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IMMORTAL BLOOD  作者: Allen
ディンバーツ編:幸せな結末を求めて
170/196

163:戦の後、最後の夜

これより先は、後戻りの無い戦の場。












《SIDE:REN》











「お疲れ、二人とも」

「ああ、お前の方もな」

「……まあ、何はともあれ皆無事でよかったわ」



 誠人は瞳を閉じながら小さく笑い、逆にフリズはあまり晴れない表情のまま俺の言葉に頷く。

対照的な反応だな……一応、フリズの前にあの《人形遣いドールマスター》とかいう女が現れてたのには気付いたが、それ以降は速すぎて見えなかったし……一体、何があったんだか。


 ディンバーツ軍は先程のフリズと誠人の戦いで前衛はほぼ壊滅、中衛も攻め入られた事で敗走を始めている。

どうやら、あの魔人化は軍全体じゃなくて、前衛の方に集中していたみたいだな。

その辺りの連中は状況を弁えてるらしく、後方に控えてた補給部隊と共に撤退を開始している。

今回は兵力もあるし、陛下達は追撃を始めるみたいだったけどな。

とりあえず深追いだけは注意して欲しい所だけど、まあ俺が言うまでも無く心得ているだろう。



「山場は乗り切った訳だし……いや、俺達にとってはここからが山場か」

「そうね。ここにいる面子は、ミナ以外はディンバーツに攻め込むメンバーだし」

「ん……」



 フリズが肩を竦めつつ呟いた言葉に、ミナがこくりと首を縦に振る。

そう、俺達はこれから、ディンバーツ帝国に攻め込まなくてはならない。

メンバーを半分置いて行かなければならないのは不安だが、それでもこれは必要な事だ。

まあ、今すぐ出発するって訳じゃないんだけどさ。



「とりあえず、どうするんだ? 一応、報告とかがあるのではないのか?」

「それは―――」

「―――構わない、それは私がやっておく」

「マリエル様?」



 背後から掛けられた声に振り返れば、そこにはこちらへと歩いてくるマリエル様の姿があった。

表情には若干疲労が見えるものの、それでもどこか安心した笑みを浮かべている。



「お前たちに頼ってばかりではあったが、ここの指揮官は私だったからな。父上……いや、陛下への報告は本来私の役目だ。

それにそもそも、明日発たなければならないお前たちの時間を奪うつもりは無いさ」

「あ、ありがとうございます」

「いや……礼は言わないでくれ。お前たちにそのような仕事を任せねばならないんだ、申し訳なくて仕方ない」



 マリエル様は、そう言って苦笑する。

その感情は上手く隠されていたが、それでも声の一部からは、どこか後悔のような思いを感じ取れた。

ミナなら、すぐに分かるのかもしれないが―――



「ともあれ、時間は有意義に使ってくれ。この戦が終わるまで……会えなく、なるかも知れないのだからな」



 どこか言い辛そうに……いや、慎重に言葉を選ぶようにしながら、マリエル様はそう告げてくる。

縁起でもない言葉が浮かんできて、それを台詞から外そうとしたんだろう。

まあ、ちょっと失敗してたみたいだけどな。

そんな不器用さに、俺は小さく苦笑する。



「……分かりました。それじゃあ、戻らせて頂きます」

「ああ、そうしてくれ」



 マリエル様の言葉に頷き、俺達は視線を交わす。

そしてそのまま、一度だけ彼女に礼をして、俺達は外壁の中を通って下へと降りる階段へと足を進めた。

とりあえず、桜が待ってる建物へと戻ろうか―――と、思いながら階段を下りていた、その時だった。



「おーう、お疲れ様やねー」

「大丈夫でしたか……?」

「いづな、桜! ……って、え?」



 階段を下りた先に見えた姿に、フリズが歓声を上げて―――その隣に並んでいた姿に、目を丸くしていた。

白衣を着た黒髪の女性。俺の姿を見て顔を顰めるその姿は、間違いない。



「シルフェリア……何故、貴様がここにいる?」

「フン、随分な挨拶だな、マサト。貴様の体の整備に来てやったのだ、感謝しろ」



 シルフェリア・エルティス―――世界最高の錬金術師。

現在動く事の出来る最後の英雄の姿が、そこにあった。


 しかしまぁ、相変わらず、いっそ清々しく感じるぐらいの大きい態度だ。

さっき顔を顰めたのは、恐らくあれだろう。俺の姿が兄貴と似たものになってた所為だ。

問答無用で攻撃されなかっただけマシと考えるべきなのだろうか。



「って言うか、お母さんは!?」

人造人間ホムンクルスに看護を任せてある。私が数週間離れた程度では何も変わらん」



 一応、その辺りはちゃんと仕事してくれるんだな……完璧主義って言うか、一度引き受けた事はきちんとこなすんだろう。

この人の家だから警備はしっかりしてるだろうしな。まあ、《神の欠片》をフリズに渡した以上、カレナさんがまたディンバーツに狙われるような理由も無いだろうけど。


 しかし、今回の動きは微妙に疑問だ。

あまり付き合いの無い俺でも、この人が善意とかそういう感情で動く筈が無いって言うのは分かってる。

でも、今更俺達に金を請求するとも思えないし、さっきちゃんと誠人の体の整備だとは言ってたしなぁ。



「とにかく、さっさと来い。あまり時間も無いのだろう」

「あ、ああ」



 誠人もその辺りの事で若干戸惑っているのか、少し怪訝そうな表情で頷いた。

そして俺達は思わず、揃ってミナの方へと視線を向けてしまう。

そんな俺達の疑問を受け、ミナは小さく呟くように声を上げた。



「……マサトが強くなった。だから、目標に届きそう」

「……一応、あの目標はまだ生きていたのか」



 ああ、兄貴より強い人造人間を造るとか言ってた奴か……兄貴がいなくなっても、あの目標まだ生きてたんだな。

そういや、今の俺達って兄貴に勝てるのか?

