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IMMORTAL BLOOD  作者: Allen
ディンバーツ編:幸せな結末を求めて
163/196

156:英霊装填

全ての物には、今まで存在してきた記憶が刻まれている。












《SIDE:IZUNA》











「ふああ……ぁ」

「疲れてるみたいね、いづな」

「せやねぇ」



 鍛冶場のある建物についとる休憩室。

うちはそこの椅子に寝転がりつつ、湿らせたタオルを目から額にかけて乗せとった。

別に、風邪ひいたとか熱があるとかそういう訳とはちゃうんやけど……まあ、能力の使い過ぎって所やね。



「しかし、かなり形になって来たじゃねぇか」

「せやね……とりあえず、芯鉄に使うヒヒイロカネまでは組み込んだ訳やし……いつもより進みが遅いとはいえ、あとちょっとってトコやね」



 この間の話し合いから五日。

さくらんの作業も八割方完成してきた所やし、うちも作業を進めなあかんのやけど……やっぱ、オリハルコンの加工はかなり神経使うなぁ。

しかも今回、複数の金属を混ぜ合わせて使っとる訳やし……それだけ、精密な熱量操作が必要になってまう。

消耗が激しいんはうちだけやなく、フーちゃんも同じ筈や。



「ふはぁ……うし、すっきりした」

「おう、作業再開か?」

「や……そーいや、おっちゃんにはここから先の作業はまだ教えとらんかったね。

この後の作業は素延べっちゅーて、まだ金属の塊でしかないこの甲伏せの状態のを、ちゃんとした刀の形にしてゆく作業なんや」



 これまでの作業は刀の強度とかに大きく影響を及ぼす所やけど、こっから先は斬れ味とかの影響が大きくなってまう。

一番集中力のいる作業や。



「素延べだけならまだしも、火作りまで行くとかなり精密な作業になってまうからなぁ……出来れば、最高の状態で始めたいんや」



 言いつつ、うちは机の上に置かれた金属塊へと視線を下す。

流石に三種類の貴重金属の塊と言うだけあって、鍛冶場に置きっぱなしと言うのは憚られたんで、こうやって持ってきた訳やね。

まだ何だかよう分からん物体やろうけど、これがこの先、あの繊細で強靭な刀へと姿を変えるんや。

素延べ、火作り、焼き入れ……そして整形、仕上げ、砥ぎ。

ここから先こそ、刀匠の腕の見せ所となる訳や。



「後は主にうちの作業や。おっちゃんは見て覚えるとええよ」

「おうよ、そいつは楽しみだ。しかし……こんな貴重な金属をいじれるとは、思ってもみなかったぜ」

「にゃはは、そりゃうちも昔はそう思っとったよ」



 ミナっちと出会わんかったら、うちの景禎がこんなに育つ事はありえへんかったやろう。

僅かに手に入る程度の貴重金属では、こないな強力な刀を造る事は叶わんかった筈や。

まさに、ミナっちさまさまやね。

せやけど―――



「これだけでも、まだ足りんかもしれへんからなぁ……」

「流石に、って言いたい所だけど、相手が相手だからねぇ」



 うちとフーちゃんは、二人して溜息を漏らす。

ベルヴェルク……あの男は、冗談抜きにどこまでも規格外な存在や。

この刀が完成したとして、果たしてあの男に届くんやろうか。

そんなうちらの様子に、呆れたような表情でガラムのおっちゃんが声を上げる。



「おいおい……こいつは、間違いなく伝説に残るような剣になるんだぜ?

