16:創造の歯車
約束できない少年と、依存しか出来ない少女。
不器用な、二人。
《SIDE:REN》
起きた時には、既に日は高い所まで上っていた。
昨日は夜中まで活動してたから、まあ当然と言えば当然だが。
「はぁ、何か憂鬱だ」
ああいう出来事を目の当たりにすると、朝はどうにも辛い。
まあ、だからと言っていつまでもベッドに引きこもってる訳にも行かないので、さっさと起きるのだが。
ベッドから立ち上がり、準備をしつつふと横を見ると、そこにはまだ眠っているミナの姿があった。
あの桃色の宝玉を抱き締めて、目の端に涙の跡を残したまま、彼女は静かに寝息を立てている。
「しばらくはそっとしておくべきかな」
ミナにとってはかなりショックな出来事だっただろう。
少し、整理する時間をあげた方がいいかもしれない。
リルは兄貴に頼まれたのか、ミナのベッドに座ったままじっとしている。
特に何かをしようとしている訳では無いので、問題は無いだろう。
さて、とりあえず何か腹に入れておくか。
そう思い、部屋を出て一回の食事場まで降りて行く―――と、そこで宿から出て行こうとしている兄貴の姿を発見した。
「兄貴? どうかしたのか?」
「うん? ああ、お前か」
俺の声に振り向いた兄貴は、面倒臭そうに頭をかきながら声を上げる。
「ちっと山の方に行って来る。別口の依頼も受けてたんでな」
「……ホント、ただ働きしようとしないよな、兄貴って」
「傭兵としちゃ当然だ。今回は俺一人でいい、お前はミナについていてやれ」
「ん、了解」
俺が頷くと、兄貴は手をヒラヒラと後ろ手に振りながら出て行った。
何となくその背中をボーっとしながら見送り、小さく息を吐き出す。
「……気ぃ使われるとこっちも気になるんだけどな」
まあ、ありがたいと言えばありがたいんだけどさ。
小さく嘆息しつつ、俺は食堂のカウンターに腰掛けた。
「すいません、女将さん」
「あいよ! あら、あのお兄さんはもう行っちゃったのかい。弁当用意してやるって言ったのに」
「あー」
兄貴の事だ、どうせぱっと行ってぱっと帰ってくるつもりなんだろう。
一緒に受けた依頼といっても、この辺りに魔物は出ないのだから、どうせ採取系の依頼の筈だ。
それなら、手傷を負う事もなく帰ってくるだろう。
まあ、兄貴に傷を与えられる様な魔物なんて想像もつかないが。
「すいません、お弁当作ってたんならこっちで受け取っても大丈夫ですか?」
「おや、どこかに出かけるのかい?」
「いえ。連れの女の子が、ちょっとショックな出来事にあいまして……
元々人見知りの激しい子なんで、今日はあんまり刺激を与えたくないんです」
「そうかい……大変だったんだねぇ。ほら、ここにあるから持って行きな」
大体間違った事は言ってない。
ただ、ミナを外に出せない理由はそれだけではなく、あの宝玉を部屋に置いて行けと言っても聞かなそうだからだ。
昨日の夜も、部屋に戻ってから一度目を覚ましたミナは、あの宝玉が見当たらない事で取り乱しかけた。
すぐに荷物の中から出すと、それを抱えるように眠ってしまったのだ。
無理に部屋から連れ出して、それでもし宝玉を知らない誰かに触られたなんてなったら、一体どんな反応を示す事やら。
「ありがとうございます。後で返しに来ますから」
「はいよ、お大事にね」
風邪じゃないんだけどな。
ともあれ、バスケットを受け取った俺は再び部屋に戻る事にした。
階段を上り、部屋の中に入る―――と、そこでベッドから起き上がっているミナと目が合った。
「……レン」
「おはよう、ミナ」
この子が口に出す単語って、殆ど俺の名前か兄貴の名前だよなぁ。
思わず、苦笑する。もう少しぐらい社交性があってもいいんじゃなかろうか。
「腹減ってないか? 一応、食べ物持ってきたけど」
