174:到達
対するは、万象を創造せし力。
《SIDE:MASATO》
「椿、シナツ、どうだ?」
『一応、こちらで正しいとは思うが……』
『うん、合ってるよ。多分、このまま真っ直ぐ行けばたどり着く筈だ』
椿とシナツの声に頷き、オレは目的地へと向けて走り続ける。
仲間達が足止めを喰らってしまったのは非常に痛い……だが、アルシェールを救出しなければ倒せない相手だからな。
どちらかが引き付けている内に、どちらかがあの女を救出するのが尤も効率的だ。
流石に、完全に無視して通り過ぎる事は出来そうになかったからな。
「しかし、急がねばな」
『ああ……あいつの言っていた事が正しいのならば、早く彼女を救出せねばなるまい。
いかな煉とは言え、アレを相手にいつまでも持たせられるかどうか』
「そうだな……っ!」
同意しようとしたところで、オレは息を飲む。
オレの能力の視界に映る光景―――そこに、通路の脇から出てくる魔人たちの姿があった。
どうやら、タダで行かせてくれるほど親切ではなかったようだ。
小さく舌打ちしつつも、オレは足へと力を込める。
姿勢を低く、刃はいつでも振りぬける体勢に。
疾風のように駆け抜けながら、オレは飛び出そうとしていた魔人の首を、周囲の壁ごと斬り裂いた。
即座に絶命する相手には目もくれず、オレは足を止めずに前進する。
『まだ来るぞ、油断するな』
「分かっているさ」
通路に現れる無数の黒い影に辟易しつつも、オレは即座に気分を入れ替え、力強く踏み込んだ。
襲いかかってきた相手を袈裟に斬り、両断される死体を飛び越えてその先へと踏み出す。
迎撃しようとしてきた相手は兜割りの要領で頭頂から股下までを両断し、その先にいた相手を下から抉り込むような突きで貫く。
突き抜けた刀身は奥にいた相手の胸に突き刺さり、そのどちらをも絶命させた。
そして刺さった死体を丸ごと振り回し、周囲の敵を弾き飛ばす。
『……いづなが見たら憤慨しそうな使い方だな』
「ここにはいないからな。効率を重視させて貰うさ」
包囲されていた状況を脱し、オレは再び走り始める。
後ろから奴らは追いかけてきてはいたが、シルフェリアによって強化された身体のスペックは、奴らの身体能力を大きく凌駕していた。
前から出てこられない限りは、奴らの攻撃がオレに届く事は無い。
「さて―――」
時折飛んでくる飛び道具を《未来選別》の力で躱しながら、既に肌で感じる事が出来るようになった力の方へと駆け抜けてゆく。
どうやら、白の上層階―――そして、その中心に近い場所のようだ。
経験則からするに、その場所は―――
「……予想通りだったとするならば、最悪だな」
舌打ちしながらも駆け抜け、広間へと出る。
どうやら正規ルートとして階段が設置されている場所のようだ。
ここまで、城の入り口から入ってきて一直線……つまり、正式な謁見の間へと続く場所と考えていいだろう。
このまま先に進めば、恐らく奴がいる。
『……予想してはいたが、どうやら手元に置いているようだな』
「だが、行く他に道も無い。悩んでいればそれだけ不利になる……行くぞ。回帰―――」
力を発動させる。
背後から迫ってきている魔人どもを引き離すように駆けながら、どこか願いのようにその言葉を紡いだ。
「―――《未来選別:肯定創出・猫箱既知》」
広がるのは無数の未来の光景。
不都合な未来からは目を背け、オレは階段を駆け上がってゆく。
シナツを戻し、次に呼び出す精霊を選ぶ―――ちょうどその瞬間、オレは階段を上り終わっていた。
そして―――広がった光景に、オレは思わず絶句していた。
「これは……!」
「予想以上に早かったが……貴様一人か」
広がるのは広大な謁見の間。
正面奥の玉座には、足を組み肘を突きながらこちらの事を見下しているベルヴェルクの姿。
そして―――その頭上、背後の壁。見上げるほど高い場所に、両手と胸を穿たれて磔にされているのは、間違いなくアルシェール・ミューレだった。
その身体から流れ出る紅い血は、地面に落ちる前に黒く染まり、そこに穿たれた溝を走ってどこかへと流れて行っている。
「―――まあ、良い。余も退屈していた所だ。我が命題への解答……簡単に出してしまっては面白味も無い」
「貴様、一体何の為に……!」
「愚問よな。しかして、貴様に応えてやる道理も無い」
言って、ベルヴェルクは立ち上がる。
その身体から発せられる強大な力……決して届かぬ事を直感させられるその力は、あまりにも強大であまりにも遠い。
だが―――ここで退く事は出来ない。
「イザナギ、イザナミ……!」
『貴方の願いに応えよう、我が主よ―――』
『我ら、常に貴方様と共に―――』
刀身を、巨大な柱に見立てる。
鍔からその姿を現したイザナギは刀身を左旋回、黒い着物を纏うイザナミは右旋回して上ってゆく。
「於其嶋天降而見立天之御柱見立八尋殿」
刃より放たれるのは、色の無い純粋な光。
二重螺旋を描く強大な力は、ベルヴェルクが発する気配を一時的に押しのけてくれた。
届く―――この刃ならば、確実に!
