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IMMORTAL BLOOD  作者: Allen
ディンバーツ編:幸せな結末を求めて
188/196

181:《彼女》が願ったものは

誰もが持っていて当然の、当たり前な幸せ―――それに手を伸ばす事は、罪だろうか?











《SIDE:REN》











超越ユーヴァーメンシュ―――」



 声が、聞こえた気がした。

いや、それは決して気のせいなどではない……俺の目の前に広がっていた光景は、まるで水晶が砕け散るかのように消え去っていたのだ。

そして、その奥から見えたのは―――



「《拒絶アブレーヌング》」



 ―――眩く輝く、水晶の城。

反響しながら響いてくるのは、聞き覚えのあるあの女の声だ。



「《未来選別ツークンフト》」



 分かる……この場所が何であるか、今ならば理解できる。

この、魂を揺さぶられるような感覚は……!



「《時空ラウムツァイト》」



 ―――超越ユーヴァーメンシュによって創り上げられた、一つの世界!



「―――《未知を探る水晶宮グラスパラス・ヴィセン・ウンベカンテン》」



 そして、世界は砕け散る。

現れた世界はさらに砕け……世界は、輝く破片に包まれる。

次の瞬間、俺の目の前には見知った姿が現れていた。



「何だ、これは……煉? 何故お前がここにいる?」

「そりゃこっちの台詞だって……どういう事だよ、こりゃ」



 目を瞬かせる誠人の言葉に、肩を竦めながら周囲を見渡せば、そこは水晶に包まれた広間。

床も、壁も、天井も……すべてが透明な結晶体に包まれていた。

何か、周囲全てから観察されている気分で、少しだけ落ち着かない。


 ……さっき聞こえた声には、聞き覚えがあった。

そして、この世界……明らかに、超越ユーヴァーメンシュによって創造された世界だ。

これを展開したのは、まさか―――



「―――僕の世界にようこそ。九条煉、それに神代誠人……ようやく、辿り着いてくれたね」

「エルロード! ……と、ミナ?」



 声の聞こえた方向へと振り向けば、そこには先程の声の主であるエルロード、そしてなぜかミナの姿があった。

何だ、どうしてミナがここにいる?


 ここはエルロードが展開した超越ユーヴァーメンシュって事だろう……あいつも、俺達と同じように《欠片》を持っているのだから、出来ていてもおかしくは無いと思う。

けれど、ここにミナがいる理由だけは納得できない。こいつの超越ユーヴァーメンシュの力は、一体どういうものなんだ?


 訝しげな表情を浮かべている俺と誠人へ、エルロードは小さく苦笑じみた表情を浮かべた。

そんな、超然としていない人間らしい表情に、俺は思わず眉根を寄せる。

何だ? 何か、いつもと雰囲気が違う……?



「……二人とも、君達は思い出した・・・・・のかな?」

「何の事だ、と言いたいが……大方、予想はついてしまうな」

「……」



 誠人が視線を細めながら言い放った言葉に、俺は思わず沈黙する。

先程の記憶のフラッシュバック……自分自身・・・・が死ぬ光景に、何となく予想はついてしまったのだ。

あれを見たのは、間違いなく俺自身であるという事を。


 沈黙した俺達の姿を見つめ、エルロードは小さく微笑む。

その隣で……ミナは、俯いたままじっと口を閉ざしていた。



「土壇場で気付いてくれて助かった、と言うべきか……ある程度の記憶が無ければ、この世界に招く事は出来ないからね。

その刀がここにあるという事は、君も思い出しかけているのだろう、雛織椿?」

『……確かに、な。ワタシも、誠人が塵と化してしまう光景を知っていた。これは、どういう事だ?』

「……出来れば、ここにいない三人のように、己の力で思い出して貰いたかったのだがね」



 肩の中から姿を現した椿の言葉に、エルロードは再び苦笑するような表情を浮かべる。

他の三人は思い出している……俺達は、何かを忘れている?

そうだ、蓮花と戦った時にも、それを感じていた。

何か、大切な事を見失ってしまっていると―――



「ッ……」



 ずきんと、頭に痛みが走る。

何だ、何を忘れている?

