17:銀の閃光
「ヒロインの必殺技がアレってどういう事なの」
「かっこいいじゃん」
《SIDE:JEY》
村を出て、俺は山頂の方を目指して歩いていた。
今回の依頼は、スフリ草と呼ばれる薬草の採取だ。
本来なら俺は採取系の依頼は受けないのだが、この山には魔物は出ないので仕方なく受けてきた次第である。
本来ならこういう時はリルを連れてくるのだが、この薬草は集めた事があるので俺一人でも問題は無い。
何故戦闘専門の俺が集めた事があるかと言うと―――いや、止めておこう。
正直、あまり思い出したくない思い出だ。精神衛生的に。
「しかし、こんなモン何に使うんだか」
こいつは元々睡眠薬に用いる薬草だが、量を多くすれば毒薬にも成り得る代物だ。
山頂付近にしか生えない薬草とは言え、流通していない訳ではない。
それを態々傭兵に頼むと言うのも、何やら怪しい気がするが……まあ、依頼人の詮索はしないのがこの仕事のルールだ。
「さてと、もう十分だろ」
それなりの量の薬草を採取し、俺は満足して頷く。
これだけあれば大丈夫な筈だ。薬草の詰まった袋の口を閉じ、村へと―――
「……何者だ」
瞬間、空間に満ちた殺気に視線を細める。
周囲には無数の気配が満ち、それらは一様に俺の方へ意識を向けていた。
「ほぉう……ヒューゲンにしては、中々いい反応だ」
満ちる気配の中で最も強い魔力に視線を向ける。
そこから現れたのは、青紫色の髪を持つ女だった。
だが、人間ではない。額にある第三の瞳と、背中から飛び出た蝙蝠の翼、そして頭にある角。
「成程、堕ちたヴィーヴルか」
ヴィーヴルと言うのは、龍人族の中でも特に強い力を持つ者に与えられた称号だ。
普通の龍人族よりヒューゲンに近い姿だが、その魔力は強大で、額に第三の瞳と言う形で結晶化している。
彼らは誇り高いが閉鎖的な存在で、普通の人間の前には姿を現さない。
だが30年前、邪神龍が世界に顕現した時に問題が発生した。
元々龍の種族は魔力の感受性が高く、とりわけ第三の瞳を持つヴィーヴルはその性質が強い。
そして一部の龍の種族は、邪神龍の魔力を受ける事により『堕ちて』しまったのだ。
それがケイオスドラゴン、ケイオスヴィーヴルと呼ばれる存在だ。
「で……そんな面倒臭ぇ奴が何でこんな所にいるんだか」
「フン、口の減らん……去ね、貴様はこの我の土地に相応しくない」
……“母”の機能停止の所為か。
魔物を寄せ付けなかった結界が解除され、結果ここは魔物にとって手付かずの土地となった訳だ。
この土地を占拠し、自分達のねぐらにしようって言う魂胆だろう。
全く、本当に面倒だ。
「消えんのはテメェの方だ、雑魚が。俺は昨日から睡眠が足りてねぇから気が立ってんだよ。
気安く話し掛けんじゃねぇクソが」
「……何だと?」
俺の言葉を聞いたケイオスヴィーヴルが顔を引き攣らせるが、一々聞いてやるつもりは無い。
気が立っているのは事実だからだ。
やれやれ、本当に面倒臭ぇ。
「気が変わった……小僧、貴様はここで粉みじんに消し去ってくれよう」
