表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
IMMORTAL BLOOD  作者: Allen
ディンバーツ編:幸せな結末を求めて
174/196

167:潜入者の夜

戦前の日々は、静かに過ぎる。












《SIDE:FLIZ》











 焚き火の光が、周囲の森をぼんやりと照らし出す。

そんな周囲の光景を見つめつつ、あたしは小さく嘆息を漏らしていた。

アルメイヤから、高高度で飛行して北へと向かった場所―――ここは、ウルエントと呼ばれる土地の北辺りにある森だ。

あたしが腰を下ろして寄りかかっているのは、地面に伏せて―――文字通り―――羽を休めている純白のワイバーン。

鱗の固い感触越しに伝わってくる暖かい体温は、見知らぬ土地での不安を少しだけ軽減してくれていた。



「……今、どの辺りだっけ?」

「まだまだだな。って言うか、目的地は本当にそこで合ってるんだよな?」

「リンディーナ曰く、間違いないとの事だったがな」



 あたしがふと発した疑問の声に、煉は地図を見る事も無く声を上げる。

まあ、正直な所分かり切った質問ではあったんだけどね。


 あたし達の目的地となるのは、ディンバーツ帝国の首都である、帝都グランレイヤール。

リンディーナさんの探索系魔術式メモリーのおかげで、アルシェールさんがそこに囚われている事が分かっていた。

ベルヴェルクラスボスがそこにいるかどうかまでは分からなかったけど、あの人の奪還はどちらにしろ必要な要素だ。


 もしも邪神と言うシステムがなくなってしまえば、あの人の過剰な不死性は失われてしまうかもしれない。

一応エルロードと繋がってる訳だから、そうそう死ぬ事は無いでしょうけど……それでも、普通では再生不可能なような傷を受けたまま邪神の力を失ってしまえば、そこで死亡してしまう可能性もあるのだ。

