161:援軍
戦いは、正しく戦争へと姿を変えてゆく。
《SIDE:MASATO》
突如として、周囲の空気が変わったのを肌で感じ取る。
オレが抑えながらも少しずつ接近してくる帝国軍に対し、街を護る兵たちからどこか諦めのような気配すらも感じていたが、その空気が一気に消え去ったのだ。
何か、状況が変わったのか……?
『―――誠人!』
「煉か、どうした?」
光の刃で挑みかかってくる魔人共を斬り刻みつつ、オレは頭の中に響いた声へと返答する。
一歩も退かず、と言うのは流石に難しいが……それでも、連中の前進は何とか抑えられているな。
回帰のおかげで敵の攻撃は全て読めるのだし、こちらは無傷なのだから、普通に考えれば異常な戦果と言えるのだが。
『相手に障壁を使わせろ。そうしたら、反撃開始だ』
「反撃……? まあ、良く分からんが了解した」
オレは後方へと跳躍、刃に憑いたイザナギへと命じ、宿る力をさらに高める。
触れたものを塵と化す極光……放たれれば霧散するまで直進するから、相手にあの女さえいなければ軍であろうと真っ二つに斬り裂く事が出来るのだが……相変わらず、魔力が切れる気配は無いようだな。
現れた薄青の障壁がオレの放った光の刃を受け止める。正直な所、最高位魔術式クラスでもそうそう受け止め切れないような威力の筈なのだが、一体どうやっているのだろうか。
ともあれ、これで障壁を使わせた。後はどう出る―――!?
「王宮近衛魔術隊、第一陣、放て!」
鋭敏なオレの耳へと届くのは、聞き間違えようも無いリオグラス国王、レオンハイムの声。
それと共に、オレの頭上を追い越すようにしながら放たれた無数の魔術式が、帝国軍へと断続的に突き刺さった。
その合間から響くのは煉の銃声……成程、先程言っていたのはこういう事か。
「門を開けよ! 続けて第二陣、放て!」
魔術式が放たれたのちに門が開き始め、更に隙を潰すかのように次の魔術式が放たれる。
そしてそれと共に門の中から雪崩出るように現れたのは、馬に乗った無数の騎士たちの姿だ。
槍を持ち、ディンバーツ軍へと突撃してゆくその無数の馬蹄の中で、それでもなおその覇気に満ちた声は戦場へと響き渡る。
「行け、勇猛なるリオグラスの精兵達よ! 愚かにも人の道を踏み外した者達へ、我らが怒りを見せつけるのだ!」
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!』
地を震わせるかのような怒号とも歓声ともつかないような声と共に、彼らはオレを追い越しながら敵へと吶喊してゆく。
普通ならば身を竦めるような場面ではあるが、未来の中には彼らがオレを踏みつぶすような光景は無い。
ともあれ―――兵の数も上回った。これで、形勢は逆転だ。
が、相手は魔人、あまり楽観視しない方がいいだろう。
「……シナツ、ミヅハ」
『お、僕?』
『主様、二人同時には武器に宿る事は出来ませんよ?』
「分かっている……シナツ、お前は風を操って周囲の状況を報告しろ。仲介は椿に任せる。
後は、ミヅハの刃で味方を援護するだけだ」
『やれやれ、仕事熱心だな、お前は』
嘆息するような、そして苦笑するような椿の声に、オレもまた小さく笑みを浮かべる。
その声に続き、オレを中心として大きく緩やかな風の渦が形成された。
『人使いが荒いが……まあいい、これでお前にも感じ取れるだろう?』
椿の声と共に、《欠片》の視界の中に上空からの光景が混ざる。
目を閉じてしまえば、見えてくるのは完全なる俯瞰視点。
少々慣れないが、一応自分の位置は掴めているので、ゲームよりはリアルな感覚で動かせそうだ。
「一応自分は見えているし、問題は無いと思うが……もしもの時は頼んだぞ、ミヅハ」
『はい、心得ておりますわ、主様』