「……ん」
良かった、食欲はあるみたいだ。
これで『食べられない』なんて言われたら、山を降りる体力がなくなってしまうだろう。
安心して頷く。俺はバスケットをミナの隣に置き、その隣に座った。
中身はサンドイッチの詰め合わせだったので、分けて食べるにはちょうど良かったかもしれない。
匂いに釣られてやってきたリルを含め、三人で一つずつ手に取った。
とりあえず口に入れている間は喋らず、周囲に視線を巡らせる。
やはり意識を引かれるのは、ミナの膝の上にある宝玉か。
「……なあ、ミナ」
「?」
「俺や兄貴の事、怒ってないか? あの時、“母”を止めなかった事」
あの時、“母”に創造魔術式を使わせなければ、彼女はもう少し長く生きていられたかもしれない。
そうすれば、もっとミナも言葉を交わす事ができたかもしれない。
そう思うと、どうにも後悔が残ってしまう。
けれど、ミナは俺の言葉に首を横に振った。
「お母様は……きっと、朝を待たずに死んでいた」
「え……?」
「わたしは、分かる」
そう呟くと、ミナは膝の上にあった宝玉を自分の額に近づけた。
中にある歯車が、少しだけ回転しているのが見える。
「お母様は、人間が大好きだった。人間の為に力を使うのが好きだった。でも、忘れ去られて……ずっと一人だった」
「“母”の記憶が……?」
「そう……ジェイが来るまで、お母様は独りぼっちだった。
忘れ去られたまま壊れるのが怖かったから、わたしを創造魔術式で生み出した。
わたし達が見ている所で、人間の為に力を使いながら死ねた……だから、お母様は満たされた」
それが、“母”にとっての幸せだったのか。
けれど、あの時言っていた事だって嘘ではないはず。
ミナの成長を見る事が出来た時、彼女は本当に安心していたから。
「……レン」
「ミナ?」
「レンは、わたしを置いて行かないで」
―――わたしも、独りは怖いから。
口には出さないが、その言葉に含まれた意思は理解できた。
ミナは恐れている。“母”と同じ、孤独のまま朽ちてゆく恐怖。
けれど、俺はその約束をする事は出来なかった。
ミナの頭をくしゃくしゃと撫でる―――浮かべている表情を読み取られないように優しく、少しだけ乱暴に。
俺は、この子には嘘を吐きたくなかったから。
「なあミナ、少し楽しい事を考えようぜ」
「……楽しい事?」
「そうそう。例えば、それの事」
そう言って、俺が指差したのはミナの膝の上にある宝玉だった。
「それさ、ミナは肌身離さず持ってたいだろ?」
「……ん」
「だから、それを杖にしちゃうんだよ。杖の先端にその宝玉を付けて持ち歩くんだ。
そうすれば、持ち運び易いし持ってても不自然じゃないだろ?」
「……!」
ミナの眉がピクリと釣りあがる。
怒っている……訳では無さそうだな。むしろ興味深そうに聞いているみたいだ。
「ミナの能力なら貴重な金属で簡単に作れるだろうからさ、どうだろう?」
「……ん、やってみる」
「え?」
思わず、聞き返す。
俺はデザインの相談を始めようかと思ってたんだが、ミナは宝玉を持って立ち上がると、目を瞑って集中し始めた。
そして―――
「《創造:魔術銀の長杖》」
瞬間、手に持っていた宝玉の中の歯車が高速で回転を始め―――桃色の光と共に、その全貌が現れた。
そこにあったのは長い銀色のロッド。
石突から柄の部分に掛けては弱く弓なりに反っているが、持ち手の部分の直前で稲妻のように折れ曲がり、持った手がそれ以上下に行かないようになっている。
その部分にはナックルガードのようなものも付いており、防御に使っても安心そうだ。
そして、そこから上に向けて徐々に太くなってゆく。ただし、イヤホンのプラグ部分のように段々に切れ目のような凹みが入っているようだ。
最後に、その上に付いている宝玉は安定の為か、台座から延びる二本の輪によって固定されていた。
