158:霞之宮景禎・天津
精霊を宿す大太刀―――未来すらも予見する、その力。
《SIDE:REN》
スコープの先に見えるのは、膨大なとしか言いようの無いほどの人の群れ。
正直な所、こんな人数は元の世界だってそうそう見た事は無い。
どこかのライブとかコンサートとか、そんな規模でもなければあれだけの人数は集まらないだろう。
「これが戦争って訳か……」
小さく、一人ごちる。
戦争での戦術なんて知らないが、ここアルメイヤがリオグラスを攻めるに当たって重要な拠点となる事ぐらいはすぐに分かる。
それを全力で取りに来るのは、決して間違った選択肢というわけでは無いだろう。
「破城槌に投石器、バリスタもか……これは流石に、分が悪いな」
他には聞こえないように呟いたマリエル様の声が、鋭敏な俺の耳に届く。
指揮官として周囲を不安にさせるような事は言えないんだろうけど、これは流石に弱気にならざるを得ないだろう。
どうしようもないほどに不利な状況……桁が二つ違う数を相手に、何が出来るというのか。
―――普通なら、な。
「なら、距離が開いてる内に壊すとするか」
「何……?」
「ああ……まあ、アンタなら出来るわよね」
指揮官の人間を人の壁で囲って護るとかの場合、スナイパーに対するなら確かに効果的だ。
だが、城攻め用の資材や器具。ああいった大きいものは、人で覆い隠すなどと言う事は不可能だ。
まあ、普通の弾丸ではあの大きさの物を壊す事はできないが―――
「―――《徹甲榴弾》」
弾丸の威力を最大に引き上げ、動いていた破城槌へと弾丸を撃ち込む。
そして数瞬後、強烈な破裂音と共に、破城槌は乗っていた人間ごと粉々に吹き飛んだ。
作られてからそれほど時間が経っていない物だったとしても、、あの爆発を喰らえば壊れるだろう。
ライフルの銃身を持ち上げつつ、小さく苦笑する。
「……つっても、アレだけの数を壊すのは、流石に弾が心配だな」
並んでいる攻城兵器の数はかなりの物だ。
一応全部壊せない訳じゃないだろうが、それでもかなりの弾数を消費する事になる。
ミナに負担を掛ける事になるし、あまり大量の消費はしたくないんだがな。
と―――そこで、隣に立ちながら視線を細めていたフリズが声を上げた。
「なら、破城槌以外はあたしが壊して来ましょうか?」
「ん? ……ああ、成程、それもアリか」
フリズのスピードなら、敵に知覚される事なくアレを破壊する事が出来るだろう。
破城槌には人が乗ってるから、フリズには壊せないだろうがな。
しかし―――
「アレだけの人間が並んでる中、接触しないでいけるのか?」
「あー、うん。結構大変だけど……やれない訳じゃないわ」
「よし。ミナは魔力チャージを頼むぜ」
「ん、分かった」
ディンバーツ軍はこちらの攻撃に気付き、進軍スピードを上げ始めた。
攻城兵器を壊す事が出来たとして……それ以外にも、数万に達するほどの兵が並んでいる。
アレだけの数だ、街全体を包囲する事だって難しくはないだろう。
となると、俺の魔弾全てを防御に回したとして、防ぎ切れるかどうか。
「……いや、やるしかないか」
そう、小さく呟く。
防ぎきれなければ、この街が落とされる。
そうすれば、ディンバーツ軍を防ぐ事は難しくなり、リオグラスは一気に窮地へと追い込まれるだろう。
俺達がベルヴェルクを討ちに行ったとして……その間に、どれだけ国が蹂躙されてしまうのか。
生憎と、それを許す訳には行かない。
「じゃ、行ってくるわ。回帰―――」
身体強度の強化を終えたフリズが、外壁から飛び降りながら声を上げる。
次の瞬間―――フリズの姿は、爆発のような音と共に消え去った。
そしてそれに続くように、敵陣の攻城兵器が次々と破壊されてゆく。
あいつが人を殺せる人間だったら、あいつだけでも十分だっただろうが……まあ、フリズがフリズである以上は言っても仕方ない。
「さて、撃ちまくるとするか……指揮の方はお任せします、マリエル様」