ミヅハの声に満足し、オレは水の刃を伸ばす。
鞭のように蛇のように宙を駆ける刃は、俯瞰視点でもしっかりと確認する事ができた。
いや、むしろこの視点だからこそ、正確に刃の軌道を確かめる事が出来る。
多くの味方に囲まれたこの場所では、この景禎の力を使いこなすのはかなり困難だ。
出力が強すぎるために、その辺りの手加減が難しいからである。
だからこそ、正確に敵のみを攻撃できる方法が欲しい―――それが、このミヅハの刃だ。
自由自在にして変幻自在。どんな形にも変化する事が出来る柔軟な水の刃は、派手な余波を発しない為に味方を巻き込まず攻撃するのに最適なのだ。
「よし、椿……」
『ああ。こちらも、監視するさ』
頷き、注視するのは軍全体の様子。
高い士気と統率力。半ば奇襲のような形で突っ込んできた騎士達は、ディンバーツ帝国にとっては大きな打撃となった事だろう。
だがそれでも、奴等とていつまでも混乱している訳ではない。すぐにでも、奴らは体勢を立て直してくるはずだろう。
基本性能で言えば向こうの方が上……油断や慢心は許されない。
だからこそ、オレが防御に回るのだ。
「そこ!」
足止めされた騎士へ飛びかかろうとしていた魔人を、上空から針のように振り下ろした刃によって貫く。
範囲は広く、全ての敵に集中するにはオレ一人の意識では難しいが……椿が手伝ってくれているからな。
針で貫き、宙を駆ける切っ先で斬り裂く。出来るだけ味方を減らさないようにするだけでも、士気を維持すると言う点では大いに意味があるだろう。
振るわれる刃鋭いながらも、鞭のようにしなやかだ。
《未来選別》の力によって精密に軌道を限定された刃は、ただただ敵のみを正確に射抜いてゆく。
そして、その状況に最初は戸惑っていた兵士達も、味方の攻撃である事に気付いたのか、敵を倒す事に集中し始めた。
だが……そうなれば、敵の方も黙って見ていてはくれないな。
『主様……!』
「ちッ!」
こちらへと攻撃が向かってくる未来を見つけ、オレは思わず舌打ちする。
咄嗟にその攻撃を放とうとした魔人を貫くが、流石に数が多すぎる。全てを防ぎきるのは難しいか……!
仕方なく俯瞰視点を中断しようとした、その時―――突如として、オレに攻撃を放とうとしていた魔人が吹き飛んだ。
驚いて目を見開けば、いつの間にかオレの隣に、フリズが立っていた事に気付く。
「お前……」
「あいつらは人間じゃない。もう元に戻す事は不可能。ミナにそう言われたわよ……うじうじ悩んでたからね」
やれやれと嘆息するフリズは、それでも敵から視線を外すような真似はしない。
まだどこか、フリズの中では人間を攻撃したと言う葛藤があるのだろう。
だがそれでも、拒絶反応を起こすほどではないと言う事は、この黒く染まった連中は人間では無いというカテゴリになっているようだ。
「……大丈夫なんだな?」
「ええ、任せといて」
「なら、頼んだ。くれぐれも、味方と衝突しないようにな」
「分かってるわよ―――」
その声と共に、フリズの姿が掻き消える。
加速した状態のフリズは、オレの動体視力でも捉える事はできない。
後は、あいつ自身に任せるほか無いだろう。
「さて……それでは、もう一頑張りと行くか」
これは戦争だ。
オレ達の力があろうと、全ての人間を救う事は叶わない。
けれど、この強大な能力は、戦の流れを確実に変えてしまうほどの力を持っている。
だからせめて、オレ達がここにいる間は、確実な勝利を彼らに届けよう。
「行くぞ、椿」
『ああ。行こう、誠人』
《SIDE:OUT》
《SIDE:IZUNA》
「ははははッ! お前だったか、クライド!」
「痛っ! ちょ、兄上! 力いっぱい背中叩かないで!」
アルメイヤへと帰還して合流したんは、クライド第二王子やった。