「神剣―――天之御柱!」
強大なる神威……天地創造の力を纏う剣が、ここに顕現した。
それを見たベルヴェルクは、退屈そうに凍らせていた表情に、一筋の笑みを浮かべる。
「そう、それだ……貴様らはこの世界で唯一、この余に刃を届かせる事が出来る人間だ。
故に……貴様らこそが、余にとっての最後の障害」
ベルヴェルクは、手を掲げる。
隙にしか見えないその動作。しかしオレの目には、オレの剣が届く未来を探す事が出来ずにいた。
そしてそれと同時―――攻撃を受けたのだと錯覚するほどの衝撃が、オレの全身を襲っていた。
「く……ッ!?」
「故に……余は貴様らを滅ぼし、喰らい尽くし……余が求めた真理へと至ろう。回帰―――」
放たれる無明の輝き。それを直視した衝撃は、思わず息が詰まるほどのもの。
否―――もしもこの魂が《欠片》を宿さなかったのならば、その輝きのみで焼き尽くされていた事だろう。
アレは最早人ではない……人で在る事が許される筈が無い。
「―――《創世:宇宙創造・開闢の剣》」
奴の手の上に現れたのは、一つの黒い球体。
オレの目の錯覚でなかったとしたら……その球体の中には、無数の銀河が渦巻いていた。
分かる……理解したくなくとも、察してしまう。
アレは、一つの世界なのだと。
そしてその球体は、奴の手の中で一振りの長剣へと姿を変えていた。
黒き宇宙が刀身に渦巻くその剣は―――決して、人では触れえぬ存在。
「さあ―――踊ろうではないか、世界の終焉まで」
「ッ……!」
息を飲む。
けれど、退く事は叶わない。
ならば―――
「―――ぉぉおおおおおおおッ!」
―――勝利する他に、道は無い。
覚悟と共に、オレは強く地を蹴ったのだった。
《SIDE:OUT》
《SIDE:IZUNA》
山間を抜けたリオグラス軍は、進軍を続けながら隊列を整えてゆく。
その澱み無い動きに、うちは思わず舌を巻いとった。
無駄の無いスムーズな動きや、ホンマにしっかりと訓練されとるんやなぁ。
おかげで、ほぼタイムロスする事無く、うちらはウルエントへと到着する事ができた。
「さてと……」
さくらんの精霊使役によって空中に浮かび上がりながら、うちは街の様子へと視線を向ける。
門はしっかりと閉じられ、迎撃の体勢は完了しとる。
外壁の上には弓を構えた兵士達が大量に……そんでもって、連中はしっかりと魔人化しとるみたいやった。
まあ、予想通りっちゃ予想通りやけど……厄介な状況やね。
「……どう、でしょうか?」
「せやねぇ……兵力差から考えても、迎撃部隊が出てこん可能性は考えられん。そんで、それを無視して落とすんも難しい。
……せめて、上からの攻撃を抑えられんとキツイなぁ」
基本的に、城攻め―――まあ城やないけど―――では、護る側の方が圧倒的に有利なんは自明の理や。
そもそも、城壁がある時点で、こっちからは向こうに有効な攻撃を与えられへんからな。
せやから、投石器とか破城槌とか、そういう兵器が存在するんやけど―――正直な話、この世界やと囮以上の役目は殆ど果たせん。
魔術式っちゅー便利な攻撃法が存在する以上、攻城兵器を狙うんはそうそう難しくはないからや。
そんなら何故持ってくるかって、決まったら確かに効果的やからやね。
投石器はともかく、中に人が乗れる構造になっとる破城槌は、中に魔術式使いが乗れば、使えなくもない性能に変わってくれるからなぁ。
しかしどうにした所で、うちらの不利は変わらん。
いくら共同で作戦を行って、向こうの兵力が減っているとは言え、元の数が圧倒的に違うんや。
