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IMMORTAL BLOOD  作者: Allen
リオグラス編:異世界の少年と創造の少女
17/196

15:“母”

「産んでくれて、ありがとう」

              BGM:『link』 Re:nG











《SIDE:REN》











 こつこつと、兄貴のブーツが硬い石の床を叩く。

その後ろをミナの手を引いて続きながら、俺は周囲を見渡していた。


 俺がこの世界に来た時にいた場所と似ている、妙につるつるした石材の壁と、反発性のある床。

例によって一つも傷が無いそれは、天然の素材に見えると言うのに妙に無機質に感じる。


 何も、喋る事はできなかった。喋る事が見つからなかったと言うべきか。

この通路ではちゃんと照明が付いていて、もう《暗視ナイトアイ》は必要なくなっている。

手を引いているミナの顔だってちゃんと見えるのだが、それでも何かを話す気にはならなかった。

この閉鎖的な空間への緊張感か、或いは―――



「……レン?」

「ミナ? どうかしたか?」

「手……ちょっと、強い」

「あ、ごめん」



 思わず、掴んでいた手に力を込めてしまっていたようだ。

反射的に手を放し、ミナに謝罪する。

ミナは離された手をじっと見ていたが、首を横に振って再び手を差し出してきた。



「……えーと、いいのか?」

「?」



 きょとんと、ミナは首を傾げる。手を繋ぐ事が当然だ、とでも言うように。

俺はそのように思わず苦笑して―――先ほどまでの緊張が消えている事に息を飲んだ。

本当なら、ミナの方が緊張していてもおかしくないと言うのに。



「……ありがとう、ミナ」

「?」



 どうやら、ミナは無自覚だったようだ。

そのことに苦笑しつつも、もう一度心の中で感謝する。


 気付けば、兄貴から少し離されていた様だ。

少しだけ駆け足で、ミナの事を引っ張りながら追いかける。

不思議と、緊張感は消えていた。





















 通路が終わり、再び暗闇に満ちた空間が現れる。

暗視ナイトアイ》が切れているのに躊躇う事無く入って行った兄貴に思わず顔を引き攣らせながら、俺もその後を追った。

瞬間―――唐突に現れた光が、周囲を照らし出す。



「っ、自動照明……!?」



 暗闇に目を凝らそうとした瞬間の光だった為に、思わず目がくらむ。

何だか分からない場所で目を閉じたままなのは拙いと、俺は何とか目をこじ開け―――そして、絶句した。

俺の目に入ってきたのは、広い空間とその先にある体育館のステージのような場所。


―――そしてそのステージの上、壁の中に下半身を埋め込まれた女性の姿だった。



「いや……違う、何だよこれ!?」



 目を凝らせば、彼女が壁に埋め込まれているのとは違う事が分かった。

壁にはくすんだ金色の機械や、チューブのような物が無数に張り巡らされていて、そのチューブの内のいくつかはその女性に繋がっている。

これは……機械だ。

機械の体を持つ人間ではない。一部だけが人間の形を取った、まるで冒涜のような機械だ。

だってそうだ、普通に生きている人間ならば、あそこまで精密に整った容姿なんてあり得る筈が―――



「あ……まさ、か。兄貴―――」

「到着だ、ミナ」



 兄貴の言葉に、思わずミナの様子を横目に見る。

いつも表情の無いはずのミナは―――この時ばかりは、その瞳を大きく見開いていた。


そう……あの機械に埋め込まれた女性は、あまりにもミナに似ていたのだ。



「こいつは、古代人が創造魔術式クリエイトメモリーを操る為に作り出したデバイス。

万物を生み出す為のプラント。世界に対する冒涜。模倣機人エクスマキナマザー”。

お前の……母親だ」

「っ……!」



 絶句したのは、俺が先だったか、それともミナが先だったか。

どちらだか分からない息を飲む音は、静かな空間に不気味なほど響き渡った。


 そして、何かが軋むような音が響く。



「……どうやら、壊れきってはいないようだな」

『感謝しmaす、騎…《ガガッ》士よ』