話に聞きゃ、主要部隊の大半を連れて来たみたいで……海路から攻撃喰らったらどうするつもりやったんやろ。
まあ、位置関係上それが有り得んのは十分分かっとるけど、今回の相手は常識なんぞ通用せぇへんからなぁ。
一応王都の守護にはギルベルトさんがついとるんやし、心配はあらへんけど。
さて、とりあえずあんまり悠長にしとる暇はない。
「再会を祝うんはそんくらいにしといて下さいな、ゼノン王子。さっさと部隊の再編成をせな」
「おっと、そうだったな……クライド、ここに集結している部隊は?」
「騎士隊は兄上の部隊を含めて三部隊、魔術隊は二部隊だ。他は全て北側に行っているよ」
王宮近衛騎士隊、王宮近衛魔術隊はそれぞれ六部隊ずつ存在しとる筈やったね。
王立騎士団も来とる筈やし、北側には結構な数が集中しとるみたいや。
まあ、こっち側に来とる連中は、北側に比べればごく僅か。
当然と言や当然の配分やね。
「三部隊かぁ……ゼノン王子の隊は消耗しとるし、怪我人は外して動ける人は他の二隊に分配。まごつくようやったら置いてった方がええけど」
「ふ、舐めるな……お前達!」
『はっ!』
ゼノン王子の言葉に、先ほど戻って来たばかりで消耗しとるはずの騎士達が、皆敬礼しつつ立ち上がる。
まあ、流石に怪我しとる人はそこまではしとらんかったけど。
「お前達はここにいる騎士隊の二つに分かれて合流しろ! だが、己の面倒を見れぬほど消耗した者はここに残れ!
退く事もまた一つの勇気、それを忘れている者は我が隊には居ないな!?」
『はっ!』
先ほどは決死の覚悟を決めなあかん場面やったけど、今はそうやない。
圧倒的不利は払拭されたんや、もう死場に飛び込んでいくような必要はあらへん。
「兄上、こちらに来ている騎士隊の内、片方はリンディオ将軍の隊だ。指揮官がいないから、そちらを兄上が率いて欲しい」
「うむ、了解した。もう一つの隊は誰が率いている?」
「私です、ゼノン隊長」
と―――そこで姿を現したんは、赤毛の人狼族の女性。
騎士隊の紋章はしっかり入っとるけど、他の人達みたいに重装備って訳やない。
軽めの装備に身を包んだ、軽戦士系っぽい感じの人や。おかげで、胸の谷間がしっかり見えとる。眼福眼福……と、今はそんな場合やなかったね。
「お前か、ディオーヌ隊長。良くぞ来てくれた」
「いえ、貴方まで欠く訳にはいきませんから」
結構朗らかそうな感じの人やね。
腹の中に何か抱えとる感じもせぇへんし、とりあえずは大丈夫やろ。
うっし……そんなら、とりあえず行こか。
「ほんなら、作戦を伝えます」
「む、君は……確か、あの会議の時にいた―――」
「覚えてくれとったんなら話は早いです。とりあえず、今回の敵は魔人もどき、っちゅーた方がええですかね。
こっち側は向こうの足を潰せとるし、正面から挑む必要もありません。
速さで翻弄する戦い方ならば有利に進められる筈です」
言って、うちは馬に乗って隊列を組んでいる騎士達を示す。
馬ってのはスピードと攻撃力に優れる、戦争では使いどころさえ誤らなけりゃ非常に優秀な戦力や。
今回は、その優位性を存分に生かして貰うで。
「敵部隊は、距離を移動してきた為に、隊列が縦に伸びとります。これを横から騎馬で突撃、横っ腹を食い破り、分断してやるのがええでしょう」
あまり横並びを広くしながら移動するんはロスになりやすいんで、スピード勝負でこっちに寄せて来とったディンバーツ軍の隊列は、かなり伸びてしまっとった。
せやから騎兵の突進攻撃ならば、容易く貫通して分断する事が出来る。
「二つの隊で断続的に突撃を繰り返し、離れて戻ってくるまでの間は魔術隊からの砲撃で混乱した敵を撃ちます。
寄せてくる敵がおったら柔軟に対応出来る筈なんで、この作戦で行こうかと思いますが……異論は?」
