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IMMORTAL BLOOD  作者: Allen
ディンバーツ編:幸せな結末を求めて
176/196

169:影と人形

冒涜と暴虐の世界、それを統べる者。












《SIDE:SAKURA》











 腕を振るう。

それと同時に、私のローブの袖口から伸びた帯のような影は、大きくしなりながらも刃の鋭さを持って《人形遣いドールマスター》へと襲い掛かる。

けれどその刃は、彼女へと届く前に空中で撃ち落されてしまった。



「っ……!」



 雷の衝撃が、私の瞳から全身を駆け巡る。

私は今、自分自身の体に雷の精霊さんを憑依させていた。

精霊変成ジン・メタモローフェン》とは違い、タイムラグ無しの力の行使も出来なければ、物理攻撃を無効にする事も不可能。

決して強い能力と言える訳では無いけれど、私はこの力によって反応速度などの感覚系の強化を行っていた。

体の動きも、元を正せば電気信号……雷の精霊の力ならば、操る事だって不可能じゃない。

……まあ正直な所、超越ユーヴァーメンシュに至る事によって手に入れた不死性が無ければ、あっという間に神経が焼き切れていたとは思うけれど。

正直、今でも反応するたびに苦痛が走っているのだから。



「けど―――」



 私に向かってきていた黒い人形の攻撃を、発生させた影の防壁で受け止める。

それと共に影から針を伸ばして人形を貫こうとしたけれど、黒い人形は一瞬で後退して私の攻撃から逃れてしまった。

……流石に、この痛みを受けるだけの効果はあるみたいだ。



「へぇ……人間の身体で、よくそこまで出来るものね」

「……殆ど、人間じゃないみたいなものです」

「ああ、それもそうだったわね」



 空から振ってきた声に応えつつ、私は足元から影の噴水を作り出す。

大きく広がった影は、上空に浮かぶ《人形遣いドールマスター》を飲み込もうと大きく口を開ける。

けれどその一撃は、振ってきた光熱波によって相殺されてしまった。

……影だからと言う訳じゃないだろうけど、高い威力を持つ攻撃では相殺されてしまうみたい。

けれど―――そう簡単に防ぎきられてしまうほど、私の超越ユーヴァーメンシュは甘くない。



「枝よ―――!」



 勢いを弱められてしまった影の柱―――その側面から、枝のように伸びた針が鋭角に折れ曲がり、鋭い棘となって彼女へと襲い掛かる。

変幻自在、攻防自在。そして相手が魂を持つのならば、触れるだけで一撃必殺のこの能力。

正直、彼女は私にとって天敵のような存在だ。けれど……だからと言って、負ける気だって全然しない。



「ここは私の世界……私の理が働く世界……絶対に、逃がさない」

「ふふ……第三位魔術式サードメモリー、《転送アポート》」



 ぱちんと、《人形遣いドールマスター》は指を鳴らす。

そしてそれと同時、彼女と並ぶように、空中に無数の人影が現れた。

精巧に作られた、一見するだけならば人間と変わらないその姿―――けれどそれは、既にこの世界で数え切れないほど磔にされた人形達と同じ物。

違う点は、その背に白い翼が形成されていたことだ。



「レンカが貴方の事を化け物って言ってたのもよく分かるわねぇ、サクラ・ヒナオリ。

本当に、厄介な力だわ……陣の人間なんて、もう何処にも残っていないじゃない」



 その言葉に対し、私は沈黙で返す。

この世界の地面は、既に私の影によって覆い尽くされていた。

無限に広がり続ける私の影。この影は、本当にこの世界を満たし尽くすまで止まらない。

いずれはこの世界全てを影で飲み込み、中に存在する者達を全て等しい存在へと変えてしまう。


 けれど……彼女は、未だに余裕を持っているようだった。

と、言う事は―――



「……その身体は、本体じゃないって言う事ですか」

「うふふ……」



 肯定も否定もしない……けれど、しっかりとその姿を見据えていればよく分かる。

彼女からは、魂の気配を感じない……どうやら、あの身体も人形に意識を繋いだだけの存在のようだ。

触れただけでは仕留める事の出来ない厄介な相手。

けれど―――



「飲み込んで、磨り潰してしまえば同じ事です」

「あら恐い……それなら、やられる前に殺さないとダメじゃない」



 彼女はくすりと笑い―――次の瞬間、上空から無数の魔術式メモリーが放たれた。

