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IMMORTAL BLOOD  作者: Allen
ディンバーツ編:幸せな結末を求めて
186/196

179:願う世界は

「幸せだった一瞬が、満たされていた刹那が……永遠に、留まればいいのに」












《SIDE:FLIZ》











「それで……どうするつもりなん、フーちゃん?」

「どうするって言われてもね」



 後ろから話しかけてきたいづなの言葉に、あたしは邪神龍から視線を外さないようにしながら肩を竦めた。

どうやって倒すのか、って言う事なんだろうけど……まあ、一応考えはあるっちゃある。

ただ、多少は慣らしてから行きたい所ね。



「とりあえず、ちゃんと見てれば皆でも避けられるはずよ。機動力低いミナはちょっと怪しいけど、そこは桜が付いていてあげて」

「え……? あの、避けるって……さっきのあれ、避けられるような速度じゃなかったような気がするんですけど……」

「今度は避けられる。だから、信じて」



 皆からすれば、何の根拠もないであろうあたしの言葉。

ちゃんと説明したい所だけど、正直そんな時間も無さそうだし……ここは、信じて貰うしかない。

そしてそんなあたしの言葉に三人が頷いてくれる気配が、背中越しに伝わってきた。

……小さく、笑う。



『滅びよ娘、そして忌まわしき槍よ!』



 ファフニールの叫びと共に、周囲に無数の黒い火炎球が現れる。

それら一つ一つが数十人の人間を焼き尽くして余りある火力を有している事は、遠目からでも十分に理解できた。

喰らえば一溜まりもないだろう。けど、それは喰らえばの話だ。



『燃え尽きろ!』



 その方向と共に、無数の炎が放たれる。

前方から殺到してくる炎。普通に考えれば避ける事は叶わなかっただろう。

けれど―――



「ん、何や? 遅い……?」

「でも、これなら避けられます……!」



 その攻撃の弾速は、前に戦った時のブレスとは比べ物にならないほど遅くなっていた。

それを見て、皆が安全な場所へと退避する―――シルクは遠くに離れて貰う―――のを見つつ、あたしは真正面から接近する。

正面から迫りくる炎を全て躱し尽し、邪神龍へと正面から立ち向かう。



『貴様―――!』

「ふッ!」



 鋭い呼気と共に、加速。

振り下ろされる巨大な爪の内側へと入り込み、あたしは強く跳躍した。

そして振りかぶった左の拳を、強くファフニールの腹部へと叩きつける。


 ―――水面に板を強く叩きつけたような音が、周囲へと響き渡った。



『グ……! 貴様、何をしたッ!?』

「言ったでしょ! あたしより速いものを許さないってね!」



 吹き飛んだ邪神龍へと、あたしは不敵に笑う。

そんなあたしへと向けてブレスが放たれるけど―――やはり、遅い。

横へと跳躍し、あたしはその一撃を回避した。



『フーちゃん、一体どういう事なん?』

「仮展開よ、仮展開。アンタもそろそろ使えるようになったんじゃないの?」



 着地しつつ、ミナの能力越しに話しかけてきたいづなへと返答する。

あたしの超越ユーヴァーメンシュ……その仮展開をしたのが今の状況だ。

この力は全ての敵、そして敵の攻撃の速度を、普段のあたしのスピード以下に減速させる能力。

正直な所、これだけでもかなり強力な能力だとは思う。

けれど……確実に倒すためには、やっぱり超越ユーヴァーメンシュの力は必要だ。


 あたしへと向かって振り下ろされる尻尾……やっぱり遅いそれを躱しつつ、あたしはあいつの防御を貫く方法を模索した。

