176:記憶の彼方
今、真実の片鱗へと。
《SIDE:IZUNA》
「……」
何をするでもなく、うちはじっと戦場を見つめる。
さくらんの屍人兵が外壁の上へ押しかけ、あそこは乱戦状態……完全に抑えられるとは思っとらんけど、それでも弓が飛んでこんだけで十分や。
そんでもって、時折都市の方から飛んでくる岩石―――恐らく投石機による攻撃やろうけど、それはミナっちの力で迎撃する。
巨大な金属球と岩石やし、どっちが丈夫なんかは言うまでもない。
「……あの、いづなさん」
「おん? どないしたん?」
隣からかかったさくらんの言葉に、うちは首を傾げる。
今の所は特に何も問題は無いと思うんやけど……どないしたんやろ?
うちが顔を向ければ、どこか申し訳なさそうな、それでいて落ち着きのない様子のさくらんが、そわそわと体を揺らしつつ声を上げた。
「その……手伝わなくて、いいんでしょうか?」
「あー……そらまぁ、今回は国の人に任せな軋轢を生んでまうからね」
まあ、善悪の概念の無いさくらんの事やし、単に何もしとらんのが落ち着かんだけやろう。
一応、あの屍人たちを操っとるんやし、仕事はしとるんやけどね。
うちは肩を竦めつつ視線を外し、周囲を観察する。
「一応、この国の人達との関係は良好にしときたいトコやからね。適度に仕事して、適度に仕事を渡す……そんぐらいがちょうどええんや」
戦争ってのは―――こういう言い方はなんやけど―――容易く武功を上げる事の出来る、貴族たちにとっちゃ願っても無い活躍の場や。
せやから、その出番を根こそぎ取ってまえば、周囲から反感を買いかねん。
確かにこの戦いは有利とは言い難い状況や……せやから、その戦局を有利にする程度に仕事をすればええ。
「それに、うちらがすべき仕事はまだあるんや。せやから、そこまで力を温存しとくんも仕事やで」
「仕事……アリシア・ベルベット、ですか?」
「あれの操る人形は、下手すりゃ魔人以上に厄介やからね。たった一人の人間に制御されとる分、動きの無駄が一つとしてあらへん」
うちもさくらんも、戦闘を行う事での消耗が激しいタイプや。
相手は仮にも最上位の魔術式使い、この国の英傑たちでも相手するんは難しいやろう。
ゼノン王子やリンディーナさんなら何とか相手できそうな感じではあるんやけど、それでも無尽蔵の魔力と潰しても潰しても無くならん人形たちは、相手が悪いとしか言いようがない。
「正面から戦って勝てる人間は少ないやろうし、本体はどうせ安全な所でほくそ笑んどるだけや。
まともに取り合って軍を消耗させる訳にはいかんし、あれの相手をうちらが引き受ける。
せやから、今は動く必要はないんや」
まあ、別に何も仕事しとらんっちゅー訳でもないんやけど。
今でも、常に戦場にはきっちり目を通しとる訳やし。
遠い所はさくらんが俯瞰視点で伝えてくれとるんやけど。
「ぁ……いづなさん、左側の方が……」
「押されとる、か。ミナっち、頼める?」
「ん……回帰―――《読心:肯定創出・聖母再臨》」
ミナっちの回帰が、対象を指定して発動する。
どうやらミナっちの能力は、超越の届く範囲やったら自由に対象指定できるみたいやった。
これも仮展開の一種って事なんやろうか。
簡単に言や、ミナっちの肯定創出の力は、指定した対象の鼓舞。
精神コンディションを一気に最高の状態まで押し上げる、いかなる不利な戦場でも最高の士気を保つ事が出来るっちゅー、こういう局面で見ればホンマに反則的な能力や。
少なくとも、気力負けする事だけは絶対にありえん。
ミナっちの力を受けた左陣の前衛は、押されていた心を即座に持ち直し、気力で魔人の迎撃部隊を押し返し始める。
指揮官もかなり気合入っとるみたいやし、他の部隊の救援も間に合っとる。
とりあえずは、これで問題なさそうやね。
戦場指揮は、今の所非常に理想的な形や。
矢を射掛ける事で相手の進行ルートを制限し、こちらへとぶつかる面を小さくしとる。
相手は魔人やから、一対一で戦闘するんは避けるのが上策。せやけど、数の上なら相手の方が勝っとる。