各部には装飾代わりの彫刻が刻まれており、さながら美術品のような美しさがあった。
思わず、唖然とする。
「……なあ、ミナ」
「何、レン?」
「美術、得意なのか?」
「ん」
コクリと、ミナは頷く。
うん、何つーか……出番無かったな。
「でも」
「うん?」
「お母様の心臓……これのおかげで、イメージを反映するのが簡単になった。
今までは、もっと時間をかけないとこういうのは作れなかったから」
そう言って、ミナは杖の先端に付く宝玉を見つめる。
表情は変わらないが、嬉しさと寂しさがない交ぜになった声音で。
「これは、《創造の歯車》……お母様の、創造魔術式の心臓。わたしの、力」
「力……?」
「一緒に、いたいから」
ミナはいつもの通り、多くは語らない。
けれど、何が言いたいのかは俺も理解できた。
「大丈夫なのか? 本当に、危ないんだぞ?」
「レンは、一緒はいや?」
「いや、そんな事は無い!」
だから眉根を寄せないでくれ。悲しそうな顔をされると罪悪感がヤバイ。
俺は嘆息し、そして小さく苦笑を浮かべた。
「……うん、分かった。ミナが自分自身の意志で決めたんなら、俺もそれを尊重するよ。
後は兄貴が許してくれればいいんだけど」
「がんばる」
「はは、そうだな」
小さく笑い合い、俺たちは再びサンドイッチに手を伸ばした。
このままゆっくり話していると、リルに全部食べられてしまいそうだったから。
二人は小さな口にサンドイッチを黙々と運んでいる。
特にリルは両手にサンドイッチを持って交互に食べていた。
時々思うが、この子の何処にこれだけの量が入るのだろうか。
食べた傍からエネルギーに変換しているのでなければ、物理的に入らない量を食べてたりする事もある。
人狼族の特徴なのか、それともリルが特別なだけか。
そういや、リルと言えば―――
「なあミナ、リルの言ってる事って分かるか?」
「?」
俺は未だに、リルの言葉を解読できないでいる。
だが見ていると、時々ミナはリルの言葉に頷いていたりするので、ミナはあの犬語が分かっているのかもしれない。
俺の問いかけにミナは首を傾げていたが、そこをリルに袖を引っ張られ、何やら耳打ちされていた。
「わたしは、何言ってるか分かる。でも、レンは分からない」
「うん、そうなんだけど……その理由が分からなくて困ってるんだが」
もう一度問いかけると、再びリルがミナに何やら耳打ちを始めた。
と言うか、態々内緒話にしなくても俺には何言ってるか分からないんだし、問題は無いと思うんだが。
「……リルは、人の言葉を喋れない」
「うん、それは分かる」
「だから、魔力で意思を伝えてる。それで普通に喋ってるように聞こえる。でも、レンは魔力を弾いちゃう」
「ああ、成程。そういう事か」
要するに俺の特殊能力による弊害と言う訳だ。
何と言うか、本当にマイナス面が多い能力だな、これ。
魔術式は使えない、補助や回復の魔術式は効果が無い、ポーション買うのに金がかかる。
かと言って、あらゆる魔術式を消せる訳ではなく、限られた一部分の属性のみ。
使えない訳じゃないが、使い辛い。って言うかデメリットが多すぎる。
「何とかならねぇかな、ホント」
「……どんまい?」
「うん、まあ使用法は合ってるけど」
あんまり俺の真似をさせない方がいいかな、この子には。
俺が時々使う英語を真似てるみたいだけど、結構スラングとかも使ってるので真似されたら困る。
まあ、癖で言っちまうんだが。
「さてと、兄貴が戻ってくる時間次第かな。今日帰るかどうか。流石に夜に山道を歩くのは危険だろうし」
「ジェイは?」
「山の方に行ったみたい。何か依頼を受けてたらしいよ」
何処へ行くにも必ず何かしらの報酬が出るように目的地に合わせて依頼を探してきてるらしい。