あいつは非常に高い防御力と再生能力を持っている。生半可な攻撃では、到底通用しないだろう。



「―――貫けっ!」



 刹那、桜が足元から伸びる影を刃と化して邪神龍へと放った。

薄く、鋭く構成された刃は、転がる瓦礫を細切れにしながら突き進んでゆく。

けれど、その攻撃はファフニールの鱗に阻まれてしまった。

鋭いだけじゃダメ、か。


 ファフニールは桜の方へとブレスを吐きかけるけれど、減速させられている以上攻撃が当たるような事は無い。

とりあえず、全員無事……だけど、結構消耗してるわね。

あんまり高い出力の攻撃は出せないみたいだし、とりあえず当初考えていた通りの方法で行くしかないわね。



「……ミナ、聞こえる?」

『ん』

「これから、超越ユーヴァーメンシュを使うわ。だから、発動の直前にオリハルコンの杭をいくつか創って欲しいの」

『……ん、わかった。がんばって』



 その言葉に、あたしは小さく笑う。

ともあれ、今は桜が注意を引き付けてくれているんだ。

だから、今ここで、力を使う―――!



「―――幸せな日々を求め続ける者だけが、その価値に値する」



 小さく、けれど力強く、あたしはそう告げる。

誰に向かって、などは言うまでもない……この世界に対してだ。

この理不尽な世界が許せないから、あたしたちは己の世界を望むのだ。



「―――記憶の中に存在するのは、全てが満ち足りた日々」



 あたしが欲しかったのは、家族と共に暮らすごく当たり前な幸せ。

富も、名誉もいらない。ただ、お父さんとお母さんがいてくれればそれで良かった。

けれど、それすらも奪い去られてしまった―――だからこそ、許せない。



「―――その記憶を、その日々を、その光景を。全てを抱いて、あたしは立つ」

『ぬ……!』

「行かせません!」



 ファフニールがあたしの力の昂ぶりに気づいたらしく、こちらへと視線を向ける。

けれど、桜がそれを許さなかった。足元から伸びる影でその巨体の四肢を絡め取り、拘束する。

そしてそんな影の帯の上を、銀の魔力が輝く槍を持ったいづなが駆け抜けていた。



「―――あたしが生きて刻んだ幸福は、永劫の苦痛に消え去りはしない」



 忘れない、絶対に。

前世の家族も、今世の家族も、そしてこうやって仲間達と共に戦った日々も。

全て、幸せだったのだ。だから、絶対に忘れてなんかやるものか。この記憶だけは、絶対に誰にも奪わせはしない。

―――そうでしょう、煉?



「―――魂に刻まれし全ての記憶を抱いて、この刹那を享受するのだ」



 大切な一瞬が、護りたい刹那があった。

そして、それらは全て記憶の中に変わらず残っている。

何よりも大切な、この日々が。



「―――時よ止まれ、お前は美しい」



 だからこそ、願ったのだ。

この替え難い幸せな一瞬が、永遠に留まり続ければいいのに、と―――

その願いに呼応するように、あたしの背後に巨大な時計が現れる。

時計は光の帯を纏い―――それを、地面へと向けて突き刺した。



超越ユーヴァーメンシュ―――」



 いづなの攻撃を弾き返し、桜の影を引き千切って、邪神龍はこちらへと体を向ける。

けれど、もう遅い。遅くなったお前では、あたしを捉える事は叶わない。

周囲にはオリハルコンの杭が無数に生まれ、その中心であたしは不敵に笑う。


 願え、この刹那が―――



「―――《加速ベシュレウニグング刹那の永劫エイヴィヒカイト・オーゲンブリック》ッ!」



 ―――永劫に留まり続ける事を!