せやから、相手がこちらにぶつかってくる数を少なくする事で、少なくとも二対一の状況を作り上げるんや。
これなら十分対処できるんやし、戦いも有利に進められる筈やね。
状況はほぼ互角ながらも、こちらが僅かながら有利に進めとる。
普通の戦なら、このまま流れを掴みさえすりゃ、そのまま勝利やって見えてくるような状況。
……このまま何も無かったら、の話やけど。
「……ッ、いづなさん!」
「来たみたいやね」
さくらんがはっと顔を上げつつ発した声に、うちは小さく笑みを浮かべる。
視線を上げれば、その先に見えるんは奇妙な人型の影。
そこに湧き上がる魔力の気配に、うちはすぐさま槍を取り出した。
「回帰―――《記憶:肯定創出・英霊装填》! ミナっち、頼んだで!」
「ん……!」
うちの思考を読んだんやろう。ミナっちが力強く頷くと共に、うちの身体は勢いよく上空へと投げ出されとった。
足元にあるんは、鉄で出来たと思われる柱……これで、うちの事を打ち上げたんや。
「第三位魔術式、《死神鎌》」
高々と打ち上げられつつ、うちは槍へと魔力を注ぎながらそう命ずる。
形成されるのは弧を描く魔力の刃。その振り上げにより、宙に浮いとった翼を持つ人形は、真っ二つに両断されて地面へと落下していった。
そのまま元の足場へと着地し、うちは周囲を見渡す。
「……成程、厄介やね」
航空戦力と言うべきか……飛行機もない時代に何ちゅー事しとるんやと思わんでもないけど、十数体の人形の姿を見つめつつ、うちは思わず苦笑気味の表情を浮かべとった。
流石に、この状況で戦うんは難しい―――せやけど。
「……ミナっち」
『ん……分かった』
うちが小さく囁いた言葉を、ミナっちはしっかりと聞き届けてくれた。
うちの周囲に、いくつもの鉄の柱が立ち並ぶ……結構広い範囲に出来たし、足場とするには十分や。
さぁて……ほんなら―――
「行くで!」
叫び、うちは跳躍する。
身体能力は強化し、そしてジェイさんの研鑽を上乗せしたこの身体……そうそう、届くモンやないで。
まず一閃、近場にいた人形の首を刈り、その身体を後方へと蹴り飛ばす。
その吹っ飛んだ、着地の隙を狙おうと突進してきた人形を迎撃し、更に勢いで身体を大きく翻す。
「よっとぉ!」
身体を捻った勢いで背後から貫こうと迫ってきていた攻撃を躱し、その翼を掴み取る。
そのまま翻るように背中の上に飛び乗り、下向きに持っていた鎌でその首を刈った。
更にその手の中で、大鎌を勢いよく回転させる。
魔力刃はそれと共に広がり、一枚の円形の盾を構成して飛来した魔術式を受け止める。
そのまま柱の上へと着地し、うちは更に地を蹴った。
放たれるのは無数の光弾。
それらを大鎌で斬り払い、それを放ってきとった人形を両断する。
着地―――そして、回転しながらの払い。
切っ先に突き刺さった人形は、範囲内にいたもう一体と衝突して大破する。
「せぇぃ、やあッ!」
そしてそのまま、うちは鎌の刃を回転する円刃として撃ち出した。
使いづらそうに見えて、この《死神鎌》は攻守に優れた万能の変化形態。
まあ、こうやって撃ち出してまったら、もう一度展開し直さなあかんのやけど。
けれど、この一撃を放った甲斐はあったみたいやね。
放たれた一閃は突き刺さっとった二体の人形を両断し、更にその進行上におった人形二体を真っ二つにする。
「―――ッ!」
悪寒を感じ、跳躍。
その刹那、うちが一瞬前まで立っとった場所を、一条の熱線が貫いた。
「ッ……レーザーとは、やってくれるやないか! ちゃんと目から撃ったんやろうな!?」
『そ、そんな事言ってる場合じゃないと思うんですけど……』
「っと、さくらん」
宙返りをしつつ身軽に柱の上に降り立ってみれば、いつの間にかうちの近くに来とった半透明の影に気が付いた。
《精霊変成》……パチパチと弾けとる雷光から見るに、雷の精霊ってトコやろう。
けど―――
「大丈夫なん、二つも同時に回帰を使って」
『ぁ、はい……大丈夫です。前は超越と同時に発動してた訳ですし』
……そういや、そうやったね。
せやけど、燃費の悪い能力なんやし、長々と使ってられるっちゅー訳でもないやろ。
