170:進む戦
局面は、望む望まざるに関わらず、徐々に進行してゆく。
《SIDE:IZUNA》
「うーむ……」
さくらんのお手柄で奪取に成功したした陣に到着し、うちは小さく唸る。
目標は達成できた……せやけど、予想していたよりもリターンは少なくなってもうたみたいやね。
アリシア・ベルベットとの戦いによって、さくらんが魂を奪った肉体はいくらか潰れてもうたみたいやし……さくらんも、限界まで力を使い切ってもうた。
肉体の方はともかく、さくらんが消耗しきってもうたんはちっと痛いなぁ。
さくらんは今、陣のテントの中で眠っとる。
力を消耗する事にはもう慣れとると思っとったけど、流石に超越による能力の限界行使は初めてやったからね。
今回は仕方ない、と思っとこか。
「……いづな」
「ミナっち。どないしたん?」
「ん」
ミナっちが、人に到着した人々の方―――その一角へと視線を向ける。
潰れた死体を片付ける人々、まだ転がっている肉体を一箇所に寄せようと異動させとる人々……その間から出てきたんは、うちの方へと手を振るマリエル様やった。
ふむ……まあ、そろそろ話をせなあかんと思っとったし、ちょうど良かったかもしれへんな。
うちがそう思い小さく頷いとる間に、マリエル様はうちらの方へと接近してきた。
「ご苦労だったな、いづな……一番の功労者はどうしている?」
「力を使い果たして眠っとります。力が残っとったら、死霊を呼び出してあの抜け殻の肉体をどかせるんですけど……ま、しゃあないです」
「ふむ……だが、たった一人でこの規模の陣を落としたのだ。流石、としか言いようが無いだろうな」
淡く笑みを浮かべつつ、マリエル様はそう言って頷く。
まあ確かに、常人の規模で考えりゃ、ありえへんほどの戦果やしね……うちがちっと求め過ぎとっただけやろ。
とりあえず、こちらはほぼ無傷でこの陣を手に入れられたんやし、喜んどこか。
ともあれ、これで作戦第一段階は成功やね。
ここからは、第二段階や。
「さて……どうする、いづな?」
「どうする、っちゅーても……まあ、まずはグレイスレイドの動きを把握する事ですかね。
うちらの次の目標は、ウルエントになる訳ですし」
古き樹という意味を持つらしい、ウルエントっちゅー都市。
大都市というほどの規模や無いけど、それでも城砦としての役割を果たせるだけの規模はある。
何せ、友好国とは言いがたいリオグラスとの隣接都市やからね。
それに、今度は完全にディンバーツの領内……相手の援軍がある事を考えると、あんまり容易く落とせると考えん方がええやろう。
その為の、グレイスレイドとの共同作戦やしね。
そんなうちの言葉に、マリエル様は小さく首を縦に振る。
「ここからが共同作戦の本番……ウルエントさえ落とせれば、我々はグレイスレイドと合流する事も可能になる。
我々の戦力だけで攻める事が難しい以上、彼らとの協力は必要になってくるからな」
「その通り……さくらんの消耗を考えると、共同作戦はどうした所で必要になります」
さくらんは、ここからあの肉体たちを操る為、《死霊操術》を使いながら移動する事になるんやからね。
いくら消耗の低い能力とは言え、ずっと使い続けなあかんのは結構辛いやろう。
休み休み進んでも、超越の為の力は残るかどうか。
……まあ、さくらんの能力は基本的に一対多のモンやから、味方がおる所やと使い辛いんやけどね。
元々、軍として都市を攻める時には、さくらんの超越は期待せんつもりやったし。
「面倒臭いモンやね……」
「む、何か言ったか?」
「いえ、何でも」
小さく呟いた言葉をちっとだけ拾われ、うちは首を横に振る。
流石に、マリエル様の前でこないな事言う訳にはいかんからね。
軍っちゅーのは面倒臭いモンで、一極して戦果を上げる事は軋轢を生んでまう。
あんまりうちらばっかりが目立つ訳にも行かんのや。
きっちり仕事は分担し、うちらはうちらがやるべき事だけを目指さなあかん。
うちらが古くからこの軍に所属しとるとかやったら、まだやりようもあるんやけど……正式に所属しとるんは煉君だけやからねぇ。
ここは、仕方ないと割り切るしかあらへん。