 そして―――世界は、静止した。

ファフニールは動きを止め……いや、あいつだけではなく、周囲にいたいづなや桜、そしてミナも直前の体勢のまま静止していた。

これが、あたしの超越ユーヴァーメンシュ……あたしの望んだ世界。



『な……何や、これ?』

「っと……アンタ達、意識はあるのね。超越ユーヴァーメンシュに至ってる人間は意識だけは保てるのかしら」



 ミナの能力越しで響いた声に、あたしは小さく首を傾げる。

確信は無いけれど、ミナの力が働いているっていう事は、そういう事なんだろう。



『ぇ、えと……これって、もしかして―――』

「まあ、分かりやすいんじゃないかしら? あたしの超越ユーヴァーメンシュは、時が止まったような世界でこの世界を塗り潰す力」

『ようなって何やねん?』

「そりゃ、本当に時間が止まってたら、人間生きていけないでしょ」



 光も、空気も、熱も止まってしまう。

そんな環境では、人間は生きていく事が出来ない。

だからこの世界は、あたしにとって都合がいいように改変された世界なのだ。

どれだけ速く動いても周囲が壊れる事はなく、あたし自身が燃え尽きるような事もない。

けれど敵に攻撃する事は出来るし、傷つける事も可能―――そういう世界だ。



「さて……行くわよ」



 呟き、周囲に浮かんでいた杭の一つを持ち上げる。

それを軽く放り投げ……その底を、思い切り殴りつけた。



回帰リグレッシオン―――《加速ベシュレウニグング神速の弾丸フィルグルーク・クーゲル》!」



 放たれた杭は、ファフニールの心臓へと向かう。

刹那の内に接近した弾丸は、その胸に命中すると共にエネルギーを炸裂させた。

爆裂する力が、その頑強な胸殻を砕け散らせる。



「まだまだッ!」



 あたしは次々に杭を放り投げ、撃ち放ってゆく。

回帰リグレッシオンを使えば使うほど、超越ユーヴァーメンシュを展開していられる時間は短くなる。

さっさと決めないといけないわね……!


 弾丸が突き刺さり、胸殻が砕け、その下の肉に巨大な穴をあけて行く。

けど―――



「まだ、足りない!」



 内臓を護る骨を砕き、心臓を包む肉を抉り取り、更にその奥の肉を、骨を、そして皮膚や鱗を破壊してゆく。

放てば放つほど力は消費され、頭痛があたしの意識を蝕んでゆく。

けれど―――道は、開けた。



回帰リグレッシオンッ!」



 残る力の全てを、全身に行き渡らせる。

ただ展開するだけならば数時間でも維持していられるこの世界も、後数秒で姿を消してしまうだろう。

あたしが最後の突撃をする事に気付いたのか、桜が援護の為に影を伸ばす―――なら!



「いづな、ミナ、桜!」

『よっしゃ!』

『ん』

『はい!』



 世界を縛る時計の帯が、その姿を薄れさせてゆく。

その、前に!



「《加速ベシュレウニグング肯定創出エルツォイグング神獣舞踏フェンリスヴァルツァ》ァッ!!」



 世界が色を取り戻す、その前に―――!