出来るだけ消耗少なく戦う必要はあるんやけど……さくらんが精霊化して攻撃しても、向こうにアリシア・ベルベットがいるんやし、そうそう攻撃を当てさせてはくれへんやろう。
となると……やっぱ、地道に行くしかないやろな。
「……既に陛下とか王子には伝えてある……んやけど、やっぱり教えるのは気が引けるモンやからなぁ」
「え?」
「……ミナっちの創造魔術式。永続する効果を持っとる事は、出来れば隠しておきたかった所やけど。
いくら超越に比べて見劣りするとは言え、あの力は便利すぎるモンやし」
小さく、肩をすくめる。
ここまで来ると、うちらは触れがたき存在として扱われとる感じやし、使っても問題はあらへん。
っちゅーか、うちらの中で最も手ぇ出したらあかん相手やしな、ミナっちは。
主に煉君とさくらんが黙っとらんし。
「オリハルコンで、とは言わんけど……あの外壁に、梯子を掛けて欲しいんや」
「梯子……それだけで、いいの?」
「せやね。まず、上の弓兵を抑えるだけでも有効や。その間に攻城兵器が近づけるんやしね。
あの上に上るんはかなり危険な仕事やから、そこはさくらんが操っとるあの人たちに任せるっちゅー事で」
「ぁ、はい……」
うし、とりあえずはこんなトコやね。
なるたけこちらの消耗を少なくし、相手の力を削る……それに、情けも躊躇も要らん。
これは戦や。綺麗事でどうこうなる世界やあらへん。せやから―――
「情け容赦なく、使わせて貰うで」
さくらんやミナっちと共に地面へと降りる。
最早戦の気配はすぐそこや。既に、先陣は動き出しとる―――壁の向こう側でも、迎撃部隊が動き始めとる事やろう。
賽は投げられた、っちゅー奴やね。
小さく笑みを浮かべ、うちは視線を後方へと向ける―――そこにいる、陛下の方へと。
彼は、うちらへと向けて、同じように笑みを浮かべながら頷いた。
「さぁて……行くで、二人とも」
「ん」
「はい……!」
不利な戦、それも上等や。
不利であるからこそ―――遊びなんて無く、戦える。
「《創造:魔術銀の梯子》」
ミナっちはそう呟きながらその杖を掲げる。
それと共に地面から伸びるんは、外壁に添うように生える無数の梯子やった。
整然と等間隔で並んどるけど、これが元からやったら欠陥と言わざるを得んやろう。
この一手だけで、この都市の外壁はその役を奪われとった。
「往きなさい―――」
そしてさくらんの号令と共に、屍人の軍勢が行進を始める。
猛々しい声も無い、勝利を誓う祈りも無い……それはただただ、足音のみを立てながら直進してゆく冒涜。
文字通り無数の魂を従えるさくらんにのみ可能な、何処までも許されざるその行為。
進軍を開始した屍人たちへと向かい、無数の矢が降り注ぐ。
一応は鎧も兜もしっかりと身に着けとるけれど、雨のように降り注ぐ凶器から逃れるには足りんやろう。
せやけど、彼らに限って言えば、そんな簡単な防具で十分や。
何故なら、彼らは……例え心臓を穿たれようが、首を落とされようが―――完全にその身が破壊されるまで、動き続けるんやからね。
その性能に違わず、屍人の行進は矢によってハリネズミのようになりながらも歩みを止めへんかった。
そしてその手は梯子へとかかり―――
「さぁて、と……本番やね」
混乱と怒号、苦痛と絶叫……他者を害しようとする感情に溢れた声が、戦場に満ち始める。
そう、これが戦場や。
そしてそこには、人それぞれの役目がある。
うちの仕事は―――
「出来れば、出て欲しくないトコやけど……ま、しっかり注意せんとね」
背後の軍が一斉に動き出す気配を感じながら、うちは小さく笑みを浮かべとった。
《SIDE:OUT》