「チッ……まあいい」
槍を取り出し、構える。
それと共に、周囲に満ちた気配がその圧迫感を増した。
辺りの林の中から、幼生龍や小龍などの小さな龍が姿を現す。
成程、これはこれは。
「いい臨時収入になりそうだな……テメェの第三の瞳を入れりゃ、結構な値段になるだろ」
「貴様……ッ!!」
まあ、第三の瞳にプライドを持ってるヴィーヴルからすれば、そりゃあ許しがたい台詞だろう。
けれど、俺にとっちゃその程度の相手でしかない。
要するに―――単なる金づるだ。
「第三位魔術式、《斬馬剣》」
槍から放たれた魔力が、巨大な大剣を作り出す。
それに反応し、周囲の龍達が俺に襲い掛かってくるが……遅い。
俺は槍に更なる魔力を与え―――
「―――オーバーエッジ!」
更に倍以上に膨れ上がった刃を以って、周囲を薙ぎ払った。
斬断され宙を舞う巨木、剣圧で千切れ飛ぶ幼生龍、真っ二つに斬り裂かれる小龍、そして吹き飛ばされるケイオスヴィーヴル。
「っと……あんまりやり過ぎるのは拙いな。貴重な龍の素材が飛び散っちまう」
「ぐ……ッ、おのれ貴様、よくも我が同胞を!」
「知るかそんなもん。狩られたくないんだったら人里離れた山奥で飼育しとけ」
小さく笑み、元のサイズに戻った《斬馬剣》を構える。
大分数も減ったし、多少は遊んでやるかね。
刃を構え―――瞬間、頭上に黒い影が掛かった。
「ッ―――最高位魔術式!」
見上げれば、俺の頭上を飛び越えて村の方へ飛んでゆくドラゴンの姿。
あのサイズは間違いなく成体だ、行かせる訳には行かない!
俺は刻まれた数ある魔術式の中で、最も効果的な一撃を選択する。
「《滅龍剣》!」
放たれたのは銀に輝く巨大な光剣。
いかなる龍をも両断する最高ランクの威力を秘めた一撃。
が―――その一撃を、上空を飛ぶ龍は不可解な軌道で回避した。
「な……っ!?」
「恐れをなして暴走した使えん龍かと思ったが……成程、貴様にとっては向こうを襲われる方が不都合なようだ」
言いつつ、ケイオスヴィーヴルは振り上げていた手を下ろす。
成程、魔力を使って無理矢理龍を動かしたか。
おかげで、眠かった目が覚めた。
「―――速攻で潰す」
「やってみろ、小僧が」
そして、次の瞬間―――莫大な魔力が、森の中に吹き荒れた。
《SIDE:OUT》
《SIDE:REN》
どうする、どうすればいい?
広場に降り立ったドラゴンを壊れかけた宿から眺めながら、俺は逡巡していた。
相手はドラゴン。魔物の中の魔物と言える存在。
俺の武器は確かにあいつに対して有効だろうが、それでも俺には今まで魔物との交戦経験は殆ど無い。
いきなりあんなバケモノを相手にしろと言われても無理な話だ。
だが、この村には魔物に対抗するだけの装備も人員も無い。
このままでは、容赦なく蹂躙されるだけだ。
ドラゴンは辺りを見回していてまだ活動には入っていないが、それも時間の問題だろう。
本当なら住人の避難を進めるべきの筈だ。
が、あんな速度で飛べるバケモノ相手に、避難なんて意味があるのか?