「ああ、君は、君の為すべき事を」
周囲の兵達の事はマリエル様に任せ、俺は敵軍へと意識を集中させる。
普通の視界で全体を見つつ、移動する小屋のような形をした破城槌を発見、そして炸裂弾を撃ち込む。
銃声と爆発音が続けて響き渡り、周囲に浸透してゆく―――それを聞きつつ、俺は次の標的を探した。
やはり、破城槌を護る事はできていない。
しかし、それにはあまり頓着せず、ディンバーツ軍はそのままこちらへと進軍してきていた。
「ち……ッ!」
初めから壊される事を前提にしていたのか、或いは優秀な指揮官でも付いているのか。
分からないが、あまり時間稼ぎにはなりそうにない。
一応、門に取り付かれたとしてもマリエル様の指揮があればある程度は持つだろう……時間の問題ではあるだろうが。
舌打ちしつつも新たな標的を探し―――急激に膨れ上がった魔力に、俺は思わず目を見開いた。
「っ……! 回帰―――《拒絶:肯定創出・魔王降臨》!」
咄嗟に回帰を発動、七つの弾丸に『攻撃を当てさせるな』と命令する。
そして解き放たれた魔弾達は、高速で飛び交いながら向かってくる無数の魔術式を迎撃した。
七つの弾丸全てに防御の命令をしたおかげか、何とか弾き返しているが……クソ、向こうを撃ってる暇が無い!
これを撃ってきてるのは……!
「《人形遣い》……! あの女も来てやがったか!」
意思を感じさせない無数の人形達から放たれる大量の魔術式。
魔力量が凄まじいのか、それとも何か別の方法でも使っているのか……魔術式には詳しくないので分からないが、この弾幕が途切れる気配は無い。
あの女がいるって事は、糸のおかげでフリズも上手くは動き回れないだろうし……くそ、攻城兵器の破壊が間に合わないか!?
「くっ……ミナ、あれを狙えないか!?」
「……難しい。距離がありすぎて、直接その場所に創造できない」
ミナでもダメか……近づけば出来るんだろうが、機動力の無いミナを敵陣のど真ん中に放り出す事は出来ない。
《因果反転》を使って一気に破壊するか?
いや、それをしてしまえば、この弾丸達を維持するだけの力も使い切ってしまうかもしれない。
となれば、ミナの超越か?
……だが、アレは根本的な解決にはならない。戦闘は出来ないが、それ以外の行動は出来てしまうのだから。
外壁と言う境が無くなっている間に前進されても困る。
「……一か八か、やるしかないか」
《魔弾の悪魔》に、《因果反転》の力を込めて放つ。
これならば大量の標的でも同時に撃ち抜く事が出来るだろう。
攻城兵器、人形……流石に全軍を同時にと言う訳には行かないだろうが、それでも相手の戦力をかなり削れる筈だ。
が―――恐らく、俺の力は大きく消費される事だろう。
そうすれば、俺の能力を使って防御という訳には行かなくなる。
これだけの敵を、能力無しで防ぐ……正直な所、無茶だとしか思えない。
「考えてるだけじゃ、始まらんか」
こうしている間にも、敵はどんどん前進して来ている。
もうじき、弓の射程圏内に入る頃だ。そこから更に進めば、向こうの弓もこちらに届くようになってしまう。
そうなってしまえば、最早数の暴力だ。こちらの防御はままならず、向こうはこちらに接近出来てしまうだろう。
……覚悟を、決める。
「回―――」
「おーっと、ちょいとタンマや」
「って、いづな!?」
突如として背後から響いた声に、俺は思わず驚愕して振り返る。
見れば、そこには兄貴の槍を肩に担いだいづなの姿があった。
いづなはこちらに近付いてきつつも戦場へと視線を向け、肩を竦める。
「……全力なんかどうかは知らんけど、こりゃちっとやり過ぎやろ」
「い、いや、それには同意だけど……悠長な事言ってる場合じゃないだろ!?」
のんびりとしたいづなの様子に、俺は思わず叫び声を上げる。
この状況はどう考えてもヤバイ。このまま押し切られるのも時間の問題の筈だ。
なのに、何故いづなはこんなにも落ち着いていられる?