それを信用してやらんでどうする」

「……うちかて、あの男以外が相手やったら、自信を持って送り出すて。それこそ、ディンバーツの軍全てを相手にしたって負ける気はせぇへんよ」



 まあ、ちっと吹かし過ぎかもしれへんけど、それぐらいの覚悟を持ってこれを打っとる。

せやけど、あの男はとことんまで規格外や。

うちの全ての技術、研鑽、能力―――いや、うち以外のものすべてを集めたとしても、届く姿が思い浮かばん。

そう、うち以外の技術、全てを集めたとしてもや。



「いづな、それ……?」

「ああ、アルシェールさんの眼鏡や。今日は、こっちの作業をしようかと思うてな」

「こっちの作業?」



 せや……うちだけでは足りん技術は、他から借りる。

うちの能力は、道具に刻まれた記憶を呼び覚ます力……そんなら、その回帰リグレッシオンは―――



回帰リグレッシオン―――《記憶ゲデヒトニス肯定創出エルツォイグング英霊装填ラーデ・リーメンブランケ》」



 アルシェールさんの眼鏡を装着しつつ、うちは己の力を発動する。

うちの回帰リグレッシオンの能力は、まさに普段の能力の発展系って所や。



「ふむ……成程、こら凄いわ」

「え? いづな、回帰リグレッシオンを使ったのよね? 何か変わったの?」

「まあそりゃ、うちの能力は知覚系やし、見た目からの変化はそうそうあらへんて」

「……俺には何だかさっぱりだぜ」



 まあそりゃ、ガラムのおっちゃんはうちらの力の事は詳しく知らんしなぁ。

とりあえず、うちの刀鍛冶に携わっとるんやから、ある程度の事は分かっとるんやけど。

小さく苦笑しつつも、うちは説明の為に声を上げた。



「うちの普段の能力は、道具に刻まれた記憶から、最適な使い方を割り出す能力やろ?」

「ええ、それは知ってるけど……回帰リグレッシオンだとどうなるのよ?」

「単純に、それを強くしたようなモン。つまり、道具に刻まれた技術や知識の記憶を、全て自分自身のものにしてまうんや」

「……って事は」



 フーちゃんも気付いたみたいやね。

そう、今うちは、アルシェールさんの眼鏡に対してその能力を発動したんや。

つまり、今のうちは、アルシェールさんの研鑽をそのまま操れる事になる。

まあ、人の技術をパクるななんぞと言うとったうちが、こないな力を持つのも皮肉な話やけど。



「つってもまぁ、操れるんは自分のスペックの中までなんやけどな」

「どういう事?」

「つまり、どんな強力な魔術式メモリーを知っとっても、それを操るだけの魔力の無いうちには使いこなせないっちゅーこっちゃ」



 その言葉を聞いて、フーちゃんが若干呆れたような表情をする。

まあ、気持ちは分からんでもないんやけどね。煉君たちみたいに強力な回帰リグレッシオンの力を聞いとると、流石に見劣りしてまうような能力や。

戦闘に関しちゃ、使えん訳やないけど、それでもやっぱりそこまで強力って訳でもない。

せやけど―――これでも、バカにしたモンやないんやで?