「さてと……ミナっち、グレイスレイドの方はどないな様子なん?」
「ん……ちょっと、待って」
「あ、繋げるんやったらこっちの陛下も一緒にな」
「……あまりついでみたいな言い方をしないで欲しいのだがな」
うちの言葉に頷き、ミナっちは回帰を発動させる。
正直、超越に至ってからのミナっちの感受性はかなり高い……人間電波塔っちゅーか。
普段、回帰を発動しとらん時やったとしても、親しい相手の通信はしっかり受信できとるみたいやしね。
しっかし、ホンマに便利な能力やなぁ、ミナっちの《欠片》って。
「……繋がった。お姉さま、陛下……聞こえますか?」
『む、ミーナリアか。声が聞けて嬉しいぞ』
『ほう……成程、相変わらず便利な能力だな。さて、直接ではないが、言葉を交わすのは久しいな、グレイスレイドの聖女よ』
『そちらもな、リオグラスの王よ』
何処となく嬉しそうな聖女様の声と、面白がるような陛下の声。
何つーか、正式な会談でもないんやけど……ええんかなぁ、とは思う。
まあ、トップ同士の話し合いは必要になる訳やし、ここは静かに成り行きを見守っとこか。
見守るって表現も変やけど、そこは気にせんようにする。
『さて、そちらはどのような状況なのだ?』
『妾たちは、我らの都市の奪還に成功した。今、軍を再編成している所だ』
そう言い放つ聖女様の声は、少しだけ疲れとるように感じた。
やっぱり、創造魔術式を連発しとるんかね……さすがに、そんな幻獣まみれの光景は想像できひんのやけど。
……能力の恐ろしさで言や、さくらんの方が上なんやけどね。
聖女様の言葉を受け、陛下は小さく頷くような気配と共に声を上げる。
『ふむ……そちらは、どの程度で出撃できる?』
『そうだな、あと二日と言った所であろう。戦後処理もそこそこに出発せねばならないのは辛い所だが……やはり、手軽に手を貸し合える形に腰を落ち着けるのが優先だ』
『そうだな。ならば、早めの出撃となるか』
ふむ……どうやら、あんまり休んどる暇は無さそうやね。
まあ、全軍ほぼ疲労も無い状態やし……あまり長居をする事も無いやろうとは思っとったけど。
つまり、消耗が重いんはさくらんだけって訳やね。
一応、二日あれば力の大部分は回復する訳やし……とりあえずは、問題ないかな。
「……何か、あったら……わたしに。言葉を、伝えるから」
『了解した、あまり妙な事は起きて欲しくは無いが……お前の声はまた聞きたい所だ』
『やれやれ……ともあれ、頼んだぞミーナリア』
「ん……」
ミナっちはコクリと頷き……そして、二人の声は消え去る。
とりあえず準備と……出撃は二日後以降になるみたいやし、細かい調整はその時までにやればええ。
とにかく、情報収集をせなあかんね。
「……さくらん、早く目覚めてくれへんかなぁ」
あんまり頼ってばっかなんも悪いんやけど、ウルエントの状況を知るために、ディンバーツ軍の人間の死霊を呼び出して貰いたい所や。
今は少しでも情報が欲しい。相手は予想も出来ん手ばかりを使ってくる厄介な相手や。
出来るだけ有利に戦う為にも、情報は必須やしね。
大変やけど……ここは、辛抱所や。
皆の為にも、気張って行かんとな。
《SIDE:OUT》
《SIDE:MASATO》
「さて、割と行き当たりばったりにここまで来た訳だが……」
「それを堂々と言うのもどうなんだ、お前は」
煉の言葉に、オレは小さく嘆息を漏らす。
目的地への道筋は、大体あと二日と言った所か。
シルクに乗って飛んできてはいるものの、流石に広い領内だ、南端から北端近くまで向かうには、かなりの時間がかかってしまう。
オレ達は今、地上へと降りて補給を行っている。
と言っても、実際に買出しに向かうのはフリズで、ひたすら目立つ容姿をしたオレや煉は留守番だ。
少々神経質すぎる気がしないでもないが、これぐらいの警戒は必要だろう。
「……何も起こらねぇよなぁ」
「起こらなくていいだろう、あまり時間を掛けている暇も無いんだ」
「いや、それはそうなんだけど……何つーか、覚悟決めて来たのに、ここまで平和だと不気味に感じると言うか」
それは……確かにそうかもしれないがな。
小さく肩を竦めつつも、反論はしないでおく。
