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IMMORTAL BLOOD  作者: Allen
ディンバーツ編:幸せな結末を求めて
179/196

172:神速の戦い

深い怒り、しかしそれすらも飲み込む巨大な影。












《SIDE:FLIZ》











「……どういう事なのかしらね、これは」



 360度、全てを敵に囲まれたこの状況。

しかし、あたしは決して焦ってはいなかった。

あたしにとっては、例え魔人化していようが何だろうが、普通の人間は相手にならない。

加速状態のあたしに、有効打を与えられるような者は存在しないからだ。


 ……そう、同じだけの加速を見せているような存在でなければ。



「それで……しばらく見ないうちに、随分と様変わりしたみたいじゃない?」

「ハッ! 随分と余裕じゃねぇか、フリズ・シェールバイト」



 背中に巨大な黒い龍翼を持つ男、星崎和馬。

その体から感じる邪神の気配……それが、以前にあった時よりも明らかに増加していた。

新たな邪神……って訳じゃ、なさそうね。

純粋にエネルギーが増しただけ。即ち、あの人造魔人と同じように、負のエネルギーを与えられたに過ぎない筈。

けど、それであたしの動きについてこれるってのはどういう事なのかしら?



「もうお前のアドバンテージは存在しない。こっちの思うがままって事なんだよ―――!」

「っ……!」



 そんな声と共に斬りかかってくる星崎。

舌打ちと共に、あたしは即座に限界ギリギリまで加速度を上昇させた。

即座に、時が止まったかのように動きを止める星崎。

この間のアリシア・ベルベットとの戦いで学んだのだ……力の出し惜しみをすれば、不利になるのはこちらなのだと。



「ぶっ飛べ!」



 動きを止めた星崎へと、左拳の連打を叩き込む。

その一撃一撃に発せられた衝撃波が、星崎の体を打ち砕きながら吹き飛ばす。

こいつの不死性なら、この程度で死ぬ事は無いでしょうけど……とにかく、様子見かしらね。

正直、コイツのしぶとさはある意味一番厄介だし、あたしが抑えておく事にも意味はあるでしょうけど。


 そう思っていた、あたしは―――次の瞬間、ありえないモノを目撃した。



「ッ……やるな、ここまで速くなれるとは思わなかったぜ」

「な……!?」



 衝撃波を抑えなければ、移動時のそれだけで周囲を壊滅させてしまうこの速度―――その中で、星崎は体を再構成してあたしに話しかけてきたのだ。

こいつ……まさかとは、思うけど。



「邪神の力……再生能力と速力に特化させたって訳?」

「へぇ、良く分かったな。その通りだ。スピードがあれば、その分破壊力も上乗せされるんだからな……全く、盲点だったぜ。

お前のおかげで気付けたんだ、教えてくれてありがとよ」



 厄介な事になったわね、これは。

もしかしたら、この間アリシア・ベルベットがあたしの力を測りに来たのは、コイツの能力の底上げする時に参考にする為だったって事?

となると、本当に厄介だわ。少なくとも、この間の人形より速くなっている可能性がある訳だし。

苦々しく顔を顰めるあたしに、星崎は憎たらしい笑みを浮かべる。



「言っただろう、もうお前のアドバンテージは存在しないってな!」

「……そうね、認識を改めるわ」



 こいつは、ただの雑魚じゃない。

能力だけはアタシよりも上だと、そう考えてもいいだろう。

けれど―――



「アドバンテージが存在しないってのは、随分頭の軽い物言いね」

「何……!?」

「来てみなさいな、相手してあげるわよ」



 ちょいちょいと指で手招きする―――その動作に、星崎の顔が怒りでさっと赤く染まった。

何と言うか、相変わらず挑発はしやすい奴ね。



「いいだろう……なら、見せてやるさ!」



 その叫びと同時―――星崎は、爆ぜるように前進した。

小さく舌打ちしながら星崎の踏み込みの衝撃を減速させつつ、あたしはコイツの攻撃を待ち受ける。

成程、確かにあたしよりも僅かながら速いようだ。

おまけに、周囲の衝撃の減衰までやらなきゃいけないんだから、あたしとしては忙しくて仕方ない。

けれど―――



「ふっ」



 袈裟の斬撃を半身になって避けつつ、旋回させた左拳で星崎の側頭部を狙う。

剣を振り切ったおかげでカバーできていない星崎の頭に拳は容赦なく突き刺さり、発した衝撃がその頭を砕け散らせる。

そして、抉り込むように右の拳をこの男の土手っ腹へと叩き込む!