「オリハルコンの武器の弊害っちゅーのは、散々話したから分かっとるよね?」

「え、ええ……魔力を拒絶するから、魔術式を刻めないんでしょ?」



 せや。オリハルコンは数多ある物質の中でも特殊な、魔力の拒絶っちゅー性質を持っとる。

それ故に、オリハルコンで造られた防具は、絶対に破壊されない硬さに加えて魔術式を完全に弾くっちゅー完璧な物になってまうんや。

まあ、その性質があるからこそ、途方も無く加工が難しいんやけど。



「せやけど、方法がないって訳やないんやで?」

「え?」

「まあ、今分かった事やけど……流石はアルシェールさんの知識ってとこやね、ホンマに気付き辛いような穴を突いてくるわ」



 思わず苦笑するような、そんな内容や。

オリハルコンを始めとする、貴重な金属によって造り上げられる景禎……それだけでも強力やけど、やっぱり魔術式による補佐は欲しい所やからね。

その辺りの知識を期待して、アルシェールさんの道具を借りてきた訳やけど……やっぱ、正解だったみたいや。



「アルシェールさんの知識でも、オリハルコンの刀身そのものに魔術式を刻むんは不可能や。

せやけど……それに接触する霊体に刻まれた魔術式ならば、しっかりと効果を及ぼすんやで」

「それって、椿とか精霊とか……」

「そういうこっちゃ。まあ、ちょいと問題はあるんやけどな……それに関しては、戻ったら話をする事にしよか」



 流石に、これに関しちゃ無断でやるって訳にも行かん……あの精霊の子達にも、許可は取らんとあかんやろうしね。

それに、つばきんも……まあ、そっちの答えはちょいと予想は出来てまうんやけどね。



「さてと……とりあえず、今日は戻っとこか」

「気になる所で話を切らないでよ……まあ、戻れば分かるんだろうけどさ」



 少しだけ不満げに唇を尖らせつつも、フーちゃんは立ち上がる。

うちもまた、少しだけ苦笑を交えつつ、刀の原型となるこの金属塊を持ち上げながら立ち上がった。

さてさて、どうなるか……まあどうであろうと、出来る限りの事はせんとあかんのやけど。

例え相手がどれほど強くとも、全力は尽くさんとね。











《SIDE:OUT》





















《SIDE:TSUBAKI》











 桜達に割り当てられた部屋―――ここには、三人の人影があった。

桜、誠人、いづな……まあ、ワタシもいる訳だが、姿は無いので人影には含まれないだろう。

ちなみに、ワタシが壁を抜けて隣の部屋の様子を覗いてみた所、煉とミナが肩を寄せ合ってソファで寝息を立てていた。

あそこにフリズを入れたらどうなるのかが非常に気になったが、まあ中々いい目の保養だったな。


 とまあ、それはともかく。

いづなは鍛冶場から帰ってきてすぐ―――まあ、流石にシャワーは浴びてきたようだが―――桜の元を訪れ、ある事を聞いて来たのだった。



「ちゅー訳で、その精霊の子達に魔術式メモリーを刻めんやろうか?」

「この子達に、ですか……?」



 桜が見下すのは、机の上に置かれた六つの球体。

ビー玉ほどの大きさのホーリーミスリルの球体だが、これの中には恐るべき力を持つ精霊達が眠っている。

通常の状態でも尚、相当な力を持つ精霊が、桜の力を喰らって強化しているのだ。

まだ実際にその力を振るった所を見た訳では無いが、見ずとも分かる事だろう。



「説明したとおり、新たな景禎に魔術式を刻むにはその方法しか無いんや」

「それは、分かります。でも―――」

「……うん、さくらんなら知っとるよね」



 言って、いづなは取り出した眼鏡を掛ける。

アルシェールが使っていた眼鏡……そういえば、あの女が桜に治療を施す時にも同じ物を使っていたな。

と―――そんないづなの視線が、ふとある場所で止まった。

その方向にいるのは……ワタシだ。



『む……その眼鏡、まさか』

「成程成程、《霊視スピリットヴィジョン》の魔術式も刻まれとるんやね。霊体のつばきんは初めて見たで」

『はは、確かにそうだ。それで、ワタシの姿を見た感想はどうだ?』

「流石は姉妹、やっぱり似とるね……まあ、髪の長さとか目元とかちょいと違うけど」



 ふむ、成程、本当に見えているようだな。

ここにはワタシの姿や声を聞き取れる者が集まっているから、少々不思議な気分だ。


 と―――話が逸れてしまったな。

とは言っても、ワタシもいづなが言おうとしていた事は見当が付いている。



『魂に魔術式を刻む……それがどういう事なのか、ここにいる人間はよく理解しているだろう』

「いづな、お前にそれが出来るのか?」

「……まあ正直、精神的にもキツイんやけどね。それでも、やらなあかん……手ぇ抜いて、届く相手やないやろ」



 成程……確かにそれは、その通りだ。

しかし、あの精霊達がそれに納得するかどうか―――



『―――案ずる事は無い、母よ』

「ぁ……カグツチ?」



 と、そこで姿を現したのは火の精霊……カグツチだった。

相変わらず腕を組んだそのポーズで、浮かび上がりながらこちらを見下している。

しかし、心配ないとはどういう事だろうか?



「どういう事だ、カグツチ」

『主殿。我ら精霊は、この身を削られた所でさしたる問題は無いのだ。我らが欠片より、我らが同胞が生まれる。

それによって母や姉君、そして主殿の力となれるのならば、喜んでこの身を差し出そう』

「……精霊の生態なんぞ全く知られとらんかったけど、そういう仕組みやったんやね」



 桜も初耳だったのか、目を丸くして驚いている。

……と言うか、姉君というのはワタシの事か?