何か、大切な事を……本当に、後悔した事を。



「この世界に来てから力を扱い始めた君達では、流石に仕方ない事ではあるか……力がまだ完全に根付いていないのだろう。なら……仕方ないか」

「……何をするつもりだ、エルロード」

「九条煉、以前君にしてあげた事と同じ事だよ」



 言って、エルロードは俺達の目の前に、三つの光の球を発生させた。

これは……そうだ、俺が以前倒れた時に見たのと同じ、エルロードが持っていた《神の欠片》!

俺の目の前にあるのは、間違いなく俺と同じ《拒絶アブレーヌング》の《欠片》だ。

そして、誠人と椿の前にあるのは、恐らく―――



「僕は、三つの《欠片》を持っている。ヴェレングスの住人が呼ぶ《旅人》の力とは、《時空ラウムツァイト》と呼ばれる力だ。

これが、この超越ユーヴァーメンシュの起点となっている《欠片》。

そしてそれ以外に、僕は《拒絶アブレーヌング》と《未来選別ツークンフト》の《欠片》を持っている」

「何故、そんな都合良く……」

「逆だよ、神代誠人。偶然僕がその力を持っていたのではなく、僕がその力を持つ君達を探し当てたんだ」



 そうだ、確か以前にもそんな事を言っていた。

しかし、どういう事だ?



「……力を分け与えてくれるのはありがたいけどな、エルロード。お前、これはかなりリスクの高い行為だって言ってなかったか?」

「ああ、その通りだよ。もしもこれで君達が失敗すれば、僕は確実に敗北する事となる。けれど―――」



 一瞬、エルロードはミナの方へと視線を向ける。

そして、小さく微笑みを浮かべた。



「僕は、この世界・・・・に懸けると決めた。故に、君達には上り詰めて貰わなければならない」

「……」



 何か、引っかかる言い方に―――俺は、また頭痛を覚える。

何だ? 一体、何を忘れてしまっているんだ?

これを、この力を掴めば……思い出せるのか?



「……レン」

「ミナ?」



 反響する声に、俺は《欠片》から視線を外してミナの方へと向ける。

エルロードの横に立つミナは、伏せていた視線をそっと上げ……躊躇いがちながらも、声を上げる。



「……わたしは、ずっと覚えてた。なのに、レンに黙ってた……ごめんなさい、レン」

「……覚えてた、か」



 その言葉に、俺は小さく笑う。

分かっていた……いや、少し違うか。



「ミナが何かを隠してるのは、何となく気がついてたさ」

「ぇ……? でも、そんな事……」

「そりゃまあ、ミナの前じゃ考えてなかったからな」



 けれど、俺は気付いていた。

気付いていながらも、決してミナの事を疑ったりはしなかった。

分かっているんだ。ミナは必ず俺の味方でいてくれると……そして、俺もミナの味方でいると。

故に―――



「お前が、エルロードの事を信じているんなら、俺も信じるさ」

「……やれやれ」



 俺の言葉に、誠人が隣で肩を竦める。

そちらへじろりと視線を向けてやれば、誠人はちょうど視線を逸らした所だった。

無駄な事に能力使いやがって、この野郎。



「……さて、と」



 小さく苦笑し―――俺は、視線を正面へと向ける。

そこにある、《拒絶アブレーヌング》の《欠片》へと。



「手を出せば、もう後戻りは出来ないってか」

「そうだね。君達も僕達も、前に進む以外の選択肢を失ってしまう」

「……成程な」



 小さく、笑みを浮かべる。

そんなものは、脅しになっていない。

俺はもう……とっくの昔に、後戻りする気など失っているのだから。


 故に―――



「必ず、思い出す! そうだろ、誠人、椿!」

「……そうだな。今更、予防線は必要ないか」

『元々、このまま戻っても死を待つだけだろう? なら、やるしかないさ』



 互いに笑い、そして―――俺達は、《欠片》へと手を伸ばす。

瞬間、光の球は水同士が触れ合うかのように体の中へと引き込まれ―――そこに刻まれた記憶が、弾けた。



「ッ……!?」



 押し流されるほどの記憶の奔流。

その勢いに衝撃を受けながらも、俺はじっとそこに流れる映像を眺めていた。

―――見えた光景は、錯覚などではない。周囲の水晶は、《欠片》に刻まれた記憶達を鏡のように映し出していたからだ。


 ―――俺達の、記憶を!