「銀杭!」



 同時、手甲へと魔力を注ぐ―――刹那、あたしの命を受けた右の拳が、その長大な銀の杭を星崎へと叩き込んだ。

銀の杭は容赦なく星崎の体を貫き、それと共に発した衝撃がその腹に風穴を開ける。

ガコンと言う音と共に元に戻る杭を確かめ、あたしは一旦星崎から距離を取った。

予想通りと言うか何と言うか、煉の弾丸を頭に受けても尚死なないその不死性は、あたしの持つ不死殺しイモータル・べインに対しても十分効果を発揮しているようだ。

身体を再生させた星崎は、あたしの方へと憤怒に満ちた瞳を向ける。



「このォッ!!」

「―――!」



 再び走り、星崎は剣を振るう。

その一閃に、あたしは右の拳―――そこから伸びる杭を、刀身に絡めた。

鞘走りのような音と共に剣閃は横へと逸らされ、泳いだ腹部へと左で掌底を叩き込む。

発した衝撃は星崎を吹き飛ばし―――あたしは、それを追って跳躍した。

それと同時に体を回転、文字通り空を裂きながら放たれた回し蹴りが、星崎を地面へと叩き落とす。



「が―――」

「砕けろ!」



 空中に魔術式メモリーで水を生成、即座に凍結させて、それを足掛かりに跳躍する。

それと共にあたしは右の拳を放ち―――直撃と共に、銀の杭を撃ち出した。

銃声のような巨大な音と共に、星崎の体は再び肉片となって砕け散る。


 仕切り直し、とあたしは再び跳躍して距離を取った。



「……フン」



 小さく、息を吐きだす。

確かに、スピードと言うアドバンテージは相手に奪われてしまった。

けれど、意識速度のみだったら、あたしも今以上に加速させる事は可能だ。

そして相手の姿を見る事が出来るのならば、その攻撃に対応する事は容易い。

星崎には、力はあっても技術は無いのだ。



「うおおおおおおッ!」



 剣を突き込んでくる星崎―――胸を狙ってくるそれを、あたしは体を沈めながら回避した。

そのまま、カウンター気味に右の拳を胴へと打ち込み、杭を撃ち出す。

そして杭を引き抜くと同時に左の拳から衝撃を発し、その体を吹き飛ばす。



「が、あ……ッ! クソ、何でだ!?」

「何て言うか、まあ……力に頼りっ放しなのよね、アンタ」



 加速を解きつつ、あたしは小さく嘆息した。

別に、そういう奴がいないって訳じゃない。

例えば桜―――あの子は強大な《神の欠片》の力のみを利用して戦っている。

煉も、あの武器や能力によって得た戦闘能力に傾倒しているだろう。

けれど、それはあの二人が特殊な例だと言うだけだし、あの二人が力に頼りっ放しだと言う訳ではない。


 桜は強力な能力を、更にアレンジして使いこなしている。

能力の応用を考えるって言うのは、自分の手札を増やす意味でも非常に重要だからね。

そして煉には、あの天性の才能とでもいうべき目の良さと空間把握能力、それにあの発想がある。

あいつは戦いを空間で捉えているから、背後からの攻撃だってほぼ通用しない。

それに比べて、こいつは―――



「技術が何もない。強みと取れる能力を生かし切れてないのよ、アンタ」

「何だと!?」

「スピードがある、再生能力がある。アンタ、それで終わりなのよ。人間なんだから頭使いなさいっての」



 やれやれと嘆息しながら、あたしは星崎の姿を観察する。

確かに能力はあるし、その能力は途方もなく厄介だ。

あたしより速いし、あたしの攻撃では倒し切れない……っていうか、一応不死殺しの力を何発も受けてるのに、多少再生が遅くなる程度で力が衰える気配は無い。

ホント、何なのかしらコイツ。