だから、今回は敵よりもアルシェールさんの事を優先する。

それに、助け出せばあの人も手伝ってくれるかもしれないしね。



「あの野郎の目的がはっきりと分からない以上、出陣してるのか居城でふんぞり返ってるのかの判別は付けられないが……少なくとも、警備が全く無しって事はないだろうな」

「この間の戦線に、星崎は出てこなかった。理由は分からんが、そちらの方に回されている可能性も考えておくべきだろう」

「つまり、あたしはあの救いようも無い馬鹿を相手にしなきゃならないって訳か……」



 嘆息する。

個人的な恨みが無い訳じゃないけれど、正直あの思い上がったクソ野郎の相手をしたいとは思えない。

今のあたし―――と言うより、今のあたしが持っている武器ならば、あいつにも有効なダメージが与えられるかもしれないけど、あの並外れた再生能力は本当に面倒だ。



「それで、どうなのよ二人とも? 勝てる見込みはあるの?」

「無きゃ流石に戦おうとはしないだろ」

「そりゃそうだけど……相手が、アレよ?」



 思い返して浮かんでくるのは、あたしの無数の攻撃を完璧に受け切るベルヴェルクの姿。

神速の打撃も、オリハルコンを加速させた杭も、まるで通用しなかった。

あまりにも強力すぎる力……回帰リグレッシオンすらも使わない能力行使で、あれだけの力。

底が知れないなんてものじゃない、崖下を覗き込もうとする事すら叶わないのだ。


 そんなあたしの言葉に、煉は小さく嘆息しながら肩を竦める。



「まだまだ、切り札は残ってるさ。《魔弾の悪魔ザミュエル》に《因果反転カウザーラ・インヴァティオン》を付加して放てばあいつにも通用するだろうし」

「オレの方も、この景禎になってから刀の強度も精霊も強化されたからな。あの力を使っても、刀が破壊される事は無い」



 確かに、前回の教訓を生かす事は出来そうだ。

煉の《拒絶アブレーヌング》は高い格を持っているおかげで、あの男の《創世ゲネズィス》の力に喰らいついて行く事が出来る。

対し、誠人の持っている《未来選別ツークンフト》の格はかなり高いけれど、放出系ではない為に威力では劣っている。

ただ、それを補って余りある景禎の力があるから、届かせる事は出来る筈だ。


 恐らく、一対一で戦っても勝ち目は無いだろう。

けれど、二対一なら……二人の強大な力による波状攻撃ならば、あの男にも届くのではないだろうか。

―――正直な所、甘い想定だと言わざるを得ないんだけどね。



「あんまり気を削ぐような事は言いたくないけど……あの男があたし達の事を見た時、何て言ってたか覚えてる、誠人?」

「……回帰リグレッシオン、そして肯定創出エルツォイグングの仕組みそのものを詳しく知っているような素振りだったな」

「決め付けるのは早計だけど、あたしは、あいつは少なくとも回帰リグレッシオンを使える程度には力をつけているんだと思う。それは、ちゃんと考えてるの?」



 あたしの言葉に、二人は嘆息交じりに肩を竦めて見せた。

分かってはいる、けど―――生憎と、相手の能力が分からない以上は対策の立てようもないか。

そりゃ、流石に仕方ないわよね。



「……ゴメン、やっぱ余計なお世話だったわよね」

「いや、お前の言う事も尤もだ。一応考えてはいたが、割と行き当たりばったりだったからな」

「そもそも、回帰リグレッシオンは使い手の願い次第で形を変えるのだから、想像も出来ないと言うのが現実だが」



 まあ、それもそうよね。

桜の持つ回帰リグレッシオンがアレほど残酷で苛烈なのは、桜の願いが他者を排除しようとするほど強いものだから。

それに関しては煉も同じだ。願いを妨げる者は全て叩き潰す―――それほど強い思いを元にしているから、回帰リグレッシオンの苛烈さもその勢いを増している。

なら、あの男は?