 いや、これは声だ。歯車が回るような音と共に発せられる、ノイズ交じりの声。

そして、女性は―――“マザー”はゆっくりと顔を上げる。



『待っていまshiた……我が《ザザッ》、muすめよ』

「お母、様……?」

『わtaしは、“マザー”1026号……《黒堕の蝶》の大破壊wo免《ザッ》れta、プラントのいki残り。

あnaたを、騎士に預けたモノ……貴方の、名maえは……?』

「……ミナ。ミーナリア・フォン・フォールハウト」



 “マザー”の声に対し、ミナは真直ぐに答える。

けれど、その声には確かにいつもと違う動揺が滲んでいた。

分からないのだ。何故彼女が、自分をここに呼んだのか。


 そんな内心を知ってか知らずか、“マザー”はその顔に慈愛に満ちた表情を浮かべる。



『ミナ、ですか……よi、名前deす』



 その姿は、本当に母のようで……思わず、混乱する。

彼女が、機械なのか人間なのか分からないのだ。



「俺は、十五年ほど前にこいつからミナを預かった。創造魔術式を操れるようになったらここに連れてくると言う約束でな。

俺が受けた依頼はここまでだ、“マザー”。お前は、ミナをどうするつもりだ?」

『どう…《ザザ》…toは?』

「何の為にミナをここに呼び戻したのか、と聞いてるんだ」



 兄貴は、槍を握っている。

もしもミナに危害を及ぼすつもりなら、容赦しないとでも言うかのように。

けれど―――ミナが、それを押し留めた。



「ミナ……?」

「違う」



 一言だけ、ミナはそう口にする。

そして、“マザー”を見上げ……少しだけ、表情を和らげた。

その様子に、“マザー”もまた小さく微笑む。



『waたしは……ただ、遺しtaかっただけなnoです』

「遺したかった?」



 思わず、首を傾げる。いかなるものでも作れるなら、そんな事を気にしなくても大丈夫なんじゃ?

そんな俺の疑問に答えるように、“マザー”は続ける。



『我ga姉妹機は、suべて《黒堕の蝶》ni破壊されました……naにも、遺さず。

わたsiは、怖かった…《ザザッ》…私がこkoにいた事実saえ、失ってしmaうのが』

「だから、ミナを生み出したのか」

『貴方がここにtaどり着いた時……私は敵でaった神にすら感謝しました。

このmaま朽ち果てるnoかと恐怖していたあの《ザッ》時、私はtaしかに救いを見たのです』



 兄貴を見つめる“マザー”の視線には、確かな感謝が込められていた。

怖いほどに悪意の無い、その視線。



『これで怖くnaい……私の娘が、人とmaじわり、人の中で生きてくれる……《ザザザ》

私の愛しta人間という生《ザッ》き物のnaかで、私の生きta証が続いてゆく……わtaしは、幸せde《ザザザザ》』



 声の中に、ノイズが増えてゆく。

俺にだって分かる。彼女は―――もう、限界なんだ。


 ミナは彼女の姿を目に焼き付けるように、じっと目を逸らさず見つめ続けている。

表情はいつもと変わらない。けれどその両手は、何かを堪えるようにローブを握り締めていた。



『ミナ……』

「は……ぃ」

『幸せ、に、naりなさい』

「っ……!」



 ミナは、俯こうとして―――けれど、その首を無理矢理“マザー”の方へと向けた。

絶対に目を逸らさないと、そう言うかのように。

そして俺もまた、その“マザー”の姿から目を逸らす事ができなかった。


異形であるというのに。

身体にいくつものチューブを繋がれた囚人のような姿であると言うのに。

その姿は―――あまりにも、美しかったから。



『騎si、よ』

「……何だ」

『契約、でsu…《ザザッ》…私の最goの創造クリエイトは、貴方のtaめに』

「……分かった。小僧、背信者アポステイトを貸せ」

「え? あ、ああ」



 ホルスターから取り出した銃を、兄貴に向かって投げ渡す。

手に取った銃を掲げ、兄貴は“マザー”に向けて声を上げる。



「こいつは可能か?」

『かtaちだけならba…《ザザ》…魔術式は不ka能です』

「そうか……ならば、こっちはどうだ?」



 言って、兄貴が取り出したのは銃のマガジン―――即ち、魔力カートリッジだった。

どういうつもりだ、兄貴……?