桜の関係者には忠実と言うか、このカグツチが一々律儀なのか……まあ、従ってくれるのならば問題は無いが。

と―――



『ちょっとカグツチ、何を勝手に決めてるのよ!』

『カヤヒメ。貴様、母の力にならぬつもりか』

『そ、そうは言ってないけど……』



 勝手に出てくるな、こいつらは。

これが八体か……中々、騒がしい事になりそうだな。

そんな事を考えている間にも、更に増えているし。



『静まれ貴様ら、主に迷惑であろう』

『誰もアンタは呼んでないわよイナギ!』

『まあ細けぇ事はいいじゃねぇか。マサトが強くなるんだろ?』

『ミカヅチ! 貴様は主に対する敬意が足らん!』



 青白い肌に雪の結晶のような紋様をあしらった、軍人然とした姿の氷の精霊、イナギ。

そして黄金の髪を伸ばし、その手には剣を握った雷の精霊、ミカヅチ。

新たに加わった精霊達だが……増えれば増えるほど騒がしくなるな、こいつらは。

やれやれ、全く―――



『静まれ、お前達』

『見ろ、姉君もこう仰られているぞ』

『わ、分かったわよ……』

『りょーかい』



 ……何故、ワタシはこいつらよりも立場が上と言う事になっているのだろうな。

まあ、言う事を聞かなくても面倒だから助かるのだが。

そんな様子を見て、いづなが口元に引き攣った笑みを浮かべる。



「ま、まあ問題は無さそうやね。これやったら行けそうやし、全身全霊で仕事に取り掛かると―――」

『いづな、一ついいだろうか』

「おん? どしたん、つばきん?」



 とりあえずいくつか始めようというのだろう、その手に二つほど精霊の宿る球体を持ち上げたいづなへ、ワタシは声を上げる。

そのいづなの瞳を、真っ直ぐと見つめながら。



『ワタシにも、魔術式を刻んでは貰えないだろうか』

「な……ッ!?」

「お姉ちゃん!?」

「椿、正気か?」



 正気か、とは随分な言い草だが……まあ、気持ちは分からないでもない。

精霊達が構わないと言ったのは、魔術式を刻まれる事が彼らにとって苦痛ではないからだ。

それはあくまで、彼らが精霊であるからこそ。

ただの人間の霊であるワタシには、魔術式の刻印は途方もないほどの苦痛となるだろう。



『お前の事だ、ワタシに刻むような魔術式も考えてあるのだろう?』

「……分かっとるん、つばきん? アレは、痛いなんてモンやないんやで?」

『無論、理解している。あの苦痛に喘いでいる桜を、一番近くで見ていたのはワタシなんだぞ』



 苦痛を和らげる事も、苦痛を引き受けてやる事も出来ない、無力な姉であったワタシ……あの時の無力感は、今でも覚えている。

アレは必要な事だった。それは分かっている。けれど―――



『あの時、ワタシは桜を救ってやる事が出来なかった。だからせめて、ワタシも同じ痛みを共有したいのだ』

「……つばきん」

『意味のない事だというのは分かっている。けれど、これはワタシの意地であり、覚悟であり、願いなのだ』



 桜を護る事こそ、ワタシの願い。桜を護り続ける存在である事こそ、ワタシの価値。

それ故に、あの頃の何も出来なかったワタシが許せない。



『これはケジメだ。そして、前に進む為の道標だ。頼む、いづな……ワタシを、桜を護る剣にしてくれ』

「お、お姉ちゃん……」

「……本気なんやね。流石に、回帰リグレッシオンの願いまで持ち出されてもうたら反論できんよ」



 深々と息を吐き出し、いづなは苦笑の混じった表情を浮かべる。

誠人や桜も口を挟む事は無い……それだけ、ワタシ達にとって《欠片》に掲げた願いは大きいものなのだ。

目を閉じ、しばし黙考して―――いづなは、声を上げる。



「了解や。ただし、まだ魔術式が完成した訳やないし、もうしばらくはかかるで。それまでに、しっかり覚悟を決めとく事」

『覚悟ならもうとっくに決まっているのだがな……まあ、了解した』



 いづなの言葉に頷き、ワタシは虚空を見上げる。

準備は徐々に進んできた……もうじき、ワタシ達の最後の戦いが始まる。

願わくば……ワタシという存在が、ワタシの大切な者達を護れる力であるように。


 小さく呟き、ワタシは瞳を閉じたのだった。











《SIDE:OUT》





















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