「神を目指すと言う事―――ミナは、確かそう言ってたよな。それは、一度死んでも諦めきれないほどに強い願いだった訳だ。

正直な話、願いの強度も回帰リグレッシオンの力も、かなり強いものだろうよ。だが―――」

「……僅かでも勝ちの目を見出せば、オレの力が届く。決して、勝算の無い戦いをする訳では無いさ」



 未来に起こるであろう事を予め排除する事で、起こりうる結末を限定する煉の能力。

未来に起こるであろう事を選択する事で、発生する結果を定めてしまう誠人の能力。

二人の力があれば、基本的に起こせない事は無いのではないか、と思うけれど―――そうよね。

煉があの男の防御を貫く事の出来る弾丸を放ち、誠人がその攻撃が成功する未来を予見する。

二つ分の《欠片》の力なら、あの男の《欠片》にも届くのではないかと、そう思うのだけど。



『あまり、こちらの事ばかり気にするな、フリズ。お前も、決して楽な仕事と言う訳ではないのだぞ?』

「比重が違いすぎるのよ。星崎とベルヴェルクじゃ、天と地ほどの差と言うのもおこがましい位の差があるじゃない」

「あぁ……」

「そりゃ、まあ……」



 歯切れの悪い調子で視線を逸らす二人と、苦笑を浮かべる椿に対し、あたしは小さく肩を竦める。

《欠片》の格じゃあたしが一番下だし、全く能力が通用しない事を考えれば当然の割り振りだけれど……それでも、仕事量の差にちょっと申し訳なくなる。

まあ、あたしが助太刀に入った所で邪魔にしかならないでしょうけど。



「……まあ、アンタ達が背中を気にしなくていい程度には仕事するわよ。もう、願いの一歩手前まで来てるんだから」

「そりゃちょっと気が早いんじゃないか? まあ、最大の障害とはここで決着がつく訳だけどよ」



 苦笑する煉に、あたしも小さく笑う。

そう、ここで相手をするのは、あたし達にとって最大の障害となる相手だ。

それはつまり、ここさえクリア出来れば、もうあたしたちを阻む物は存在しないに等しいと言う事。

あたし達の願った幸せな結末へと、突き進む事が出来るのだ。



「……やれやれ。興奮しすぎだ、お前達。明日も行動せねばならんのだから、早めに休んでおけ」

「おう、番は任せたぜ?」

「いいの? 交代でやった方が―――」

「この身体に睡眠は必要ないからな。適材適所だ。お前達はしっかりと休め」



 分かってはいるんだけど、どうしても申し訳なく感じてしまう。

まあ本人がこう言っているんだし、ここは納得しておいた方がいいと思うけど。

小さく肩を竦め、あたしは結んでいた髪を解いてから、近くに合った毛布を手繰り寄せた。


 明日も早い……出来るだけ速く移動して、アルシェールさんの元へと辿り着かないと。

ジェイの幸せも同時に求める為に、あの人は必ず必要だから。

だから―――待っていて。











《SIDE:OUT》





















《SIDE:MINA》











「……お姉さま」

『―――おお、ミーナリアか』



 レンたちがアルメイヤを発った、その日の夜。

わたしは、回帰リグレッシオンの力を使ってお姉さまの所へと声を届けていた。

話す内容は決まっている……ディンバーツと一緒に戦う、その話。



「共同作戦の話……どう、なってるの?」

『ああ、アレか。妾としては、そちら側が奴らへと向けて攻撃の動きを見せてくれるだけでもよいのだがな。

それだけでも奴らはそちらの動きを警戒し、兵を割かざるを得なくなる』



 ……どちらかと言えば、リオグラスかグレイスレイド、どちらかの国と隣接している都市一つに固めてくれた方がやり易い。

そうすれば、大きく警戒されている方には攻め込む素振りだけを見せ続けて相手を足止めし、その間にもう一つの方を落とせばいいのだから。

相手の力を少しずつ削ってゆく事……それだけでも、レンたちの助けになるのなら。



「……わかった。きっと、一緒に戦う事になる」

『頼もしいな……だが、今日はもう遅い。明日、そちらの王と詳しい話をさせて貰えぬかな?』

「ん、言っておく」

『ふふ、感謝するぞ、ミーナリア』



 お姉様は、わたしの言葉に嬉しそうに笑う。

穏やかに聞こえるけれど、お姉さまはやっぱり怒っているみたいだった。

自分の愛する国を、自分の愛する民を傷つけられた……それは、お姉さまにとって決して許す事の出来ない事だから。

わたしにだって、その気持ちは分かる。わたしとお姉さまは、一緒だから。



『では、ミーナリア……まだ少々忙しいのでな。名残惜しいが、今日はここで退散させて貰おう』

「ん……お姉さまも、頑張って」

『ふふ……ああ、頑張るとも。では、またいずれ』



 小さく笑うような声と共に、お姉さまの言葉が途切れる。

わたしは小さく息を吐き出して、そのまま横倒しに、ベッドの中へと倒れこんだ。

その衝撃でふわりと舞い上がるのは、ベッドに染み付いたレンのにおい……ここは、凄く落ち着く。



「レン……」



 わたしたちの未来の為に、レンを送り出した。

けれど、やっぱり不安で……それで、寂しい。

わたしはずっとずっと、レンと一緒にいたから。一緒にいるのが、当たり前だったから。



「レン……どうしてる、かな」



 彼が、恋しい。

愛しているから。誰よりも、誰よりも。

無事でいるかな、ちゃんと目的を達する事が出来るかな……レンが負ける事なんて、わたしは微塵も考えていない。

けれど、ただ離れているだけでも寂しくなってしまう。


 と―――そんな時、ふと部屋の扉が開いた。

この部屋を使っている人は、今はいない。

少し驚いてそちらへと視線を向ければ、そこにサクラが立っていた。



「ふふ、やっぱりここにいた」

「……サクラ」



 わたしの姿を見て嬉しそうに微笑んだサクラは、部屋の中に入って扉を閉め、わたしの方へと歩いてくる。

そのまま腰を下ろしたのは、わたしが寝転がっているベッドの隣―――マサトが使っていたベッド。

……サクラも、わたしと同じ。



「ちょっと寂しそうにしてたから気になって見に来たけど……やっぱり、大変?」

「ん……不安は、ある」



 三人を送り出した……けれど、やっぱりギリギリだと、わたしは思う。

超越ユーヴァーメンシュの力が無ければ、ベルヴェルクを倒す事はできない……例え倒す事が出来たとしても、いつか再びわたし達の前に現れる日が来てしまうかもしれないから。

まだ、辿り着く事が出来ていない三人を送り出してしまったのは、やっぱり不安だった。

そして、それはサクラも同じ。



「……四人は、思い出せるかな?」

「一度だけ、あったから……可能性はあると、思う。無数の観測をするマサトとツバキ、指輪を受けとったフリズ、そしてレンカと戦ったレン……出来る限りの事は、積み重ねたはず」



 だから、後は信じるしかない。

三人が思い出してくれる事を―――そして、三人が自らの望む世界を見出す事を。

例えそれが歪んだ願いであったとしても、《神の欠片》は等しくそれを実現する。

どれほど、罪深い願いであったとしても。



「……そう、だよね」



 サクラもベッドに寝転がり、そう呟く。

祈るように、願うように……長い間、抱き続けてきた願いを反芻して。

数え切れないほどの敗北を、一度の勝利で塗り替える為に、ただただ前へと進んできた。

それはもしかしたら、罪深い事だったかもしれない。

けれど、それでも願ってしまった。

エルは、そういう世界を願ってしまったから。

だから―――わたしたちはこうして、今でも戦い続けている。



「うん……きっと大丈夫だよ、ミナちゃん」

「サクラ……」

「信じるって、諦めないって決めたんだから……頑張らないと、ね」

「……こうしてると、説得力……ない」



 ちょっと視線を半眼にして、わたしはそう呟く。

ベッドに寝転がっているわたしとサクラ……レンとマサトの温もりに甘えてしまっているのに。

……だからこそ、そう強い言葉も言えるのかもしれないけど。



「あ、あはは……」



 サクラは、笑って誤魔化す。

そんな様子がおかしくて、わたしは小さく笑みを浮かべていた。



「冗談、だよ……信じるし、諦めない。ずっとずっと、決めていた事だから」

「もう……でも、そうだよね」



 わたしたちは、二人で笑う。

きっと、もうすぐわたしたちも戦いに出る事だろう。

帝国の陣を強襲して攻め落とし、そしてその陣で休憩した後に、ウルエントへと向かう。

きっと、また辛い戦いになってしまう……でも、戦わないと。



「頑張ろう、ね」

「うん……頑張る」



 どちらとも無く、わたしたちはそう囁き合う。

願いは手の届く所まで近付いてきている。後は、最後の壁を乗り越えるだけ。

ここからが―――きっと、正念場なんだろう。

だから、これを最後の頑張りにする為に―――わたしは、戦うのだ。











《SIDE:OUT》





















評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