最高ランクの傭兵だから、依頼も優先で請けられるそうだ。
兄貴、いくらぐらい金を溜めてるんだか。まあ、泥棒に入ろうなんて馬鹿な事を考える奴もいないだろうけど。
「わふ?」
―――益体も無い事を考えていたその時、リルが何かに反応してぴくりと耳を跳ねさせた。
ベッドから跳ねるように着地し、窓に向かってダッシュする。
「リル? どうかしたのか?」
「わぉう!」
「……今、何て?」
「ジェイの気配、だって」
これからはミナに通訳を頼む事にしようか。
と、それはともかく。さっき行ったばかりだし、戻ってくるにはまだ早いと思うんだけどな。
そう思い、リルの後ろから窓の外を眺める。
―――瞬間。
「な……ッ!?」
「……!」
視線の先にある山の中腹辺り。
そこから銀色の光が放たれ、その辺りにあった木々が吹き飛ばされているのが見えた。
間違いない、あれは兄貴の攻撃だ。
「何してんだ、あんな所で……」
木々の伐採が依頼だと言う事は無いと思う。
特殊な木材だとでも言わない限り、あんな所まで行って木を切る理由は無い。
ついでに言えば、あんな力の限り木を吹き飛ばす意味も無い。
と言う事は。
「まさか、何かと戦ってるのか……?」
バカな、と思わず呟く。
この辺りは結界が張ってあって、それによって魔物は近づけなかったはずだ。
村の人に少しだけ聞いてみたが、今まで一度も魔物が現れた事は無かったと言う。
それが何で今に、なって……っ、まさか!?
「レン……?」
「拙いぞ、二人とも……結界が、無くなってる」
「……!?」
そうだ、例の結界とやらは、“母”のいた洞窟から発せられていた。
つまりあれは、“母”がその力で作り出していたものだったんだ。
スリープ状態ながらも、それだけは維持していたんだろう。
けれど、“母”は完全に機能を停止した。
彼女が死んでから、遺跡の機能が動かなくなったのがその何よりの証拠だ。
脱出する時だって、開きっぱなしになった女神像を元に戻すのに相当苦労したのだから。
しかし、それだとしたら相当に拙い。
この村には、魔物に対抗する為の装備が殆どないのだ。
「兄貴があそこで食い止めてるのか?」
兄貴なら、きっと問題は無いはずだ。
けれど、敵はどれぐらいの数がいるのか。
もしも数がいたら、視界の悪い森の中では、たとえ兄貴でも一匹残らず倒し切るのは難しいのでは無いだろうか。
「レン、あれ……!」
「っ!」
ミナが指差した先。視線を向ければ、閃光が走る森の中から、大きな何かの影が飛び出した所だった。
その影を追うように、天を衝くような巨大な光の剣が現れ、周囲の木々ごと薙ぎ払おうとする。
しかし影はそれを躱すと大きく空に離脱して―――
「拙い、向かってくるぞ!」
影は、一直線にこちらへ向かってきた。
咄嗟にミナとリルの腕を掴み、二人に覆い被さるようにして地面に伏せる。
影はこの宿の真上を飛び去り―――放たれた風圧で、屋根を吹き飛ばした。
「くぅ……ッ!」
吹き飛ばされないようにしがみ付き、降りかかってくる瓦礫から二人を庇いながら、風が止むのを待つ。
そして何とか起き上がり、空を見上げた。
逆光になっていて良く見えないが、あの影の形だけでもそれが何なのかは予想がつく。
「まさか!?」
そいつは空中で身を翻し、村の広場になっている場所へ降下する。
汚泥のように濁った色の鱗と、そこから覗く丸い瞳。
体の至る所から棘や刃のようなものが突き出し、まるで全身が凶器であるかのような様相。
そして、大空を翔るための巨大な翼―――
「ドラゴン……ッ!?」
ファンタジーに語られる代表生物、そしてあらゆる生物を超越する魔物の中の魔物。
―――禍々しい姿の龍は、かつて魔物の降り立った事のないこの村に、巨大な咆哮を響かせた。
《SIDE:OUT》