「これ、は……!」

『……まさか!』



 二人の呻く声は、殆ど頭の中に入ってこない。

そこは、既に別の物で埋め尽くされていたからだ。


 例えば、俺とミナがドラゴンに殺された記憶。

吸血鬼に敗北した記憶、迷宮の中で倒れた記憶、ダゴンとの戦いで魂を砕かれた記憶……!

ミナと愛し合った記憶、フリズと共に歩んだ記憶、蓮花と共に狂った記憶―――無数の、俺達が辿らなかった光景が、俺達の前に指し示される。

これは、可能性の光景?

―――そうだとも言えるし、違うとも言えるだろう。

これは、エルロードが見続けてきた世界の光景だ。

あの時、こうしていたら。あの時、こうしなかったら。そんな無数の後悔から、無限の敗北紡がれてきた、やり直し・・・・の世界!



「―――僕の超越ユーヴァーメンシュの力は、世界を渡るだけのものではない。

あらゆる敗北の未来を拒絶し、僕がこの《欠片》を得たその日まで遡る事……破局の日を迎えない世界を望んだ、僕の力の形だ」



 そうだ、エルロードはやり直し続けてきた……いつの日か、世界を破滅させる要因であるベルヴェルクを倒せる事を信じて。

けれど、エルロードと言う存在が目覚めた時には、既にベルヴェルクは姿を消していた……再び現れる、その日まで。

そして再び現れた日には、エルロードでは決して届かないほどに強大な存在へと姿を変えていた。

だからこそ、探し求めたのだ。あの男を倒す事の出来る、俺達と言う可能性を。


 そうして、エルロードは俺達の事を導き続けてきた。

俺達が失敗するごとに選択肢を変えながら、幾度も幾度も……何千回、何万回とこの二千年をやり直してきたのだ。


 ―――俺とエルロードがぶつかりかけた、あの日から。



「君達が失敗するごとに、僕は君達の《欠片》を回収し……そして、君達の世界へとばら撒いた。

最初にそちらへと力を撒いたのは偶然だったけれどね……それが、突破口になるとは、思わなかったよ」

「……それで、俺達の《欠片》には敗北の記憶が刻みつけられていたって訳か」



 記憶の奔流が収まり、俺はようやく俯かせていた顔を上げる。

俺達の記憶のフラッシュバックは……俺達が知らない筈の事を知っていたりした事も、全てこれが原因だったって訳だ。

複雑ではあるが……まあ、納得は出来たな。


 隣へと視線を向ければ、誠人や椿も納得した表情で頷いている。

二人も、うまく思い出せたみたいだな。



「……それで、ミナは……これを、ずっと前から思い出していたって訳か」

「―――ッ!」

「そうだね。《読心ゲミュート》の力は、他人の記憶や思いに触れ易い。それだけ、刻みつけられていた記憶が刺激されていたのだろう」



 俺の言葉に、ミナはびくりと肩を震わせる。

その様子に、俺は小さく苦笑を浮かべていた。



「バカだな、ミナ。そんな事で、俺が怒るとでも思っていたのか?」

「え……?」



 恐る恐る、と言った様子でミナは視線を上げる。

迷っていたんだろう。自分自身の思いが、本当に自分の物なのか分からずに。

ただ、笑う。そんな事は気にしなくていいんだ、と。

そんな俺の表情に、その心に……ミナは、大きく目を見開いていた。



「……わたしが、初めて会った時からレンを好きだったのは……無数にやり直した世界で、レンは一度もわたしを裏切らなかったから。

記憶の戻っていないわたしでも、それを何となく覚えていたから……だから、今のレンを愛していた自信が無いの。

大切だったはずなのに……後戻りできない所まで、巻き込んでしまった……」

「ミナ……」

「レン……わたしはちゃんと、あなたを愛せていたの……?」



 揺れる瞳で、懇願するように……或いは、懺悔するかのように、ミナはそう呟く。

俺が思い出す事は、お前も望み続けていた筈だろう?