「ま、いいわ。どっちにしろやる事は変わらない。アンタを、殺さない・・・・だけなんだから」



 まあ、正確に言うと殺せないだけど。

……いや、一応この武器の本来の効果は、相手の心臓に叩き込む事で発揮される。

アルシェールさんの造り上げた強力な不死殺しなのだし、コイツに通用しないって訳じゃないだろう。

そこは単に、あたしが殺さないように心臓以外を狙ってるだけだ。


 コイツは、あたしの基準では一応人間だ。

人の形はかろうじて保ってるし、心の方も決して失っている訳じゃない。

操る必要が無かったとも取れるけど。


 あたしの内心を知ってか知らずか―――星崎は、嘲笑を込めた瞳をこちらへと向ける。



「お前、人を殺す覚悟も無くこんな所に来たってのか? 甘いんだよ、戦場はそんな生易しい場所じゃない!」

「ンな事は百も承知に決まってるでしょうが軽石脳みそ。不殺を貫くのがどんだけ大変か分かってないでしょ」



 一応だけど、コイツが言っている事も一理ある。

人を殺せない人間が、戦争の舞台に出てくるべきじゃない……それは、全くもって正論だ。

けれど―――あたしにとってみれば、そんなものは関係ない。



「殺さないって意味、アンタ分かってるの?」

「お前に度胸が無いって事だろう?」

「……分かってないなら教えてあげるわよ」



 言って―――あたしは、能力を発動させる。

それと共に、星崎に左腕が内側から沸騰して弾け飛んだ。



「ぐ、あああああああああああああああッ!?」

「……さっきから思ってたけど、結局痛覚切ってないのね。肉体改造してるんだから、それぐらい出来るんじゃないの?」



 まあ、ディンバーツの技術なんてよく分からないけど。

小さく肩を竦めながらも、あたしは星崎の右足を吹き飛ばす。

そんな事をしている間に左腕はまた再生してるし……どうせだから、右足もいっぺんに吹き飛ばしておきましょうか。



「が、ぎ……ッッ!?」

「殺さないってのはね、心が折れるまで、死なない限り痛めつけ続けるって事よ?

アンタは再生するんだし、加減の必要が無くてやりやすいわね……後遺症が残らないように痛めつけるのって、結構難しいんだから」

「が、ぐ、ああああああああああっ!!」



 普通の人間相手だったら、こんな死ぬようなダメージは与えない。

あたしは、能力を自覚してからずっとその制御を練習してきたのだ。

殺さないように、殺さないように……いつしかあたしは、肉体の限界って物を深く理解できるようになっていた。

どの程度なら死なないのか―――それを理解する事は、即ち何処までやれば死ぬのかを正確に把握すると言う事だ。


 再生した手足を、その先端から徐々に凍りつかせてゆく。

常時再生しようとしてくるから、能力の有効範囲を徐々に広げて、常に凍結させ続けているようなイメージだ。

手足の先から体が動かなくなってゆく感覚……常人にとってみれば、途方も無い恐怖だろう。



「アンタじゃ、殴っても殴っても意味が無さそうだったしね……一瞬の痛みじゃ、あんまり理解できなかったみたいだから。

だから―――今度は、本格的に心をへし折ってあげるわよ」



 個人的な恨みもある。

あたしは確かに甘いし、取捨選択の出来ない人間だとは思う。

けれど、それは優しいという事には直結しない。

相手が相手なら、それなりの対応を取る事だって出来るのだ。



「あたしはね、人が死ぬのは大嫌い……特に、自分の家族はね。アンタ、分かってんの?

分かっててあたしの前に姿を現したの?

