える事がある。
「あるさ。そんなの、当たり前だろ?」
「ほう? それは何故だ? また、絶望の真っ只中に投げ出されるんだぞ?」
仮定の話で始めたくせに、すっかり事実みたいに喋ってるな、この人は。
でもまあ、いいさ。この人がホンモノであれニセモノであれ、その話が本当であれ嘘であれ、俺の考えに変わりは無い。
―――俺は、繰り返したあの日々を、絶望などとは思わない。
「確かに、最後は悲劇だったさ。いつもいつも、欲しかったものを世界に奪われてしまった」
だからこそ、俺達は超越と言う力へと辿り着く事ができたのだから。
この世界への不満なんて、いくらでもある。
でも、一つだけ言えるのは。
「でも、全てが悲劇ばかりだった訳じゃない。ミナと結ばれた世界も、フリズと共に歩んだ世界も、蓮花と共に戦った世界も……それぞれに、満ち足りた日々があった。確かに幸せだった瞬間が、あったんだ」
例え数ヶ月の間だけだったとしても、俺達は出会い、共に戦い、そして愛し合った。
最後に全て奪われてしまう、どうしようもない結末だったけれど。
それでも―――
「一緒にいたあの時間が、無駄だったなんて思わない。だから、その上位の意思とやらの所為で繰り返す事になったとしても、後悔はしない。喜んで、もう一度戦ってやるさ」
全身全霊で生きて、満足する。
そうすれば、例えそんな瞬間が来る事になったとしても、全員で「よし、もう一度」と言う事が出来る。
「俺は、俺の歩んできた日々を拒絶しない。例え悲劇に塗り潰されたとしても、確かに存在していたあの日々を、仲間達との絆を拒絶しない」
だから、俺は―――
「―――拒絶する事を、拒絶する」
ぱきん、と―――止まっていた時間が、動き出した気がした。
僅かに風を感じ、それを遮る存在の方へと、俺は向き直る。
広い草原を揺らす風の音……この暗闇が消える時は、そう遠くない。
「だから、俺は戦う。皆と共に」
「……ようやく、ワンマンショーは止めるか。ま、いいんじゃないのか?」
僅かに、足音を感じる。
踵を返すその気配に、俺は思わず手を伸ばそうとして―――それを、押し止めた。
……虚像だとは、分かっているんだ。
こんな所に、この人が居る筈が無いのだから。
だから今は、この言葉は必要ない。発するべきなのは、己への誓いだけだ。
「必ず……必ず、勝つよ」
「そうかい……なら」
一度立ち止まり、そして、振り返る気配。
そこに……一瞬だけだけれど、いつも通りの笑顔を浮かべるあの人の姿が見えた気がした。
「やっちまえ」
―――そして、世界に朝が訪れた。
「―――最も暗き時、それは薄明。闇の中、全ては沈み境界を失う」
感覚が、戻ってくる。
周囲は変わらぬ漆黒の闇。けれど、目の前にあるのは先程とは違う……敵の気配。
「―――其は混沌。其は原初。故に俺は、己が最高の希望を祝福しよう」
奴が動く気配は、無い。
ある意味、当然と言えば当然だ。これは、奴が求め続けた答えでもあるのだから。
「―――故に俺は、沈み込んだ己の中に交じり合う願いを受容しよう」
そして、俺も止まる事は無い。
この先にあるものを知って、それでも止まりはしない。
この世界で、もう敗北する事は無いのだと―――そう、誓うように。
そして―――俺は、高らかに声を上げた。
「―――人間とは、乗り越えられる物なのだから!」
光が差し込む。
遠い地平から顔を覗かせる朝日。
それに照らされるのは、ただ広大な緑の平原。
何も無い……それは、何も描かれていない白のキャンバスにも似ていた。
「―――進み続けよ、歩みを止めるな、その先に朝日があるのだから!」
天を指差す。
その位置へと昇ってこようとしてくる朝日へ語り駆けるように。
そして、驚愕と共に新たなる俺の世界を見つめるベルヴェルクへと叩きつけるように。
「―――さあ、これが俺の朝だ、俺の世界だ!」
見えるだろう、この地平が。
何も無いこの世界が。
ここは白紙であるが故に、あらゆる物を描く事が出来る。
俺に許された世界。俺が絶対者として君臨する権利を持つ世界。
「さあ昇れ、昇って来い―――偉大なる正午よ!」
新たなる世界を、不完全な《欠片》のまま創り上げられた世界を、その目にしかと焼き付けろ。
これが答えだ、ベルヴェルク。お前があらゆる物を犠牲にして辿り着こうとした境地だ。
「超越―――」
人の身で、座へと至った―――その、証拠だ!