そんな思考のループに陥っていた俺は、ふと隣で立ち上がった気配に目を剥いた。
「ミナ、何のつもりだ!?」
そう、ミナが立ち上がり、あのドラゴンに向けて強い視線を向けていたのだ。
ドラゴンから視線を外さぬまま、ミナは声を上げる。
「ここは、お母様が護ってた場所。傷つけるのは、許さない」
「けど、俺達じゃあいつを倒せないだろ!?」
「倒せる」
言って、ミナは己の杖を見つめた。
《創造の歯車》の付いたその杖は、ミナの意思に答えるかのように歯車を回し始める。
「倒せる力がある。でも、わたしだけじゃ無理。わたしは、レンを信じた。だからレンも、私を信じて」
「あー……」
がりがりと、頭を掻く。
ダメだ、梃子でも動きそうに無い。
それにここまで言われたら、俺も引き下がれなくなってしまう。
「……分かった、行こう」
「ん」
頷き、装備に刻まれた魔術式を起動させる。
その場で跳躍し、俺は壊れた屋根を飛び越えて下の通りに着地した。
先ほどから成り行きを見守っていたリルは俺と同じように着地、ミナは浮遊しながらゆったりと地面に降りた。
さてと、ここからどうするか。
「リル、あの魔物の事は分かるか」
「わう。わふ、わぉん」
「ケイオスドラゴン、だって」
名前だけでは分からないので、その他の情報も通訳して貰った。
あれは邪神の力によって邪悪化したドラゴンで、あの個体は成体だが割りと小ぶりだそうだ。
吐くブレスは毒ブレスと言われ、吸い込んだ者は即座に解毒しなければ数分で死に至るとの事。
また、その血液は強烈な酸であり、並みの剣では致命傷を与えられないらしい。
酸を気をつけるべきはリルだが、ちゃんと知っているのならきちんと対処できるだろう。
俺やミナが気をつけるべきなのはそのブレス。特に、機動力の低いミナはブレスを避けられないだろう。
俺とリルが相手の注意を引かなくてはならない。
「どうする、ミナ。ミナには倒す方法があるんだろ?」
「ん……でも、動きを止めないと。飛ばれたら当たらない」
「成程。ならリル、お前は足を狙ってくれ。俺は翼を狙う」
「わう!」
実を言えば、俺にもあいつを倒せそうな手段はいくつかある。
が、一つは実行不可能で、もう一つは当てる事が難しい。
不意を討って撃ち込めば、とも思うが、弱点でありそうな頭を狙うにはどうした所で正面に立たなければならない。
そして、回復系の魔術式が効かない俺にとって、毒は致命的だ。出来るだけ正面は避けねばならない。
だから、何処からでも決められると言うミナに最後の一撃を任せた。
俺たちはそのお膳立てだ。
それに、ここでミナが活躍できれば、兄貴もミナを認めてくれるかもしれない。
「よし……行くぞ!」
感覚能力の強化も発動、俺は背信者をドラゴンに向ける。
実を言うと、どちらの銃もすでにメーターは半分を切っている為、あまり無駄弾は撃てない。
だから、最大威力で放つのは確実に当てられる最初の一発だけだ。
まだこちらに気付いていない龍の背中に向け、俺は引き金を引き絞る。
「《徹甲榴弾》!」
放たれたのは、アルシェールさんに刻んで貰った魔術式の一つ。
二つの弾丸はドラゴンの背中に突き刺さり―――数瞬後、突如として爆発を起こした。
硬い装甲を持つものに対し、内部からの破壊を狙う弾丸。
二つの爆発はドラゴンの背中に大きな傷を与えた。が―――俺は、この選択を後悔していた。
飛び散った血が、広場の一部を溶かしてしまったからだ。
「やっべ……」
血を被ってしまった人がいないかどうか確認して、ほっと息を吐く。どうやら大丈夫だったようだ。
だが、これは慎重にならないといけない。炸裂する弾丸では血が飛び散ってしまう。
苦悶の声を上げたドラゴンは、俺たちの方へ視線を向けた。
同時に、リルと共に駆け出す。
俺よりも速く移動できるリルは、ドラゴンが行動を起こす前に奴に接近すると、跳躍してそのナイフでドラゴンの顔に傷を付ける。
そして、リルはそのままその顔を蹴り、ドラゴンの反対側へと通り抜けた。
傷を付けられたドラゴンは、怒りのままにリルの方へ視線を向ける。
「サンキュ、リル」
俺を気にして、リルが注意を引いてくれたようだ。
元々相手を撹乱するような戦い方を得意とするリルには、その方が戦い易いのかもしれない。
俺も走りながら、銃の威力を中間まで下げる。
狙うのは、翼の付け根だ。
「ちッ、ここじゃ狙い辛いな」
あのドラゴンは基本が前傾姿勢のようなので、地面にいる俺は完全に背後でもない限り翼の付け根は狙い辛い。
そのため、俺は地面から跳躍し、近くにあった家の屋根の上に上った。
前傾姿勢でも高さ五メートル近くあるドラゴンの背中はそれでも狙い辛かったが、一応これなら何とかなる。
俺は狙うべき場所に銃口を向け、引き金を引く。
放たれた弾丸は翼の付け根近くに当たり、その肉を貫いた。が、まだまだその傷は小さい。
人間なら一発で穴が開くってのに、さすがの強度だ。
『ギィアォオオオオオオオッ!!』
「Shit!」
ドラゴンは尻尾を振り回し、俺が足場にしていた家を叩き壊す。
俺は足場か崩れる前にとっさに跳び上がり、別の建物の屋根に着地した。
ズドンズドンと地響きがするので下を見てみれば、リルが走り回ってドラゴンの足を何度も斬りつけている場面を目撃する。
こっちも負けていられないと、俺は銃口をドラゴンの翼へと向けた。
「《散弾銃》!」
両の銃から、散弾となった魔力がドラゴンの左翼に無数に突き刺さり、その翼膜を傷つける。
この程度じゃ穴は空かないか……だが、強度は下がったはず!