「とりあえず、朗報が二つや」
「朗報?」
「まず一つ。南側の物見からの報告で、リオグラスの軍がもうしばらくしたら到着するみたいや」
「父上達か!」
話を聞いていたマリエル様が歓声を上げる。
ようやく到着するのか……ちょっと時間かかりすぎじゃないのか、オイ。
いや、そんな事を言っていても仕方ないが、とりあえずは確かに朗報だ。
けど―――
「もうしばらくっつったって、あと何時間かは掛かるんだろ!?
そんなに長い間防いでいられるような状況じゃねぇぞ!」
「分かっとるよ。せやから、もう一つの朗報や―――」
いづながそう声を上げた瞬間、すさまじい風を放つ何かが、俺達の間を通り抜けて行った。
咄嗟に目を庇いつつも、そちらへと視線を向ける―――そこにあったのは、翻る蒼いマントの姿。
「―――うちの刀が、ようやく完成したで」
凄まじい風を纏う姿、誠人がその手に携えているのは、青みがかった刀身を持つ大太刀。
その刀身が、眩い光と共に凄まじいまでの炎を放つ。
そして、間を置かず刃は振り抜かれ―――巨大な爆音と鳴動、眼を大地を灼かんばかりに立ち昇る巨大な火柱が、帝国軍の先陣を飲み込んだ。
かつての精霊付加の比じゃない……何だよ、あの威力は。
「銘を、《霞之宮景禎・天津》。うちの、最高傑作や」
そう、誇らしげに語るいづなの口元には―――ただただ、満足気な笑みが浮かべられていた。
《SIDE:OUT》
《SIDE:MASATO》
「ぶっつけ本番だったが……凄まじいな、これは」
『ワタシもこれは流石に驚いたぞ……以前の比ではないな』
『当然だ、主殿。我らの力、存分に振るうといい』
地面に降り立ちながらも、オレはカグツチの言葉に小さく苦笑する。
先ほどの炎が放たれた場所には、何も残っていない。その地面すらも、放たれた熱量によってマグマと化してしまっていた。
アレは、別段力を込めて放ったと言う訳ではない。
いつも通り、炎の衝撃波を飛ばすつもりで刃を振るっただけだ。
それが、以前神のイメージを持って造り上げた炎をも遥かに超える威力と化してしまった。
……これは、使う時は少々気をつけねばならないかもしれないな。
「さてと……」
とりあえず、一当てする事には成功した。
奴らの前進も、あの大量の魔術式による弾幕も止まり、連中の注意は今やオレ一人に向いている。
小さく嘆息しつつも、オレは新たなる刀―――《霞之宮景禎・天津》へと視線を向けた。
刃と峰で若干色合いの違う刀身。
オリハルコンによって造られた刃は比類なき斬れ味を誇り、ホーリーミスリルを含む事によって精霊付加もやり易くしている。
そして鍔は九つのホーリーミスリルの球体によって装飾されており、ここが精霊たちと椿の宿る場所となっている。
極めつけは、掠り傷ですら相手を死に至らしめる《斬滅》と言う魔術式。
成程、確かにこれは魔剣の領域だ。
「……ちょっと、誠人」
「む、フリズ?」
響いた声に視線を横へと向ければ、そこに半眼でこちらを睨むフリズの姿があった。
いつの間に―――と言うのは、フリズに対しては意味の無い話だ。
オレの知覚出来ないような速度で移動しているのだから、当たり前である。
フリズは腰に手を当てたまま、不機嫌そうな様子で声を上げる。
「アンタね、あたしまで巻き込むつもりだったの?」
「何……ああ、そういう事か。済まん、速すぎてお前の存在に気付かなかった」
「まあ、それは仕方ないかもしれないけどさ……何よあの威力。思わず全力で逃げちゃったじゃない」
効果範囲外まで逃げてから戻ってきたと言う事だろうか。
見てから攻撃を回避できると言う辺り、流石としか言いようが無いが。
フリズは小さく肩を竦め、景禎の方へと視線を向ける。
「……成程、いづながあそこまで言うだけはあるって事ね。ホント、ヤバイぐらいの剣じゃない」