炎、光、雷、氷―――数え切れないほどの力、それぞれが必殺の威力を持つ魔術式たちは、絨毯爆撃のように私へと襲い掛かってくる。

しかし、目は逸らさない。



「亡者の腕よ」



 影に覆われた地面から無数に生えてくるのは、一つ一つが人間を握り潰せるほどの大きさを持った巨大な掌。

私の影を構成するのは、『月蝕の門』によって喰らい尽くされてきた無数の魂たち。

私の影のローブ、そして世界を覆いつくす影たちは、数十億の魂によって構成されているのだ。

いかに強力な魔術式を無数に放とうと―――



「貴方の軍隊レギオンでは、私の群体レギオンには届かない」



 巨大な腕たちは、放たれた魔術式を全て握り潰してゆく。

この無数の魂は、どうした所で消滅させる事は出来ない―――いや、そもそも既に死した魂を破壊する事など不可能に近いのだ。

この魂達は一にして全、全にして一。全てが別々に存在しながらも、私の世界では全て等しい存在なのだ。

故に、この魂達が破壊される事はありえない。


 ―――刹那。



「ッ……!」



 再び、身体に雷の衝撃が走る。

神経を焼き切られる痛みに耐えながらも、私は感じ取った方向の影から無数の針を発生させた。

しかし、それすらも砕きながら突撃してくるのは―――人の形を取っただけの、黒いマネキンのような人形。

厄介なのはこれだ……私でも防御するのが精一杯な、超高速戦闘型の人形。



「防いで!」



 私の意思を汲み取り、影の防壁が作り上げられる。

そしてそれと同時に、二つに割れるように影の防壁は黒い人形を挟み込む。

けれど、一瞬で跳躍した人形は、頭上から私へと向けて強烈な踵落としを放ってきた。

舌打ちしつつも、私は後方へと跳躍する。


 地面へと振り下ろされた足を影で絡め取ろうとするけれど、やはり完全に捕まえる前に離脱されてしまう。

影は地面に広がる物だから、上空に飛び上がるのは危険……防御の対応が遅れてしまう可能性がある。

だから、出来るだけ地上で決着を付けたいのだけれど―――



「斬るッ!」



 ローブの袖口から、無数の影の帯を放つ。

一つ一つが刃となるそれは、刃を更に枝分かれさせつつ、人形へ向けて面の攻撃を構成する。

相手が人間であれば、巻き込まれただけでミンチになってしまうだろうけれど―――生憎と、私の攻撃はあの人形にとっては鈍重でしかないようだ。


 人形は私の攻撃を回避すると、迂回するように動いてこちらへと突撃してくる。

接近戦しか出来ないのは助かるけれど、それにしたって嫌な速さだ。

舌打ちしつつも、黒い腕が木々のように立ち並ぶ中を、私は後退する。

遮蔽物の無い所へ出たら、魔術式に狙い撃ちにされてしまうだろう。

そうでなくとも―――



「ッ、また!」



 地上スレスレへと降りて来た人形が、横合いから魔術式を放ってくるのだから。

咄嗟に、縦に伸びている腕から壁を広げ、魔術式を防御する。

ッ……やっぱり、ジリ貧になってしまう。

一か八か、掛けに出るしかない、かな。


 黒い人形は腕たちの間を潜り抜けるようにこちらへと接近してくる。

正直な話、今の私はかなり無理矢理な方法で動いているに過ぎない為、どんどん疲労は蓄積してきている。

雷の精霊さんの力で反応速度を無理矢理上げ、それによって知覚出来た相手の動きに合わせ、影のローブで無理矢理身体を動かしているだけなのだ。

傷付いた身体は人間の枠を超えた私の不死性のおかげですぐさま再生して行くけれど、それにしたって痛いものは痛い。

あんまり長く続けていて、変な所で意識を失ってしまっても問題だ。

だから―――



「やるしかない、か……!」



 向かってくる人形へと向けて、影の腕の形を失わせて地上へと降り注がせる。

当たれば動きを鈍らせてくれるかと思ったけれど……生憎と、そう簡単には行かないようだ。

一応多少は影を被ったものの、動きが鈍っていると言うには程遠い。

なら……影を操って、四肢を拘束する―――!?



「く、あッ!」



 影で作り出した帯によって黒い人形の身体を拘束したのだけれど、あの人形はそれを意に介さず私へと突撃してきたのだ。

咄嗟に腕を交差させて、ローブを纏っていない顔面の部分を防御する。

そしてそれとほぼ同時、人形の拳は私の胸に命中し、その威力によって私は大きく弾き飛ばされてしまった。



「ぐ……!」



 衝撃に、肺の中の空気が押し出される。

強大な強度を誇る影のローブは貫かれこそしなかったものの、胸の部分のみを破壊されてしまっていた。

くっ、これは躊躇っている暇は無い!