……何でか知らないけど、勝てる気がしないんだよなぁ、あの人って。



「何をしている。早く行くぞ」

「……了解した」



 とりあえず微妙な表情をしながらも、誠人はシルフェリアの後を追って歩き出す。

俺とミナ、そしてフリズは互いに視線を見合わせてから、その背中を追ったのだった。











《SIDE:OUT》





















《SIDE:SAKURA》











 誠人さんとシルフェリアさん、そしていづなさんが入って作業している部屋の前。

私はその廊下に腰を下ろしながら、隣に立てかけた刀―――お姉ちゃんと精霊たちが宿ったそれに、肩を触れ合わせていた。



「……大変な事に、なっちゃったね」

『そうだな……』



 聞こえた声に、私は視線を右上へと向ける。

そこには、生前と変わらない姿のお姉ちゃんが、腕を組みながら立っていた。

以前よりもずっとはっきりとした姿……これでも力を抑えているのだから、普段の状態ならば霊感が無い人にも見えてしまうかもしれない。

それでも、刀と同化しているその姿を見れば、普通の人間じゃない事は分かるだろうけど。



「思えば、さ」

『うん?』

「私とお姉ちゃんがそんなに遠くに離れるなんて、初めてな気がする」

『何を言うか。私が修学旅行に行った時は、海外まで行っていただろう』

「あはは。でも、あの時はお姉ちゃんも、毎日携帯に連絡くれてたし」



 私たちは、ずっと一緒だった。

……ううん。私が、ずっとお姉ちゃんに甘えてしまっていたんだろう。

それは、私の弱さだ。愛してくれるお姉ちゃんから離れたくなくて、お姉ちゃんも私を独りぼっちにしたくなくて。

でも……私はもう、弱く在る事は出来なくなってしまったから。



「お姉ちゃん、心配しないで」

『それは出来ない相談だな。ワタシの願いは知っているだろう?』

「うん……そうだね」



 お姉ちゃんの願いは、私を護って、私を幸せにする事。

そして私の願いは、私を愛してくれる人を護る事……だから、私たちはずっと一緒にいるんだって、そう思ってた。

でも、今お姉ちゃんはこの刀に宿っている。

そして―――私は、この状態が最もいい結果である事が分かっていた。



「……そう、だね。お互い、心配するんだよね。でも、それがきっと一番いいんだと思う」

『桜……?』

「お互い心配するんだから、おあいこって事だよ」



 そう言って、私は小さく笑う。

教えられない。教えてはいけない。

お姉ちゃんに隠し事をしなくちゃいけないのはちょっと辛いけれど、それでもこれは必要な事だから。

ミナちゃんは、ずっとこの苦しみに耐えてきたのだから。



「誠人さん、フリズさん、煉さん……それに、お姉ちゃん」

『ワタシ達は明日、ディンバーツへと発つ、か』

「こっちの残った私たちも、どう動くかは分からないけど……でも、頑張るよ」



 私の言葉に、お姉ちゃんは小さく頷く。

今回は、私はこの街の防衛戦には参加できなかった。

いづなさんにしては危ない橋を渡ったなぁと思ったけれど、こうして成功しているんだから、ちゃんと勝てる算段があったんだろう。

次からは私も、この街を―――そして、この国の人々を護る為に戦える。

そこまで考えて、私は小さく苦笑を漏らした。



『桜、どうかしたのか?』

「ううん……やっぱり私は、私なんだなぁって」



 やっぱり、私には善意なんて物は無い。

あの時、失ってしまったままだから。

私がこの街を、ここの人達を護るのは、皆が……誠人さんやミナちゃんが、彼らを護りたいと思っているから。

ただ単純に助けたいと思えるような心は、私の中には残っていない。

でも、皆なら……きっと、それで構わないと言ってくれる。



「私の力なら、相手が多い方が戦い易い……誠人さんたちが帰ってくる場所は、きっと護ってみせるから」

『……そうだな。回帰リグレッシオン超越ユーヴァーメンシュも、お前の力は集団戦向きだ。

お前なら……いや、お前だからこそ、ワタシ達が戻ってくるべき場所を預けておける』