『それnaらば、完全にmo造可能deす』

「分かった、やってくれ」



 そう、兄貴が言った瞬間―――周囲の機械達が、一斉に動き始めた。

地響きを起こすほどの駆動音の中、“マザー”は何かを抱えるように両手を広げ、虚空を仰ぐ。

そしてそこに―――六つの、銀色の光が灯った。


 光は光の線となり、光線のみで作られた直方体が六つ、回転しながら輝き始める。

放たれた光は実体を作り、そこに六つのマガジンが浮かび上がった。

やがて回転は徐々に収まって行き、ゆっくりと兄貴の手の中に降りてくる。



『申しwa《ザザッ》……その数ga《ザッ》eん界で……』

「いや、十分だ……“マザー”よ」



 手の中のマガジンを見つめ、兄貴はそう小さく呟いた。

そして顔を上げると、その槍を水平に掲げ、“マザー”の姿を見つめる。


 その姿はまるで、誇り高き騎士であるかのようで。



「誓おう、“マザー”よ。我が真名に掛けて、この命の尽きる時まで、ミナの事を護り続けると」



 駆動音の消えた空間に、兄貴の声が響き渡る。

その言葉の中に込められた意思に、俺の胸が震えた。



「俺、も……俺もだ、ミナを護る。可能な限り、ミナを護り続ける」



 いつまでもとか、そんな無責任な事は言えない。

俺はいつか、向こうの世界に帰らなきゃならないんだ。


 けれど、その日までは。いつか訪れるその日までは、俺はミナを護ろう。

まだまだ未熟かもしれない。気休め程度にしかならないかもしれない。


―――それでも俺は、今小さく震えているこの女の子を、護ってやりたかった。


 俺達のその言葉に、“マザー”は安心したように瞳を閉じる。



『ありgaとう、《ザザザッ》いmaす……私もhiとつだけ、娘におkuり物を……』



 俺は、次の“マザー”の行動に思わず目を剥いていた。

彼女はその右手で、自らの胸を貫いたのだ。



「“マザー”ッ!?」



 俺の驚愕の声が、兄貴の息を飲む音を掻き消す。

だが制止の間もなく、“マザー”は胸の中から、ぶちぶちとチューブを引き千切りながら何かを取り出した。


それは―――中に銀色の歯車が埋め込まれた、桃色の宝玉。

バレーボールを一回り小さくしたぐらいの大きさのあるそれを、“マザー”はミナに差し出した。



『waたshiの、しんzoう《ザザザ》……創造魔術式のkaく……あnaた《ザザッ》、waたしno、ちkaraを』

「おかあ、さま」



 震える手を伸ばし、ミナは宙に浮いた宝玉を受け取る。

ミナの手の中で、宝玉の中の歯車はゆっくりと回っていた。


 初めて見る、表情。

ミナのその瞳からは、大粒の涙が零れていた。



「わたし……がんばる、よ。だから―――」



 安心して眠って欲しい、と。

声に出す事も無く、視線を逸らす事もなく、ミナはただ“マザー”の姿を見つめ続ける。

その娘の姿に、“マザー”は心の底から安堵したかのように、小さく微笑んだ。


 ―――そして。



『ありがとう』



 その、たった一言だけを告げて……永き時を生きた“マザー”は、その機能を完全に停止した。

周囲を照らしていた照明は消え、広間は再び闇に覆い尽くされる。



「っ、ぁ……ぁあ……ぅぁああああああああああああああああああ!!」



 何も見えない闇の中で―――ミナは、初めて大声を上げて泣いていた。

誰もが聞こえて、誰もが見えない……そんな、場所で。











《SIDE:OUT》





















《SIDE:JEY》











「なあ、兄貴」

「……何だ?」



 遺跡から村へと戻る帰り道。

泣き疲れて眠ったミナを背負った小僧は、俺に視線を向けないまま疑問の声を上げた。



「どうしてミナは、あんな簡単に受け入れられたんだろう」



 何を、とは言わない。

恐らくこいつは、全ての事を言っているんだろう。


 己の母親が、人間ではなかった事。

 寿命を縮めると分かりながら、母が創造魔術式クリエイトメモリーを使った事。

 そして、出逢ったばかりの母の死。


 どれもこれも、受け入れがたい出来事であっただろうに。



「簡単に、じゃねぇだろうよ」

「え……?」

「お前も分かってんだろ。コイツは表情こそねぇが、感情が無い訳じゃねぇし、色々な事を考えてる。

けど、何となく理解してたんだろ。心とか魂とか、そういうのは良く分からんが。

理解しちまってたから、受け入れざるを得なかった」



 受け入れがたい事実だったかもしれない。

けれど、コイツはそれを余す事無く受け止めた。

それが事実だと、どこかで分かっていたから。

そうしなければ、もっと後悔する事になると分かっていたから。



「嫌いなモンはとことん拒絶するが、大切なモンは己を殺してでも胸の内に抱えようとする。

コイツはそういう奴だ……お前も、コイツに選ばれたんならそこの所を分かってやれ」

「……ああ、そうだな」



 チッ……辛気臭ぇな。こういうのはどうも好きじゃねぇ。

俺は、こういうのの対応は心得てないからだ。

面倒だな、全く。



「兄貴、俺はさ……自分の事を特別とか、そんな風には思ってない」

「んだよ、藪から棒に」

「俺は偶然エルロードに導かれて、偶然変な武器を手に入れて、偶然妙な力があっただけだ。

そんな奴は他にもいるだろうし、不幸だとも思ってない……きっとミナだって、そういうのの一人だ」



 反論は、しない。

向こうの世界から来る奴は、時折そういう選民意識のあるのがいるからだ。

だから、そういう妙な反応をしないだけこの小僧はマシだろう。



「でもさ、それでも……辛くないなんて事は、絶対ないんだ。

ミナはきっと、辛くて苦しかったと思う。だから、一緒にいてやりたいし、一緒にいたい」

「それで?」

「帰るのがちょっとぐらい遅れたって、俺は構わない。だから、ミナと一緒にいてやれないか?」



 やれやれ、と嘆息する。

こいつが言っている事は、正直に言ってただの馬鹿だ。

この小僧が集中すべき事は自分の事だけであり、他の誰かに気を使っている暇はない。

だが―――



「ま、考えといてやるよ」



 その考えは、嫌いじゃない。

俺は小さく笑み、心配そうにミナを見上げているリルの頭をわしわしと撫でた。


 ああ、全く―――世界は、思い通りに行かないもんだ。

だからこそ面白いんだが、な。











《SIDE:OUT》





















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