なのに、何を今更恐がっているんだか……思わず、苦笑してしまう。

そんな表情のまま、俺はミナへと近寄り―――そっと、その身体を抱き締めた。



「なあ、ミナ。俺が今こうやってミナと一緒にいられるのは、ミナが俺といる事を望んでくれたからなんだぞ?」



 俺の他にも《拒絶アブレーヌング》の《欠片》を持つ人間は存在していたかもしれない。

けれど、他の候補を探そうとしなかったのは、ミナが俺と共に戦う事を望んでくれたからだろう。

エルロードからすれば、どうしようもないほどに使いづらい駒だった筈だ。

何せ、場合によっては世界が滅ぶ原因にもなったりするぐらいだからな。

けれど、それでも俺を選び続けてくれたのは、ミナが俺を望んでくれていたからだ。



「だから俺は、お前と一緒にいられる。お前を愛する事が出来る。これほど幸せな事は無いだろ、ミナ?

……俺を選んでくれて、見捨てないでいてくれて……俺を愛してくれて、本当にありがとう」

「レ、ン……!」



 肩を震わせ、涙を流すミナ―――その身体をそっと抱き締め、俺はエルロードの方へと視線を向けた。

奴も俺の視線に気付き、小さく苦笑のような表情を浮かべる。

そして―――すぐさま表情を取り繕い、声を上げた。



「君に問おう、九条煉」

「……何だ?」

「君は、この無限の敗北の記憶を見て、運命には勝てないと屈するかい?

それともこの理不尽な運命を、残酷な世界を、そしてそれに引き込んだこの僕を恨み、怒りと共に戦うかい?」



 それは、最早確信に満ちた声音だった。

分かっている、分かりきっている。コイツは数え切れないほど永い時の間、俺達の事を見つめ続けてきたんだ。

だから、俺達が選ぶ答えも分かり切っている筈だ。



「恨むし、憎むし、怒るさ。世界を恨み、運命を破却する。決して折れたりはしない。お前の事も、決して赦したりはしない」

「……そうか。ならば―――」

「―――だから、これが終わったら無償奉仕だぜ、エルロード」

「……え?」



 そんな俺の言葉に、エルロードは初めて、きょとんとした人間らしい表情を見せていた。

普段の超然とした薄ら笑いは無く、ただただ……人間の少女のように、エルロードは目を見開く。



「知ってるだろ、俺達は皆ミナには甘いんだ。だから、ミナが悲しんだりするような真似はしない。

お前を殺したらミナが悲しむだろうが。って言う訳で、これが終わったら馬車馬の如く働いてもらうからな」

「っ……は、はは……あはははははははははははっ!」



 俺の言葉に、エルロードは笑う。

ただの人間のように、ただの少女のように―――神様なんて役割を演じていた人間は、その仮面を外す。

ひとしきり笑ったエルロードは、その顔に柔らかな笑顔を浮かべ、俺へと向かって声を上げた。



「……完敗だ。敬意を評するよ、九条煉。僕の……ううん、の役目は、もう終わりみたいだ」

「へぇ」



 繕ったその態度さえ失くせば、後に残るのは少女らしい姿と声。

偽りの神となる前の、アルシェール・ミューレの姉であった少女の姿が、そこにあった。

……ふと気になって、俺は彼女へと尋ねる。



「エルロード、アンタはどうして―――」

「エルフィール」

「……え?」

「私の本当の名前は、エルフィール・ミューレ。回帰リグレッシオンに掲げた願いは、もう一度だけ、アルシェや母さんと共に笑い合いたいというものだ」



 エルロードは―――いや、エルフィールはそう言って笑う。

神様扱いされてた割には、随分とちっぽけな願いだ……けど、あの態度よりは、ずっと好感が持てる。

何故なら、今のこいつの言葉の中に、嘘偽りを見つける事はできなかったからだ。



「だから……お願いだ、九条煉。この世界で、君の望むものを手に入れてくれ」

「言われなくても、な」



 思わず、笑う。

やっぱり、長い間俺の事を見てきただけはあるって事だ。

俺の望んでいる事を、しっかり理解している。


 そっとミナの頭を撫で、俺は踵を返した。

待っていた誠人と椿へと笑い、そして笑みを返してくれる二人に頷きながら、再びエルフィールの方へと視線を向ける。



「―――行ってくる」



 多くの言葉は要らない。

俺はただ、エルフィールと……そして、ミナへと視線を向けてそう言い放つ。

二人は、ほっと安心したような笑みを浮かべ―――



「行ってらっしゃい、レン」



 ―――その言葉と共に、水晶の世界は消え去っていた。










 さあ―――俺達の世界を、始めようか。











《SIDE:OUT》





















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