あまり気負いすぎるのも良くないとは思うが、適度な警戒は必要だ。
しかし、ここまで何事も無く進んでくると、少々不気味に感じてしまう。
それに、いざ緊張した場面に出くわした時に、咄嗟に反応できなくなってしまうのではないか。
『その辺りは、ワタシが見張っているのだからあまり気にするな』
「椿……そう言えば、お前の能力なら、何かあってもすぐ気付けるんだったな」
正確に言えばオレもだが……やはり、単体として能力を使うと、椿の方に軍配が上がる。
オレも回帰に至ってから、単体で能力を使う事が出来るようにはなったが、それでもやはり椿には及ばない。
地力の差があるのだから、仕方ないと言えば仕方ないが。
『あまり気にするな。消耗が無い事を幸運だと思っておけばいいさ』
「まあ、それもそうなんだけどな」
オレと煉は、揃って苦笑する。
実際、何も無く辿り着けるのであれば楽なものだ……が、流石に相手の本拠地まで辿り着いた時に、何も抵抗が無いとは考えづらい。
その辺りの事も、きちんと考えておくべきだろう。
「しかし、動いてる軍ともぶつからないな……直線距離で来てるんだし、前線に増援を送ってたりするもんじゃないのか?」
「ああ……確かに、それはオレも疑問に思っていた」
前線の消耗は、恐らく連絡が入っている筈だ。
どのような連絡手段を用いているかまでは分からないが、それでも話を伝えるには十分時間があったはずだ。
にもかかわらず、オレ達は未だにそういった存在に出くわしていない。
「……もしかして、もう大半の兵力を前線に回しちまってるのか?」
「そうだとしたら、結構面倒な事になるがな」
『一応、王都の護りに回しているという可能性もあるが……果たして、どうなっている事やら』
前者ならいづなたちが、後者ならオレ達が苦労する事になるな。
どちらにした所で、ディンバーツ帝国の兵力がこの程度の数しかいないと言う事は考えづらい。
必ずどこかに、今まで見た以上の兵力が存在している筈だ。
相手は、魔人を量産するような技術を持っているのだからな。
「……そういえば、あの魔人の量産ってどうやってるんだろうな?」
『さあな、さっぱり想像できん』
「負の力が必要となる訳だが……それを自在に取り出す方法が存在するのか?」
方法は分からんが、そうでない限り説明がつかない。
いかなる方法か、負の力を取り出して操作し、それを人に与えて操っている。
負の力、邪神……アルシェール? いや、まさかな―――
と、その瞬間―――
「う、お……!?」
『む、地震か』
「……」
突如として起こった地面の揺れに、煉が驚いたように目を見開く。
日本で慣れている身からすると大した事はなく、しかも建物も無い平地である為に、まるで危険は感じなかった。
しかし……この世界で地震を感じる事など、滅多になかったのだが。
「何か、ここの所地震が多いな」
「……ああ、そうだな」
そう、オレ達がディンバーツ領内に踏み込んでから、少しずつだが地震が起こる事が増えていた。
何かが起ころうとしている……僅かだが、そんな不安が徐々に確信に変わってきている気がしていた。
敵の全容は、未だに掴む事は出来ていない。
しかし、確実に何かよからぬ事をしているのだろう……そして、この地震もそれが原因だとしたら―――あまり考えすぎても良くないかもしれないが、不吉な予感は拭えない。
だが、まだその先を見通す事は難しい。
例えオレ達の眼があったとしても、具体的に対象を定める事が出来ない未来は、見る事が難しいのだ
『……誠人』
「警戒はしておくさ。あまり、気張りすぎはしない」
椿の声に苦笑しながら応え、オレは小さく肩を竦めていた。
結局の所、オレ達には進む以外の選択肢は存在しない。
不安は尽きないが、戦わなければ勝つ事は出来ないのだ。
「……お、フリズが帰ってきたな」
「ふむ……それなら、軽く食事を摂ってから出発するとするか」
時間もちょうど昼時だし。さっさと食べて出発するとするか。
オレ達の成功を待っている奴らがいる……あまり、悠長にもしていられないからな。
こちらへと手を振りながら歩いてくるフリズの姿を認め、オレは小さく笑みを浮かべていた。
《SIDE:OUT》