ほんなら、さっさと終わらせてまうかね。
「第三位魔術式……《斬馬剣》」
形成されるんは、三メートルを越す巨大な剣。
大きさだけを見りゃ、ホンマに人間に扱えるんか疑問になるような代物やけど、重さは槍の分しかない。
「遠くにおるんは任せた。近くはうちがやるで」
『はい、分かりました……!』
敵は半分ぐらいはうちが倒したし、もうそれほど多くは無い。
あんまり時間を掛けても、地上の方を攻められてまうかもしれへんし……時間は掛けられん。
せやから、一撃で終わらせる。二人で構え、うちらは同時に飛び出す―――
そう思った、瞬間やった。
『ぇ……ぁ、ぅああああッ!?』
「さくらん!?」
唐突に走ったバチンという音、そして悲鳴を上げたさくらんに、うちは思わず目を見開く。
さくらんはその精霊と化していた体をよじり……次の瞬間、回帰の力たる精霊の体が解除されてもうた。
柱から離れて宙に浮いとったさくらんは、浮遊の力を失って地上へと落下して行く―――
「あかん!」
咄嗟に手を伸ばし、さくらんの腕を掴み取る。
気を失ってるさくらんの体は重く、そして向こうからしがみつこうともしてこんから、その身体を支えるのも一苦労や。
あかん、この状況やと―――!
「ふふ……いくら精霊でも、見えていれば対処のしようはあるわよねぇ……自然魔力とは言え、魔力の塊に変わりはないんだから」
「ッ……!」
アリシア・ベルベット……!
この女、さくらんを引きずり出すんが目的やったんか!
厭らしい笑みを浮かべた《人形遣い》は、うちらの事を見下しながら掌を向ける。
「予想外のも釣れたけど……まあ、運が良かったって所ね。それじゃ―――死になさい」
その掌に、強大な魔力が収束する。
この状況やと迎撃は無理。となれば―――ああもう、やけっぱちや!
「ッ……!」
その魔術式が放たれる刹那、うちは横向きに回転し、自ら空中へと身体を投げ出しとった。
こっちも十分ヤバイ状況やけど、あのまま回避できずに死ぬよりマシや!
こっちなら、いくらでも対処のしようが……っ、待った、この状況―――
「ふふ……躱される事、予想していないとでも思った?」
《人形遣い》が腕を振るう……こちらに向けとらんかった左手を。
そこには、小さいながらも人を殺すには十分な魔力弾。
うちは咄嗟に槍を掲げて防御し―――その一撃で、ジェイさんの槍を弾き飛ばされてもうた。
あかん、これやと着地の方法が……!
どうする、今のうちに回帰に活用できるようなアイテムはあらへん。
長い時間を経たもの、うち以上の研鑽を積んだものは―――
「―――!」
咄嗟に、一つだけ思いつく。
正直確実さも何もなく、悪足掻きの思いつきに過ぎん考えや。
せやけど、今ある可能性はたった一つ……これしかあらへん。
ほんなら―――やるっきゃ、ないやろ!
「回帰―――《記憶:肯定創出・英霊装填》!」
うち以上に永い時を積んだモノ……即ち、うちの魂に刻まれた《神の欠片》それ自体へと能力を発動させる。
うち以外にも持ち主はいたんや、この力をある程度自覚しとった人間なら、何かしらの知識を積んどるかも―――
「―――がっ!?」
刹那、唐突に走った頭の割れるような痛みに、うちは思わず呻き声を上げとった。
何や、これ……おかしい、いくら永い時を積んだっつっても、二千年でこの量はどう考えてもおかしいやろ……!?
「頭、割れ……!」
ぐるぐると、走馬灯のように巡る無数の記憶。
いくつもの、いくつもの人生……それら全ての研鑽を直接頭に叩き込まれる苦痛に、うちは意識を保つ事すら精一杯やった。
何や、何なんや!? 止めようにも力が止まらん……これ以上やったら、頭が潰れてまう!
せやから、もうやめて―――!
「ぇ―――」
刹那、一瞬だけ見えた光景―――見覚えのある蒼い背中に、うちは思わず目を見開き。
そして―――
「―――」
そのあまりの量に、ぐしゃりと頭の中身を潰され―――うちの意識は、耐える事も叶わず闇の中に沈んだ。
―――なのに、何で考えられるんや……?
《SIDE:OUT》