「いづなが手を抜く筈も無いからな。まあ、ともあれここから先はオレに任せろ。この数が相手だろうと、引けをとるとは思わん」
「……ま、そうね。それなら、あたしは外壁の護衛の方に行くわ。怪我すんじゃないわよ?」
「お前こそな。また後で会おう」
フリズはオレの言葉に頷き、そのまま味方の陣地の方へと走って行く。
さて、これでとりあえず味方を巻き込むような危険は無いか。
ならば……遠慮なく、力を使わせて貰おう。
「椿。精霊装填、ミカヅチ」
『ああ、往くぞ―――』
『―――俺を呼ぶか、誠人。いいぜ、蹴散らそうじゃねぇか!』
オレの声と共に、鍔にはまった球体の一つが輝き、刃が紫電を纏い始める。
そして、オレは大上段から刃を振り下ろした。
それと同時に放たれるのは、地面を砕きながら扇状に走る無数の雷光。
炎でもいいかと思ったが、アレは地面を焼いてしまうのでこちらが動きづらい。
ならば、と選んだのは次点で威力のある雷の属性だった。
放たれた雷は、ディンバーツの軍を容赦なく撃ち据えて砕け散らせる。
時々爆音が聞こえるのは、またあの爆発する兵士がいたという事だろうか。
まあどちらにしろ、これで軍を通り抜けるまで雷を落とし続ければ、容易に壊滅させられる―――
「む……?」
『おや、先ほどの魔術式使いは生き残っていたようだな』
突如として現れた光の障壁が、放たれた雷の嵐を受け止め、消滅させてしまった。
どうやら、かなり腕のいい魔術式使いがいるらしいな……先ほど弾幕を放っていた奴の正体か。
そして雷が消えると同時、奴らの陣の中から馬に乗った騎士が複数、こちらへと向けて突撃してきた。
「精霊装填、シナツ」
『呼んだね、ご主人。さあ、行こうか!』
次に呼んだのは風の精霊、シナツ。
刃だけでなく全身を風で包み込み、矢などの飛び道具を容易に弾き返す防壁を作り上げてしまうのだが、今の所防御はそれほど必要ではない。
まあ、遠近どちらも安定した力を操れるので、使いやすいようだ。
小さく頷きつつも、オレは刃を振るう。それと同時に放たれた巨大な風の刃が、馬ごと彼らを両断し―――
「―――!」
『ふむ。どうやら、一人はできる奴がいたようだな』
身体強化か何なのかは知らないが、風の刃が命中する直前、一人の騎士が馬から跳躍して飛び掛ってきたのだ。
一体どうやったのやら。
「魔剣使い! その首、貰ったあああああああッ!」
大上段―――いや、むしろ上空からオレに向けて刃を振り下ろしてくる騎士。
あまり観察するような暇があった訳ではないが、響く声は中々若そうに聞こえる。
まあ、だからと言って手加減するような義理は無いがな。
小さく胸中で呟きつつ、オレは刃を振るう―――放たれた景禎の一閃は、飛びかかって来た騎士の剣をバターか何かのように切断してしまった。
……試し斬りはしていなかったが、どうなっているのやら。
紛いなりにも金属が相手だったというのに、まるで抵抗無く斬れてしまったぞ?
まあ、何と言うか……流石だな、いづな。
「な……!?」
「悪いが、オレの首は渡せん」
剣を切断された事に驚愕する騎士へと、袈裟斬りに刃を振り下ろす。
驚愕しながらも咄嗟に反応して、騎士は半ばで斬られた剣を盾に景禎を受け止めようと構える―――が、景禎はそれすらも容易く斬り裂き、鎧までも紙か何かのように斬断し、騎士の体を真っ二つにしてしまった。
驚愕の表情のまま絶命する騎士からは視線を外し、オレは正面の軍を見つめる。
「さて……行くか」
『あまり油断はせんようにな』
「分かっているさ。だが―――」
『ああ―――』
言葉を交わし、互いに笑う。
嗚呼そうだ、知っている―――オレ達に、敗北の未来は存在しない事を。
「『回帰―――』」
オレ達は呟き―――そして、駆けたのだった。
《SIDE:OUT》