「でぇええぃやあああああああああああああああッ!!」



 剥き出しになったファフニールの心臓へと、あたしは右の拳を叩き込んだ。

それと共に、あたしの超越ユーヴァーメンシュが解除される。



『―――ゴ、ガ……ッ!? な、に……!?』

「再生する暇は、与えない……ッ!」



 朦朧とする意識を奮い立たせ、突っ込んだ拳を思い切り引っ張る。

そしてそれと共に、この巨大な傷口の中へと、桜の影が入り込んできた。

刃と化したその影は、心臓を体内に繋ぎ止める巨大な血管を余す事無く切断する。

溢れ出た血で溺れかけるけれど、その直前にあたしは後方へと跳躍した。

その心臓を、右の拳に引っ掛けたまま。


 ファフニールが、目を見開く。



『キ、サマ……ッ!』

「残念だったわね、大トカゲ! アンタは―――」



 右の拳へと魔力を込める。

その先端を地上にいる三人の方へと向け、あたしは嗤った。



「ここで、終わりよ!」



 そして―――右の拳で、魔力と共に銀の杭が撃ち出される。

煉の銃声に勝るとも劣らないその音量は、確かに不死殺しイモータル・べインの力が発動している事をを物語っていた。

けれど―――それだけでは、足りない。



第一位魔術式ファーストメモリー、《不死殺しの牙クルースニク》!」

「《創造クリエイト聖別魔術銀の聖槍ホーリーミスリルスピア・ロンギヌス》」



 心臓が撃ち出された先で展開されるのは、これ以上無いほどに強力な二つの不死殺し。

上空より打ち下ろされた巨大な槍は、血飛沫を上げる心臓を貫き、その長大な柄の半ばまで貫通した所で地面に突き刺さった。

そして―――



「これで終いや! 最高位魔術式ファイナルメモリー―――」



 高々と跳躍したいづなが、手に持つ槍を心臓へと向けて投げ放った。

その槍が宿すのは、かつての使い手が持っていた銀色の魔力と、不死を食らい尽くす蒼い炎。



「―――《大神槍グングニル》ッ!!」



 その一撃は、ミナの放った槍にも負けないほどに長大な魔力刃を発し、ファフニールの心臓を正確に貫いた。

そして、強大な不死を宿すその心臓は、不死を否定するフェンリルの炎によって焼き尽くされて行く。

吹き荒れる魔力が消えて後に残ったのは、地面に突き刺さる巨大な槍と、その傍に落下する黒い槍。



『が……バカ、な……!』



 驚愕の声と共に、ファフニールの巨体が揺らぐ。

あたしの方へと伸ばしていた手を開きながら硬直させ―――邪神は、地響きを上げながら大地へと崩れ落ちた。

危うく押し潰されそうになりながらも、あたしはその巨体から逃れる。

何とかぺちゃんこになるのを逃れた所で、あたしは地面の揺れに足を取られて転倒した。

そしてふと隣を見てみれば、生命力を魔力に変換し尽くし、再生するのを倒れながら待っているいづなの姿が。



「……ぷっ」

「あははははははは! やー、疲れたわー」



 二人して大の字になって寝転びながら、あたし達は緊張感のない笑い声を上げていた。

油断し過ぎだ、なんて言われるかもしれないけれど、《神の欠片》を持つあたし達には分かっていたのだ。

もう、あの傷が再生する事は無い、と。

あの邪神を構成する負の力が、どんどん消え去っていっているのが分かる。

最早力を振るうどころか、存在する事すら難しい筈だ。



『おの、れ……』



 ……にもかかわらず、まだ意識があるってのは流石としか言いようが無いわね。

ふっと息を吐き出して、あたしは上体を起こす。

視線の先にいるファフニールは、その鉤爪で地面を抉りつつ、あたし達の方へと怨嗟の視線を向けていた。



『赦、さぬ……呪われろ、呪われろ……! あの男と同じように、永劫蝕まれて生きるがいいッ!』



 その憎しみが、一気に燃え上がる。

それはまるで、消える間際の炎が一際大きく揺らぐかのように。

そしてその怨嗟は、確かな形となってあたし達の方へと向かってきていた。

成程、これが呪いって訳ね。



「―――ハッ、寝言言ってんじゃないわよ」



 ―――あたしは、それを一笑に付していた。

その言葉に、邪神龍は大きく目を見開く。



『バカな!?』

「何故効かないかって? 当然でしょう。負の力なんて、正の力を持ってるあたし達に届く訳無いでしょうが」



 まあそれはジェイだって同じだったかもしれないけど、ジェイはこいつを倒して死に掛けてた訳だしね。

けれど、あたしたちはそこまで深い傷は負ってない。

そもそも、既に不死者になってる訳だしね。



「それに、アンタたち邪神はもうじき消え去る。煉が邪神っていうシステムを破壊して、永遠に消滅するのよ。

だから呪いなんて意味は無い。アンタ達は終わり……この世界は、あたし達の勝利で飾るんだから」

『おのれ……おの、れ……』



 怨嗟に燃える紅い瞳が、その輝きを失ってゆく。

そして―――邪神龍ファフニールは、その生命活動を完全に停止させた。

ただの負の力と化して消滅して行くその巨体。

と……その胸の辺りから、姿を現す存在があった。



「……あー。そういや、すっかり忘れてたわ」



 思わず『面倒臭い』なんて思ってしまったのも、この疲労を考えると無理からぬ事だと思う。

そこにいたのは言うまでもなく、さっきまで戦ってた厄介な化物を地上に解き放ってくれた、星崎和馬だった。

まあ、気を失ってるみたいだったし、起きているよりはマシだろうけど。



「はぁ……ま、とりあえずこっちは決着か」



 戦争も何もなくなってしまったような感じではあるけど、まあいいか。

後は、あいつらの方……必ず届かせなさいよ、煉。











《SIDE:OUT》





















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