「……いや、無いな。最良かどうかの判断は私には難しいが、いい作戦だとは思う。馬は疲れそうだが、隊の損傷は少なく済みそうだ」
「俺も異論は無い。すぐに準備をするぞ……それで、お前はどうする?」
「魔力もあんま残っとらんので、うちは休んで指揮の方に集中します。後はお願いします、ゼノン王子」
「そうか……お前は十分に戦ってくれた、感謝するぞ」
ゼノン王子は、笑いながらうちの頭をぐりぐりと撫で、そのまま隊の方へと歩いてゆく。
ふーむ。女性隊員からは結構人気ありそうな人やね、ゼノン王子って。
ま、そんな事考えとっても仕方ないし……クライド王子の方に行っとこか。
「あはは、兄上に信頼されてるんだね、君は」
「おん?」
振り返ってそちらの方へ行こうとおもっとったら、向こうはすでにうちの方に注目しとったみたいや。
まあ確かに、結構気に入られてもうたみたいやね……マリエル様にも注目されとるし、もう半ば諦め気味や。
ここまで来たら、いっそこの立場を利用した方が早いやろ。
形振り構っとる場合やなくなって来てもうた訳やしね。
小さく肩を竦めつつも、うちは外壁の上に登る為に会談の方へと歩き出す。
「肩を並べて戦ったんです。そういう相手は、きちんと信頼してくれる人ですよ」
「はは、そうだね。しかし、流石は兄上だ。あんな連中相手に、一歩も退かずに戦うなんて」
「そらまぁ、上に立つ者なんですし」
隊長が恐がっとったら、その恐怖は隊の全てに伝播してまう。
ゼノン王子も、それを分かっとったからこそ一歩も退く事無く敵へと向かって行ったんや。
そしてそんな隊長だからこそ、部下も付いて来た……隊としちゃ、理想的な形やろうね。
そんなうちの言葉に、クライド王子は曖昧な笑みを浮かべる。
「それを当たり前のように出来るから、兄上は凄いと思うんだ。兄上だけじゃないけれど、ね」
「ふーむ……まあでも、アレが最良かと聞かれればそうとも言えんのですよ?」
「え?」
「ゼノン王子は、援軍が来るまでは軍の最高責任者やったんですから、安易に出撃してええ立場やない。
クライド王子やったら、その点は理解できますよね?」
「あ、ああ……でも、あの時は誰かが出なければ―――」
そう、だからこそ難しい所なんや。
選択肢としては二つあったやろう。
北側のように、うちらと言う強力な手札を前面に出し、隊の士気を維持しながら相手を少しずつ削ってゆく戦い方。
そして、ゼノン王子が選んだように、こちらが潰れる前に敵を蹴散らすと言う方法。
どちらが正しいかと聞かれれば、まあ前者やね。
「切り札があるんなら、それを切るのが適切な場面でした。うちが止めなかったんは、二つの手札を同時に切ろうと思ったから。
正直、危ない橋やったんですよ?」
「……」
「ま、そーゆー訳で……うちとしては、その辺りをきっちり考えてから動ける方がよっぽど立派やと思います。
まあ、あんな無茶な事やって、成功させてまえば文句は無いんですけどね」
何から何まで結果が全てとは言わんけど、さっきのは大成功と言えるレベルでの勝利やった。
せやから、うちからは特に何も言わん。
お叱りやったら、王様の方からあるやろうしね。
それに一応、ゼノン王子達がうちらに命令する権利が無いんと同じように、うちらもあの人達に命令する権利は無い訳やし。
外壁の内部へと入り、階段を伝って上へ。
その途中、門が軋みながら開く音と共に、巨大な咆哮が響き渡った。
どうやら、出撃するみたいやね。
「ほんなら、急ぎましょか。攻撃の機会、逃す訳には行かんのですし」
「……そうだね、行こう」
響く馬蹄の音を聞きながら、うちは外壁の上へと登る。
さて……戦いも終盤、華々しい勝利で飾ってやろうやないか。
《SIDE:OUT》