「―――《拒絶:永劫回帰・肯定せし永遠の螺旋》ッ!!」
そして、世界は日の光に包まれた。
真上に昇った太陽と、広大な平原。
かつての俺の世界の面影はどこにも無い―――平穏で、静かな世界。
それを見つめ、ベルヴェルクは僅かに震えている声を絞り出した。
「これ、は……そう、か。そういう事か……貴公こそが、答えであったと言う事か―――」
己の超越を自分の周囲へと固めて密度を高めながら、ベルヴェルクは感動に打ち震える声を上げる。
答えを知って尚、戦いを続けようとするのは……本当に厄介な知識欲と言った所か。
「素晴らしい……これほど美しいものが、これまでに存在しただろうか! ……感服したぞ、九条煉」
「そうかよ……だが、まだ終わるつもりも無いんだろう?」
「無論。余は、まだこの世界を味わい尽くしていない。見せてくれ、九条煉……この、世界を。余が跪くに足る、その輝きを!」
「男なんざ跪かせる趣味はねぇよ」
ベルヴェルクの超越から放たれる無数の輝き。
世界を直接ぶつける事による攻撃だろう。無論、それをただで喰らうつもりも無い。
ここは俺の世界だ。荒らされてなるものか。
「だから―――行こう、ミナ。皆と、一緒に」
『ん……行こう、レン』
―――《読心》―――
金色の輝きが、俺を背中から抱き締める。
ミナの力を、その世界を受け入れ―――この世界に、水が生まれる。そして、心が生まれる。
『絆を繋ぐ―――』
「―――誰よりも速く。そして、何よりも遅く」
―――《加速》―――
―――《静止》―――
『ようやく、人に頼る事を覚えたって訳ね。全く、世話が焼けるんだから』
「……悪いな、フリズ」
『あはは! でも、真っ先にアタシを呼んでくれたんだから、許してあげるわ』
「助かるぜ、蓮花」
背後に、更に二人の気配を感じる。
ミナの力によって引き寄せられた心が、この世界と接続された。
『折角のあたし達の世界。傷つけられたら堪ったもんじゃないわ』
『そうね。だから、止めちゃいましょう』
小さく、笑う。
二人の世界を受け入れ、この世界に生まれるのは時間と月。
フリズの超越たる時間停止の力と、蓮花が得たであろう超越、あらゆる物を静止させる月光。
その二つの力を受け、ベルヴェルクの世界から飛来しようとしていた世界達はその動きを止めた。
「ぐ……く、ははははははッ!!」
「……生命活動静止を受けて、どうして生きていられるんだか」
蓮花の超越は、『煉と永遠に殺し合いを続けたい』と言う願いから発した、俺と蓮花以外の全ての運動や生命活動を強制的に停止させる能力を持っている。
いくら超越を纏っているとはいえ、時間停止と同時に受ければどうした所で動きは止まるものだが。
……時間すらも関係ない領域へ、コイツもこの瞬間に成長していると言う事か。
奴はその手の中に漆黒の剣―――世界を創造する事によって創り上げたあの剣を発生させる。
……否。そこに創り上げられた剣は、以前見たものとは比べ物にならない。
これは、あの時俺を閉じ込めたものと同じ密度の世界を固め、創り出したものだろう。
その密度は、例え誠人の剣だったとしても耐えられるものではない筈だ。
けれど―――
『レン―――』
「絆を、深く。力を通さず、魂も傷つかず―――!」
―――《遮断》―――
―――《魂魄》―――
『……ボクまで呼んでくれるとは思わなかったのですよ』