「―――」



 小さく、その言葉を囁く。

そして着地すると同時、私の眼前には黒い人形が迫り―――その拳が、私の胸を貫いた。



「ふっ、あははははは! 軍隊レギオンには勝っても、英雄には勝てなかったみたいね!」



 《人形遣いドールマスター》の哄笑が、私の世界に響き渡る。

けれど、彼女は気付いていないのだろうか―――この世界が、未だに形を保っているその意味が。



『―――《肯定創出エルツォイグング精霊変成ジン・メタモローフェン》』



 そして、囁くように小さく、私はその言葉を唱える。

ギリギリのタイミングだったけれど……何とか、間に合ったみたい。

私の胸を貫く黒い人形の腕を掴み取り―――私は、鋭く囁いた。



『―――潰れろ』



 同時か、それとも言うが速いか。

私のその言葉と共に、この黒い人形は掴んでいた腕を残して粉々に潰れていた。

そして私の胸を貫いていた腕を引き抜き、じろりと上空を見上げる。

……そんな私の胸には、傷一つ存在しない。



「っ……まさか、あの一瞬で―――!?」

『ここの肉体達は、出来れば無傷で手に入れたかったんですけど……仕方ないです』



 呟き、私は掌の上に発生させた黒い球体を、足元の影の中へと突き入れる。

私が選んだのは地の精霊への変化……それは土や岩石を操る他に、強大な重力を操る力を持っている。

無論、そんな力を使ってしまえば、影の中に沈んだ肉体達も潰れてしまうのだけれど……この際、仕方ない。



『地に堕ちて、砕け散れ』

「ッ、そんな……!?」



 超越ユーヴァーメンシュ回帰リグレッシオンの同時発動……正直な所、どちらの力も燃費の悪い私にとってはかなりキツイ。

だからこそ、手加減はしないで全力で潰す。

強大な力を帯び始めた私の影は、その異能で上空の人形達を次々と重力の鎖によって絡め取り、地面へと落として行く。

地面に落ちた人形達は、かかる重さに耐え切れず自壊してゆく―――それは、《人形遣いドールマスター》にとっても同じ事だった。



「く、ふ、はははははは……ッ! して、やられた、わね」

『いいから、早く……潰れろッ!』

「あ、は―――また、会い」



 その言葉は最後まで発せられる事無く―――自壊した彼女の人形は、粉々に砕けて影の底へと沈んだ。

小さく嘆息しつつ、私は回帰リグレッシオン、そして超越ユーヴァーメンシュの力を解除してゆく。



「ぅ、く……」



 倒す事は出来た……けれど、おかげでかなり大きく力を消耗してしまった。

もう、回帰リグレッシオンを使うほどの力も残っていない。

ここの所、力を限界まで使う事が多いような……まあ、その大半は誠人さんの刀を造る為の力だったんだけれども。


 天空の『門』は消え去り、周囲を覆っていた影は地面の底へと沈んでゆく。

それと共に石畳の床は土の地面へと戻り、夜の闇に覆われていた世界は日の光を取り戻した。


 そして、同時に見えてくるのは―――



「……やっぱり、こうなっちゃった」



 強大な重力によってグチャグチャに潰れた、無数の死体。

遠くの方にある、重力の範囲外の肉体達は無事だったみたいだけれど、戦闘の中心地となったここではほぼ全滅のようだ。

血と肉の臭気に吐き気を覚えつつも、ふらつく体を抑えて歩き出す。

流石に、こんな所で倒れたくはない。



「ああ……怒られる、かなぁ」



 一応、ここの陣に残っていた兵力を自分達の力にする事も、いづなさんの目的だったはず。

まだ残っているとは言え、結構な量を潰してしまったので、その目論見は外れてしまったと言っていいかもしれない。

事情を話せば理解してくれるとは思うけれど、やっぱり申し訳なく感じてしまう。

そんな風に考えて、私は深々と溜め息を吐いていた。



「つか、れた」



 潰れた死体から離れて、まだ無事な肉体が折り重なった場所まで辿り着く。

その辺りに腰を下ろし、私は大きく息を吐き出した。

私の世界が消え去った事で、周囲の山の中に隠れていた人達が出てくる筈だ。

……もしかして巻き込んでしまったりしていないか心配になったけれど、多分大丈夫だとは思う。

超越ユーヴァーメンシュの範囲は人によって違うけれど、私のはそう広い訳じゃないと思うから。



「……はぁ」



 溜め息と共に瞳を閉じる―――睡魔は、すぐさま私の意識を支配していた。











《SIDE:OUT》





















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