アンタ……もうとっくに、あたしの逆鱗に触れてるのよ」

「やめ、やめろ……ッ、ぐああああああああああああッ!!」



 あたしにとって、家族は何者にも代えられない大切なもの。

そしてお母さんは、あたしにとって最も大事な家族だった。

それを、奪われそうになった……復讐なんて理不尽な理由で。

しかもこの男、そんな復讐の感情なんてすっぽ抜けたかのようにあたしの方へと向かってくる。

復讐って言葉は、そんな安っぽいものでは無い。


 あたしは、知っているのだ―――身を焦がすほどの憎悪を。ただただ、相手の存在が許せないと思うその心を。

あたしはそれほどまでに、あたしを殺したあの男を憎んでいるのだから。

だから、あたしは許せない。

何もかもが安っぽいコイツが……必死こいて生きてるあたしの、その全てを馬鹿にしているようなこの男が。


 泣きべそを掻きながら後ずさる星崎の胸を踏みつけ、その頭を掴む。

恐怖に歪んだコイツの眼には、憎悪に染まったあたしの顔が映っている事だろう。



「―――だから、殺してなんかあげない。アンタは、この加速した世界の中で苦しみ続けるのよ」

「あ、あぁ……ぅああああああああああああああッ!!」



 あたしが言い放った、その刹那。

突如として膨れ上がる気配―――視線を向けるまでも無く、星崎の背中にあった翼が巨大化しているのが分かった。

翼を使って攻撃してこようとしたのか、とも思ったけど……違う、様子がおかしい。

体の中から滲み出てきた黒い何かが、星崎の身体を覆い尽くそうとしている!



「チッ……!」



 咄嗟に、後方へと跳躍し、足を絡め取ろうとしてきた黒い物体から距離を取る。

何が起こったか分からないけれど、あれはあの魔人たちと同じ、負のエネルギーのようだ。

一体何をするつもり―――



「な……!?」



 そして、あたしは絶句した。

黒い塊に包まれた星崎は、ゆっくりと宙に浮き上がってゆく。

そしてその身体を包む負のエネルギーはどんどん膨張して行き―――見上げるほどに巨大な塊へと変化した。

歪な塊に翼が生えただけの、子供が粘土で作り上げたかのような外見。

けれど―――その形は、徐々に緻密な稜線を取り戻していった。


 そして、そのカタチがこの地上に顕現する。



「は、ははは、はははははははははッ! お前が、俺を甘く見たのがいけないんだ……だから、こんな事になるんだよ!

分かるか? 分かるだろう!? お前じゃ、コイツに勝てないって事が!」

「ッ……!」



 ソイツ・・・の胸の中心に半ば沈むような形で浮かび上がりながら、星崎はあたしに対してまくし立てる。

けれど、正直そんな事を気にしているような余裕は無かった。

何故なら、これは……この姿は。



「邪神龍、ファフニール……!」



 黒翼黒鱗、体長は三十メートルを優に越すと思われる巨体。

その姿は、神話に出てくる古龍に近い……かつてこの世界を脅かした、強大な邪神。

ジェイが、あいつが討ったバケモノ―――それが、あたしの前に姿を現していた。



「ははははははッ! さあ行け、ファフニール! あいつを殺せ!」

『―――指図をするな、小僧』

「喋った……」



 邪神としての意識がある……って事は、まさかコイツ、ジェイが倒した邪神龍そのものって事!?

……流石に、分が悪いにも程がある。

あたし一人で邪神を倒せるなどと思い上がるほど、おめでたい頭をしている訳ではないのだ。

そして一方、おめでたい頭の方はと言えば―――



「な、何を言っている!? あいつは敵だぞ、お前は俺の宿った力でしかないだろうが! 俺の言う事を聞け!」

『言われずとも、この小娘は殺す……だが、貴様に指図される謂われも無い。

貴様という枷が無ければ、我は再びこの世界を喰らい尽くすのみよ……良くぞ解き放ってくれたな、それだけは感謝してくれようぞ』

「な、何を……う、わあああああああああああ―――」

「ッ……つくづく厄介な事してくれやがるわね、あのバカは」



 邪神龍の体の中に引きずり込まれてゆく星崎を睨みつつ、あたしは構える。

何処まで通用するかは分からない……けれど、コイツを放置する訳にも行かなかった。



『―――覚えのある臭いだ、小娘……だが、少々違う』

「そうでしょうね……けど、何だっていいわ。アンタを野放しにする訳にはいかない」

『ほう……成程、威勢はいい。ならば、その気概ごと喰らい尽くしてくれよう―――』



 膨大な気配が首をもたげる。

思わず後ずさりしそうになる身体を叱咤し、あたしは正面からその存在を見据えた。

途方も無く不利な状況だけれど、退く訳にはいかない。



「行くわよ、邪神……!」



 ―――そして、あたしは地を蹴った。











《SIDE:OUT》





















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