『でも……ありがとう、ございます。一緒に戦えて、嬉しい……』
「ああ……頼むぜ、二人とも」
響いた声に、小さく笑う。
二人の世界を受け入れ、俺の世界に力と魂が生まれる。
それと共に、俺の足元から体を這い上がるように影が生まれ、俺の体に絡みついてゆく。
―――生まれたのは、一着のコートだ。
「はあああああッ!」
「―――!」
大上段からの、ベルヴェルクの一閃。
俺は、それをコートを纏ったその腕で受け止める。
コート―――桜とフェゼニアの力によって創り出されたこの服は、その攻撃の力を完全に遮断した。
その結果に、ベルヴェルクは強い歓喜の表情を浮かべる。
「素晴らしいぞ……!」
「お褒めの言葉どーも!」
腕で振り払えば、ベルヴェルクは大きく跳躍して距離を開ける。
桜の従える六十億を越えた魂によって構成され、更にフェゼニアの力が及んだこのコート―――それと同化した俺には、例え魂を焼き尽くすような攻撃が来た所で通用しない。
距離を開けたベルヴェルクへと、銀の炎から作り上げた弾丸を放つ。
しかし、奴は展開した世界の壁によって、その無数の弾丸を受け止めてしまった。
さっきまでだったら、これだって十分な出力だった筈なんだがな。
『なら、どうするの?』
「決まってるさ。もっと深く、絶対不可避の滅びを―――」
―――《未来選別》―――
―――《記憶》―――
―――《時空》―――
『成程、随分と大盤振る舞いな組み合わせだ』
『だが、敗北の未来は有り得んさ』
『せやね。だって―――』
『私達が、観測するからな』
過去が、未来が、時空が生まれる。
アカシックレコードとの接続、そして可能性世界の観測。さらに、それらから読み取れる現在、過去、未来、平行世界のあらゆる可能性から、勝利する結末を引き寄せる。
可能性が無い事はありえない。何よりも、その可能性が存在しない事自体を拒絶するからだ。
―――全てを視て、俺は顔を上げる。
「己の力を基点に、《読心》の力を用いて複数の力と接続、その力を己の世界に取り込む……それが、貴公の力と言う事か」
「ま、そうだな」
こちらへと視線を向けるベルヴェルクは、この僅かな時間に俺の力の正体に気付いていたようだった。
警戒すべき頭脳だが―――最早、その必要も無い。
幕引きの魔弾は、既に用意されているのだ。
「魔弾よ……蓮花、力を貸してくれ」
左掌の上に浮かぶのは、一塊の銀の炎。
その炎は、右手に取り出した黒いリボルバー……蓮花の銃へと引き込まれ、一発の弾丸として装填された。
現在、過去、未来、平行世界―――あらゆる可能性の先から敵が滅ぶ結末を抽出し、蓮花の『死』の力を込めた必滅の魔弾。
その銃口を、ベルヴェルクへと向ける。
己の滅びが間近に迫っている事を、奴は確信しているだろう。けれど、その表情は何処までも穏やかだった。
言葉も無く、奴は手に持った剣を構える。
―――決着は、近い。
「一つ、問いたい」
「……何だ?」
「貴公は何故、その領域へと届く事ができたのだ?」
「そんなモノ、見りゃ分かるだろ」
その言葉に、ベルヴェルクは目を見開き―――どこか、苦笑じみた表情を浮かべて見せた。
俺は銃を、奴は剣を構え直し、静かに対峙する。
そして―――俺は、世界に命じた。
「死を想え、生を知れ―――熱火と力に満ちよ!」
座として、世界を統べる世界として構築された俺の超越。
この世界の意思を知れ―――!