その瞬間、離れた場所から凛とした声が響いた。
「《創造:魔術銀の剣・射出》」
声の主は、言うまでもなくミナ。
その声と共に、俺の横を三本の剣が通り過ぎた。
磨き抜かれたミスリルの剣が、傷ついたドラゴンの翼膜に突き刺さり、穴を開ける。
『ゴガァアアアアアアアアアアアアッ!!』
怒りの咆哮が響く。感覚が強化された今の俺には少々キツイものがあるが、その耳の痛みを利用して竦む足を叱咤する。
そして俺は、ミナの方へ視線を向けたドラゴンの、その牙の一つを打ち抜いた。
『ギァアアッ!?』
「そっちじゃねぇよ、トカゲもどきが」
言葉が通じたのかどうかはわからんが、ドラゴンの注意はこっちに向いてくれた。
が―――
「良かったかと聞かれると、疑問だけどな、こりゃ―――」
思わず、顔を引きつらせる。
ドラゴンはこちらに向け、大きく息を吸い込み始めたのだ。
誰が見たってわかる。こいつは―――
「Holy Shit! ブレスかよ!」
咄嗟に、建物の屋根から飛び降りる。
それとほぼ同時、奴のウィルブレスは放たれた。
紫色に染まる毒々しいそれは、勢いだけで建物の二階部分を消し飛ばす。
「おいおいおいおい……!」
あんなもん、毒とか言う以前に食らったら消し飛ぶだろうが!
しかもドラゴンの奴は、ブレスを吐きながら俺の事を追いかけてくる。
くそっ、これじゃあ余計に被害が―――
「《創造:魔術銀の杭》」
―――瞬間、地面から突き出してきた銀色の杭が、ドラゴンの上顎と下顎を縫い付けた。
丁寧に返しまでついているので、そうそう抜けないだろう。
強制的に口を閉じさせられたドラゴンは、苦悶のままに口の間から紫の吐息を吐きだしている。
チャンス!
「《徹甲榴弾》!」
狙う場所は翼の骨の部分。
先程よりも威力は下がるが、ああいう細い部分を狙うならばむしろちょうどいい。
先程の威力では貫通しきってしまうかもしれないからだ。
突き刺さった弾丸は、おそらく骨に達したはずだ。そして―――爆ぜる。
『―――ッ!!!』
開けられない口で苦悶を叫ぶドラゴン。
だが―――これで逃れられない。
「ミナ!」
「《創造―――》」
見上げた場所に、ミナはいた。
ローブの力で浮遊しながら、杖を正眼に持って目を閉じている。
その杖に付いた《創造の歯車》は―――今までに見た事も無いほどに、高速で回転していた。
桃色の光が、ミナの膨大な魔力が周囲に溢れる。
そして―――
「《―――神鉄の斬龍刀》!!」
―――虚空から現れた十メートル近い巨大な剣が、ドラゴンの体を容赦なく貫いた。
《SIDE:OUT》