 帰る場所、か。

前の世界に執着している人が、いない訳じゃない。

誠人さんは一度でもいいから戻りたいと思っているだろうし、蓮花さんを迎えに行くといっていた煉さんだって、必ず戻りたがるだろう。

フリズさんも、もしかしたら何か気にしている事があるかもしれない。

けど……この国も、私達全員の思い出が詰まった場所だ。

やっぱり善意で戦う事は出来そうにないけれど、それでもこの場所を護りたいと思える。



『なあ、桜』

「何、お姉ちゃん?」

『……いや、何と言ったものか。どうしても、縁起でもない事を考えてしまう。とうに死んだ人間だと言うのにな』



 お姉ちゃんは、そう言って自嘲気味に肩を竦める。

あんまり、気弱な事を言っちゃダメだって……そうは思うけれど、やっぱり考えてしまうものだろう。

あんな強大な相手……私の記憶の中からだって、勝利の方法を導き出す事はできない。

けれど―――



「信じよう、お姉ちゃん。私達はずっと、その為に積み重ねてきたんだから。もう二度と負けないって……ずっとずっと、そう信じて戦い続けてきたんだから」



 だから、今度こそ。

声には出さず、そう呟く。

何度も何度も、敗北し続けた。最後のみを勝利で彩る為に、何度も何度も。

積み上げてきた怒りも、絶望も……世界を塗り替える為の力に使う。

人で駄目なら、その理すらも超えてしまおう。

積み上げてきたものが無駄ではないと、私は信じているから。


 そう呟いた私の言葉に……お姉ちゃんは、小さく苦笑を漏らしていた。



『それが、超越ユーヴァーメンシュに至って得た答えと言う訳か』

「……そう、だね」

『お前が何を見たのか、今のワタシには分からない。けれど―――』



 お姉ちゃんの掌が、そっと私の頭に触れる。

霊体なのだから、感触なんて存在しない―――それなのに、どこか懐かしい暖かさが残っているような気がした。

お姉ちゃんもどこか懐かしむようにその手を動かして、小さく微笑む。



『ワタシも、必ずお前と同じ場所へと至ろう。魂だけのワタシがそうなったとして、どんな存在になるのかはさっぱり分からないがな。

だが、ワタシはお前を一人きりにしないと誓ったのだ。どこまででも、お前と共に往くさ。

だから、その人の理の先で待っていてくれ。ワタシも、必ず追いつく』

「……うん。待ってるよ、お姉ちゃん」



 ここに辿り着くとき、きっと辛い事実をいくつも見せ付けられるだろう。

でも、大丈夫だと私は信じてる。

私のお姉ちゃんは、そして私の大切な仲間達は、あんな事で諦めたりはしないって。

だって、悔しいから。これまで頑張ってきたのに、こんな所で諦めてしまうのはあまりにも悔しいから。

だから回帰リグレッシオンは、超越ユーヴァーメンシュに至る為に必要なんだ、と今になって思う。

この強い意思、ぶれない願いを定める事は、超越ユーヴァーメンシュに至った時に折れないようにする為に、絶対に必要なんだ。



『ふむ……さて、もうそろそろ誠人の調整も終わったのではないか?』

「ぁ……そうだね。もう、あの音は聞こえてないし」



 時々道路工事でもしてるのだろうかと思うような音が聞こえてきていたけど、一体どんな調整をしてたんだろう……?

邪魔になるから出て行け、と追い出されちゃったんだけど、時々中を覗きたくて仕方なかった。

後で、誠人さんに聞いてみようかな。



『さて、入ってみるとするか。お前も、今日は誠人と話しておきたいだろう?』

「うん。ありがとう、お姉ちゃん」



 出発してしまえば、しばらく会えなくなってしまう。

やっぱりそれは寂しいし……不安は、拭えないから。

だから、今の内に出来るだけ話しておきたい。


 小さく頷いて、私は刀を引きずるようにしながら誠人さんの部屋へと入っていった。

―――もう会えなくなるかもしれないなんて不安は、考えないようにして。











《SIDE:OUT》





















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