「偉大なる正午よ―――謳え悠久の願いと共に!」
そして―――幕引きの魔弾は、放たれた。
距離も時間も、次元すらも無視し、銀の魔弾はベルヴェルクの命脈を刈り取る。
けれど、奴はその不可避の軌道を持つ弾丸を、己の世界で包み込む事によって軌道を捉えていた。
そして、その無限の世界が詰まった刃を、弾丸へ向けて振り下ろす―――
―――そして、砕け散った。
「が……!」
弾丸はベルヴェルクの剣を何の抵抗も無く打ち砕き、その胸を一直線に貫いた。
粉々に砕けて消滅する世界の中、その超越もろとも、奴はその場に崩れ落ちた。
「く、は……はは……ッ! 素晴ら、しい……これが、答え……」
仰向けに倒れ、血を吐き出しながら、それでもベルヴェルクはその歓喜の笑みを消していなかった。
その姿を隣に立って見下し、俺は静かに声を上げる。
「……満足かよ、テメェは」
「無論、だ……我が、道に、後、悔も……未練、も……無い……!」
心の底から、奴はそう思っていたようだった。
救いようも無く―――救うつもりも無いが―――純粋な求道者だった、って事か。
俺の視線を受け、ベルヴェルクはただただ満足そうな笑みを浮かべる。
「感服、した……余の、魂も《欠片》も……すべ、て、貴公のものだ―――」
「……!」
その言葉と共に、ベルヴェルクの体が光の粒子となって消滅してゆく。
そして、その中でも一際大きな輝きを放つ二つ……ベルヴェルクの魂と《欠片》は、俺の方へと飛んでくる。
―――何故か、それを拒もうと言う思いは起こらなかった。
「……ったく、どいつもこいつも」
人の事言えたモンじゃねぇが……どいつもこいつも馬鹿だよな、男ってのは。
兄貴も、この男も……そして、俺も。
「けど―――これで、最後だ」
空を見上げる。
無数の天体が煌く空は、昼と夜を生み出されたこの世界には良く映えた。
これが、俺の―――俺達の、世界。
手を伸ばせば、望んだ日々が届く場所……ついに、ここまで来たのだ。
「……来い、ヴェレングス」
無数の天体の中から、一つの世界が飛来する。
俺達が戦ってきた世界。バランスが崩れ、危うい均衡の上に成り立っていたこの世界。
壊れ物のようにそれを持ち、俺は小さく囁いた。
「《創世》……あるべき姿へ。邪神なんてものは、あんな悲劇はもう必要ない。俺達が生きる世界だ……もう、理不尽な終わりなど認めない」
俺の願いのまま、ヴェレングスは歪みを正されあるべき形を取り戻してゆく。
邪神と言う存在は単なる負のエネルギーへと還元され、天秤の上へと戻っていった。
……一応、フェンリルやミドガルズは残しておく事にするが。
呆気無いと言えば、確かに呆気無くは感じる。
けれど、これは俺達が長い間求め続けてきた結末だった。
求め、焦がれ……いつもいつも、後一歩届かなかったこの答え。
「皆に幸福を。最高のハッピーエンドを。誰もが幸せな世界なんて創れはしないけれど、俺の大切な人達ぐらいなら幸せに出来る」
神としては失格だろう。
けれど、それでも構わなかった。
確かにその領域には至ったけれど、俺は決して神などと呼ばれるような存在ではない。
俺は、全てに救いをもたらすような都合のいい存在ではないからだ。
満たすのは自分勝手な願望だけ。
―――それが、俺の精一杯だ。
『―――レン』
「……ああ。長い間待たせてゴメンな、ミナ」
『ううん。レンは、わたしを助けてくれたよ。ずっと、ずっと……待っていたから』
愛したい、愛して欲しい。
救いたい、救って欲しい。
赦したい、赦して欲しい。
ただそれだけを抱き続けてきたミナは、俺の答えを笑って受け止めてくれる。
だからこそ、俺にはこんな場所は似合わない。
上から眺め続けるだけなんて、満足出来ない。
俺は、欲張りなんだ。
『……帰ろう、レン。みんなの、ところに』
「ああ……そうだな、帰ろう」
浮かび上がったヴェレングスに、手を触れる。
自分自身の世界から、一つ下の階層へ。
触れた世界の大地―――そこで、空を見上げて笑っているミナと、視線が合った気がした。
《SIDE:OUT》